第五十六色 宝石を纏った町
「これが……ダイヤ魔導国、名物……宝石焼き……」
そう言って少女はサグラモールとフローレンスに串に刺された食べ物を渡した。串にはダイヤモンドやルビーなどの宝石の形にカットされた肉や宝石をイメージしたフルーツや野菜が刺されており、本物の宝石のようにキラキラと輝いて見える。その煌めきは魔法によって付与されたものか調味料によるものなのかは分からないが、肉汁と野菜の瑞々しさが合わさり香ばしい匂いが漂い、食欲を誘ってくる。それら全てがとても美味しそうで、思わずヨダレが垂れそうになる。二人はそんな食べ物を物珍しそうに眺めるとパクッと口に含んだ。そして続いてやって来た口内に広がる肉のジューシーさと野菜の新鮮な歯応えのマッチさがなんとも言えない。また宝石のようにカットされた食べ物が口内を縦横無尽に駆け回り、まるであめ玉を食べているかのような楽しい感覚にしてくる。噛むごとに肉汁がジュワーと口内に広がり、野菜とフルーツに絡み合う。酸っぱさを含みながらもさっぱりとした味わいは子供もきっとこぞって買ってしまうだろう。そんな美味しさにサグラモールとフローレンスは顔を見合わせて笑顔になった。二人の反応にカラドックはどれほど美味しいのかと気になったらしく、少女が買った屋台に「一つくれ」と注文していた。屋台の店員は師団である少女と一緒にいるアーサー達を不思議そうな表情で見つめていたが、なにか思い当たる節でもあったのかすぐに納得し、カラドックに問う。
「当店にはダイヤモンド味とルビー味がありますが、如何します?」
「は……はぁ?宝石の味がするのか?」
「そんなわけないでしょカラドック」
突然聞かれた聞き慣れない単語にカラドックが怪訝そうに顔を歪ませれば、アーサーが苦笑をもらす。そりゃあなにも知らない自分達からすれば、カラドックの反応は合っている。店員はアーサー達がダイヤ魔導国民ではないと気づいたらしく、モシャモシャと名物である食べ物を頬張るサグラモールとフローレンスを一瞥すると言う。
「ダイヤモンド味って言うのは塩味のことで、ルビー味はケチャップ味のことです。ほら、宝石の色です」
店員の説明にカラドックがどうだ?と二人を見ると違う味だと気づいたらしく、うんうんと頷いた。
「妾のはケチャップ味かのぅ。ポテトっぽいのがある。ホクホクでとても美味しいのじゃ~」
「ボクのは塩味!野菜が瑞々しくて美味しいー!」
美味しそうに名物を頬張る二人に納得したようでカラドックは「二つとも」と塩味とケチャップ味両方を買うことにした。それに店員は「はーい!」と意気揚々と商売繁盛!と言わんばかりに声をあげて名物の食べ物を作り始めた。
「カラドック、僕にもくれない?」
「あ、俺も」
「だったらお前さんたちも買えよ!追加二つ!」
屋台で作られる宝石のような名物が同じように気になったらしく、アーサーとグリフレットがカラドック越しに屋台を覗き込む。グリフレットはこの名物のことを知らなかったようで感嘆の声というか、興味深そうな声と表情をしていた。するとカラドックはケラケラ笑いながら店員に追加を頼み、アーサーの頭をクシャクシャと男らしく撫で、グリフレットの肩を組む。ルシィも気になり始めたらしく、軽く手を上げかけたが服の袖を誰かに掴まれ、阻まれた。一体誰だとルシィが見れば、サグラモールが自分の物をルシィに向かって差し出していた。口をつけていないところを選んだらしく、赤く光るケチャップであろう液体が丸くカットされたポテトにかかっている。ポテトの中には野菜が練り込まれているようで緑色の物が見え隠れしている。
「ルシィには妾があげようかのぅ!」
「ありがとうございますサグラモール」
「口をつけてないポテトじゃよ、安心せい」
さぁ、どうぞ?と言うようにサグラモールがポテトを突き出してくる。ルシィはその好意に甘えようと少しだけ垂れ下がっていた髪を耳にかけると腰を屈め、ポテトを頬張った。一つ一つの仕草が妖艶で、妖しい雰囲気だ。その妖艶な仕草に周囲の人々が男女問わず、思わずと言った様子で唾を飲む。サグラモールは小さく笑い、ルシィが食べやすいように爪先立ちをする。二人のその姿がやはり姉妹のように見えてアーサーはクスクスと笑う。するとルシィとサグラモールの微笑ましい光景が羨ましくなったのか、フローレンスがアーサーの裾を同じように引っ張った。アーサーはフローレンスが何をしたいのか容易に分かってしまって、本当にまだまだ子供だなぁと微笑ましく思った。
「フローレンスって、ディナダンと気が合いそうだよね」
「?ディナダン、様、とは……アーサー様の「様は恥ずかしいかな?」……はい、アーサーさんの、ご友人?」
「そうだよ。あのルシィが狼狽えるくらいには元気で明るくくてねぇ」
「アーサー!それは言わなくても良いでしょう?!しかもあれはディナダンさんが……!」
アーサーに頬を軽く膨らませて抗議するルシィにサグラモールがクスリと笑えば、全員が楽しげに笑う。ルシィだけは恥ずかしそうに頬に手を当てていたが次第に可笑しくなったのか釣られるようにして笑った。そんな彼らを屋台の店員はニヨニヨとした生暖かい笑みを浮かべていた。その手は商売繁盛のためにしきりに動いていたが。アーサー達は少女のお詫びと云う誘いを受けて町の観光に来ていた。賑わっていた噴水広場とは違い、少女が案内してくれたのは隠れた名店が揃う噴水広場の裏広場だった。師団である自分と一緒に歩けば、一時強制連行されていたとしても無罪と信じて貰えると考えたらしい。実際、少女の考えは当たっており、屋台の店員も友人だろうと思い、少し怪訝そうにしてはいたが気にもしていなかった。楽しそうに笑い合うアーサー達に少女はフードの中で小さく笑う。よかった、そんな安心感がヒシヒシと伝わってくる。ちなみに彼女の召喚獣は時間制限付きだったらしく、少女の魔力に戻ってしまっている。
「しかし、何故宝石焼きと云うのですか?」
「確かに(モグモグ)宝石 (モグモグ)焼いてる(モグモグ)」
「カラドックさん、食べながらは行儀が悪いですっ!」
唐突なルシィの疑問に店員から串を貰ったカラドックが二本持ちで咀嚼しながら言えば、フローレンスに注意されてしまった。カラドックは「悪い悪い」と悪びれる様子もなく、グリフレットに追加分を渡す。両手に花ならぬ串状態になったグリフレットは一本をすでに食べ終わったフローレンスにあげることにした。欲しいなぁと云う食欲が収まらない彼の視線に負けてしまった。
「もう一本はアーサー用なのにぁ」
「良いよ俺は。カラドックが持ってるのもらうからー」
「んじゃ塩味な」
フローレンスにしょうがないなぁと渡すグリフレットにカラドックが苦言を漏らしながらアーサーに食べていない方を渡す。肩を軽く竦めたのはすでに分かっているからだろう。だからこそ、片方は食べていなかったとも云う。もらったフローレンスは嬉しそうにルシィとサグラモールに見せている。まるで姉妹のようだ。カラドックから食べ物を受け取り、パフッと口に含む。うん、良い塩梅だ。薄すぎず濃くもなく、肉と新鮮な野菜がマッチしていてなんとも美味しい。なるほど、ダイヤ魔導国名物になるのも頷ける。何度も何度も咀嚼しながら味わっていると物寂しそうにする少女がアーサーの目に入った。ルシィの嗅覚が正しければ『覇者』だろうが、それよりも少女は自分達の輪に入りたそうにしていた。だがそこに少しの寂しさと後悔もあって。アーサーはなんだが気になってしまい、少女に「どうなの?」と聞く。聞かれると思ってもみなかったらしく、少女は驚いたようにフードを大きく揺らした。しかし、聞かれて、間違えたにも関わらず入れてくれることが嬉しかったのか、口元に弧を描いて説明してくれた。
「ダイヤ魔導国、の……国章、知ってる?」
「グリフレットのローブ、今はマフラーについているやつだよね?」
これ?と名物を食べるグリフレットのマフラーに刻まれた国章をアーサーが指差す。そこには二つのひし形が重なるようにして刺繍されており、ダイヤ魔導国の「ダイヤ」の部分を表しているのはすぐに分かった。グリフレットのマフラーを覗き込むルシィとフローレンスを横目に少女は続ける。
「うん……それ、を、モチーフに……してて……この国、宝石の、モチーフ……多い、から」
少女の説明にグリフレット以外の全員が周囲を見渡す。確かに国章以外にも宝石をモチーフにしたようなランプや看板が目立つ。他にも宝石モチーフのものがあるようだが、この場では見つけられなかった。なるほど、宝石モチーフだから宝石焼きか。面白いものを考えるものである。そう思いながらアーサーはモグモグと名物を咀嚼して噛み砕く。全員が満足げに食べる様子に少女は嬉しそうに笑い、「次、案内……する、ね」と歩き出そうとする少女にいつの間に追加で買ったのか、アーサーが名物の塩味を渡す。少女は押し付けられるようにして受け取った名物に茫然としていたが、アーサーをなんで?と見た。少女の疑問の答えに気づいたであろうルシィとサグラモールがクスクスと「優しいなぁ」とアーサーの行為を見守っている。
「……どうし、て」
「駄目だった?」
「そ、じゃ……」
「じゃあ良かった。謝罪でもお詫びでも俺達は嬉しかったし、友人になれた気がしたから」
『覇者』というのもひっくるめて、投げ捨ててでも。ニッコリと、優しく、まるで陽だまりのように笑ったアーサーに少女は串を両手で握り締めてキュッと口元を引き締めた。嬉しいけれど、でも……何かに怯えているようなその表情にルシィが彼女の肩を叩く。
「大丈夫ですよ、私が保障します。アーサーは天然人タラシだと」
「ルシィ?!それ君でしょ!?俺じゃないし!」
「大丈夫です、信頼できますから」
まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったアーサーがルシィに詰め寄れば、ルシィはクスクスと口元を押さえて笑う。指と指の隙間からニヤリと悪戯っ子の笑みが見え隠れしており、それにサグラモールとカラドックが大爆笑なのは言うまでもない。再び笑いの渦に包まれた中、少女も笑い、決心した様子で恐る恐る、フードを取った。
「……あり、がと……」
途端に現れる太陽の光に輝く青い髪。サラサラとまるで川の流れのように垂れるヒヤシンス色に混じった異様に白い包帯。それは少女の目元を覆うように巻かれていた。ハッと触れてはいけない、と息を飲んだのはフローレンスだっただろうか。だが、その傷痕をさらすことは少女にとって勇気のいることだということを全員が理解している。包帯の間から微かに見える痕が彼女の不安を物語り、片方だけ見える青藍色は嬉しさと何処か恐怖を滲ませていた。受け入れてくれる?そう言っているように見えたのは気のせいではない。それが何処かに消えて行きそうなほどに儚くて、自分が情けなく見えて。嗚呼、これが『覇者』が背負わされてしまう運命で、感情なのかとアーサーは少なからず思ってしまい、少女に、ボールスに向かって手を伸ばしていた。
少女、ボールスはヒヤシンス色のセミロングとショートの中間辺りの長さの髪で、前髪が長く目元を隠すようになっている。そんな目元には痛々しいまでの包帯が巻かれ、青藍色の左目のみが見え隠れしている。青のフード付きの布製のベストを着、袖口が少し広がっているように見え、うなじ辺りにはリボン。ベルトの胸元にはダイヤ魔導国の国章が煌めく。白とオールドオーキッド色のワンピース。腰には交差したベルトをし、後ろ腰に短い杖を装備し、黒い長めの手袋をしている。靴は白のロングブーツ。
「うわぁ、綺麗な青藍色。まるでサファイアみたいだ」
「えっ」
グリフレットが彼女の瞳を覗き込みながら言えば、彼女は少しだけ恥ずかしそうに頬に手をやり、食べ物に隠れた。するとサグラモールも目を覗き込むようにして言う。その顔は何処までも晴れ渡っていた。
「本当じゃのぅ。師匠の言うことは何処か口説いているようじゃ」
「えっ!?なに言ってるのかなサグラモール?!違うからね?!褒めただけだからね?!」
「……ふふっ」
慌ててサグラモールの悪戯にグリフレットが否定すれば、少女がクスクスと笑う。それにサグラモールとグリフレットがグッと親指を立てる。
「サクラとグリフレット様の、グリフレットさんの言う通りです!ボクともお揃いです!」
「観光は楽しいしな~さすが嬢ちゃんだ」
少女の前にピョンッと飛び込むようにしてフローレンスが、彼女の肩を優しく叩きながらカラドックが言う。その暖かさは友人で、仲間で。少女の顔に花のような笑みが広がっていく。きっと彼女も知っている。だからあんなに笑顔で。それにアーサーは伸ばしかけていた手を力なくおろした。目の前に広がっていたのはいくつもの色の残滓で、夢で見たあの儚くも美しい光景で。
「(……俺に、あの世界は眩しい)」
きっと、でも、憧れてしまうような、そんな世界。それは無意識の意志であることをアーサーは知らない。ルシィはゆっくりと手をおろしたアーサーを見て、小さく首を傾げると戯れる『覇者』達を見た。そうして眩しそうに目を細めた。そうだと思った。だが、実際は違った。嬉しそうに、楽しそうに笑う彼らの戯れを眺めたあとアーサーは当たり障りないように言う。声が裏返っていないか、そんな事が気になったのはその感情を知っているからだろう。
「はいはい、仲が良いのは良いことだけどね?」
「今度はこっちかぁ」
「茶化さないで!」
カラドックのからかいにアーサーが叫べば、隣がルシィがクスクス笑う。楽しげな皆を見渡し、ルシィがアーサーを見ると彼は力強く頷いてくれた。此処からがきっと本番だ。だから
「あの」
その時、響き渡った甲高い悲鳴が全てを飲み込んで行った。まるで、誰かの思いのように。
……いつの間にか五月じゃないですかぁ(遅い)




