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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第二部
76/130

第七十色 悪夢の運び



いつもの()だと思ったのは、血生臭い戦場だったからに他ならない。バチバチと火花が散って、脳裏を掠めていく。脳裏を掠めてはまるでこれが現実だと突きつけるような熱せられた鉄を押し付けたかのような痛みが腕を覆う。その痛みに思わず腕を見れば、腕はなんともなかったが、誰かが立っていた。その傍らには戦場に紅い血を撒き散らしながら倒れ行く人物で。いつものように戦場に横たわる人物に思わず目を覆ったのは、友人に嫌と云うほど似ていたからで。だがそこで疑問に気づく。この倒れた友人にそっくりな人物は、友人はこんなところに紋様があったっけ?と。左腕(あんなところ)に紋様は友人は刻まれていない。顔の見えない友人にそっくりな人物がこちらに手を伸ばす。その手を掴もうとすれば、今にも死んでしまいそうな体でニッコリと笑うのだ。嬉しそうに。待っていた、というように。そうして聞こえたのは、いつもは聞こえないはずなのに嫌にはっきりと聞こえた声は優しくて暖かかった。


「貴方が、呼んでいたんだね」


何が呼んでいたのかなんて、紋様を見れば分かるでしょう?薄暗い戦場に浮かぶいくつもの色。まるで星々ように美しく幻想的な色。夢であって現実。悪夢であって幻。儚く揺れる無数の色。美しい色が意志として空を舞い、舞い始める。嗚呼、きっとこれは夢であって悪夢。だからこそ、伸ばされた手は空を切り、聞こえないはずの声は絶叫しながら木霊する。戦場に響くのは絶望であって失望。誰に対してなんて、聞かなくても分かってる。だから、だからこそ今日も手が紅く染まって、いつもの言葉が吐き出されているんだから。早く覚めて欲しくて、でも状況も内容も知りたくて。


「ねぇ、この()の意味は、()()の意味はなんなの?」


頬に散ったのは涙かそれとも君の紅く染まった涙なのか。それさえも戦場ではただただ無意味でしかなくて。無意味な行動で、危険な行為でしかなくて。声にならない怒号が戦場を震わせて、紅い華を刈り取っていく。語られた物語。語られなかった運命の物語。きっと、いくつもの色という意志が重なって出来た一つの物語。それは、目の前でなにかを告げようともがく人物の物語としてもきっと通用する。けれど、今日はそんなことはなくて。ハッと我に返った時には既に胸元に紅い華を咲かせた人物が別の誰かに抱き抱えられていた。近くから漂う異様な臭いは血だけでは決してない。人の亡骸、誰かの咆哮、硝煙、悪夢のような言葉と空間の羅列。吐き気を催すほどに切り刻まれる亡骸に()()を思い出したのは云うまでもない。戦場に染み込んでいく新たな悲劇は語られないまま葬られるはずだった一頁に過ぎない。だからこそ、抱き抱えた別の人の耳に揺れていたのは。


「********」


さあ、今夜も此処で幕引きとなる。

バッとアーサーは荒い息を吐き出しながら起き上がった。そして手汗を滲ませた己の手を見下ろす。鬼気迫るかそれとも緊張していたのか。友人達が死ぬ、いや正確には顔の見えない誰かが死ぬ悪夢。紋様のようなものも見えた。集った『覇者』に影響されているのだろうか?だが、そうだとしたら先に出会っていた彼らに影響されてこの悪夢のような夢を見ないのは明らかに説明がつかない。


「アーサー、大丈夫ですか?」

「え」


突然、声をかけられ、アーサーは驚いて隣を振り返った。そこには眠気眼をこするルシィがおり、小さく欠伸をかましていた。そこでアーサーは『ヴェグス』から逃れるために真新しすぎる不思議な村の建物で一夜を明かそうと、サグラモールとドラゴネットを筆頭に夜更かしに発展していたことを思い出した。部屋の中央にはサグラモールが用意した灯りが星のように小さく瞬き、灯りを囲んだまま眠ってしまったドラゴネットとボールス、サグラモールが見える。彼女達には毛布がかけられており、近くのソファにはフローレンスが座ったまま眠っている。ソファの背もたれを背に眠るのはカラドックで、グリフレッドは扉に寄りかかって眠っている。ちなみにアーサーとルシィは窓際で座って眠っていた。どうやら女子会から夜更かしにまで発展したお喋りは自分が悪夢のような夢、夢のような悪夢に旅立ったあとに終わりを告げたらしい。アーサーはヌルヌルとした手汗をズボンに擦り付けて拭うと、ヨロヨロと立ち上がる。それにルシィは不安そうな表情をして手を伸ばしかけていたが、アーサーの大丈夫という笑みに手を引っ込めた。アーサーは眠るサグラモール達に近づくと毛布をかけ直す。そしてフローレンスが一人で使っているソファを見る。確か、俺が寝落ちする前、サグラモールも使うと言っていたっけ……それを思い出し、アーサーはそっとサグラモールを抱き上げるとソファに移動させた。サグラモールが横になるだけのスペースはあるので横たわせるとフローレンスと共になんとも可愛らしい双子の完成である。本当は姉弟でもなければ仲の良い友人なのだが。アーサーは二人の寝顔に優しく微笑むと、灯りに手を翳した。途端、灯りは消え、部屋は真っ暗闇に包まれた。アーサーは暗闇の中をスイスイと泳ぐように淀みない足取りで進むとルシィの隣に腰を下ろした。下ろしたところでよく暗闇で位置が分かったなと自らに感心してしまった。暗闇に慣れるまで時間がかかるのに、そう考えているとルシィが再び言う。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん?なにが?大丈夫に決まってるでしょ」

「いえ、泣いていたようなので」


ルシィの言葉にアーサーは不思議そうに首を傾げたあと、自らの頬を指先でなぞった。するとそこにあったのは水で。ルシィの言う通り自分は泣いていたのだと改めて実感した。だが、()()()泣いたのかは覚えていない。


「……泣いてた?」

「ええ。魘されていると言うよりもなんていうか、悲しんで泣いているような感じでしたよ」

「えぇー……そんなの見てたわけじゃないけどなぁ」


どっちかと云うとあれは悪夢だ。決してルシィの言うような悲しむ夢ではない……多分。怖くて泣いたのだろうか。それも違うような気がするが。アーサーは指先に触れた涙を暗闇の中、凝視するとルシィは心配そうに顔を覗き込んで来る。


「大丈夫だよ、ほら疲れが出たんだ」

「……そうでしょうか……?」

「そうだよ。明日に備えて寝よ」

「しかし……」

「もう、心配し過ぎだよルシィ」


大丈夫とルシィの肩をポンッと安心させるようにアーサーが叩けば、ルシィは銀色の瞳を優しく伏せて頷いた。暗闇にうっすらと浮かぶその色はまるで月のように美しい。


「心配にもなりますよ、相棒でもありますし。それに、一番最初の友人ですし」


そうニッコリと笑ったルシィにアーサーは嬉しくなって笑い返す。自分達は『覇者』捜しにおいての相棒、いや、戦闘でも相棒で友人だ。当初、ルシィと出会った時とは明らかに違うルシィの感情性豊かな言葉にアーサーの胸が擽られる。それは嬉しいという感情と共に、気づかない今後の恐怖を煽ってくる。


「無理はなさいませんように」

「ルシィもね」


小さく手を叩き合って笑い合えば、互いに信頼しているという気持ちも安心感も伝わってきて。もう、大丈夫。此処にいるから。そう誰かが子守唄を歌うように囁いて、癒してくれる。夢のことを言えない……いや、()()()()()()()()()()()()と思ってしまうのは今後のこともあるため、余計な不安をかけたくないからなのだろう。先程の悪夢はもう見ずに夜空の向こうの夢へと二人を眠気が誘う。見えない星々と月が彼らが眠れるようにと静かな静かな子守唄を奏でる。その聞こえるか聞こえないかの静寂が、悪夢のような夢、夢のような悪夢を見たあとのアーサーには心地よかった。しばらくして部屋には彼らの穏やかな寝息が響いていた。


……*……


そう思っていた時期がありました。


「まさかさー灯台もと暗し作戦に気づくとは思わないでしょー?」

「『ヴェグス』……最恐、可能性……大」

「考えて気づいたってこと?ボールスちゃん」


ドラゴネットの問いにボールスはうん、と頷くと後ろ腰の杖を取り、両手で握りしめた。それにドラゴネットは「あり得る話かぁ~」とうーんと背伸びをして呟く。アーサーも腰に下がる剣の柄をに握りしめながらカーテン越しに外を見る。そこに広がっていたのは複数の魔物と二本の剣を手に仁王立ちする『ヴェグス』の彼女。そう、彼女はアーサー達が遠くに逃げていないと気付き、一晩かけて村に戻ってきたのだ。しかも何処に隠れているか分からないからと召喚……というか魔物を従え家々を壊さんばかりの勢いで襲撃した。そして最後となったこの家に襲撃せんとばかりにタイミングを見計らっている状況である。この家には裏口もあったが気づいた時には全包囲されていたため、使い物にはならない。転移魔法で逃げるという手もあったが相手に魔物がおり疾風の如く素早さを持つ『ヴェグス』がいる以上、使用は危険すぎたし、なにより先制攻撃され全滅に陥る可能性も否定できなかった。ならば、倒すしか方法はない。『ヴェグス』の彼女がおそらく魔物と繋がっている以上、彼女は捕縛が良い。……問題は勝てるかどうかだが。全員で行っても速さで押し切られてしまうなら、少人数で押し切った方が良い。となるとその他は魔物との戦闘になる。


「外で戦うか中で戦うかはお任せになるかな。でも『ヴェグス』も魔法使うと考えると外の方が良いかも」

「家の中はごちゃごちゃしておるしのぅ」

「いっそのこと全体魔法で一網打尽」


ルシィのいっそのこと名案と言わんばかりの表情と提案にグリフレッドとサグラモールが同時にルシィを振り返り「待って!?」「妾が言えたことではないが、待つんじゃ?!」と思わずと言った様子で叫べば、カラドックが耐えられん!と腹を抱えて笑い出す。外に敵がいるのに呑気なものである。いや、逆にこの笑い声で敵も困惑しているかも?


「だから全体魔法は周り見てからにしてルシィ!」

「いえ、出来るかなーっと思いまして。フローレンスの〈四つの海の歌(セイ)声響いたら(レーン)〉で動きを封じて……」


少し呆れたようにアーサーが窓の外から視線を外し言えば、ルシィの提案が光る。ルシィの提案にフローレンスは小さく挙手して反論というか自身の意見である言葉を投げる。


「え、えぇーとぉー……あの時は魔力不足もあったので出来なかったけど……うーん」

「どうだ?フローレンス」

「『ヴェグス(あの人)』速いからボクが〈四つの海の歌(セイ)声響いたら(レーン)〉で封じても逃げちゃうかも……」


申し訳なさそうに言うフローレンスにルシィはアーサーと顔を見合わせると「あー」と納得の声をあげる。確かに〈四つの海の歌(セイ)声響いたら(レーン)〉も魔法も万能ではない。物理で破られる可能性は大きい。嗚呼、なら。


「だったらよ、物理には物理で返したら良いじゃねぇか」


右手でナイフを弄びながらカラドックが言う。それに頷いたのは誰だったか。と、ほぼ同時に扉を蹴破らんとする鈍い音が響く。ドンドン、ドンドンと響く音は建物全体を揺らしているかのように次第に強さを増していく。アーサーは剣をゆっくりと抜きながら全員を振り返れば、全員が真剣な、緊張感に満ちた表情をしていた。まさに強者と声高らかに叫びたくなるほどに。


「で、アーサー、どうすんだ?」

「俺が決めちゃって良いの?」

「……わたし、たち……の、司令官!」


カラドックとボールスに言われ、アーサーは嬉しいのか恥ずかしいのか、腕で顔を隠す。『覇者』である彼らに、友人である彼らに信頼されているのが嬉しかった。力になれていて、そこに届かなくても、俺は()()()()()で力となっている。だから、ペリノア達と出会った時のように、『覇者』と知った時のように、ストンと落ちてきて。嗚呼、なら。スッとアーサーは顔を隠していた腕を下ろし、真剣な眼差しで彼らを見る。その眼差しに、澄んだ空色に背筋を駆け上がったのは信頼という意志。


「サグラモールとカラドックは出たら左側、グリフレッドとフローレンス、ボールスは右側お願い。物理攻撃と援護をバランス良くやれば全体的に魔物はさほど強敵じゃなくなる。例え、将軍であろうとも魔牙であろうとも勝てる」

「なるほどじゃのぅ。カラドック、頼むのじゃ」

「おうよー」


アーサーの指示に各々が頷く。呼ばれなかったドラゴネットが「あたしは?」と自らを指差す。


「ドラゴネットは俺とルシィと一緒に『ヴェグス』頼んでも良い?ルシィは援護中心、と見せかけつつの攻撃魔法中心で。俺とドラゴネットの隙をつく形で」

「分かりました」

「ドラゴネットは昨日のこともあるから多分一番狙われやすい『覇者』だ。それに慎重になってる可能性もあるし昨日みたいに暴走する可能性もある。だから、気を抜かないで」

「ふっふ~ん♪任せて!」


二人の心強い答えにアーサーはニィと口角を上げる。


「全員、無理はしないで。撤退は戦略的な作戦の一つだから」


アーサーの言葉に全員が強く頷く。それに彼も頷き返すと扉のドアノブに手をかけた。扉に響く振動が腕を伝って脳に伝達されていく。自分達を殺そう(喰らおう)としている。嗚呼、なら


「こっちが変わりに()ってやる」

「〈場所的瞬間移動(テレポート)転移場所エリア確定〉……〈開始〉」


途端、彼らの姿は一瞬にして粒子に包まれて消えてしまい、次に現れたのは『ヴェグス』と複数の魔物の前だった。驚く『ヴェグス』と魔物に強気に笑ったのは誰だったか。次の瞬間、驚愕していたことも強気に笑っていたことも忘れて両者は相手に向かって跳躍し、鋭い刃を振り下ろした。

戦闘シーンは楽しいです(笑)


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