第七十二色 魔法と突風の知恵
刃のように切っ先が尖った光線が魔物の足元を狙って放たれる。その光線を受け、魔物は足を捕らわれてしまったかのような状況だったが、背後にいる別の魔物によってなんなく窮地を脱する。だが無数と云うべき光線は二体の魔物の足元を囲み逃げ道を封鎖し、身動きを取れなくする。まるで炎に囲まれたような状況の中、光線を通り抜けてボールスが現れる。魔物はボールスに向かって襲いかかるが、彼女は杖を突き出すようにして防ぎ、魔物を吹っ飛ばす。一体は振り飛ばした勢いが良かったのか、地面から生えたようになっている光線の切っ先に胴体を貫かれ、絶命した。もう一体は辛うじて光線を踏みつけたらしく、絶命を回避。だが、その背後からフローレンスが現れ、そーと、そーと近づきながら扇を振り下ろす。小さな魔物の体が首とおさらばし、爛々と輝く殺気を込めた瞳が眼球ごしにフローレンスを振り返る。その不気味さに彼が「ひっ」と短い悲鳴をもらせば、別の魔物が消えかかった光線の隙間から踊り出る。フローレンスの目を狙って鋭い牙を振り回す魔物に左腕を噛ませてかわすが、左腕がある意味犠牲になった。フローレンスは痛みに顔を歪ませながら、魔物を引き離そうと左腕に水属性の魔法を付与させれば噛む腕から伝わる鈍い痛みと痺れに魔物はフローレンスから離れる。その隙を狙ってボールスが横から杖を振り下ろす。しかし、右側に集まったのは小回りが効く小型の魔物。空中で体を捻って回転するとボールスの渾身の物理攻撃を軽々とかわしていく。トンッと踊り終わったかのように何処か洗練された動きで着地すると魔物はクルリと二人を振り返り、嗤った。嘲笑しているのは魔物の目だけでも分かった。だが、それは魔物も同じだ。スッと魔物の頭上に影が落ちる。途端に二人は後方に飛び退く。と次の瞬間、突風の如く凄まじい風が吹き、魔物の視界を覆った。すると、先程から魔物の頭上にあった影が勢いよく魔物の脳天を狙って振り下ろされる。その切っ先は鋭く、魔物の抵抗も知ったことかと脳漿をぶちまける。ズルッと気づかなかった愚かな魔物から薙刀を抜き、グリフレッドは切っ先についた黒い物体を振って払った。凝血して欲しくはないのは、昨日のことを思い出してしまうからだろう。そうして背後でした空を切る音に素早く反応して薙刀を振り回せば、柄の部分にしがみつくようにして魔物がいた。だが小型なせいか精一杯の攻撃は薙刀にぶら下がるという苦行しか与えない。グリフレッドは左手に魔法を付与し、一瞬の魔法武器を作り上げるとぶら下がる魔物に容赦なく突き刺した。途端に薙刀から口を離す魔物に蹴りを放ち、吹っ飛ばせば、その先にいたフローレンスが扇で胴体から真っ二つに切り刻む。その延長線上で飛んで来た魔物の頭をボールスが「えいっ」と叩き落とせば、地面に紅い水溜まりが出来上がる。その水溜まりに映る真っ赤な自分にボールスが気を取られた瞬間、背後から漂う殺気が刃となってボールスの首筋に添えるように振り回される。
「〈水よ我を包め〉!」
フワリとボールスの前に水色の水の泡のようなキラキラとした粒子が現れ、彼女を包む。だが、殺気を乗せた攻撃はバリアをことごとく簡単に破壊し、ボールスの首筋を狙う。そんな彼女を後ろから抱きしめるようにしてグリフレッドが抱き上げると、そのまま後方に飛び退く。途端、ボールスの前髪を掻き消すように風刃が紙一重の距離で通りすぎる。グリフレッドに抱き抱えらえたまま後退したボールスを背に彼が庇った途端、風刃がグリフレッドに襲いかかる。咄嗟に薙刀を横に防ぐが次々とやってくる素早い攻撃にグリフレッドは手も足も出ない。すると凄まじい攻撃の衝撃でズルッと薙刀を持つ手から柄が逃げるかの如くずれる。その隙を見逃さずに左肩に落ちてくる風刃をグリフレッドは自身に舌打ちをかましながら目の前の風刃を操る魔物に蹴りを放つ。まさかの攻撃に驚き、間に受けてしまった魔物が後方に飛んで行けば、片足を軸にグリフレッドは同じように跳躍するフローレンスを片眼鏡に納めながら大きく跳躍した。
「〈光の朝よ全てを惑わせろ〉!」
グリフレッドの背後でボールスが叫ぶ。杖の切っ先が仄かに白く光れば、水晶の如く透明な球体が彼女の背後に現れ、グリフレッドとフローレンスを援護し逆光を浴びさせる。両手にまとわりついた無数の刃物を風刃の如く操っていた魔物は突然の光にギョロギョロとした魚のような目を歪ませた。途端に魔物の体に走る痛みは魔法の追加魔法だ。それに気づかず、まとわりついた無数の刃物を振り回す魔物の懐にフローレンスが隙間を縫って接近する。すると魚のようなギョロギョロとした浮き出た目と目が合った。フローレンスが気持ち悪さに顔を歪ませたと同時に四方八方に振り回されていた刃物が一斉に彼に向かう。顔面に扇を当てるようにして構え、刃物を防ぐ。しかし一斉にやってきた計五本の刃物を完全に防ぐほどの力量がフローレンスにはなかった。いや、なかったというよりもただただ魔物の力が強かったと言う方がしっくり来るし、衝撃で弾き飛ばされたような感じだった。扇を弾かんばかりの勢いと衝撃にフローレンスの体は痺れを受けながら後方に倒れ行く。そんなフローレンスに魔物が刃物を振れば防げなかった分の刃物が彼の脇腹を攻撃して消えていく。フローレンスは痛みに顔を歪ませつつ、扇を手首で弄ぶ。ともう一度フローレンスに攻撃しようとしていた魔物の背後にグリフレッドが接近し、選手交代となる。薙刀を振った風と気配に魔物が反応し、振り返り様に刃物を振り回す。が、カキンッと音がし、グリフレッドを狙った刃物が大きく後方に弾かれる。グリフレッドを守るように周囲には一度だけ攻撃を弾く魔法が展開されていたようで、刃物を弾いたようだ。その隙を突くようにグリフレッドは薙刀を頭上から振り下ろす。頭上からの勢いに押され、五本中二本の刃物が空中に飛び散る。だが残りの三本は健在しており、風を切ってグリフレッドを攻撃する。それらを手首の上で薙刀を回して弾き、両者は刃を勢いよく交差させる。目の前で火花が散り、グリフレッドの目を焼くように弾ける。その火花に思わずグリフレッドは目を閉じかつつ、薙刀を大きく振り上げる。と魔物の刃物が頭上に振り上げられるが残り二本が頭上からグリフレッドを狙って振り下ろされる。咄嗟に反撃できない!とグリフレッドが薙刀を構えるが、到底間に合わない。
「〈竜巻よ我に力を〉!」
すると二本の刃がカァン!と甲高い音をして弾かれた。どうやら小さな竜巻の中とその中で行ったり来たりしている小さな鎌が魔物の刃物を勢いよく弾いたようだ。刃物と魔物は神経が繋がっているのか濁った瞳を歪ませて、弾かれた方へ体を逸らせる。その隙にグリフレッドは魔物の懐から脱兎の如く駆け出し、杖を構えたボールスのもとへと撤退する。その隙を大きく与えるべく、素早く魔物の足元に滑り込んだフローレンスが扇を振り、魔物の健を切る。だが糸状の粒子が魔物の足元を包んだかと思うと足の健は再生していた。すぐに再生されてしまいフローレンスは不貞腐れた様子で魔物の背中を蹴飛ばすと二人のもとに撤退してきた。案の定、魔物はフローレンスの八つ当たりにも似た攻撃に怪訝そうにしていた。
「フローレンス……大、丈夫……?」
「あ、はい!ボクは大丈夫ですボールスさん!」
「無理は駄目だよ二人共。それにしても……」
そこで言葉を区切り、グリフレッドは魔物を睨み付ける。残った三本の刃物を両腕に纏わせながら殺気に濁った片目をこちらに向けている。油断すれば死角からやって来そうな刃物。明らかに近接攻撃に特化している。嗚呼、ならば。それを考えたのは同時だった。
「フローレンス」
「はい。ボクは撹乱だね。陽動、とでも言うのかな?とにかく、任せてください」
水が美しく舞う扇を口元で構え、フローレンスが真剣な瞳で言う。グリフレッドはそれに頷き、ボールスを振り返ると彼女は何を言うまでもなく、片膝をつきぶつぶつとなにかを唱えていた。包帯の隙間から見える左目が力強さを物語ってくる。それにグリフレッドはクスリと頼りになるなぁと微笑むと魔物をもう一度睨んだ。魔物はこちらがなにかしようとしていることには気づいているが、知ったことじゃないと言わんばかりに三本の刃物を纏わせている。その油断が負けに繋がるだなんて思わないのだろうか。嗚呼、なら、
「魅了して差し上げましょう。〈みずがめ座が望む三角形〉」
スゥと瞳を伏せ、扇を魔物に向けてフローレンスが振ると足元に巨大な三角形が現れ、魔物を包み込む。しかし、すぐさま魔物は三本の刃物で水を切り刻む。だが、その頭上からはこれまた巨大な水瓶が水を滝の如く流している。かと思いきやその水は無数の刃に変化し、魔物に降り注ぐ。間一髪でかわした魔物だったがいつの間に水辺になった足元に大きくふらつく。とそれは三角形になった場所だけと気付き、突破しようと駆け出す。だがそれを阻むように水が周囲を囲むエリアにフローレンスがやってくるとバシャバシャと音を立てながら扇を振り回す。魔物はフローレンスが奏でるやかましい音に混乱させられながら彼に向かって刃物を操る。それらを踊るように懸命に避けながらフローレンスは扇を振る。一本の刃物と扇がカァン!と甲高い音を立てて交差し、花びらのような火花が散る。腕を伝う衝撃に足元の水が弧を描いていく。脇腹に痛みが走り、フローレンスはわずかに顔を歪めるがクッと歯を食い縛り、片足を振り上げる。突然振られた足に魔物は二本の刃物を操り送り返す。それをフローレンスは間一髪でしゃがんでかわすと足元の水を投げつける。魔物の目元に当たった水は水飛沫を上げて顔に跳ね返る。フローレンスが小さく呪文を紡げば、魔物の顔に当たった水は魔物の目を焼かん勢いで目を殺していく。悲鳴をあげる魔物に体当たりする勢いでフローレンスはぶつかり、扇を振る。一本だけ刃物が大きく円を描き、水辺に落下した。その時フローレンスは、魔物に纏わりつくような刃物が糸で繋がれていることに。しかも目を凝らさなければ分からないほどの透明で細い糸に。嗚呼、それだけわかればきっともう十分だ。後方によろめく魔物にフローレンスは声を出して笑いたい衝動を押さえながら呟いた。
「完璧だよね?グリフレッドさん?」
「嗚呼、完璧」
途端、ニュルッと魔物の体半分を覆う不気味な感触に魔物は残りの刃物を振り回した。背後で何かに当たったようだが、足から首までカチカチに締め付けられた魔物にはそれがなんなのかもう分からなかった。バシャッと水が跳ね、キラキラと水瓶の水と共に隙間から差し込む太陽の光に反射する。フローレンスの隣の足元の水辺に大きく波紋が描かれたかと思うとそこに突然、黒い影が現れる。黒い影は水飛沫を上げながら水面の上に現れ、人形を形作っていく。そうして現れたのはグリフレッドだった。フローレンスの陽動攻撃のお陰で闇属性の魔法を使い、影に紛れることが出来、魔物を捕らえることにも成功したのだ。右肩に軽く負傷しているのは先程の魔物の攻撃が当たったという証拠だ。そんなグリフレッドを覆って隠していたと言わんばかりに影が全て魔物から動きを奪うかの如く、水辺に縛り付け拘束しに率先と蠢いている。それらを軽く一瞥し、グリフレッドは薙刀を大きく振った。途端に薙刀を振った衝撃で水が弾け飛び、囲まれていた中に大きく入り口を作り上げる。水が勢いよく魔物に襲いかかり、目眩ましさせていく。だがそれだけで魔物が扱う刃物は消える訳ではなく。それでも良い。だって、水の壁に大きく空いた穴の先には杖を輝かせたボールスがいるのだから。
「ボールス!」
「〈今、その願いを妬み、絶望の底へと引き摺め。悪魔の手は絶望への道を壊す〉!」
仄かに光る杖を天高くボールスが突き上げ、カァン!とその切っ先を地面に叩きつければ、まるで魔物の血が凝血した時のような線上のものが地面に亀裂を刻んでいく。とその先にいた魔物の足元に亀裂を刻む。すると亀裂の隙間に水が勢いよく吸い込まれていきつつ、その隙間から黒い無数の手が伸びる。黒く伸びた爪は魔物の足元から体に食らいつき、肉を骨を神経を食い込み食い千切り、バリバリと裂く。地響きのような悲鳴を上げ抵抗する魔物なんぞ知らんと悪魔の手は亀裂へと魔物を引き込み、ブチブチと目を抉り取る。その不気味で気持ち悪くて嫌悪感を催す攻撃とも云うべき光景にフローレンスがサッと顔を逸らした。いつの間にか足元を覆っていた水辺は亀裂に飲み込まれて消えており、魔物もその渦に飲み込まれようとしていた。暫く、魔物の不協和音が響いたあと、亀裂に悪魔の手と共に飲み込まれて消えて行きもとのなにもなかった平穏な地面に戻った。倒せたことにボールスは杖を握り締め、ほっと胸を撫で下ろす。すると頭に温もりを感じた。ボールスが顔を上げるといつの間にか隣にグリフレッドがおり、「お疲れ様」とボールスの頭を優しく撫でていた。そこに不快感から回復したフローレンスが無邪気に跳ねながら合流する。
「お疲れ様、二人共」
「やったぁ!」
「さす、が……!」
優しさと達成感にボールスは身を委ねながら、魔力の使いすぎで倒れそうになる体をソッと支えてくれたフローレンスとハイタッチをかわした。
いつの間にか七十越えてた(笑)まだまだ続きますのでよろしくですよ!
次回は月曜日です!




