第八十一色 疑心暗鬼の前触れ
まるで突き上げてくるような地響きにアーサーは壁に手をつけて耐える。その耳元で風が通りすぎて行くかのように何処から都もなく爆音が響き、再び地面が揺れ動く。城の最上階にある寂れた黄土色の鐘が緊急事態を爆音に掻き消されぬよう声を荒げながら伝えてくる。その音に誰もが困惑の声を上げ、武器を取ることさえままならない。
「魔物です!魔物がエーヴァ防衛城に侵入しました!」
正面玄関から重い扉を押し退けるようにしてリーセイが駆け込んでくる。彼は顔面蒼白になりながらも中央階段を無我夢中でへっぴり腰になりながらも駆け上がり、全員に襲撃を伝える。
「……魔物!?」
遠くから木霊するリーセイの言葉にようやっと我に返ったアーサーは剣を抜き放つ。だが、この城には気配を遮断する魔法がかかっていたはず。風属性と想属性の二重構造の防御壁。それが破られたということなのか?だとするとこの襲撃の首謀者は様々な場所でアーサー達の邪魔をしてきた魔牙ということになる。しかし、魔牙であろうとも魔法には分からないようになっていたはず。それがどうして?アーサーは深い沼に落ちていきそうになる思考を一旦中断し、壁に背をつけると近くの窓から外の様子を伺う。リーセイの云う通り、外では何十体もの魔物が蠢いていた。朝早くから訓練に勤しんでいたであろう仲間達が懸命に相手をしている。壁の屋上からも数人が援護をしているようで魔法が飛び交っている。しかし、それだけではどうにもならない数だ。裏口から出たのかそれとも窓から飛び出して行ったのか先程まで食堂にいたマーハウス、カラドックにフローレンス、そしてボールスとドラゴネットが戦闘に参加している。他の友人達は見えないが違う場所で参加しているのだろう。もしくは様子を伺っているか。だが『覇者』が参戦したことでいくらか仲間達の不安も解消されるだろう。問題は中に侵入しているのがどれくらいかということだ。リーセイの大声の報告から考えて壁外にはいないだろう。いたら真っ先に誰かが風属性の魔法、浮遊魔法などを使い、攻撃しているはず。しかもリーセイの言い方と仲間達の困惑具合から見て魔物は律儀に門を潜ってきたわけでも門を叩いて「こんちはー」と来たわけでもない。つまり、突然現れた。それが意味することは……
「アーサー!」
「ノア様?!」
再び思考の渦に飲み込まれそうになっていたアーサーを呼び戻したのはこちらに駆けて来るペリノアの声だった。彼もリーセイや他の仲間から魔物の情報を聞いたのか、ペリノアの左耳辺りでは連絡魔法の破片が粒子と霧となって漂っている。ペリノアは素早くアーサーが覗き込んでいた窓の反対側に滑り込むと同じようにして外を見る。頑丈に作られているはずの壁が仲間と魔物の戦闘の熱気と殺気にドンドンと強烈な打撃を受けている。それが壁越しに伝わってきてアーサーは思わず剣を持つ手に力を込めた。
「何処から侵入した、なんて今考えることではないか」
「いえ、門が破壊された形跡もありませんし、考えて魔物の侵入経路を潰した方が良いかと」
中庭で繰り広げられる接戦を横目に「はっ」と嘲笑うペリノアにアーサーは静かに云う。ペリノアが嗤ったのはたぶん、警備態勢と魔物の行動力だろう。昨夜、ずっと考えていたとしても全てが分かるわけではない。分かるんだったら凄いし、神にでもなれるだろう。だが、そんなこと双神でも出来やしない。アーサーとペリノアが視線を向ける先。いつの時代も侵入者を阻み食い物にしてきた門が鉄格子を広げて鎮座していた。つまり、先程アーサーが考えたように突然現れたのだ。おそらく魔牙が絡んでいる。
「侵入経路についてはサグラモールとグリフレットに任せた。あの二人ならすぐに見つけてくれる」
「信頼してますね」
「嗚呼、アーサーとルシィの友人だ。話してみると波長と話しが合ってな」
クスクスと嬉しそうに笑うペリノアにアーサーも嬉しくなって笑う。そんな状況ではないことを分かってはいるが着実に絆は生まれていた。
「ユーウェインとパロミデス、ディナダンとガヘリスには東西それぞれを頼んでおいた。城の内部にも侵入されない保証はない」
「俺、まだなにも言ってませんよ……?」
言ってないのによくわかりましたね?と不思議そうにアーサーはペリノアを見ると彼は「大体はわかる」とクスリと笑った。本当に敵わない。そうアーサーが思ったのも無理はない。さて、どうするか。
「俺達も窓割って参戦しますか?数的にはどっちもどっちって感じですけど」
「壁の外にも目を向ける必要があるからなぁ。無理には行かなくてもい」
「ノア様伏せて!!」
その時、アーサーは窓の外に鋭い物を見つけて咄嗟に叫んでいた。二人が同時にしゃがみこみ、窓から身を隠した次の瞬間、ガシャンッッ!!!と甲高い音を響かせながら窓が割れ、ガラスの破片が雨となって二人の頭上から降り注ぐ。破片で皮膚を切らぬよう腕で顔を覆いながら破片を弾き、突撃して来た物の正体を見る。壁には不気味な色の絵の具が大きく幻想的……ではなくただただ不気味な絵を描かれ、絵を描いた張本人である魔物は勢いよく壁に衝突した反動でゆったりとした動きで立ち上がりかけていた。姿は人のように見えるが手足はまるでスライムの如くふにゃふにゃで原型を保っていない。スライムが人型を取ったと云う方がしっくりくる。しかし、その体には窓を突き破っただろう剣の切っ先のような物が無数見え隠れしている。魔物は逆光の中、二人を見つけると見えない口元を歪ませ、体を歪ませる。そうして出来上がったのは両腕が剣と化したなんとも不格好な人型だった。また誰かに吹っ飛ばされたのか魔物の片足はよく見れば半分ほど消滅しており、なんとなくバランスが悪い。アーサーは壁を杖代わりに剣を構えて立ち上がる。チラリと窓の外を一瞥すれば、中庭にも城内部に侵入した魔物と同じ形態らしき魔物が多く、今回の主要的な魔物とわかる。
「まさかの侵入となったわけだな」
ペリノアがハッと鼻で笑いながら言えば、遠方や近場からこれ見よがしに窓ガラスが割れる音が輪唱の如く響き渡る。どうやら頑丈な扉ではなく偶然にも割れた窓からの侵入に決めたようだ。それにペリノアはまた鼻で周囲を見渡して笑う。ペリノアが仲間に巡回及び警戒を頼んで正解だったわけだ。他の仲間達も各隊長の指示のもと窓から侵入を開始した魔物の討伐に向かうだろう。窓の修復は後回しにして、まずは目の前の魔物から倒す。警戒と殺気を色濃くすれば魔物はビクッとスライム状の体を痙攣させて恐怖をどうにか緩和させようとする。
「ノア様」
「嗚呼、分かっている。久しぶりの共闘と行こうか。アーサー」
スッと片手をアーサーに向けて掲げるペリノア。その顔は魔物との戦闘であるにも関わらず、久しぶりに友人と共闘出来ることに歓喜していた。嗚呼、それは、こっちだって同じだ。だから。アーサーはペリノアの手に自身の手を重ねるとパァン!と弾いた。気持ち良いほどの破裂音が響けば、戦いの合図だ。我先にと言わんばかりにエーヴァ防衛城内部でも至るところで戦闘が始まる。二人の前にいる魔物も二人に向かって跳躍というか陸に上がった魚のようにはねる。アーサーは背後の壁に片足をつけ、突っ張り棒にすると剣を勢いよく突き出す。途端に跳ねてきた魔物に両腕がガキンガキンッッと音を奏でながらアーサーの剣を削る勢いでぶつかってくる。予想通りの衝撃に剣を持つ手が小刻みに痙攣する。クッと唇を噛みしめ、アーサーは剣を上に振り上げると壁を蹴り上げ微妙に体勢を崩した魔物の懐に接近する。後方の斜め下から剣を斜め上に切り上げれば、魔物の右腕から生えた剣の切っ先が甲高い音を立てて微かに欠ける。がすぐさまスライム状の体が歪み、新たな刃を形成してしまう。剣自体を破壊しても無駄と云うことだ。そのことを実感させるように魔物は数歩後退すると両腕を同時に上段から振り下ろした。アーサーは咄嗟に右にずれ、一撃を回避する。ドゴッと鈍い音を立てて絨毯が敷かれた石畳の床が大きく抉れる。魔物は抉れた岩の破片をアーサーに向かって飛ばしながら先程の動きはなんだったと云うような素早い動きで一気にアーサーに迫る。そして体を歪ませて変幻自在に泥のような液体でアーサーの足元を固め始める。ギョッと驚愕し、嫌そうな表情を全面に出しながら足を振り上げ吹き飛ばそうとするがもともとスライム状の魔物だったために粘着力も強く、本当に底なし沼に足を突っ込んだような不気味な重くも冷たい感触にアーサーは短い悲鳴をあげる。そんなアーサーなんぞ知ったことかと魔物は両腕をアーサーに向けて振り回す。上半身を捻って辛うじてかわすアーサーだが左肩にかすったようで焼けるような痛みが脳内に伝達される。アーサーは痛みに唇を噛みしめて我慢すると背後の壁に後ろ手をつき、下半身の力全てを使って足を振り上げるように跳躍する。運良くか魔物が攻撃しようとしていたのか不気味な底なし沼から脱出したアーサーは壁に着地すると壁を蹴って跳躍し、剣を真下に振り回しながら魔物の頭上を通過していく。頭上を通過するアーサーを追って魔物の半分溶けた体が半回転する。
「〈武器装備〉」
魔物がアーサーを追って振り返った先、いや目と鼻の先にいたのは大太刀を携えたペリノア。大太刀の刀身には黄土色と黄金色の粒子が螺旋を描きながら舞い踊り、詠唱の言葉を聞いていなければ何処かの宝刀だと勘違いしてしまいそうになるほど、美しかった。そんな大太刀を握りしめ、ペリノアは目の前の魔物を一刀両断する。だが魔物は間一髪で体を歪ませて一太刀を包み込むようにして防ぐと両脇から両腕の切っ先をペリノアに向けて振り回した。しかし、笑ったのはペリノアだった。魔物が包んで防いでいたはずの大太刀はペリノアが小さく詠唱を呟いた途端、粒子となって霧散する。突然防いでいたものがなくなったが為に魔物の体が中央に歪み、ペリノアを狙っていた攻撃はあらぬ方向へと飛んでいく。それらをペリノアが軽々とかわせば、右肩から垂れたマントがヒラリヒラリと彼の身軽さを物語る。体勢を低くし、歪んだ体をどうにか元に戻そうとする魔物に向かってペリノアは片手で三度〈武器装備〉を発動させつつ、回し蹴りを放つ。ついでと言わんばかりに大太刀も振り回せば、空中分解する勢いでスライム状の体が弾け飛び、ベチャッと嫌な音を立てて壁や天井にまで飛び散る。しかし魔物は次なる一手を打とうとするペリノアから崩れ落ちた体をどうにか引き摺って後退すると一気に体を再生させつつ残った腕で攻撃。軽くいなすようにかわすペリノアだったが衝撃波までは避けきれず、頬に浅い一線が刻まれる。ペリノアに攻撃し満足げに魔物は次なる準備を開始する。再生された体は半分ほどが飛び散ったせいか元の半分もなく、片側があって片側がないというなんともアンバランスな状態になっていた。が飛び散った欠片をなんとか集めようとアンバランスな体を水面の如く揺らしているが飛び散った欠片は微動だにしない。
「無駄だ」
なんでなんで?!と困惑する魔物をペリノアはクスクスと嘲笑う。だってこの城は難攻不落の異名を持つエーヴァ防衛城。例え外側が破壊されていなくとも内側にまで気を配るのは当然だろう?だからこそ、今でも健在している。ペリノアは口元に指先を当て嗤う。
「この城には数年前から魔物に侵入された際を想定し、壁や天井に魔物が二回当たった場合、その魔物を拘束する合体属性の魔法がかかっている。敵の下調べは基本中の基本だろう?」
嗚呼、なんて愚か。そう言うように笑うペリノアに魔物は怒り浸透なのか、アンバランスな体のまま、彼に向かって大きく跳ねる。遠方から響く魔物の雄叫びを踏み台と糧に魔物は上段から右は正常、左は半分欠けた剣を振り下ろす。がそれよりも早くアーサーが両者の間に滑り込み、剣で防ぐ。頭上からの攻撃が衝撃波となって二人を襲い、その間にもスライムは体を自由自在に動かし剣を絡め取ろうとする。それよりも先にペリノアが魔物の脇を通りすぎる。攻撃される、そう思った魔物は正しいだろう。そう、一般的に言えば。アーサーを振り切り、脇を通りすぎるペリノアもろとも攻撃すべく、バランスの悪い剣を魔物は振り回す。だがそこにペリノアはすでにいない。あれ?と怪訝そうな魔物の攻撃が大きく空を切り、そのまま重さに負けて一回転。すると魔物の死角となる場所にいつの間にかアーサーが回り込んでいた。壁を蹴り上げ、廊下のほぼ中央を陣取る魔物に向かって頭上から剣を振り下ろす。と魔物のない目と目が合った気がした。まぁ気のせいかとアーサーは気にしない方向で行くことにし、剣を振り下ろす。ガキンッ!と甲高い音が鼓膜に響き渡る。空中に身を投げ出したアーサーに気付き、魔物は両腕の剣を上へ投げ出す。空中で軽く静止した体勢のまま、アーサーは敵の剣に足をつけ足場とすると後方に敵を弾きながら一回転。素早く着地し立ち上がると魔物の懐に攻め込み、片腕を切り落とす。だが腕を再生する分はあるようですぐさま切断された腕は元通りになり下から殴るようにアーサーを攻撃する。間一髪で後方に仰け反ってかわすとアーサーは後方の床に手をつき後転。片足をついてしゃがんだままの彼に魔物が好機!と体を歓喜に歪ませる。けれど、ちょっと待って?嗚呼、もう待てない。しゃがんだ状態でアーサーはうなじを狙って振り下ろされる刃物の波紋を感じながらニヤリと微笑んだ。だって、ねぇ?
「ノア様、準備は宜しいですか?」
呟くように言われたその言葉に剣を振り上げ、アーサーしか視界に入っていない魔物を見据えながらペリノアは笑う。バサッと彼が右腕を横に凪ぎ払えば、空中には幾つもの大太刀が彼の指示を忠実に待ちつつも今か今かと攻撃を待ち構えていた。魔物がアーサーに剣を振り下ろす本の一瞬。そこを見逃さずにペリノアは右腕を振り、攻撃の合図とする。シュンシュンッッ!と空を切る音が音楽を奏でながら空中を滑っていく。幾つもの大太刀はアーサーに攻撃しかけていた魔物に勢いよく突き刺さる。一振り突き刺されば他の大太刀も我先にと突き刺さる。あまりの勢いに魔物の腕が引き千切られ、後方に吹っ飛ぶ。後方に吹っ飛ぶその一瞬の間にアーサーは立ち上がると剣を横に振った。大太刀によって剣山のようになった魔物に加わる最期の一撃。魔物は抵抗する間もなく、アーサーによって真っ二つにされると壁に縫い付けられる。壁に施された二重の拘束にもはや魔物が抵抗することはなく、ベチャッとスライム状の頭をもたげ、消滅を始める。アーサーは遠方から聞こえる魔物との戦闘音や気配から迅速に討伐しなければいけないほど付近に敵がいないことを確認し、ペリノアを振り返る。ペリノアは空中に浮かんだ幾つもの大太刀を真剣な眼差しで見つめながら云う。
「やはり、アーサーの武器を見る目は素晴らしいな」
「いえ、それをサグラモール達から聞いて作り出すノア様もノア様ですよ」
アーサーの言葉に彼はふふっと嬉しそうに笑い、空中に浮かぶ大太刀の数を増やした。多くの大太刀を従えるその姿はまるで多くの騎士を付き従えた百戦錬磨の指揮官もしくは戦場を支配する王。そうしてすでにペリノアは大太刀を操るすべを実に纏っている。さすが『大地』。アーサーは感服のあまり小さく息を吐いた。その息がペリノアには疲労を訴えているように聞こえたのだろう、彼はアーサーを振り返り、頼もしく笑ってみせる。
「どうした?まだ貴殿の実力はこれからだろう?」
仲間を鼓舞し、奮い上がらせるその言葉にアーサーは無意識のうちに腰を折り、会釈をしていた。カラドックやボールス達は自分を司令官と褒めてくれるが、それ以上にペリノアは凄い。戦闘で頭が回らなくなる中でも彼は数手先を見据えている。
「わかってます」
「そうか?ならば、さっさとこの騒動に蹴りをつけるぞ!」
「承知しました!」
そうして二人は新たな敵を倒しに駆け出した。
次回は金曜日です!なにかしらハプニングを起こさせたい作者です!(自覚)




