第八十四色 疑心暗鬼の会議、星座が示す
「こうなったら全員の身体検査をっ!」
「それで犯人が分かるって云うの!?魔法で隠されたら意味がないわ!」
「なら魔法で調べれば!」
「……共犯者がいるとも限らない。それは、危険」
「今すぐ城の強化を図るべきです!」
「強化前に敵の正体を把握するのが先決です!ちょっとは頭使ったら!?」
「怪我人が大勢いる以上、回復魔法以外も使うのにどうやって?!」
「裏切り者に逃げられる前に対処しなくては……!」
「だから今それを考えているんでしょーがっ!」
『覇者』に力の欠片を与え、『覇者』を生み出した神々が描かれた天井は今や黒い感情で覆われ、輝かしくも儚げで双神を父と母と慕い愛し世界を愛していた彼らの姿を隠してしまっている。それもそのはずだとアーサーは誰にも気づかれないよう、小さくため息をついた。
多くの者達が朝食を摂り、来る戦いに備えていた今朝方。発生したのは魔物の大群だった。エーヴァ防衛城の外側からは発見出来ず、唐突に城の内側に現れた魔物に彼らは大混乱を極めつつも冷静に魔物を討伐した。死者はおらず、代わりのように負傷者が多数出た。しかし、たった数秒間だけの対応の遅れは一階と二階の惨劇となって現れた。一階と二階の中央階段の鉄格子破壊とある意味二階の占領。そして内側に突然現れた原因。エーヴァ防衛城は風属性と想属性二種類の防御壁で守られていた。その壁が、門付近の壁が内側から破壊されていた。つまり、城の中に裏切り者がいると言うことを示していた。防御壁は外側から破られない。だって気配がないんだから。なのに破られたと言うことは内側から圧力がかかった、裏切り者がいるとしか考えられなかった。それは外側にいるはずの未知なる主犯格、魔牙以外にいると考えても可笑しくはなくある意味、前門と後門を押さえられた絶体絶命の構造だ。また裏切り者の存在は魔物の侵入経路をペリノアの命令により探っていたサグラモールとグリフレットの見解でもあった。またサグラモールは実際に魔法で内側からの破壊跡を目撃している。言い逃れや見落としがあったとは到底考えにくい。そして魔物の侵攻の誤差がこちらにとっての誤算となったのは云うまでもない。
魔物の討伐終了後、五階星座の間に会議と同じように各隊長と副隊長もしくは参謀、『覇者』が集まっていた。いや、全員が全員この状況をさっさと明確にしたかったのだろう。何人か会議に参加しているはずがない仲間も混じっている。まぁその隊は隊長クラスが怪我で休養中だと申告されているので分かるには分かるが。その他の仲間は自室もしくは再び来襲があるとも限らないため警戒に当たっている。だが魔物を討伐した後の疲労感付きだ。長くは持つまい。
ダイヤ魔導国にいるルシィは一時間前から双神と会うために儀式中なため、連絡はとれなかったが関係者に話を通しておいた。あちらも慌てていたため、儀式が終わり次第こちらに帰ってくるだろう。
そして現在。先程発表された情報に混乱と疲労、破られるはずがないという自信が破られた一種の敗北感に多くの者が裏切り者を炙り出し排除しようと考えるのは考えなくても分かることだった。もはやそこまでの過程を考えることさえ今の彼らには困難な状態だった。縦に長いテーブルの両端で仲間が腹から声を張り上げ罵詈雑言を叫ぶかの如く、口悪く意見と見当と裏切り者を叫んでいる。以前間であった椅子は邪魔だと言わんばかりに取り払われ、大広間の後方へと追いやられている。この会議を取り締まるべきペリノアは全員の危機迫る声色と人を殺さんばかりの憤怒に怒りをぶちまけさせた方がスムーズに進むと考えたらしく、腕を組んだまま微動だにしない。いや、もしかしたら彼は彼なりになにか考えがあって黙っているのかもしれない。彼の心情をアーサーが掬い上げることは出来かねなかった。
「二重構造の完璧な壁は内側から破壊されているのよ?物理じゃないのは云うまでもないはず」
「魔法には魔法、物理には物理っつー法則はある。だがな、全てがその法則に当てはまるとも限らねぇ」
ドラゴネットとカラドックが慎重な面持ちで叫ぶ。そう、魔法で構成されたからと言って魔法で破壊したとは限らない。つまり、エーヴァ防衛城にいる全員が容疑者と言っても過言ではないのだ。此処には相当の実力を持つ者達が集まっているのだから。その言葉の意味が波紋を広げ、先程の会話も相まって多くの疑心暗鬼を呼び起こす。
「……防御壁について知っていたのは限られるよなぁ……」
ポツリと呟いたのは誰だったか。声の低さからしてパロミデスのような気もするが、どうでもよかった。その言葉の……いや単語の羅列の意味を正確に理解出来る者は少ない。多くいるようで実際は少なすぎた。防御壁がエーヴァ防衛城にかけられたのは魔物が出現した時期。つまり今現在とも捉える事が出来る。防衛壁の詳細について多くの仲間達には魔法で構築された壁と説明されており、二重構造とまで知らない者が多い。二重構造という情報は相当の実力者にとっては絶好の隙間。魔法で構築されただけでは何属性をぶつけるかまでは分からない。だが、二重構造と分かれば対策が講じる事が出来る。物理であれば防御壁の弱点を集中的に攻撃することが出来る。魔法であれば弱点属性、もしくは効果を削除してしまえば良い。そして防衛壁の二重構造について聞いているのは一日目から会議に出席していた人物に限られる。そう星座の間にいる、総勢数十人にも及ぶ仲間達だった。各隊の隊長や副隊長、増員メンバー、そして『覇者』。ルシィはこの場合、裏切り者ではないと除外しても良いだろう。襲撃の際にもおらず、双神の臣下であるルシィが魔物に荷担しているとなれば、双神が怒りの鉄槌を下すだろうし。また野次馬精神のように隊長や副隊長クラスの代わりに来た仲間も除外される。……蔓延り始める疑心暗鬼は些細な波となり、波紋となり全員を包み込んでいく。
「……お前らじゃないのか」
シンと静まり返った水面に突如として投げ入れられた小石は急激な速度で疑心暗鬼という波紋を描き、徐々に誰かの思惑通りに目の前を染めていく。形作られた信頼か、それとも未知なる鉱石か。嗚呼、それなら、裏切り者は消せ。誰かがそう囁いて、誰かが洗脳魔法を施すように、誰かが操り人形を操るように仲間の口から滑り落ちるのは非難の言葉。
「外から来たお前らじゃないのか。長年一緒にいる奴らなら実力はほぼ分かっている。だから信じられる……だが部外者はどうだ?実力も分からなければ、正体がわからない者もいるじゃないか!」
「そうね……部外者は寄せ集めも良いところじゃない。外で魔物とグルになったってことも考えられるわよ?」
黒い感情。疑心、不安、不満、混乱、怒り。その全てを制御なんて出来なくて。全員の心で傾く天秤は全員の意志とは裏腹に溜めに溜め込んだ不満をぶちまけて行く。
「はぁ!?なに言ってんだ?それはそっちもだろ?全員でグルになってんじゃねぇの?内部から破壊だっつってんだろ。なら、虎視眈々と機会を狙ってたんじゃねーの?」
「部外者だからって信頼出来ないっていうの?こっちだって命張って戦ってるのよ。馬鹿にしないでくれる?!」
両者の言葉を皮切りに始まったのは裏切り者の吊し上げ。罵詈雑言の嵐だった。これ以上は不味いと傍観していたペリノアも咄嗟に声を荒げるが疑心暗鬼に全てが傾いた彼らには聞く耳を持たない。味方を守らなければ。潜んでいるかもしれない脅威を排除しなくては。その行為はきっと誰かも感じた正義の一つ。隠されたもう一つの裏表。だからこそ、一つのヒビによって簡単に脆くも崩れてしまう代物だと俺は知っている。例えそれが強い絆で結ばれていようとも。例えそれが長い間に形作られた耐え難いなにかであっても。両者の違いは単純であって複雑。だから、裏切り者に洗脳れる。気づかぬままに。
「なにがそんなにみんなの不安を掻き立てるか知らないけど、俺達は部外者でもなんでもない。一つの目的のために戦う云わばチームだ。チームは信頼がなければ崩壊する。それを分かってるはずだろ!?」
繋がるはずもなかった縁も絆も此処に揃わなければ叶わなかった。出会わなかった。それさえも、今までの物語でさえも否定しないでくれ。それは全てを、死も覚悟も捧げようと決心したはずのアーサーの深い深い心の奥の鉄格子を叩いて、無理やりのように扉をこじ開けていく。全て全て否定して、裏切り者に与えられた情報だけが全て正しいように肯定していく。脳では分かっているのにやめられない。そんな感じ、足元が覚束ない浮遊感。
けれど、精一杯声を張ったはずのアーサーの言葉は裏切り者探しの刃物の中に隠されてしまって、誰にも聞こえやしなかった。バラバラに、粉々に切り刻まれていく、薄っぺらい紙のように。心が、心臓が跳ね上がる。
「そんなこと言って、本当は裏切り者がいるんでしょーよ!」
「適当なこと言わないでくれる!?」
「知られないように魔法で魔物と連絡を取り合ったんだろ?!」
「『覇者』が集まらなければ……襲撃はなかった?」
その言葉にアーサーは耳を疑い、頭を金づちで殴られたような衝撃を受けた。頭の隅に引っかかるものを感じていた。それがボールのようにアーサーの脳内を跳ね回り、容赦なく場を引っ掻き回していく。
『覇者』がいなければ。それはつまり『覇者』がいたから魔物に襲撃されたと言うことだ。しかしそれはいくらなんでも馬鹿げた推測としか言いようがなかった。だって『覇者』がいなければ戦いは勝利出来ない可能性が出てくるため、『覇者』が必然的に必要となる。だが裏を返せば『覇者』が引き寄せていると考えても無理はなかった。そんなこと『覇者』は求めてもいないし知ったことではない。つまり、関係がないとも取れるし、その多くの技術をもって荷担したと捉えられることも出来る。考え方次第だ。相手は世界を滅ぼうとしていて、『覇者』が邪魔なのだから。そのため、『覇者』に疑いの目を向けるのは見当違いだった。だがアーサーの脳裏はバチバチと場違いなほどに火花を散らす。誰かの何気ない裏切り者を吊し上げるための言葉はアーサーにとって違う意味を孕んでいた。それは旅の間に溜め込んだ自分自身への不満不安、劣等感だった。チリッと脳裏に散る火花という劣等感にアーサーは頭を押さえ、視界を手で隠し、全てを遮断する。今、起き上がるべきではない感情はアーサーの思いとは裏腹に大きくなっていき、同時に言い争いはまるで黒く燻った感情を逆撫でするようにヒートアップしていく。
「増員メンバーは厳粛な審査と実力によって選ばれる。相当な手練れでないと細工も侵入も出来ないよ~出来る可能性もあるにはあるけど♪」
「しかも隊は全てが移動して来てる訳じゃない。実力も正体も分かってて信頼出来るなら、未知数である俺達はある意味信頼に値しないと言うことだよね?」
「全てに全ての難癖をつけるつもりかな?全部論破しても問題ないけど、敵の思う壺なんじゃないかな」
「考え方によれば『覇者』がいるためとも言えるだろう。だが、それはあくまで想定でしかない」
支離滅裂な罵詈雑言という疑わしきは罰せよを頼もしき仲間達が論破していく。それによって少しずつ、本当に少しずつではあるが突拍子もない相手に八つ当たりしていたと誰もが冷静になり始めていた。だがアーサーは違った。先程の言葉が引き金になり、何故か視界はぼやけていた。悪夢のような夢を見た時のような焦燥感、不安。それが心の中も頭も支配して上手く考えられない。それは俺が弱いから?俺が何も覚悟出来ていないから?しているのに。ーー本当に?嗚呼、グルグルと目が回る。あの戦場がこびりつく。
「……っ」
思わずと言った感じでアーサーの口からもれた舌打ちはおそらく、自分に対する苛立ち。アーサーはゆっくりとヒートアップと冷静さを取り戻す温度差の激しい星座の間から一刻も速く逃げ出したかった。そこはある意味、魔の巣窟だったから。……いや、ただ一人になりたかった。じゃないと、俺がいる意味なんてない。
ゆっくりと移動し、大広間を出たアーサーに気づく者はいなかった。声を張り上げる友人達も裏切り者を罵倒する仲間達も、その喧騒と緊張感に包まれて。
そう、ただ一人を除き。
……*……
いつの間にか、外に出ていた。何処から都もなく漂う硝煙の臭いがアーサーの鼻腔を震わす。けれども、今の彼にはどうでも良かった。ヨロヨロと壁を片手に座り込んだのは、自分でも分からなかった。ただただアーサーの心から流れ落ちるのは不思議なほどにしっくり来ない劣等感。
何故、俺は『覇者』捜しに選ばれた?『覇者』には到底及ばないただの騎士なのに、此処にいる意味なんてあるの?……彼らと戦う覚悟はあっても、死ぬ資格なんてないのに?俺は、あそこにいる意味をちゃんと理解している?
それは強者に出会い、力を目の当たりにした興奮と高揚感に似ていた。アーサー自身分かっていたつもりだった。あの悪夢のような夢のせいで、『覇者』である友人達を守れるか不安なだけなのだと。いつしか死神が彼らを奪って行きやしないか不安なのだと。彼らは強いから大丈夫。彼らにはちゃんとした意志があって、色があって。嗚呼、その色を、意志を共有出来たならばなんて、なんて烏滸がましい。知っているのに、そう知っているのに。この感情は止まってくれないんだ!
「……みんなと、同じで、良いはずで……っ」
俺は『何者にも染まることの出来ない者』。けれどつまりそれは、誰でもないってことなんじゃないの?嗚呼、考え出したら切りがない。だって、だって。
「みんなの役に、どうにか立ちたいのに」
そう思うほどに自分の中の劣等感が邪魔をする。今まで以上に大きなその塊はまるで本当の自分のようで……
「(本当に?)」
脳裏で散っていた火花が消える。簡単な事だった。なんであんなに悩んでいたのか分からないほどに。劣等感があって当然で、それでも選ばれたのには友人達の思惑があって。ただただ自分が深く考え過ぎていただけなんじゃないの?楽観的に、深く考え過ぎて沼にはまったら意味がない。アーサーはゆっくりと心臓辺りの服を握り締める。トクトクと静かに時を刻むその音が回りに回って混乱する頭を冷やしてくれる。大丈夫、大丈夫。深く考えないで。自分の意志を貫けば良い。自分に向かって言った言葉はまるで、夢に出てくるあの人物の言葉のようで。死神でもなんでもない。意志を伝えようとする一人の形。それそのものだと気づけた時、霞が晴れ、アーサーの視界は恐ろしいほどに鮮明に世界を映し出していた。俺は
「隣に立ててる」
誰でもなく、ただ友人達の隣に。強き意志を、色を持つ彼らの隣に。だから、役に立ちたかった。嗚呼、ようやっと思い出せた。アーサーは今まで悩んでいた劣等感たる感情も実感した意志もゆっくりと仕舞い直す。いまだ何処かに違和感があるのはきっと……そこでアーサーは心に燻る違和感の謎に疑問を持った。先程まで自分がいたのは裏切り者の渦中。なら、これは一体?考えても仕方がない。間違っていちゃあ話になんてならないんだから。アーサーはフッと息を吐き、壁を杖に立ち上がった。
「そう、アナタには役に立って貰わないといけない」
途端、耳元で響く重低音は脳内に直接響き、アーサーの眠りを誘う。敵か、そう思ったアーサーは咄嗟に微睡む意識の中、剣に手を伸ばそうとする。
「(……っ、意識が……!)」
伸ばそうとした腕も逃げようともがく腕も混濁する意識の前には手も足も出なくて。開けようとする瞼もアーサーの意志とは裏腹に簡単に閉じていく。抵抗するはずの体から力が抜けていく。暗闇に落ちていく。
「ワタクシたちの、役に、ね」
意識を完全に手放し、暗闇の奥底へ沈んでいくアーサーが最期に耳にしたのは全てを嘲笑う声だった。
頑張った、ウチ頑張った。続きますよぉ!




