第七十三色 狂乱者よ嘆け
『ヴェグス』の女性が甲高い笑い声と二本の剣を地面に擦りつける鈍い音を響かせながらドラゴネットに向かって跳躍する。大きく上空に跳躍した女性の一撃をドラゴネットは刀を横にして防ぐ。しかし、空中で女性は左の剣をクルリと回し逆手持ちにするとドラゴネットのうなじに向けて振り下ろした。それに視界の隅で気づいたドラゴネットは素早く剣を弾くと回転斬りを放つ。カァン!と甲高い音が響き、二本の剣が吹っ飛んでいく。空中でくるくると回り体勢を立て直すと女性はケラケラと笑いながら空中を降下する。両腕に装着した魔具か、それとも彼女自身が使う魔法か。そんなことは、最恐『ヴェグス』である彼女の素早さの前では無意味だった。一度瞼を閉じて瞬きをすれば、すでに目の前で『ヴェグス』が笑っていて。数本の指がない右手を伸ばすように剣をドラゴネットの首に向けて振り回される。ドラゴネットが刀で防ごうにも遅すぎるし相手が早すぎた。とそこに上段から二人を引き裂くようにアーサーの剣が振り下ろされる。勢いよく振り下ろされた結果なのかもともと錆び付いていたのか、女性の剣がピキッ、と悲鳴をあげる。しかし、女性はそんなこと気にしていないとばかりに右の剣を手放し、左の剣でアーサーの剣を振り上げる。と素早く懐に忍び込み、片手間に剣を魔法でまとめて一本にする。そうして下から剣を振り上げる。その一撃を後方に仰け反りながらかわすとアーサーは片足を振り上げる。すると今度は女性の体勢が崩れ、後方に一回転して撤退する。バッと顔を上げた女性はすぐさま再び目にも止まらぬスピードで片足を軸に回転するとドラゴネットに向かって剣を低い姿勢で振り回す。ドラゴネットは刀を縦にし、防ぐと相手の剣を刀に絡ませ、一気に引き抜く。それと同時に女性も共にジャンプするように立ち上がり、そこにドラゴネットが蹴りを入れる。間一髪でかわした女性は素早くステップを踏み、後退する。と見せかけて一気に建物の壁を駆け上がり、大きく旋回しつつ上空に飛び出ると落下速度をつけながらドラゴネットに攻撃する。彼女を横に押し出し、アーサーが剣で軽く受け流せば女性は魔法を駆使し、上空に浮かび上がる。もはや昨日出会った時に長時間浮遊していた状況と同じだ。だが何かが違うとすれば、女性と同じようにドラゴネットも壁を蹴り上げ、跳躍していたことだろうか。女性より高く跳躍したドラゴネットは刀を上段から振り下ろし、すかさず振り切る。それらをまるで踊るようにかわし、剣で防ぐと両者は武器を空中で交差させる。
「こうしてご先祖サマの仇を討てるだなんて!嗚呼!楽しい愉しい楽しい愉しい楽しい愉しい楽しい愉しい楽しい愉しい楽しい愉しい楽しい愉しいぃいいい!!」
「だーかーらー、その意味をちゃんと理解してるの?ラヴェイラ」
「!?オマエなんでっ?!」
動揺した様子を見せる『ヴェグス』の女性にドラゴネットはクスクス笑う。その視界の隅に魔法を発動させようとしているルシィがいることに気付きながら。当然ながら女性は気づいていない。ドラゴネットはボールスの驚きように可笑しそうに含み笑いを浮かべると刀を絡ませ、ズイッと彼女に顔を近づける。
「それはねぇ、きみのことを知ってる子がいただけのことよ。ねぇ先代『覇者』に破れ、その悔しさを憎悪と勘違いした『ヴェグス』さん?」
「っ!」
ニィと口角を上げて口裂け女のようにドラゴネットが嗤えば、女性の殺気が全てドラゴネットに降り注ぐ。そうして一本になった剣が再び二本に分かれ、両腕の魔具が牙を向く。しかし
「〈槍よ凍りたまえ〉!」
ヒュンッ!と殺気と怒りに任せて全てを発動させようとした女性のこめかみと手元を狙って凍りついた槍が放たれる。バッとドラゴネットが相手を弾き、こめかみを狙った氷の槍を無理矢理、女性に当てれば彼女は突然の冷たさと衝撃に混乱を催す。だが、氷の槍は女性が発動させた火属性の魔具によって軽く溶かされてしまっていたらしく、大きなダメージにはならなかった。しかし、その一瞬の隙をついてドラゴネットは無防備な腹に刀の柄を突き刺し、体を二つに折らす。そこにルシィの魔法の支えを使い大きく跳躍したアーサーが現れ、氷の槍を掴むと女性に振り下ろした。が、間一髪というところで女性は氷の槍を素手で掴み、先程と同じように火属性の魔具の余熱で溶かしていく。近くなるアーサーと女性の距離に彼女は動揺よりも先祖の仇を取った。だから、容赦なく剣を振った。それをアーサーは軽々とかわし、代わりだと言うように剣を振り返す。カンッと互いの剣が交差し、空中で攻防戦が始まる。途端に女性の左腕の魔具が水色に輝き魔法を放ち始める。水色の光というよりも雪の結晶の形をした魔法に水属性の魔法をアーサーは疑い、手首を捻ると武器同士の攻防から抜け出すと空中を滑るように下降し、女性から逃れる。刀を構えるドラゴネットの隣に着地するとアーサーは共に上空を浮遊する女性を見上げる。彼女の両腕では火属性と水属性の魔具が輝いている。
「気を付けてよドラゴネット」
「ふふっ。でも、あれで『ヴェグス』は少しでも動揺した。それで少しは違う方向へ行くでしょ」
心配するアーサーを大丈夫だとドラゴネットは笑って言う。それにアーサーは軽く肩を竦めた。『ヴェグス』最恐の情報は昨夜、ボールスから聞いた。相手は自分達が『ヴェグス』と知っていても名前までは知らないと思っている。こちらがどの先代『覇者』に恨みを持つのか、何故『覇者』と知っているのか分からないのと同じように。だからこそ、揺すった。彼女の、ラヴェイラの精神を、あるか分からない虚無を。
『ヴェグス』の女性、ラヴェイラは血のように真っ赤なセミロングにアマランスパープルの瞳。右耳に十字架のイヤリングをし、首には黒のチョーカー。留め具には十字架が煌めき、何処からか奪ったのか軽く紅く濁った軍服を着ている。下は着ていないらしく、服の隙間から健康的な腹が見える。その両腕には魔具が輝き、灰色の短パンに黒のロングブーツ。短パンからはマントが伸び、裏地にはまるで返り血を浴びたかのように紅い斑点が飛び散っている。
ラヴェイラは剣を眼下のアーサーとドラゴネットに向ける。その目が殺気に血走っているのが見えて、思わず体が恐怖に震える。すると、ラヴェイラは両腕に火属性と水属性を纏いながら勢いよく急降下し、アーサーとドラゴネットに剣を振る。空中で振られた一撃が衝撃波となり、二色の魔法が鋭い刃物となって二人に襲いかかる。咄嗟に二人は武器で防ぐが勢いが良すぎてバチバチと火属性と水属性が二人の武器を弾かんばかりに火花を散らす。それをアーサーが剣で振り切り打ち消すと同時にラヴェイラは彼に上段から剣を振り下ろした。上段から切り落とされた衝撃にアーサーの腕が悲鳴を上げる。腹を蹴り上げようにも彼女の体は空中に浮いており、攻撃しようにも攻撃出来ない。ラヴェイラは防戦一方のアーサーに追撃を加え、衝撃と風圧によって膝をつけさせようとしてくる。そんな無防備な彼女の背後にドラゴネットが切りかかるが、いつの間にか二本にわけた片割れの剣で背後を見ずに防ぐと腕を振り切り、ドラゴネットを弾く。素早いだけでなく、腕力も恐ろしい。だからこそ『ヴェグス』最恐と言われるのだろうし、他の『ヴェグス』を率いて襲撃してきたのだろう。ガッとアーサーは剣を振り切り、ラヴェイラを弾こうとするが、その威力は彼女にとっては些細なものでしかなかった。ニィと口角を上げて笑うラヴェイラの表情はまるで肉食の獣。嗚呼、でもね、
「俺達だって肉食だ」
「〈魔法強制解除〉」
ポツリと呟かれたアーサーの言葉はラヴェイラを覆う透明な光によって遮られてしまった。その光はラヴェイラの魔具を覆い隠し、風属性を強制解除する。「ふへぇ?」とすっとんきょうな驚いた声を上げながらラヴェイラは足が地面につく。強制解除されたことにラヴェイラは驚いているようで一瞬目を丸くしていたが、それがルシィの仕業だと分かったらしくルシィに矛先を向けようとする。だがアーサーは剣を横から振り回し、それを妨害する。ドラゴネットもその反対側から攻撃し、ラヴェイラの両脇を固める。しかしラヴェイラは目にも止まらぬスピードで二人を一気に弾くと残っているもう一つの魔具を発動させる。
「轟けっっっっ!!!」
ガタガタ、ガタガタッ!とラヴェイラを中心にアーサーとドラゴネットの足元が揺れ出し、足場を揺らつかせる。クッと歯を食い縛り、足に力を込めるアーサーだがったが、突然ボコッと彼の傍らの地面が尖った岩と化し、彼らを攻撃してきた。足元を抉るように、足場をなくすようにやってくる揺れと鋭さに二人は逃げ惑うしかない。その間にも意気揚々と狂喜に顔を輝かせてラヴェイラは攻撃してくる。ガタガタと揺れる足場を使い、ラヴェイラの攻撃を防ぐアーサーだが、片足に走った痛みに思わず視線を向ければ、足ではなく腹に紅い染みが出来ていた。確かに痛んだのは足だったのに紅く染まっているのは……え?と驚くアーサーの体をラヴェイラが大きく凪ぎ払う。咄嗟に受け身が取れなかったアーサーが横に吹っ飛んで行き、彼と行き違いになってドラゴネットがラヴェイラにに切りかかり、ルシィが攻撃魔法を放ち体勢を崩そうとする。だがラヴェイラはドラゴネットの刀をかわしつつ、体を捻って簡単に攻撃魔法をかわして行くのだから恐れ入る。吹っ飛ばされたアーサーは空中で体勢を立て直そうとするが腹に痛みが響いて脳がうまく体を動かしてくれない。そしてアーサーは自身の背後の先にある大きく口を開けた尖った岩に気付き、顔面蒼白になった。速く体勢を立て直さなくては岩に串刺しになる。そんな光景を思い浮かべてしまい、アーサーはゾッとした。腹に響く痛みを堪えながらアーサーは空中で体を捻り、間一髪で岩を上手い具合に足場にすると着地し、ドラゴネットとラヴェイラの交戦を見届けると、ヨロヨロと岩から駆け降りた。ラヴェイラが発動させた揺れと岩は一時的だったものらしく、もはや小さなもので攻撃の妨げには到底なり得なかった。だがそれでもラヴェイラの猛攻撃は止まらず、ルシィが攻撃魔法を挟む隙もなくドラゴネットに攻撃している。それでもさすが『覇者』というべき、旅をしていただけはありラヴェイラの攻撃を全て防ぎ、反撃している。それにアーサーは感嘆の息を吐くしかない。
「大丈夫ですか?アーサー」
「うん、なんとかね。にしても……」
「はい、接戦ですね」
岩に寄りかかるように立っていたアーサーに手を貸し、ルシィが立ち上がらせる。とアーサーの腹に痛みが響く。深くはないのだが、自覚してしまえば相当痛い。
「幻覚作用付きだったようですね、あの地属性魔法」
「そうなの?」
「そうでなければ、足を怪我したと思ったのに腹を怪我しているだなんてあり得ないでしょう?」
首を傾げながらルシィは言い、アーサーに素早く〈癒しの光〉をかける。体を揺さぶるような痺れる痛みが消えていく。だが、回復してもらってもラヴェイラの攻撃ですぐに負傷してしまうのだろうが。ルシィの説明にアーサーはふと、考える。彼女がしている魔具は主要の四属性ではあるが追加魔法がかかっていると見て良いだろう。つまり、魔具を使用されれば、高確率で幻覚作用を受ける可能性がある。実際、ラヴェイラと交戦中のドラゴネットは直に幻覚作用を受けているのか、体に刻まれた怪我と共に軽くふらついている。アーサーは剣を杖代わりに軽く重心を傾けると先程の岩に片足をつけ、跳躍の準備とする。
「ルシィ」
「ええ、分かってますよアーサー」
アーサーがしようとしていることに気付き、ルシィは笑う。二人は片手でハイタッチをかわすと、アーサーは岩を蹴り、跳躍した。その彼に向かってルシィは補助系の魔法をかけ、攻撃力と防御力を上昇させていく。二本の剣でドラゴネットに切りかかるラヴェイラの背後から斜め下から剣を振り上げ、すかさず振り下ろせば、ラヴェイラの背中に痛々しいほどのバツ印が刻まれる。背中の痛みにラヴェイラが憤怒の表情で後ろを振り返る。剣二本がラヴェイラからアーサーへと矛先を変える。その隙にドラゴネットの腕を掴み、無理矢理撤退させるルシィを視界に入れつつ、アーサーはラヴェイラからの一撃を防ぐ。が、先程よりも魔法によって防御力を上昇しているためか、大きく弾かれることも腕が痺れることもなかっった。驚くラヴェイラだったがアーサーは剣を弾き、小さくジャンプし、空中で回し蹴りを放つ。左手に当たった足は彼女の手中から剣を弾き飛ばし、ついで踵落としを食らわせれば、一瞬ラヴェイラの素早さが鈍った。
「(この一瞬がチャンス!)ルシィ!」
「〈地獄が愛した炎は天使の翼を折る〉!」
後方に片足をつき、片足を軸に体勢を立て直そうとしたラヴェイラに向かってルシィが掲げた手が振り下ろされる。ルシィの手の少し上にあるのはゴウゴウと燃え盛る炎の球体。球体には何故か片翼があり、炎の余熱で燃え焦げている。それだけでもどれだけ炎が熱いのかが伺える。炎の球体の中には少しだけ黒い何かが蠢き、ルシィが放つのを今か今かと待ちわびている。燃え盛る地獄からやって来たと言わんばかりの炎の球体をラヴェイラの血走った目が捉える。そうして、炎の球体は監獄を作ってラヴェイラの頭上に落下した。
今日は二つです!




