第五十二色 反響合唱歌声
背後から響く声。その声には強い意志が宿っていて。カラドックは自分がアーサー達と行くことを決めた時、独り立ちすることを決めた時を思い出した。時と言っても今日の昼間だし、そんな遠くの話ではない。けれども、少年も、フローレンスも自分と同じように葛藤するのだと思うと少し安心した。だって、既に決めているのだから。あとは己自身のみ。認めて、覚えて、自覚して。その道のりが例え断崖絶壁だとしても。それを決めるのはフローレンスだ。ふとカラドックは目の前で五線譜に捕らえられた魔物を切り裂きながら思い出した。フローレンスを助けようとした時、自分は咄嗟に駆けていた。一番彼に近かったとのこともあるし、足に〈速度上昇〉を随時かけていたこともあってすぐに動けるのは自分だけだった。だが
「(間に合うはずがないんだよなぁ)」
そう、おそらく間に合うはずがなかった。あの魔法を放ってギリギリだったが、あの時足にかけなければならなかったのは上級魔法の〈超速度上昇〉だった。両足にかけてしまったが故に負荷を気にしてかけられなかったはずなのにフローレンスを抱き締めるようにして庇った時は確実に、自分の足には〈超速度上昇〉がかけられていた。気づかない間にかけられた風属性の魔法。もしかするとかけていたのは元々〈超速度上昇〉でカラドックの勘違いかもしれない。だがこれが『覇者』と自覚したが故の芽生えなら、それはそれで悪くない。サグラモールやグリフレットに、アーサーとルシィの友人だという『覇者』に少しでも近づけるのならば。自分が今までやったことが報われるのならば、誰かが幸せになれるのならば
「これほど幸運なことはねぇ。オレは出来るところまでやりゃあ良い。ただそれだけだ」
ニィと口角を上げて笑えば、目の前にいた魔物がビクッと動きを鈍らせてしまい五線譜に捕獲される。自分から漏れるその殺気と威圧感にアーサーとルシィが小さく笑ったことなんてカラドックは気づいていない。ただ一つ、気になることを上げるとすれば、アーサーが叫んだ時と足に付与された魔法のタイミング、たどり着いたタイミングだろうか。気のせいだろうが。彼もカラドックが見えていた、だからこそ叫んだのはわかっていた。それはきっとタイミングが重なっただけだ。彼だって傭兵として兵士としてやって来たカラドックから見れば十分強いのだ。今は考え事よりも目の前の魔物だ。魔物は五線譜に捕らえられたが、バリバリッと勢いよく体から発生させた衝撃波で破るとカラドックに向かって飛びかかった。姿は獣型と人型が合体したような異様な姿で、ケンタウロスのようにも見えるがなにせ下が人間の足四本に獣の体なので不気味すぎてありゃしない。その異様な姿にフローレンスが後方でヒッと悲鳴を上げながら歌を紡ぐ。襲いかかってきた魔物の一撃を足にかかった〈速度上昇〉で横に回り込んでかわせば、魔物も瞬時に方向転換し、その鋭い爪を振り下ろした。その一撃をナイフで防ぎ、大きく弾けば、カラドックの腹に蹴りが飛んで来る。かわし切れなった一撃を受け、ズザザザ!と勢いよく後方に飛んでしまうが足を地面に付け、吹っ飛ばされるのを防ぐ。片足を軸に大きく跳躍すれば、一気に魔物との距離は縮まる。縮まった距離を埋めるようにナイフを振れば、魔物の足部分に傷がつく。一気にナイフを風のように振り回し、ついでと言わんばかりに背後に回り込めば魔物の足が宙を舞い、血が溢れる。だが色は確実に人ではあり得ない色ではあったが。ボトボトッと落下する足にフローレンスが背後で再び悲鳴を上げる。それに多少悪いなと思いつつ、敵の上半身に攻撃しようとバランスが崩れた敵に付近の木を蹴って上空に飛び出せば、魔物はそれに気付き、鋭い爪を左右からカラドックに向かって振り回す。空中でナイフを使って辛うじて防ぐが、素早い動きに全てを防ぎ切れず頬に一線刻まれてしまう。しまいには衝撃波がカラドックを襲い、上半身に攻撃させない。空中でくるくると体勢を立て直しながら地面に直撃しないように着地する。着地した途端、カラドックを狙って残った足が蹴り上げる。それらを右手を地面につき、回転してかわすと逆さになった状態から追撃をかける。
「〈大地よ尖れ〉食らっとけ」
トンッと右手をついたカラドックを守るように周囲の地面から尖った岩が出現し、一瞬空中で浮遊すると魔物に向かって飛んだ。勢いよく飛んできた無数の尖った岩に魔物はなすすべく体を貫かれていくがそれでも敵は知ったことかとカラドックに突っ込んでくる。「嘘だろっ」と体勢を立て直す最中だったカラドックが慌てて立ち上がろうとする。とフローレンスの歌声が響き渡り、あの人魚のようなベールをかぶった人物が五線譜を伴ってカラドックの前に躍り出ると五線譜で魔物を受け止めた。人物は水をまるで纏うように周囲に浮かばせながらそれらを五線譜に変え、魔物を捕らえていく。その突然の拘束に敵は一瞬身動きが取れなくなる。その隙にカラドックが体を捻って立ち上がる。と次の瞬間、魔物はやはり五線譜を引きちぎって拘束を逃れる。勢いが良すぎたのか魔物が放った衝撃波は人魚のような人物を打ち消し、水へと姿を戻してしまう。その時、ドンッと鈍い音がしてカラドックは慌てて後方を振り返った。
「おい坊主大丈夫か!?」
そこでは壁に打ち付けられたのか、膝から血を出すフローレンスがいた。どうやらあの人魚のような人物のダメージが彼に来るらしく、膝を切ったようだ。カラドックから見ても傷は浅いが、フローレンスは初めなのか、少し顔が青くなっている。がそれは見間違いだったと言われても納得してしまうほどにすぐに消えた。
「ボクは、大丈夫!え、えっと」
「カラドック・アールだ」
「カラドック様」
「様はやめてくれぇ、くすぐってぇ!オレは傭兵だ。様なんて付けられる奴じゃねぇよ」
様はなんだかむず痒い。そうカラドックが言えばフローレンスはクスリと笑って、「……カラドックさん」と言い直した。どうやら大丈夫なようだが、魔法は消えてしまったようだ。
「どうすんだ坊主」
「えっと、えっと……うぅ」
「無理しなくても良いぞ?」
カラドックの心配そうな、気遣いからの言葉にフローレンスは一瞬顔を俯かせると小声で「〈武器装備〉 」と呟いた。途端、その手の中に先程の歌魔法の人物が纏っていた水が螺旋を描くと扇を作り出し、彼に握らせた。カラドックはそれに一瞬グリフレットが使う薙刀を思い出した。あれは地属性の魔法だがグリフレットの場合は〈武器装備〉しか使えないように見えたが……地属性の場合だが。カラドックも使えるが明らかにフローレンスが呟き、形作った物は水属性だった。
「それ、地属性じゃないな?」
「ハイ……〈水の鏡〉で一度見たものを出せるようにしてるんだよ。あ、です」
つまり、フローレンスは〈水の鏡〉でいつか見た水の扇を出したのだろう。というよりも誰かが作った〈武器装備〉を水の鏡で真似た、と言ったところか。真似たからこそ、もとは逆だったのだろう扇の柄も反対になっているのだろう、だからこそ属性も変更されたのだ。そんな武器の持ち運びの使い方もあったのかとカラドックは感心する。
「でも、無理すんなよ?」
「ハイ。カラドックさんの支援します」
ニッコリとぎこちなくも力強く笑ったフローレンスの笑みにカラドックは彼の頭をワシャワシャと撫でると、魔物に向かって跳躍した。五線譜を突き破った魔物はその獣の体を示すようにカラドックに向かって両の爪を振り下ろす。それらをかわし、懐に一気に攻め込むと蹴りをかまし、後方に仰け反らせる。仰け反ったところで待っていたと言うように敵が残った足をカラドックに振る。カラドックを代わりに捕らえようとして来る魔物の足をナイフで振り切るが、全てを後退させることは出来やしなくて。少しだけ蹴られて体勢を崩したカラドックに同じく体勢を立て直した魔物が爪を振り回す。此処は攻撃を甘んじて受けるしかないか。そう思ったカラドックの目の前にフローレンスが持つ扇が滑り込んでくる。上段から振り下ろされたその一撃はカキィン!と木霊するような甲高い音を響かせて防ぐと力一杯振り上げれば、爪も大きく弾かれる。そこにフローレンスの踊るようでいて華麗な攻撃が敵を襲い、後退させる。
「〈水の華〉!」
後退した敵を包むように多くの睡蓮が現れ、魔物の視界を覆う。覆うだけなら可愛いものだが、人食い花のように大きく口を開けてきたらかわいくも可憐でもなんでもない。噛みつく無数の睡蓮を魔物は爪で切り刻むが、その間にフローレンスはカラドックの右手首を掴んで体勢を完全に立て直させると、カラドックは軽く会釈して感謝するとすぐさま跳躍する。そうして睡蓮に夢中の魔物の背後に回り込み、ナイフを振り回した。背中に突き刺さった痛みに魔物が振り返り様に爪を振り回せば、それを避けようとしてカラドックが右にずれる。来た!と歓喜するように魔物がカラドックの左側から攻撃する。しかしそれを阻害するかの如く、睡蓮とフローレンスの扇が迫る。魔物はそれにわずらわしそうに足を蹴り、彼を弾き飛ばす。空中で体勢を立て直し、着地するフローレンスを横目に確認し、カラドックはクルリと横回転して魔物に攻撃するとその胴体にナイフを切りつめる。途端に敵の体から魔物特有の血が溢れだし、カラドックとフローレンスに振りかかる。かわすカラドックだったがフローレンスは被ってしまったらしく、腕に一線刻まれていた。「えっ」と驚くフローレンスだったが、原因が血だと分かると納得し、魔物と縦横無尽に戦うカラドックを見る。圧倒的力と素早い動きに翻弄される敵にフローレンスは小さく感嘆の声を上げかけると気を引き締め、叫んだ。
「カラドックさんっ!お願いします!〈四つの海の歌声響いたら〉!」
ふぅ、と小さく息を吸う音が異様に大きく聞こえる。そして歌声を響かせる。その歌声に反応してもう一度ベールをかぶったあの人魚のような人物が現れ、フローレンスに力を貸す。フローレンスの歌声を聞き、人物はカラドックに攻撃しようとして大きく両腕を振り上げていた魔物に向かって五線譜を再び放つ。今回は二重、三重にも五線譜を放ち、魔物をぐるぐる巻きにする。簀巻きのようになった魔物だったがすぐさま二度あることは三度あると言わんばかりにブチブチッ!と引きちぎってしまう。だがそこにもうカラドックはいなくて、魔物はキョロキョロと濁った瞳で周囲を見渡す。その背後に殺気が迫っていることに気がついたのは、その数秒後だった。魔物が背後を振り返った時にはカラドックの持つナイフが体を貫いていた。ナイフを軸に大きく回り、頭と足に蹴りを放つとカラドックはナイフを容赦なく抜き放ち、フローレンスを振り返る。それに彼は頷き、人物に視線を動かして指示を出す。人物は五線譜を使い、魔物を転ばせるとそこにカラドックが倒れた魔物の頭にナイフを突き刺した。一瞬の痙攣のあと、魔物は呆気なくその命を手放した。動かなくなった敵にフローレンスはホッと胸を撫で下ろすとその頭をカラドックがよくやったと、彼を褒め称えた。
色々、少しずつ動いていく……結構、話数行きましたね~まだまだ続きます!次回は金曜日です!




