第六十色 開かれた迷宮
「あ、いた!」
「師匠!もうやめても良い!」
「グリフレットのお陰でだいぶ回復したわ~」
「え、あ、いた?」
真っ直ぐ道を進んでいたアーサー達を遮るように、ようやっと現れた分かれ道の壁から現れたのは離れ離れになっていた四人だった。互いに怪我がないことを確認し、安心する。まぁどうやらカラドックは魔力が辛うじて尽きかけていたようだが。それでも全員無事であった。分かれ道の反対側、もう一つの道には目がチカチカしてしまうほどにカラフルな看板が建っており、ゴールですよと教えてくる。本当にゴールかどうかもカラフルすぎて怪しいが、サグラモールとボールスの瞳があの看板の先を見ているということは合っているのだろう。
「そっち、魔物とか遭遇した?」
「いや、遭遇しなかったけど……そっち会ったの?!なんか大きな音すると思ったら!」
「ウソ!?怪我ないですか!?」
「さっき確認したからないじゃろ、落ち着くんじゃフローレンス!」
薙刀を消しながらグリフレットが驚愕の声を上げれば、サグラモールはフローレンスを宥める。アーサー達の方にしか魔物は出なかったようだ。だがまだいるような唸り声を上げられているんだからいると考えて良いだろう。ならばなおさらさっさとゴールを通って転移魔法を使って町に戻った方が良い。誰もがそう思ったらしく、一斉にゴールと書かれた看板を振り返った。そうして誰ということもなく、ゆっくりと看板の先に広がる闇に向かって歩き始めた。
「あ、そうだ。サグラモール、ありがとね。ボールスに魔法かけてくれて」
「あ、りが……とう……」
前方をフローレンスと歩くサグラモールにアーサーは言うとボールスも感謝を示す。バッと慌てたようにサグラモールが振り返ると、ボールスは自身の目を指差す。彼女は不思議そうにアーサーを見て、ルシィを見て、ボールスを見た。
「……よくわかったのぅ」
「え、違った?」
「合っておる、合っておるがな、どうして妾だと分かったんじゃ?師匠も、カラドックも、フローレンスもいるじゃろ?」
不思議そうに問うサグラモールに答えるようにルシィとボールスがアーサーを見る。サグラモールの魔法だと見破った、断言したのはなにを隠そうアーサーだ。彼と一緒に覗き込んだルシィは分からなかった。グリフレットは地属性の魔法は特定のものしか使えないし、フローレンスが地属性に適応していないとも限らない。サグラモールとカラドックの二択になるが、あの時、アーサーは即答する形で答えていた。すぐに分かるはずもないのに、よくわかったなと言うことなのだろう。カラドックとフローレンスの瞳がそう言っている。アーサーは彼らの疑問と驚愕の視線を受け止めながらその時のことを思い出していた。なんでわかったと言われても本当にそうだとしか思えなかったのだ。確かにボールスの瞳に浮かんでいた魔法の余韻はサグラモールのものだった。
「特に理由はないよ。パッと見て嗚呼サグラモールのだって思ったくらいで」
「なんですかそれ。勘ですか?」
「まぁアーサーならあり得そう」
「あり得そうってどういう意味?!」
アーサーが素直に答えれば、この言い草である。アーサーが不貞腐れたように表情を歪めれば、「まぁまぁ」ともはや父親のようになってしまったグリフレットがポンポンと彼の頭を叩くように撫でる。むぅと不貞腐れた様子のアーサーと父親のように戯れるグリフレットの感情というか差にルシィとサグラモールが吹き出せば、もうなにを怒っていたのか分かったもんじゃない。クスクスとみんなで迷宮の中、笑う合う。合唱のように反響する笑い声にアーサーの機嫌も徐々に治っていく。
「まぁ信頼してるからわかったんじゃねぇの?それか勘」
「勘に一票」
「……同、じ……く」
「勘でも信頼でも分かったんだから良いでしょ!」
はい、この話終わり!とカラドックが蒸し返してきた話をパンッ!と手を叩いてやめさせるとアーサーはとっとと全員を追い越して看板近くにまで進んで行ってしまう。そんなアーサーを追ってクスクスと笑いながらルシィとサグラモールが追う。追いかける二人を見てグリフレットとカラドックが微笑ましげに笑う。カラフルな看板が突然目の前に現れたように見えてアーサーは一瞬、上半身を引いた。自分が逃げるように彼らの後ろから出てきたことに気づいたのはその数秒後だった。何故、自分は分かったのだろう?勘だろうか?いや、アーサーは違うと考えていた。あれは直感的に……そう、サグラモールの目を覗き込んだ時と同じ感覚だった。感覚?自分で自分の考えが混乱を引き起こしてしまっている。それはきっと、自分でわかっていても分からない、不透明で不明瞭なもので。
「(あれ、これって前にも……?)」
そうこうアーサーが怪訝そうに首を捻っていると全員が看板前に到着した。やはりどう見ても看板の先は暗闇で、危険という感じしかしない。とそこでサグラモールとボールス二人分の魔法が切れたらしく、目にかかっていた余韻が消える。
「ゴール、だね」
「ゴール何て感じしないけどねぇ」
無限に広がる暗闇にフローレンスが不安そうに言えば、グリフレットはケラケラと笑う。確かにゴールという感じはない。看板はカラフルだが。アーサーは無限に広がる暗闇を一瞥し、一歩足を踏み出す。続いてルシィ達が足を踏み出す。真剣な顔つきになっていたのは、この迷宮から脱出できるからだけではないのだろう。此処を出たら待ち受けているのは悲惨な現状か、それとも勝利に満ちた町か。想像さえ出来やしない。グッとアーサーは拳を握りしめ、看板の下、ゴールの向こう側へ足をおろした。途端、暖かくも優しい粒子に包まれた。
……*……
静かだったはずの周囲から騒々しいほどの喧騒が響き、アーサーは微睡みから飛び起きる。ハッと我に返るとそこは魔法によって迷宮に閉じ込められる前にいた噴水広場で。自分達が消えた時と変わらず、血と硝煙と悲鳴と雄叫びに包まれていた。変わったことと言えば、『世界戦争狂信仰者』と師団が溢れかえっていたことだろうか。四方八方で雄叫びと刃音が響き渡り、不協和音を奏でている。
「さっきより数増えてません?!」
「さっきまでのが前触れで、これが本隊だったのかな?!」
「……気を、つけ、て!」
彼らは背中合わせになり、死角をなくして武器を構える。何処もかしこも『ヴェグス』と死闘を繰り広げていて、いつ飛び火してくるか分かったもんじゃない。しかも敵は噴水広場以外にもいるのかあちらこちらから声が反響して鼓膜を攻撃してくる。するとルシィが頭を片手で押さえ苦痛に顔を歪ませ始めた。以前のように連絡魔法が頭の中で反響しているのだろうか?それとも風によって流れてくる死体の臭いがルシィの嗅覚を攻撃し、頭痛を起こさせているのだろうか?どれが正解かなんて、分からないでしょう?アーサーは顔を歪ませるルシィの前に腕を出す。それにルシィが驚いた様子で彼を見上げたが、アーサーの真っ直ぐな瞳になにも言うことはなかった。そうして大きく深呼吸をする。何処までも吸い込まれるのは血と硝煙と腐った臭いだけで。それが狙いなら
「見当違いです!〈風よ切り裂け〉!」
トントン、とリズムを取るように地面を片足の爪先で叩けば、ルシィを……いや全員を中心に無数の刃となった風が円となり、波紋となり、彼らを守るように放たれる。と突然、空中から人が現れた。どうやら何処か高い場所から跳躍した直後だったらしく、ルシィの魔法で姿を露にしてしまい、あちらも一瞬驚いている。なんでそんなところから!?と驚く彼らなんて知ったことかと言うように上段から刃物を振り下ろしてくる数人の『ヴェグス』。血走った目が獲物を狙う肉食獣のようで、フローレンスが「ヒッ」と悲鳴をあげながらカラドックの背後に隠れる。飛びかかってきた『ヴェグス』の攻撃をアーサーの剣と、グリフレットの薙刀、カラドックのナイフが同時に防ぐ。風属性か地属性の魔法を付与でもしていたのか三人が防いだ瞬間、足元のコンクリートがバキッと音を鳴らしながら亀裂を刻み、突風を巻き起こす。その突風は刃となりアーサーの頬を掠める。一線刻まれた傷を一瞥し、アーサーは大きく剣を振り、敵を撤退させる。『ヴェグス』は身軽な動きでクルクルと空中で回りながら後退し、着地する。そこに他の『ヴェグス』も集まって来、どうやら二人も弾いたと云うことが分かる。アーサーは頬に刻まれた傷を手の甲で少々乱暴に拭いながら隣のルシィを振り返った。
「ルシィ大丈夫!?」
「ていうかよく分かったのぅ?!」
えっ、と二人の声が重なったのは言うまでもないだろう。アーサーの反対側にいるサグラモールもルシィを振り返っており、彼と同じように問いかけたようだ。ルシィは目の前の『ヴェグス』に警戒の眼差しを向けながら言う。
「私の嗅覚は『覇者』を感じ取ることが出来ます。日常的な匂いもきちんと感じ取ることが出来ますが、時折気配も匂いで感じることがあるんです。今回はタイミングが良かったようですね」
「ルシィさん、凄いね?!」
「いや……こ、れ……凄い、以上……じゃ……?」
「ふふ、双神のお陰でしょうか」
つまり、ルシィは敵数人の気配を匂いでも感じ取ってしまったがために、具合が悪そうに見えたということか。水属性の扇を口元に当てて驚きの表情を隠しながらフローレンスが叫べば、ボールスは首を傾げる。確かに魔法の龍の擬人化と考えれば凄い以上だろう。『覇者』が集まって来たが故、とでも言うのだろう。
「……墓守は殺せ」
「師団も殺せ」
「我らが目指すものを邪魔する者は全員殺せ」
すると、まるでうわごとのように殺気を垂れ流しながら『ヴェグス』が言った。墓守とは一体なんのことであろうか?ふとアーサーがボールスを見れば、明らかに動揺した様子でフードを被り直している。
「グリフレットぉー」
「僕を辞書代わりにしないでよね、知ってるけどさ」
「だから頼りになんだよお前さんはー!」
多分ボールス以外が思っていた疑問をカラドックがグリフレットに問う。しょうがないなぁと笑う彼の肩にカラドックが豪快に腕を回す。クスクスと目の前で殺気を垂れ流す敵なんて目にもくれず、と言うようにグリフレットは言う。
「墓守ってのはダイヤ魔導国の役職の一つ。夜の魔術師って意味と夜に襲撃を仕掛ける魔物を討伐する師団の指揮官を指す……で合ってるかな、ボールス?」
「合、て……る……ちな、みに……わたし、候補」
「墓守の?」
コクンと頷くボールスにアーサーは先程の彼女の行為に納得した。候補であろうともボールスは狙われている。アーサー達に狙いがいかないように、紛らわすために被ったのだろうが後の祭りだ。ボールスもそれに気づいているらしく、歯を食い縛っている。血が出てしまうのではないかと心配になってしまうくらいで、思わずアーサーはその頭をポンッと撫でていた。え、っと見上げる彼女にもう一度言う。
「ボールス、もう一度言うよ。俺達は、大丈夫だから」
「……うん」
アーサーの力強い言葉に今度こそボールスは頷き返した。アーサーにも負けないくらいの力強い瞳で。そんな二人にルシィは嬉しそうに微笑み、彼らは『ヴェグス』を睨み付けるように見る。『ヴェグス』の数は四人。それぞれ恐ろしいほどの殺気を漂わせており、ピリピリと肌が殺気で痙攣しているような錯覚に陥る。彼らの視界には自分達しか入っていない。ねぇ、ならば。
「みんな、行ける!?」
アーサーの問いに全員が肯定の意を示す。それは力強くて、そうして安心した。
「無理……しな、いで……捕縛、で!」
ボールスの声と共に両者は殺気を露にしながら跳躍した。
あたふたしてたら遅れましたすみません!




