第七十七色 星座の間
「皆、魔物との先の戦いに集まってくれて感謝する。また六人の『覇者』も双神や証があるとは言え、この事態を信じ、受け入れ、集まってくれたことに厚く御礼申し上げる。貴殿達の力や意志がこの戦いにとって大きく影響することだろう……まぁ多大な期待を持たれても困るだろうし、前置きはこのぐらいにしておこうか」
エーヴァ防衛城は全五階+鐘の構造となっている。まぁ壁の方が一階分高いので其処んとこは気にする必要はない。その要塞の中央、五階の大部分を占める大広間。天井にはかつて双神によって創造され、『覇者』を生むきっかけとなったと言われる十二柱の神々が描かれている。巨大な絵画を支える柱は十二本あり、その一本一本には象徴となる花々が描かれている。床は深く青い海をイメージしているのか真っ赤なカーペットではなく、青と水色を使ったカーペットが敷かれている。そんな大広間に置かれているのはこれまた巨大で縦長のテーブル。食事の品を並べれば、全ての品に絶対に手が届かないであろうほどに反対側までの幅は長く、テーブルには等間隔に燭台が鎮座している。テーブルの左側ーー廊下側にはペリノアやユーウェイン、パロミデスなど戦いに参加する各隊の隊長が座り隊長の背後には副隊長もしくは参謀ポジションの人間が控えている。右側、窓側にはサグラモールやグリフレット達が座っている。テーブルの両端の席は空席となっており、誰も座っていない。アーサーとルシィは人数の影響でサグラモール達と同じ窓側の席に座っていた。ペリノアの前置きと言う名の集まってくれたことへの賛辞にサグラモールやフローレンス、ボールスは緊張した面持ちで受け取っており、グリフレットやカラドック、ドラゴネットは緊張し過ぎの三人がいるためかいくらか緊張が和らいでいる。ペリノアは今度はアーサーとルシィに視線を向け、言う。
「くどいようだが二人共、よく無事で帰って来てくれた。そしてありがとう」
「いえ、私の役目でもありますから」
「ルシィに同じく。勿体なきお言葉です」
ペリノアの感謝の言葉に二人は会釈をして受け入れる。ペリノアの優しくも安心を孕んだ瞳と笑顔にアーサーは「嗚呼、帰って来たんだな」と改めて実感する。ペリノアの様子に彼のことを聞いていたサグラモール達は一瞬呆気に取られたがそれが日常だと言うことに気付き、それほどまでに皆を信頼していると理解した。だがそれでも両者の絆はまだ浅い。ペリノアは六人の集まってくれた『覇者』を見渡し、告げる。
「今後、『覇者』全員とアーサー、ルシィ殿は私が隊長を勤める第三部隊に一時的所属となる。また第三部隊所属の者達に関しても一時的に第五、第六部隊異動となる。間違えないように注意してくれ」
「殿下、会議の内容をメモするのは?」
「書記係としてガヘリスが魔法で、ユーウェインが紙媒体で記録している。誰でも確認が出来るようにする。メモはやめてくれないか?」
隊長の一人が自身の記憶力に不安があるのかそう言えば、先手を取ってペリノアが対処法を出していた。彼に呼ばれたガヘリスとユーウェインは任せろと言わんばかりにガッツポーズや会釈をする。二人の頼もしい姿に完全にメモを取る体勢だった隊長の一人はニッコリと微笑みながらメモ帳とペンを懐に静かにしまった。それにディナダンが何故か噴き出しそうになっていたのをマーハウスが寸でのところで防いでいた。ペリノアはフイッと人差し指を立てた右手を振り、長テーブルにこれまた巨大な地図を配置させる。地図は燭台を器用に避けて全員が見易いように伸び縮みを繰り返す。魔法の有効な使い方とも言うのだろうか、使用用途にサグラモールとグリフレットが関心した声を小さくあげる。二人共にペリノアのような使い方をしてこなかったのかそれともその魔法の効果自体を知らなかったのか、興味津々だ。
「地図が見えない者はいないな?では魔物の侵攻を食い止める戦い……エーヴァ防衛戦についての作戦会議を始める」
その言葉に全員に緊張と警戒が走る。アーサーも気を引き締め、背筋を伸ばす。伸縮性の高い軍服がアーサーの緊張に合わせてシワを増やす。とそこでアーサーは見たことがない人物を見つけた。魔物の侵攻を防ぐ戦いーーエーヴァ防衛戦に向けて何人か増員したのだろう。アーサーが知らない人物が一人二人入っていたって無理はない。その人物は男性で赤茶の髪に黒と白のメッシュが入った珍しい髪色をしている。瞳は遠くてよく見えないが灰色のように見える。アルヴァナ帝国からの増員なのか分からないが格好は軍服に似ている。さて、なんとなく新入りの中でほぼ唯一気になった人物から視線を外し、アーサーは会議の内容に意識を集中させることにした。
「今回は戦闘の場所と敵の戦力、基本的なことの確認となる。なにか疑問があった場合は挙手をし、発言をするように。マーハウス」
「御意。殿下から指名されたため此処からは私が説明させてもらうよ」
マーハウスがペリノアに指定され、立ち上がる。マーハウスは窓側に座る仲間の『覇者』を眺め、ニッコリと親しみ深い笑みを浮かべる。
「今回のエーヴァ防衛戦はルシィ殿より双神の助言によるもの。戦闘場所はアルヴァナ帝国とパール王国、計六カ国の隠密部隊や情報網により此処からほど近いエーアジェス地域と呼ばれる、かつての世界戦争の一つに数えられる戦場がこちらにとって優位になれるということで決まった」
マーハウスの指先が地図の上を滑らかに滑る。まるで武器を操るような手つきで「エーアジェス地域」と小さな文字で書かれた場所を指差す。トントン、と微かに聞こえた音にルシィが視線を向けた時、声が上がる。
「エーアジェス地域ってどんな場所なのかな?」
マーハウスの説明にグリフレットが疑問を漏らす。そして挙手していなかったことに気付き、遅れながらも挙手をする。グリフレットの疑問にアーサーが両腕を組みつつ答える。
「エーアジェス地域は森に囲まれた戦場跡だよ。破壊された建物の残骸も残る、一種の廃墟とも言える」
「ふぅん……魔物はそこから何処を?」
「魔物はエーアジェス地域を北上し、アルヴァナ帝国に侵入する算段のようだね。近くには帝国の訓練施設があるから」
指先を地図上で滑らせるマーハウス。「これで良いかい?」と彼女がグリフレットに問いかければ、彼は顎に手を当てなにか考え込みながら「うん、続けて」とあらかた納得したらしく続きを促す。その何やら思惑を秘めた流し目がサグラモールとペリノアを捉えていることに誰もが気づいていない。グリフレットの承諾を貰い、マーハウスは一息つくと続ける。
「情報によれば魔物は数体の将軍を司令官に行動しているようだね。今のところ被害は確認されていない。さしずめ大行進と言ったところかな。戦闘場所になる地域に魔物が到着するのは最低でも五日かかる。けれど、魔物とはいえその行動速度はそれぞれ。五日はあくまで目安であることを胆に命じておいておくれ?」
口元に人差し指を当てて内緒話をするようにマーハウスは言う。他言無用、という意味でもなければ、そのまま通りの意味でもない。気を付けろ。あくまでも情報による分析だ。おそらく、魔物は当初の予定を崩してこちらに向かってくる可能性の方が高い。世界に侵攻し侵略しているのならば多くの戦力が集まるところを狙うのが効果的だ。それを誰もが分かっていた。
「皆が思ったようにこのエーヴァ防衛城に魔物が攻撃してくる可能性は高いだろうね。だが、魔法によって気配もろとも遮断させている。簡単には見つかるまいよ」
そう、エーヴァ防衛城はもしもの場合に備え、魔物から分からぬよう風属性と想属性の二重構造で防御を更に固めている。まさに鉄壁とも言える要塞。この防御を剥がすには相当の実力が必要となる。今の魔物の実力でそんな事が出来るのは主犯であり魔物の親玉とも見られる魔牙だけだ。まぁその魔牙も『ヴェグス』ラヴェイラの一件以降動きがないのでなんとも言えないが。「以上で宜しいですかな殿下」とマーハウスはペリノアに確認を取る暇もなく席に座る。ペリノアも分かっているからか、片手をヒラヒラと翻すだけでなにも言わなかった。はてさて、これで今回の戦いにおける基本的な情報は確認出来た。あとは今後の状況にもよるだろう。
「のぅ、聞いても宜しいかのぅ?」
「どうぞ『妖術』?」
スッとサグラモールが挙手する。ペリノアが彼女に言うよう促せば、彼女は少し緊張した面持ちを解き、言う。
「魔牙については?」
「それに関しては最大限の警戒をするしかないだろうな。こちらも探らせてはいるのだが……ね」
サグラモールの問いに答えたペリノアのエメラルド色の瞳が弧を描く。一触即発、ではないが誰もが警戒を示していることに代わりはなかった。戦いに集まったがまだまだ友人とも仲間とも言えない微妙な関係なのだからしょうがないと言えばしょうがなかった。
「私達は団結して戦わねばならない。それを重々承知しておいて欲しい。質問がないならこれで」
「待って」
誰も質問を投げ掛けようとしないのでペリノアが一旦会議の終了を告げようとしたその時、静かな声が響き渡った。その声の主はドラゴネットで、なにも質問がないと思っていたディナダンは今にも星座の間を飛び出して行く気満々だったらしく、ガヘリスに首根っこをいつぞやの猫のように捕まれていた。ドラゴネットの左右に座るボールスとフローレンスが彼女のなにやら探るような目に軽く身を引く。何か疑問点でもあったのだろうか?アーサーは二人の様子に気付き、軽く身を乗り出すと同時にドラゴネットはテーブルに頬杖をつき言った。
「そちら、なにか隠していることがあるのでは?」
ザワッ、と場が騒然となったのは隠し事があると言う事実の裏付けでしかない。だがその裏付けは大半の驚愕の声で形作られた紛い物だったが。「えーー??!!」となにも分かっていない様子のディナダンが人一倍大きな声をあげて驚くとガヘリスが「やめなさい」と宥める。それにアーサーはディナダンも知っているが本気で全てを理解している訳ではないことを知る。おそらく、ペリノア達『覇者』六人がなにか考え実行に移していたことがドラゴネットにとっては隠し事に見えたのだろう。『覇者』十二人はある意味アーサーとルシィによって繋がっていると言っても過言ではない。だからこそ疑いは疑問と懸念を抱かせる。自覚と覚悟があるからこその些細な謎。
「(だがこれは今だ不明瞭)なんのことかな?なにか、気になる点でも?」
ペリノアは至極冷静にドラゴネットの問いにそう答える。何処か曖昧にも聞こえる。ドラゴネットはペリノアの些細な表情の変化に気付き、瞳を猫のように鋭くする。疑っている、というよりも気になっていると言う方がしっくりきた。だが自覚と覚悟により生まれた謎は確実にその場の空気を微妙なものにさせていた。
「……いえ、別に。初めてのことに戸惑いまして」
「それは失礼した。なにかあったら気軽に言ってくれ。アーサーもルシィ殿もいるし」
クスリとまるで親が子を愛おしむような慈愛を浮かべたペリノアの笑みにアーサーはすでに彼の中にサグラモール達が身内として含まれていることに気がついた。ドラゴネットもキョトン……とした表情を浮かべ、狐につつまれたかのようだ。ガヘリスとパロミデスはドラゴネットのその表情に誰を思い出したのか視線を逸らす。マーハウスの表情が答えだとは言わないでおく。けれどもそれだけでは疑惑は拭えない。それを分かっているからこそ、ペリノアは腰を軽くあげつつ、会議の閉幕を告げる。
「本日はこれにて終了。明日は昼食の一時間後に星座の間にて再開する。以上、解散」
ペリノアがユーウェインとパロミデスを伴って星座の間から退室する。おしどり夫婦未満恋仲以上の二人を連れて退室したのは彼なりの気配りとユーウェインの記録媒体の確認だろう。エーヴァ防衛城での最高権力者の退室を皮切りにぞろぞろと星座の間を出ていく。出ていくその空気に違和感が混じっていることをアーサーは気づいていた。
「……ねぇルシィ」
「なんですアーサー」
自分とルシィだけが残った星座の間でアーサーは立ち上がりかけていたルシィに声をかける。ルシィは立ち上がりかけていた腰をまだ温もりが残る椅子に戻し、アーサーを見る。
「大丈夫かな」
なにが、誰が、どうして、なんて問いかけはルシィの口から溶けて消えて行く。不安、焦燥、心配。様々な感情が音となって星座の間に消えて行く。会議中には響いていなかった貧乏ゆすりが小さく足元から聞こえる。まるでこれから起こることを予期させるように。
「大丈夫ですよ。なにがそんなに不安なんです?」
「んー……」
ルシィの問いかけにアーサーはテーブルに両腕を伸ばして突っ伏す。目だけで天井のかつての神々を一瞥し、アーサーは胸の中で何故か巻き上がる違和感と言うか何て言うかよく分からない不安に苛まれながら言った。
「なんでだろ。俺にもよくわかんないや」
「杞憂ですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
悩むように言うアーサーにルシィはクスクス笑う。それにアーサーはこっちは真剣なのにと怪訝そうにルシィをジト目で見るがほぼ効果はない。まぁ悩んでいても仕方がないか。よっ、と立ち上がるアーサーに自分の中で決着がついたことを知り、ルシィも立ち上がる。十二人の『覇者』が集っているのだ。不安になるのも無理はない。
「この後、ディナダンさん……いえ、ディナダンにお茶に誘われているんですが、アーサーも来ます?」
星座の間を出ながらルシィの問いにアーサーは久しぶりの友人達とのお茶会に嬉しそうに微笑んだ。
次回は金曜日です!終わりが近づいてきました!次回作考えてはいるんですが……やりたいのが多すぎて決まらない……




