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ALICE-CHAN-LIVE!  作者: 岬 にこみ
15/25

五章-③倒錯のみなちゃんハウス・後!

 週刊誌に追い込まれるまでもなく、1DKでは謝罪会見が開かれていた。


「ほんっっっとーーーに、申し訳ないっっっ」


 床に頭を擦り付ける、俺。


「へうう……ぐすっ……ぐすっ……この度はこのような事態を招いてしまったことを心よりお詫び申し上げます……」

 

 めそめそとしゃくり上げるパツキンイケメン。

 今日ってパジャマパーティーの予定じゃなかったっけ?

 なんだこの地獄絵図は。一体何故野郎二人の謝罪会見に?


 泣きじゃくるイケメンの手には、よく見慣れた明るい茶のロングヘア。

 そして俺の手にもまた、うるつやキューティクルのミディアムボブがあった。

 謝罪で頭を下げたらヅラがバサーッは、この場でもっともウケないギャグになってしまうため封印することを数分前に心に決めていた。


「な、泣かないでよ、えーと……ミナモトシュンイチ……さん」

「うっっっ」


 イケメンはウィッグで顔を覆い、ますます大げさに肩を震わせた。


「……どうしたもんかなぁ……」


 どうやら相手は俺よりダメージがでかいらしい。

 向こうが動揺していると、不思議とこちらは落ち着いてくるものである。

 徐々に現実を受け入れる準備が整ってきた。


「……みなちゃん。男同士、腹割って話そうよ」


 現実。


 そう、春市みなは、皆本春一だったのです。


 静かな声で告げると、イケメン、もといみなちゃんはウィッグから勢いよく顔を上げて、そして唇を噛みしめ、またゆっくりと俯いた。

 ウィッグ、なんか色々な液体がずるずるですけど大丈夫ですか。


「……ごめん、現実が、受け入れられなくて……」

「えっ」


 ポツリと呟かれた予想外にしおらしい一言に、思わず拍子抜けしたような気持ちになる。

 こんな事態になってしまって、俺はまずみなちゃんに非難轟々お説教されるのを覚悟していたのだ。

 信じらんないよありすちゃんっ、女子同士って言ったのにィー!と。


「い、いや、俺もそうだけどさ!……ていうかマジで、騙しててごめん!こっちも色々事情があって……。でも家にまで上がり込むつもりはなかったんだよ、これは本当」

「ううん……おれも、ごめん……」


 おれ、という言葉が聞き慣れた声で発せられたことに、軽く頭を揺さぶられた気がした。

 けど、多分向こうだって同じなんだ。


「ありすちゃん……じゃなくて、えと」

「ああ、名前? すぐる。有沢すぐる」


 すぐるくん、と彼は涙目で力なく繰り返した。

 俺の知っている本人とあまりにかけ離れたリアクションに、どうも調子がくるってしまう。

 さっきからびくびくと縮こまって、なんだか目も合わせてくれない。


「す……すぐるくんもきっと、おれたちと同じように理由があるんだよ……ね?」

「おれたち……って」

「あああっごめんっ。もしかして何も聞いてない!?」

「あ、ううん。店員さん……若様のことなら知ってるよ。ていうかそれが原因で、俺も事務所に連れてこられたわけだし」

「そ、そっか……なるほど」


 俺とは目を合わさずに、自分の中で辻褄を合わせるように、何度か小さく頷く。


 今時の若者風の金髪ヘアですぐにピンとはこないが、メイクの残る目元や形のいいくちびるをよくよく観察してみると、やはり本当に、彼が春市みな本人なのだという事が分かった。

 背格好だって記憶の中の彼女と一致する。

 声も、よく整えられた爪の形も。


 いよいよ現実から目を背けられなくなってきた。

 目の前の若手俳優風爽やか優男は、俺の良く知る事務所の先輩アイドル、みんなのみなちゃん、なのだ。


「うーむ」


 だとすると、残る違和感はあとひとつ。


「……なんかキャラ違くない?」

「そう……?」

「その、……そう……?もなんか違うってェ!もっとこう自信満々ていうか小悪魔風っていうか美魔女風っていうか」


 最後のを言うと、食ってかかられそうというか。


「小悪魔……」

「イメージだとこう、なーんだ男同士だったのかーじゃあパジャマパーティーじゃなくてジャージパーティーでもしちゃーう!? みたいなっ。ていうかむしろそうしよう! ねっみなちゃん! やっぱ俺たちそういう楽しい雰囲気の方が合ってるよっっ!」

「えっ……、むむむむ、無理だよぉこの状況じゃー……」

「ええー!? みなちゃんらしくないってェ! 恥ずかしがらずにレッツパー」


 俺が間抜けな形に口を開いたところで、壁越しにドンドンと抗議の音が響いた。


「おい、さっきからうるっせーぞォ!」

「は〇▼×Σ♯■>ッッッ!?」


 ああ、さっき俺が聞いた足音とただいまって声は、隣のにーちゃんのだったのか……と一人納得していると、みなちゃんがへなへなとベッドの縁にしがみついているのが視界の端に入った。


「みっ、みなちゃん!? だ、大丈夫!? 腰でも痛めた!?」

「ごめ、すぐるく……ウィッグ、ウィッグ取って……」


 力ない声で、ぷるぷると腕を伸ばしている。


「ウィッグ? はい」


 言われるままに、薄茶のロングヘアを顔面蒼白のイケメンに手渡した。

 ドンドンと叩かれる度に、病人のように細い肩が揺れる。

 彼は震える手でがぽっとウィッグを被ると、ゆらりと壁に向かって立ち上がった。そして、


「もーっ! ドンドンうるさいぞーぅ!? こっちだって今大変なんだからーっっ」

「そ、それそれーッッ!」


 思わず手元のボタンを押してしまいそうな勢いで俺は叫んでいた。

 そう、これが春市みなちゃん!!


「ぁんだ、今日は痴話喧嘩かー? 外でやれ外でェ!」

「そっちこそっ、いつもやかましくしてるくせにー! 彼女、ケッコン考えてるんだから、そろそろ落ち着いてあげなよねー!?」

「えっ!? お、おい……そうなのか?」

「はわわ……いと恥ずかし……」

「なんだオメェ……それならそうと……オイラもおんなじ気持ちだからよ……」


 壁の向こうで何やら婚約談義が持ち上がっている。

 ふっと短く息をついて、みなちゃんはこちらを振り返った。


「やっぱりこれがなきゃダメみたい」

「これ……って」


 やっとよく知っている調子になったみなちゃんは、くるくるとウィッグの毛先を弄んだ。


「ありすちゃん、じゃなくて……すぐるくん」

「な、なに」


 先ほどまでとは打って変わって、ぐっと距離を詰められる。


「黙ってて、ごめんね」


 やっと目が合った瞳は、その言葉が本心なのだと信じることができる色をしていた。

 小さく息を吸って、吐いて、みなちゃんは続ける。


「おれもね、事情があって女の子の恰好でアイドルをしてる。それですぐるくんのことも、今まですっかり女の子だと思っていて……。事務所の後輩として、可愛い子が入って仲良くしたいなぁって思ったのね」

「う、うん」

「だから家に連れて来たのも、可愛い女の子だと思ったからなんだよ? 女の子じゃなかったら、絶対連れてこなかったもん。だから、信じてっ」

「うん。ん? いや、ちょっと待てよ? なんかおかしくない?」


 可愛い女の子だと思ったから家に連れて来た?女の子じゃなかったら連れ込まなかっただとぅ?


「し、し、信じられるかー! 女の子だから連れて来たって……確信犯じゃねーか! ケダモノ! みなちゃんのケダモノーッ」

「なななっ、何言ってるの!? 男と女で何も起こるわけないじゃない!」

「はいぃっ!?」


 そっちこそ、何言ってんの!?

 おかしい。話がまったく噛み合っていないようだ。みなちゃんはなおも主張を続けた。


「おれは、おれが男で、ありすちゃんは女の子だから、変なことは絶対起こらないって思って……」

「いやいやいや、男は女子をエロい目で見るだろ!?」

「ええっ!? 男がエロい目で見るのは男でしょっ!?」


 ダメだ何かがおかしい。

 何かが決定的に食い違っている。

 ええともしかしたら、俺はものすごーくややこしい領域に足を踏み入れてしまったのでは?


「ちょ、ちょっと待てよ。もしかしてみなちゃんはその……男の人……が好きなの?」

「ううん、おれはちがうと思う……」

「そ、そっか……。……?」


 それじゃ、ますますわけがわからない。


「けどすぐるくん、男は男に劣情を抱くのが普通なんじゃないの……?」


 劣情て。

 いや、それより、何が”普通”って?

 いやいや、もちろん、いろいろな人がいていろいろなじじょーがあるって俺も知ってるけどっ、でも彼が今しているのは定型・非定型の話だろ!?


 だがやけに神妙な顔で俺に尋ねてくるところを見ると、みなちゃんは冗談ではなく本気で疑問に思っているらしい。


「す、少なくとも俺は、みなちゃんが男だって分かったら、エロい気持ちは木っ端微塵に霧散したよ?」


 そしてお空の星になりました。

 みなちゃんはそれを聞いて、本当? と、まるで何かがほどけたように、片手でゆっくりとウィッグをずりおろした。


「……本当に、おれのこといやらしい目で見ない……?」


 うるんだ瞳で見つめられ、お空の星になった何かが隕石になって襲来しかけそうな気持ちになったが、慌ててぶんぶんと頭を振った。

 なんだかこのイケメンの特殊な男女観の原因が、ほんの少しだけ分かったような気がする。


「見ないよ。だってさ、ほらなんだ、テレビとか漫画のえっちなシーンて、大体こうー男と女でやってるだろ?」

「あ、あんなの作り物だよっ、ファンタジーの世界だよぉ!」


 眉を八の字にして、美青年は頭を振った。


「ううっ、男なんて、男なんて……」

「あーえーとそういう男ばっかりじゃないから……な?」

「う、うううう……」


 なんの話をしているのかよくわからなくなってきた。


「アイドルを始めてから、優しい男の人もいるんだって分かった……。女の子の恰好なら、いくら挑発的なこと言ってもヘンな事されないしね。純粋に応援してもらえるし」

「闇が深……いや、深いい……話だね」

「だから、男の人の中では、ファンがいちばん好き……。 アイドルになってよかったって思うんだぁ」

「……そっか」


 それは、ステージ上で見る笑顔でも、事務所で冗談を言っている時の笑顔でもなくて、初めてみる彼の笑顔だった。

 その顔を見て、なんだそうか、と安心してしまう。なんだ、俺、全然……、


「あ、あはは。でもすぐるくんはゲンメツしちゃったかなぁ? ごめんね、可愛い先輩じゃなくって……」


 きっと、男だって分かった時、俺よりもみなちゃんの方がショックを受けたはずだ。

 家の中で二人きりという状況に、強い不安も抱いただろう。

 だけど彼は、それを俺にぶつけなかった。

 突き放して、締め出したりはしなかった。


「……、……いいよ」

「え?」

「……ああもうっ」


 赤くなった顔を隠すように思い切りミディアムボブに頭を突っ込む。


「ったく、んな事いいから、ガールズトークでもしよーぜっ」

「ああっ、ありすちゃん! やっぱりすっごいかわいいよっ」

「ほら、みなちゃんは布団に入って。俺は床でいいから」

「……いいの?」

「いいよ」

「朝までガールズトーク、してくれるの?」

「あ、朝まで!?……いいよ付き合うよっ」

「ええーっ、ありすちゃん優しー」

「ふん、当たり前だろ」


 だってこの人はみなちゃんなんだ。

 ありすもすぐるも、笑えてくるほど、そんな彼が好きなままだった。


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