Colour0.5 想の座
その日、アルヴァナ帝国宮殿内は騒然としていた。魔物による侵攻の場所が判明したのだ。そのため、近日中に侵攻、先の戦いに備えるため大規模な移動が予定されそのために宮殿内は大慌ての状態だった。上から下へ人が行ったり来たり、誰が扉の向こうでは多くの人々があっちこっちへと移動し、慌ただしく動いている。戦いに行く者の隙間も埋めなくてはならず、人の移動も兼ねているためか、宮殿内は騒然と云うよりも混乱していると言った方がしっくり来る。移動しながらなにやら叫んでいる者もいるらしく、廊下から声が部屋の中にまで響き渡っていて来ている。普段は声を荒げることは訓練所以外ないと言っても過言ではないが、今日はしょうがないと分かっているのか誰もが注意をするよりも先に手と足を動かしていた。宮殿内がこうも騒々しいことになるのは滅多にない。近頃はペリノアの兄が次期皇帝になると正式に発表された際に開かれた大披露宴の時くらいだが、これほどまでに全員が慌ただしく、移動することはなかったように思う。あの時は慌ただしくもみな、活気と興奮に溢れていた。本日のこれはどちらかと云うと魔物が出現し、対策を考えるために皇族や重鎮達が行ったり来たりし、それに影響されて全員がピリピリとしていた時の方に似ている。廊下からはその時と同じピリピリとした緊張感も伝わってくる。そんな、扉ごしにパロミデスは同僚達の驚愕と緊張にあわてふためく気配を感じながら、前方に目を向けた。そこには執務机を前にペリノアが地属性の魔法を使って先程からなにやら作っている。ルシィから連絡を受けてからずっと指先に力を入れ、撫でるような優しい手付きで作業をしている。机の上では黄土色と黄金色の粒子がペリノアの踊るような腕の動きに合わせて舞い踊り、まるでペリノア自身が指揮者のようだ。ペリノアが地属性の魔法〈武器装備〉で作っているのはなにやら武器のようでパロミデスがいる、距離がある扉からでもキラリと太陽の光に照らされて刀身が光り輝いているのが見える。それはマーハウスが使う大剣よりも少し長く、ガヘリスが使うレイピアよりは刀身は太く見える。見たこともない武器にパロミデスは扉の前で共に警護に当たっていたガヘリスを振り返り、「なにあれ?」と首を傾げて問う。が、ガヘリスも知らないらしく肩を竦められた。パロミデスは軽くため息をつきながらペリノアに視線を移すと、「ん゛っん゛」と咳払いをし、こちらに意識を向けさせる。ペリノアはパロミデスの咳払いに気付き、一時作業を中断させる。
「ノア様、よろしいですか?」
「嗚呼」
「……なにやってるんです?」
美しい刃紋を描き終わり、黄土色の粒子で柄の作成に取りかかっていたペリノアは指先を動かし、空中に作りかけの武器を浮かばせる。空中に浮遊する刃物は刀身が長く、鍔にはまるで絵のような優美な模様が刻まれている。模様はなんというか豪華ではあるが、儚い模様だ。鍔の形はアルヴァナ帝国の国章をモチーフにしているらしく、横からでも見たことのあるような凹凸が分かる。ペリノアは空中の武器を支えるようにしていた両手を下ろしながら二人を手招く。二人は一瞬顔を見合せ、扉に視線を投げ掛けると、ペリノアは大丈夫だと笑いかける。ペリノアがそう云うのでパロミデスとガヘリスはゆっくりと扉から離れ、ペリノアが座る執務机の前まで歩み寄る。一応、なにがあっても良いように武器を構えられるようにしておく。廊下では着々と作業が進められていると言え、危険ではない保証は何処にもないのだから。
「先程、ルシィ殿から連絡が来ただろう?大太刀、というものを薦められたからな、作ってみた。どうだ?」
「どうだって言われてもよぉ……」
「俺たちが知ってると思います?」
パロミデスとガヘリスの答えにペリノアは「それもそうか」と何処か楽しげに口角を綻ばせる。
「ヤオヨロズ共和国の武器ですか?形的には見たことがないので」
「嗚呼、サグラモールに教えてもらってな。どのような威力か今から楽しみだ」
クスクスと笑うペリノアに二人もクスクスと笑う。ペリノアもパロミデスもガヘリスも戦いの地に行くと決まる前から準備は出来ている。その証拠にガヘリスは結構前からパール王国での正装である鎧姿に着替えている。今頃、ディナダンやマーハウスも準備に追われているのだろう。ユーウェインとディナダン、そしてマーハウスは先行隊としてすでに戦いの地にほど近い、かつて世界戦争に使われたと云う古城に向かっている。魔物に情報が漏れている可能性も考え、先手を打つためだ。アーサー達も転移魔法を駆使して向かっていることだろう。だが、それよりも重要なのはルシィの連絡魔法よりもたらされた主犯の存在だろうか。だからこそ、異様なほどまでにシンと静まり返ったペリノアの仕事部屋に廊下での作業の音が嫌なほど響いているのだろう。パロミデスとガヘリスの何処かの不安そうな表情にペリノアは安心させるように小さく微笑み、傍らのティーセットを手に取る。ガヘリスが「やります」と身を乗り出しかけるのを遮り、ペリノアは自分を抜かした二人分の紅茶を注ぎながら云う。
「気になるか?」
「気になるっていうか、不安になりませんか?」
「そう言うのも無理はない。今後他の『ヴェグス』が干渉してこない保証もない。だが、安心しろ。今回の戦いにもう『ヴェグス』はいない」
コポコポ……と香ばしい紅茶の香りを引き立たせ、漂わせながらペリノアが断言する。それに二人は「え?」と怪訝そうに声をあげる。ルシィからの連絡で『ヴェグス』最恐のラヴェイラが魔牙と共謀していたことは分かっている。だが彼女が一応の形で死んだとは言え、他の『ヴェグス』が彼女の情報をもとに魔牙と共謀する可能性は否定出来ないのではないか?なのに何故ペリノアは断言したのだろう。ペリノアは二人分の紅茶を淹れ終わるとティーカップを持って立ち上がり、ソファーにゆっくりと腰かけた。ローテーブルにティーカップを置くところを見るに座って話そうと云うことらしい。片手で促され、パロミデスは「はぁ」と肩の力を一気に抜くと我先にペリノアが座る向かい側のソファーに座った。ガヘリスは良いのか否や、迷い、執務机の上でフヨフヨと二色の粒子を纏いながら何処か優雅に浮遊する大太刀を一瞥すると、困ったように表情を一瞬歪め……諦めた。ペリノアは身内と認めた身内、友人に甘いのだ。それを知っているからパロミデスもほぼ遠慮なしに座ったのだろう。早いことにすでにペリノアが注いだ紅茶を楽しんでいる。それを見てガヘリスは自分が深く考えているのがなんだか馬鹿らしく思えてくる。ガヘリスがパロミデスの隣に座り、ティーカップを手に取ったところでペリノアは満足そうに微笑み、自分が断言した理由を告げる。
「私がないと断言したのは最恐であった『ヴェグス』、ラヴェイラ・クリスが亡くなったと云うこともあるが、アーサー達の話からもう一人共犯者がいたのは確実だ。その共犯者は既に『ヴェグス』によって殺害された。となると二度も失敗した人間を使うとは到底思えない。また、『ヴェグス』は魔法に飲まれ、白骨死体となった……魔法ですぐに白骨死体になんてなると思うか?」
「……想属性なら出来るんじゃ?」
ペリノアの問いかけにガヘリスが首を傾げつつ、言えば彼は「いいや」と首を振った。想属性の魔法は普通ならばあり得ない事が中心となる。まぁ魔法自体があり得ない事の連続なため、そう言われても困惑してしまうが。簡潔に言えば、想属性は精神や肉体にも影響を及ぼす事ができる。
「えっ?出来ないんですか?」
「新しい魔法が開発されていたならば話は別だがな。想属性は肉体に影響を及ぼすものも多い。だがそれは生きている事が大前提だ。死亡状態に及ぼす影響はほとんどない」
その答えにパロミデスとガヘリスは顔を見合せた。つまり、ラヴェイラは既に死んでいたと云うことになる。洗脳魔法は使用者によって影響力も威力も異なると言われている節がある。サグラモールの誘拐未遂に関与している洗脳魔法を使う魔牙。正体は状況証拠以外に不明だが、強力な洗脳魔法の使い手と云うことが分かる。
「つまり、魔牙は『ヴェグス』ラヴェイラ・クリスが死んでいるのを利用した……?」
「または死ぬように魔法で仕向けていたか、ですね」
パロミデスがソーサーの上にティーカップを静かに置き云うと、ガヘリスがそのあとを受け継ぐ。だが自分で言っておいてガヘリスは違和感を感じていた。即死を促す魔法は一応存在する。だがそれは促すものであって絶対に死ぬわけではない。高確率、一定確率でしかない。なのにラヴェイラは魔法に包まれてすぐに白骨死体となった。そこから考えられるのは……
「気づいたか」
ティーカップに口をつけたまま固まったガヘリスにペリノアが目を細める。エメラルド色の瞳がまるで猫のように細められれば、彼の思考力に感服するしかない。パロミデスは二人の言うことがよく分かっていないらしく、ペリノアとガヘリスの顔を交互に見ている。
「二人してなに納得してんだ?」
「パロミデス、闇属性の魔法に死体動かすやつあったよね?」
一口紅茶を飲み、ガヘリスが問う。パロミデスはなにを当たり前なと言わんばかりの表情で頷く。そしてティーカップをローテーブルに置いて、ガヘリスの言いたいことに気がついた。
「まさか……『ヴェグス』は〈死体操術者〉にかかってた云うのか?」
〈死体操術者〉、闇属性の魔法。または禁忌の魔法とも言われる。その名の通り、死体を操る魔法だ。生者に影響を与える想属性と違い、死者に影響を与え操ることが出来る。
パロミデスの唖然とした声にペリノアは腕を組み、ソファーに体全体を委ねる。
「可能性の一つとしてな。調べさせたところ、ラヴェイラ・クリスは此処一年間音沙汰がなかった」
「……一年の間に死に、魔牙によって操られたってかぁ?んなわけ」
「ないとも言い切れん」
混乱を示すパロミデスにペリノアは言い切る。といつの間に傍らの持ってきていたのか分厚い本の表紙を優しく撫でていた。金色の文字で刻まれたその本は「歴史書『伝説の物語』」。『ヴェグス』が生まれた原因の多くはかつての戦い、世界戦争にある。何百年経とうともその時の栄光は先祖の人生だった。その人生を家族から長年聞かされて育ち、クリス一族で『ヴェグス』になっていたとしたら、最恐にまで登り詰めた彼女が何らかの原因で死んだ亡骸を魔牙が〈死体操術者〉で強制的に共犯者とした理由はだいたいわかる。『覇者』に強い恨みを持つということは魔牙にとって操りやすいということこの上ないからだ。また『ヴェグス』はもともと洗脳されているとも取れるため、操り共犯とするには打ってつけだ。もう一人の裏切り者も『覇者』関連か弱った精神に漬け込んだのだろう。
「そのように考えれば、今後『ヴェグス』が参戦して来そうなものですが……あ、そっか」
そこまで言ってガヘリスは違和感に気がついた。パロミデスも先程の考察で目が冴えたために気づいたらしく、ティーカップを持ち上げまるでグラスを煽るかの如く紅茶を飲み干した。お行儀が悪いとガヘリスがパロミデスを一瞥するが知っていることでもあるし、ペリノアが咎めないので黙認した。そうして失礼したとペリノアに会釈する。するとペリノアは先を言うよう促す。
「魔牙にとっての『ヴェグス』は一つの駒。その駒が失敗したとなれば、二度も同じ手を使う理由はない」
「またその駒は手元から死んだ。執着の意味に気づいてしまった駒はもう要らない……だからか?」
「多分」
ガヘリスとパロミデスが顔を見合せて言うと、ペリノアを振り返る。二人も考えにペリノアはお見事と手を小さく叩き拍手を送る。
「まぁ彼女がその意味について何処まで気づいていたのかは疑問だがな」
「『ヴェグス』……『世界戦争狂信仰者』……本当にそうだったんですかね」
ガヘリスの疑問にそこまで既に考察が済んでいるにも関わらず、ペリノアは黙ったままだった。ラヴェイラ、その意味は世界戦争があった時代に使われていた古代文字にある。古代ダイヤ魔導国語ではなく、遥か昔、アルヴァナ帝国の前に君臨していたアルヴァナ帝国の皇族の先祖の言葉。そう、意味はーー
「……『二つの意志』……」
帝国を再建し直そうとした先祖の前に現れた先代『覇者』。その光景を示す意味。誰かは多くの逸話が残り定かではないが、攻撃と防御の座、光と火の座が濃厚だった。だがその言葉はアルヴァナ帝国として国が栄えるうちに夢物語として消えて行った。ゆえに知ることが出来る者は限られている。
「(『ヴェグス』の先祖が、そこから名前を受け継がせたとしたら……)……分かるわけないか」
「?ノア様?」
ポツリと呟かれた言葉にパロミデスが反応し、ペリノアの考え込んだ顔を覗き込む。彼はなんでもないと手を軽く振る。例えそれが本当だとしてもラヴェイラ・クリスは死んだ。真相は分かりっこない。人間は全て違うのだから。
だがまだ疑問は残る。魔牙はどうやって『覇者』と知った?フローレンスのような事例、周囲が自覚するというのはあるがそれが絶対合っているとは到底言い難い。また魔牙には確かめる方法もない。此処まででよほど知能があることが分かる。しかし、自覚して気づいたとしても間違っている可能性だって否定は出来ない。
「分からないことをくよくよ悩んでいたって仕方がないか」
「なんかわかんねぇけど勝手に納得しないでもらえます?」
うん、と憶測を放棄したようにペリノアが頷けばすかさずパロミデスが苦笑を漏らす。まぁそんなこんな、廊下の騒がしい移動の音を音楽み聞いていると、トントンと誰かが軽やかなリズムで扉を叩いた。パロミデスとガヘリスが慌てて立ち上がり、ペリノアの背後に控えるのを見てペリノアはクスクスとやらなくても良いのになぁと笑う。友人だと宮殿内の大半は知っていることだが、まぁ無理もないか。自分の後ろに侍った二人を横目にペリノアは素早くクッションの下に歴史書を滑り込ませながらノックをした主に声をかける。
「入れ」
「失礼致します」
低くも何処か優しい声を響かせながら扉を開けて入って来た人物にパロミデスとガヘリスは不思議そうに首を傾げる。今まで見たことがない新入りだったからだ。二人の反応にペリノアは「紹介がまだだったな」と呟き、言う。
「彼はリーセイ。戦いに参加する増員メンバーの一人だ」
次回は月曜日です!やっと『覇者』全員揃いました!




