第八色 数色のお茶会
何処か豪華絢爛でいて、シンプルな部屋。大きなベランダからは眩しくも暖かい日差しが差し込むその部屋は、部屋と呼んでも良いのか分からないほどの大きさを誇っていた。そんな部屋の中央を贅沢に使った円卓を囲む人々。円卓の上にはこれまた豪華な菓子や茶器が並び、ティーカップからは匂いだけでも美味しいと分かる湯気が漂い、菓子と共に食欲を誘う。ツリーのように積み上げられた菓子の山からクッキーを摘まみ、アーサーは口に放り込んだ。仄かな甘味とサクサクッとした食感が口いっぱいに広がり、幸せな気分にしてくれる。さすが宮殿お抱えのシェフが腕を振るっただけはある。アーサーの隣にはルシィがティーカップとソーサーを持って慣れない手付きながらも紅茶を楽しんでいた。二人の向かい側の席にはパロミデスとガヘリスがおり、ペリノアは全員の顔が見渡せる場所で優雅に紅茶を飲んでいる。一つ一つの動作が洗練されていて、それでいて優雅に見えるのはなにもペリノアが皇子と言うことだけではないのだろう。そんな彼を一瞥し、アーサーは隣に目を移す。隣には三つの空席が出来ており、ティーカップから上がる湯気がまだ淹れ立てであることを物語っている。
「ユーウェイン達、遅いね」
「どっかで寄り道でもしてんじゃねぇの。ガヘリス、砂糖」
「ん」
アーサーが少し心配そうに言えば、パロミデスがあっけらかんと答えつつガヘリスの方へティーカップを差し出す。ガヘリスも当たり前だと言わんばかりに近くの砂糖入れから砂糖を取ると紅茶に一個入れた。二人の答えにそれもそうかとアーサーは無理矢理納得し、自らも紅茶を飲んだ。
あの訓練から早一日。もう少しで旅が始まる。明日から出発までは家で家族と過ごすつもりなので実質友人達と会えるのは今日が最後となる。ちなみに前日の訓練で二回戦、三回戦共に残ったのは言わずもがな『覇者』である。仲間が「強い!」と叫んでいたのはお愛嬌だ。で、その前日、ペリノアが急遽企画した茶会が只今開催されているわけである。女性陣三人は庭園の花を見に数分前出掛けて行ったっきり帰ってこない。パロミデスの云う通り、何処かで寄り道でもしているのかもしれない。なにせあちらには好奇心の塊、ディナダンがいるのだから。もしくはシェフのところに摘まみ食いしに行ったのかもしれない。そんなこんな、ペリノアが予告したような男子会ーただしルシィは考えないーが行われていた。
「パロミデス、あんまり砂糖入れすぎるなよ?それでも結構甘めなんだから」
「そうだったのか?……あ、ホントだ甘い」
ペリノアが少々あきれたようにパロミデスに言えば、彼は紅茶を一口飲み、納得した。いつもよりも甘めな感じがしていたが、そうだったのかと納得しつつアーサーはクッキーを頬張った。隣ではルシィも同じようにクッキーを拝借していた。二人して同じことをしているのを可笑しそうにニヤニヤと笑いつつ、ガヘリスが問う。
「そんなにクッキー美味しいの?アーサーもルシィ様も食べてるし」
「うん?うん、美味しいよ。ねぇルシィ」
「(モグモグ)」
「リスか!」
口いっぱいに詰め込まれたクッキーのせいで喋れず、コクンコクンと頷くその様子はまるでリス。ルシィ以外が「ハハッ!」と愉快げに笑えば、クッキーを飲み込んだルシィがムゥと頬を膨らます。
「初めて此処に来た時よりも柔かくなったな、表情」
「そうですか?自分ではよく分かりません」
ブニーとペリノアに言われて自分の頬を引っ張るルシィを慌ててアーサーが止める。まさか頬を引っ張ると思ってもみなかったらしく、パロミデスは爆笑寸前である。ガヘリスも口元に手を当てて笑いをこらえている。
「そういえば、ノアさんに聞きたいことがあったんです」
「この今にも笑い出しそうな二人の前で云う?」
「でですねー」
ビヨーン、と自分の頬を引っ張りながらルシィが云うものだからパロミデスとガヘリスは爆笑である。ペリノアもティーカップを置いて顔を背けているが肩がプルプルと痙攣している。楽しそうに笑うルシィにアーサーもしょうがないと云うように笑う。最初は何処か遠慮していたのにいつの間にかこんなにも気を許して友人と笑っている。それが嬉しくてなんだか心強かった。
「で、ルシィの聞きたいことって?」
笑って渇いた喉を紅茶で潤し、話題を変えれば「そうでした」と同じように紅茶を飲んでルシィが云う。一瞬の時に内容を忘れていたのかなんだっけ?と首を傾げた後、何故か壁を指差した。可部?と首を傾げるアーサー達を横目にルシィはペリノアに問いかける。
「あれってなんです?」
「あれ、って……サイン?」
ペリノアが指差した壁。そこは雪のようにほぼ真っ白で綺麗とでさえ思ってしまうような壁だ。しかし、そんな壁の隅、子供の身長と同じくらいの場所に少しだけ煤けた所があった。近くにサイドテーブルを置いて違和感がないようにしてはいるが、逆に気づいてしまえば意味などなかった。目を凝らして壁を見るとそこには小さな文字でサインらしきものが走り書きされており、一つではなく何個もある。気になってそこにしゃがみこむアーサーにつられてパロミデスも腰を屈めて壁の文字を凝視する。ガヘリスも気になっているようでティーカップに視線を送るふりをしながら、チラチラと壁を見ている。
「なんでこんなところにサインが……」
「てかこれ全部、アルヴァナって最後に付いてねぇか?」
「え?!じゃあ、これらって」
「そっ、君達の云う通り壁に書かれてるのは皇族のサインさ」
まさかの人物のサインにアーサーはパロミデスと顔を見合せ、驚愕の声を上げる。皇族、ペリノア関連の人物が何故壁にサインを!?なんで?聞きたいことは山ほどあるのに衝撃的な事実に頭が混乱している。
「こ、此処だけ切り取って売れば儲かるぞ!?」
「ていうか切り取っちゃ駄目でしょ?!あああ、でも、これ何人も書かれてるよ?!」
「二人共、落ち着いてよ!」
「「うわっ」」
混乱して叫び散らす二人の首根っこをガヘリスが掴んで持ち上げた。膝をついた状態と中腰状態になる二人。どうやら慌てて騒ぎ過ぎてガヘリスが近づいて来たことに気づかなかったらしい。「もぉ」と呆れたように、何処か怒ったように表情を歪めるガヘリスと、まるで親猫に回収されたようなアーサーとパロミデスの様子を見てルシィがクスクスと和むなぁと笑う。ペリノアも友人達が楽しくじゃれているのを見るのが好きなのか嬉しいのか、紅茶を嗜みながら微笑んでいた。
「ノア様の前なんだから騒がない!まぁ切り取ることになったら俺にもちょうだい」
「結局ガヘリスもじゃねぇか!」
「私が許可するから良いぞ~そん時は持ってけ~」
「「さすがノア様分かってる!」」
「それで此処に書かれてるのはなんでですか?!」
話題を元に戻すようにアーサーが問いかければ、ペリノアは「確か……」と空を一度仰ぎ思い出そうとする。その間にルシィがヒョイッとペリノアの前にある皿からお菓子を取る。
「ていうか大前提で、此処は臣下に下る皇族が使える唯一の部屋だ。で確か何代か前の皇帝の弟が臣下に下るって日に壁に名前書いたらしくてな。そこから此処は臣下に下る者の部屋になり、伝統のように壁に名前を書いているってわけだ」
「へぇ、じゃあノアさんもあの壁に書くのですか?」
「多分な。下る日にでも書きに来るよ」
「その時は僕も此処に来てぇ!」
「あ、パロミデスずるい!俺も!」
「ちょっと!二人だけずるい!俺、隣国なのに!」
両腕を振り上げながら叫ぶガヘリスからパロミデスが逃げるように席に戻り、アーサーはケラケラ笑いながら彼の肩を叩く。なんだかんだペリノアを皇族として捉えている一方、友人としても捉えているのだろう。そんなガヘリスが時たまに子供らしく見えるのは彼が末っ子だけではないのだろう。チラリと壁を一瞥するとペリノアが言ったように何人かの皇族のサインが記されている。綺麗でいて丁寧な字の中にペリノアの名前も加わるのだろうと思うと少し嬉しくなる。臣下に下るものの、彼の名前が残るのは友人として嬉しかった。怒った様子のガヘリスを宥めながらアーサーが円卓に戻るとタイミング良く部屋の扉が開いて女性陣が帰って来た。
「「ただいまー!」」
「お帰り、遅かったね」
「ガヘリスさん、アーサーさん!どぉーん!」
勢いよく扉を開けて入ってきたディナダンがこれまた勢いよくアーサーとガヘリスに突撃し抱きつく。ガヘリスが間一髪で受け止めれば、アーサーはサッとずれる。そして案の定、ユーウェインはパロミデスとイチャつく。そんないつも通りの二人をスルーして片手に色鮮やかな花束を持ったマーハウスが円卓に近づく。
「すまないが誰か生ける物を持ってないかい?庭園に行った時、庭師に貰ったんだが私じゃあ属性的に燃やしてしまうからね」
「花瓶とか貰えなかったのか?」
「帰りに誰にも会わなかったんだよねー台所近くで声したから皆そっち行ってたんだと思うよ!」
マーハウスが持つ花束を指先で弄りながらペリノアが問えば、ユーウェインが片手にお菓子を手繰り寄せながら答える。サイドテーブルはあるのであとは花瓶だけだ。するとルシィが手元に魔法を展開させ速攻で簡単な花瓶を作り上げるとマーハウスに差し出した。目の前で作られた花瓶にマーハウスは小さく驚いていたが「ありがとう」と言って花瓶を受け取り、花束を入れた。花束はピンクを基調とした鮮やかな花束なため、薄緑色の花瓶がとてもよく合う。マーハウスは花瓶をサイドテーブルに置くと満足そうに腰に手を当てた。豪華絢爛でいて何処かシンプルだった部屋に鮮やかさがプラスされる。クルリと振り返ってマーハウスはディナダンとガヘリスの頭を通るついでに撫でていく。その彼女のあとを二人が追いかけ、席に行く。次第に集まり、賑やかになっていくお茶会にアーサーは自身の頬が綻んでいくのを感じた。
「アーサー、なに突っ立ってんの?おいでよ!」
「これセッティングしたのアーサーだしなぁ一応」
「発案者は私だけどな」
ユーウェインが手を振って、パロミデスが頬杖をついて、ペリノアが笑う。
「ほーらぁー!アーサーさん!」
「行くよ」
「紅茶を淹れ直してもう一度味わおう」
先に歩いて行っていたディナダンがアーサーの腕を引っ張り、ガヘリスも遠慮がちにアーサーの袖を掴む。ティーポットを持ちながらマーハウスがメイドさながらの給仕能力で紅茶を注ぐ。マーハウスから紅茶を受け取り、ルシィはティーカップを優雅に持ち上げる。そうして、アーサーを振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「こちらにいらしてください」
そうルシィが言った言葉が何故か嬉しくて、アーサーは満面の笑みを浮かべ、友人達のもとへと駆け寄った。
全員がいるとこんなに賑やかです!ウチが書く話には一回くらい出てくるお茶会or酒盛り。