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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第三部
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第七十八色 防衛城に広がる意味



ふわぁ、とアーサーは大きな欠伸を手で隠し噛み砕いた。昨日、ディナダンとルシィと共に楽しんだお茶会が楽しすぎて興奮してしまったのだろうか。ディナダンが何処から捕まえて来たのかフローレンスとボールスを加えたことも拍車がかかったように思う。本当にディナダンの明るさはスルリと人の疑惑も警戒も吹き消してしまう。会議の発言で多少不安を持っていたであろうフローレンスとボールスもディナダンの明るさと無邪気な笑みに心を許したようだ。やはり、仲良くなると思ったアーサーの考えは当たっていたようだ。三人の会話が思った以上に弾んでしまい、夕食も共にしたのは良い思い出だ。アーサーとルシィはそのあとに三人とわかれたが、廊下からは楽しげな声が歌声のように響いていた。


アーサーはもう一度出そうになった欠伸を噛み砕き、座っていたソファーから立ち上がる。今彼がいるのはエーヴァ防衛城の四階のラウンジでまだ会議の時間でも昼食の時間でもないため、多くの仲間達が今後に備えて動き回っている。いまだ大きな動きを見せていない魔物だが、それはおそらくこちらを警戒しているからでもありまた別の思惑があるからだろう。アーサーは「んー」と背伸びをすると何処へ向かおうかと思案する。腰に差した剣を一瞥し、訓練をしても良いかと思うが、だいたいの仲間が同じことを考えているらしく城の外では野太い歓声と雄叫び、刃物が交差する甲高い音が響き渡っている。アーサー一人が参加しても問題ないだろうが、相手がいなくては意味がない。ならばエーヴァ防衛城の二階にある娯楽室にでも行ってみるか。この防衛城は長時間の籠城も考えてか娯楽室や図書室などと言った部屋がある。だからこそ五階構造なのだろうが、敵からすればこっちはピリピリしているのに楽しんでいるところを見せられてはある意味精神的拷問である。まぁ今回に至っては気分転換と云う意味では用途も設置理由も合っている。確か図書室にはルシィがいるんだったか。アーサーはそんな事を考えながら歩き出す。ラウンジから階段までは結構な距離がある。体力作りには良いだろう。


「殿下、今宜しいですか?お話ししたいことがあって」

「!おっと」


階段への一番の近道である角を曲がろうとして声が聞こえた。なにやら真剣な声色だったためアーサーは咄嗟に曲がり角に身を潜めた。なにも身を潜めることはないのだが反射的に体が動いてしまった。邪魔をしてはいけないし。それに聞こえた声はグリフレットだったような。朝食時に食堂で同室であるカラドックと一緒に歩いているのを見かけたが、彼の話し方からして相手はペリノアだろう。『叡智』を司る彼のことだ。一日明けてなにか気づいたのかもしれない。このまま出て行けば良いのにアーサーはなんだが気になってしまい、角から上半身を覗かせた。するとペリノアとグリフレット以外にサグラモールもおり、なにやら話し込んでいるようだった。真剣な表情で話し合う三人のところに割り込むことは到底出来ず、アーサーは軽くため息をつくと反対側の階段を使うことにした。


エーヴァ防衛城には西階段と中央階段、東階段と三つの階段があり、通常時は中央階段を使う。エーヴァ防衛城が敵に万が一にも攻め落とされそうになった場合は中央階段の使用を禁じ、天井にある鉄格子で遮断。敵を分散する作戦や全ての鉄格子を下げ閉じ込める作戦を取る。もちろん、上の階が占拠されていない場合だが。飛行型の魔物が出現しない限り大丈夫だとは思うが。アーサーは三人の邪魔をしないよう再び廊下を歩き出す。背後で三人の言い争いにも似た討論が繰り広げられていたが次第に聞こえなくなった。距離が遠ざかったのか何処か部屋に入ったのかは不明だが、アーサーは嬉しかった。昨日、あのような終わり方になってしまい少なからず不安があったのだがルシィの云う通り杞憂だったようだ。ホッと胸を撫で下ろしつつ歩いているとまた曲がり角。もうすぐ西階段だ。アーサーは大きく足を踏み出す。


「うわっ?!」

「え、嘘っ!?」


が今度は曲がり角で反対側からやって来た誰かと正面衝突した。同じ身長くらいだったせいかアーサーは右肩を衝突の際に壁に打ち、相手は後方によろめいてしまった。すぐに体勢を立て直したようで階段から転げ落ちると云う大惨事には至らなかったようだ。右肩を押さえながらアーサーはぶつかった相手に手を伸ばす。不注意とは言え、危なかったのは事実だし。


「ごめんなさい、大丈夫だった?」


体勢を立て直し、片膝に手を当て心臓の今にも爆発しそうな驚愕の音を沈める途中だった人物は「ありがとうございます」とテノールを響かせてアーサーの手を借り、立ち上がった。とそこで目に入った色にアーサーは見覚えがあった。昨日の会議にいた珍しい髪色の男性だ。増員の人だろうと思っていたが当たりらしく、アルヴァナ帝国の国章がピンバッチに刻まれているはずだが刻まれていない。つまり、特定の出身国がないということだ。もしくは増員の関係上、パール王国の者で軍服を着ているだけかもしれないが。男性はぶつかった相手がアーサーだと分かると目をパチクリさせた。灰色の、光加減によっては鈍色に見える瞳が細く長く動き、アーサーを見つめる。


「……えっと、君、増員の人ですよね……?」


長い沈黙に耐えきれずアーサーが言えば、男性は「ええ」と答える。どうやら考え事をしていたようで「失礼」と会釈する。


「失礼。『覇者』の方と座っていたので、驚いて……それに殿下が仰っていた方でもあったので……」

「あーそういう」


つまり、俺も『覇者』だと思ったわけか。だが残念ながら違う。友人だ。男性の云う通りペリノアが告げた異動だけを聞けば『覇者』かそれ関連だと思うのは無理もないというか、増員メンバーは詳しい内情を知らない可能性があるのでそう思ってしまうのも仕方がない。アーサーは少しだけ彼らと同じ舞台に立てた気がして嬉しかった。


「とにかく失礼しました。急いでいたもので」

「嗚呼、それはこっちもだし……」

「それで突然なのですが」


本当に突然だな。唐突な男性の話題転換にアーサーは面食らうが、男性はそんなこと知ったことかと自分のペースにアーサーを巻き込む。こう土足で上がり込んでくる感じはなんだがディナダンに似ている。まぁディナダンの場合は土足でもなければ唐突でもない。


「殿下が何処にいるかご存知ありませんか?」

「ノア様に用事?」

「急用ではないのですが」

「なら、後回しの方が良いよ。今ノア様、取り込み中だから」


アーサーはついさっき見たーー聞いたとも云う出来事から男性にそう云う。おそらくだが三人は話し合っている。それをどのような理由であれ邪魔をしてはいけないだろう。すると彼は一瞬俯き考えたのち、うんと納得したように頷いた。


「ありがとうございます。では後にします。それとこれからよろしくお願いします」

「命懸けかもしれないし、どうかよろしく」


男性の差し出された手をアーサーは取り、二人は握手をかわす。誰であれ魔物と『覇者』による防衛戦に参加するのだ。命懸けといっても過言ではなかった。それにどれほどの魔物と戦闘になるか正確には分かっていない。防衛戦と大侵攻という二単語に過酷さを考えない者はいない。ギュッと増員と騎士という隔てを越えて二人は固い握手をかわす。昨日感じた唯一の違和感はもう何処にもなくてやっぱり『覇者』がトントン拍子に集まったことと『ヴェグス』がタイミングよく襲撃してきたことに警戒し過ぎていたのかもしれない。嫌なことなんてない。みんながいるんだから。


「ワタクシはリーセイと申します。後方支援を担当するので前線で戦う皆様の背中を守ることになるでしょう」

「そっか。それは頼もしいな」


そう笑い合ってアーサーはリーセイとわかれた。リーセイはアーサーが来た方向へ、アーサーはリーセイが来た方向へ。

誰かが笑っていたことなど思い出せもしないのに。


……*……


娯楽室は少しだけ薄暗く、ほんのりと苦い臭いが漂っている。誰かが煙草でも吸っているのだろうか。ツンと来る匂いに娯楽室を訪れたアーサーはすぐさま窓に駆け寄ると勢いよく開け放った。窓の下で休憩していたのだろう仲間達が「おおう?」「びっくりした……」と突然の衝撃を咎めるようにアーサーを見上げていた。それに彼は苦笑をもらしながら娯楽室に充満する臭いと新鮮ーーとまでいかない空気を総入れ替えする。それでも娯楽室に長年染み付いた血のような濁った臭いも多くの惨劇と悲劇を吸収したシミも消えてはくれない。消えてくれたら楽なのに。娯楽室なのに時折そこは悲劇の涙を流す葬式会場となる。アーサーは窓枠に軽く腰掛け、娯楽室を一望する。薄暗くなっているのはかつての悲劇を忘れないためと聞いているが本当のところはわからない。僅かに暗くなった気分を吐き出すべく、部屋にトンッとリズミカルに降り立ってみる。うん、ちょっと良い気分。


「あれ?アーサー?」


その声に心地よい風に耳を澄ませていたアーサーは視線を向けた。そこには両手に飲み物を持ったユーウェインがいた。両手の飲み物は珈琲らしく微かな湯気がユーウェインの頬を撫でている。娯楽室にも入り口が二つあるためアーサーが入ってきた通称正入り口ではなく裏入り口を使ったのだろう。ユーウェインはアーサーが娯楽室にいるのが不思議なようで両手の飲み物をバランス良く持ちながら静止ストップしてしまっている。アーサーも何故ユーウェインが二人分の飲み物を持って娯楽室にいるのか謎である。


「なんで娯楽室にいるの?」

「それは君もでしょユーウェイン。俺は訓練の相手もいないしで来たんだけど」


ユーウェインのもとに歩み寄りながらアーサーは云う。彼女は納得したらしく何度か頷く。


「で、君は?」

「アタシ?アタシは、あれ」


ユーウェインが顎で自身が歩いていく方向を見るよう促す。あれ?とアーサーがそちらを向くと壁際の一席にパロミデスとカラドックが座っていた。二人の間に静かに鎮座するテーブルには白と黒の盤上でチェスが戦を繰り広げている。盤上の遥か上空では紫煙が蠢いており、渦を巻いて開け放たれた窓からそよぐ風に揺られている。その紫煙の正体はカラドックが加える煙草で灰皿には何本もの残骸が積み重なっている。チェスの駒が一本でも倒れたら灰皿も落ちて大惨事になりそうな狭いテーブルで二人は睨み合い、対戦している。「ふぅ……」と思案するパロミデスを横目にカラドックは右手で煙草を持つ。軽く乗った灰色の灰が灰皿にゆっくりと落ちていく。


「あれ?カラドックさんってチェス出来たんだ」

「出来たって云うか、アタシたちが娯楽室ここに来た時から一人でやってたよ。一人でチェス再現してやってたからパロミデスが相手やるって名乗り出たの」

「で、こうなったと。白熱?」

「うん結構。アタシが珈琲取りに立っても気づかないくらいには」


カチャンとチェスで対決する二人の前に珈琲をユーウェインは置くが、二人は真剣な眼差しでチェス盤を睨み付けていて全然気づかない。ほらね?とユーウェインがアーサーを振り返る。アーサーはユーウェインの困ったように見えつつも呆れたように笑う優しい笑みに笑い返す。すると二人の楽しそうな笑い声に白熱していたチェス対決から顔を上げたパロミデスとカラドックは珈琲の存在にも二人の存在にもようやっと気がついた。パロミデスはアーサーがいることに一瞬驚いたようだったが珈琲を飲み、なんでもありませよと言わんばかりに落ち着き払って見せると、呆けた様子のカラドックのもとに灰皿を移動させる。それにカラドックは「悪いな」と会釈し灰皿に煙草を押し潰して消した。


「いつの間に来てたんだぁ?ぜんっぜん気づかんかったわ」

「集中してたからねーどう?パロミデスとの一戦は」


アーサーの問いにカラドックがパロミデスを一瞥するといつの間にかユーウェインが彼に背後から抱きついており、イチャイチャしていた。煙草の臭いが充満していた娯楽室が一気に甘ったるい雰囲気へと変貌する。それにカラドックは以前アーサーに教えてもらったことを思い出したのか「あー……」とため息にも似た息を吐く。


「良いぞ、此処まで接戦出来るとは思ってもなかった」

「前に同じく。久々に腕がなったぜ~」

「まぁ、パロミデスはチェス強いからね。義父の影響で」


ニッコリとこれ以上云うなよと釘を差すアーサーにカラドックもイチャイチャの甘ったるい雰囲気から漏れる「言うんじゃねぇぞ」と云う殺気を感じ取り、ニッコリと笑い返して珈琲を一口。なにもそこまで相手の傷口を抉るほど嫌いではない。と珈琲の程好いくちどけにカラドックは「おや」と目をパチクリさせるとイチャつく二人を振り返った。


珈琲コレ入れたのって……お前さん(嬢ちゃん)か?」

「うん、アタシだけど?なにか入れちゃだめだった?」

「僕は良いけどな」

「パロミデスはねっ」


後ろ手でユーウェインの頭を愛おしげに撫でるパロミデスがちょっかいを出すように笑う。それに仲が良いなぁとカラドックは父親のように優しくも暖かい笑みを浮かべ、「いや」と珈琲を口にした。


「ちょうど良かったからなぁ、ありがとな嬢ちゃん」

「いいえ、カラドックさん!」


また一つ新たな絆の誕生を目の当たりにしアーサーは嬉しくなって笑った。窓から差し込む太陽の暖かな光とそよ風が彼らを歓迎していた。


みーんな、仲良くなぁーれぇー

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