第五十色 洞窟外戦闘術
背後から周囲を包むように響く歌声にサグラモールはニィと口角をあげた。最期まで動こうとしなかった少年。最期まで怯えていた少年。それはきっと、普通の感情だ。サグラモールを攻撃しようと上段から魔物が急降下してくる。それを彼女はヒラリと避けるが、背後にも敵がおり、簡単に身動きが取れない状況だった。だが、ご安心を。そう言うようにサグラモールがヒョイッとしゃがめば、待ってましたと言わんばかりに彼女の頭上に何処から飛んできたのかルシィが現れる。空中で体勢を捻り、急降下してきた魔物に蹴りを与えるとその勢いを利用してもう一体の敵も吹っ飛ばす。空中で左右に飛んで行った敵を見下ろし、着地するとルシィはすぐさま体勢を整え、突進して魔物に向けて手のひらを向ける。
「〈氷よ尖れ〉!」
ルシィが突き出した手のひらから無数の氷が飛び出し、まるで風のように魔物に向かって接近する。刃のように鋭く磨かれたその氷を魔物は手に持つ刃で叩き落とすと一気にルシィに迫る。しかし、それを利用してルシィも相手の懐に攻め込むと顎を狙って足を振り上げる。ガァンと鈍い痛みがルシィの足を襲う。相当の固さのようで首を折れば簡単だと思っていたルシィの心をもへし折っていく。痺れる足に動きを止めたルシィに魔物が容赦なく腹に拳を突き差し、体を二つに折らせるとその無防備な背に刃物を振り下ろした。が、背に刃物が突き刺さる瞬間、キィン!と甲高い音を出して刃物は大きく後方に敵の腕を引き連れて弾かれた。何故だと顔を歪める敵の視界よりさらに死角にいるのはサグラモールで、その手に展開された魔法陣は明らかに防御魔法で。それを横目に確認したルシィは魔物の脇を素早く通り抜け、投げ出された片手を掴むと形ばかりで敵をその背に背負うと前方に投げた。突然のことに対応が遅れた魔物が地面にめり込む。そこに踵落としを勢いよく食らわせようとするが地面を横に転がり、逃げられてしまう。瞬時に跳ね起きるその瞬発力から結構強者そうな匂いが漂うが、ルシィにとってはただ倒すだけである。両足に〈速度上昇〉の上級魔法〈超速度上昇〉を付与すると敵が先に跳躍するよりも先に跳躍し、近くの木の幹を足場に空中に飛び出す。空中にたまたまいた敵を足場にして叩き落とすと一層天高く飛び、上空から蹴りを放つ。地面が結構な音で抉られたような気がしたが気にしない。
「ルシィーそこは気にするところじゃ。魔法の負荷が加算されておる場合もあるんじゃからな」
「そう言いながら敵に魔法を放つサグラモールもどうかと」
ゴロゴロ~とルシィの一撃をかわし、地面を転がった魔物の先にいたのはニヤリと笑ったサグラモール。嗚呼、これ終わったなと思ったのはその魔物だけではない。
「〈地面が壊れたその先で〉」
パチンッとサグラモールが指を鳴らした瞬間、魔物がいた場所にポッカリと大きな穴が空き、敵を吸い込んでいった。吸い込んだまま魔物は体をブチブチと音をあげながら切り裂かれ、食い千切られ、地面にポイッと亡骸を捨てられて放棄されてしまう。するとその亡骸を別の魔物が咀嚼し始めた。どうやらさっきいた敵と同類がまだいたらしい。ゲェとサグラモールが心底嫌そうに表情を歪めれば、ルシィが隣で苦笑を漏らした。そうして片手に魔法で短剣を作り出す。こちらに敵意を向けてきた二人に魔物が気付き、モシャモシャと仲間を咀嚼しながら振り返る。その口から微妙に出た魔物の腕は敵ながらに哀れでしかない。ルシィとサグラモールは横目で合図し合うとすぐさま跳躍し、二人して魔物の背後に回り込む。先程倒した魔物も咀嚼中は動きが鈍かった。ならば、今が好機!そう思って二人して回り込んだにも関わらず、魔物は二人の想像を遥かに越えた素早い動きで回り込んだ二人の背後にさらに回り込むと背に生やした刃を振り回した。すぐさま地面に伏せたルシィはなんなくかわせたが、サグラモールは違ったらしく片腕に刃物が勢いよくかすった。脳を刺激するような鋭い痛みにサグラモールが思わずその場に踞ると魔物は彼女を狙って動き出す。バッと地面を蹴り、跳躍すると地面に短剣を擦り付けながら駆け出し、魔物の上に飛び移った。上に乗ったであろうルシィの違和感に魔物は気にする様子もなく、殺気を称えたまま、サグラモールを凝視する。それにサグラモールはキッと睨み返すが魔物はめんどくさそうに背後の刃をサグラモールに向けて振り下ろした。
「させませんからね!?サグラモール、走って!〈光よ切り裂け〉!」
パンッと手を叩くように短剣を魔物に向けて突き下ろせば、ルシィを中心に光を伴った円が描かれる。途端、短剣と波紋の威力に魔物がようやと悲鳴らしき悲鳴を上げ、ジタバタと暴れ出す。暴れ出した拍子に刃物がルシィを狙って背後から回り込むがそれを見ずにかわし、前転する形で魔物から転げ落ちる。その際、刃物が執拗にルシィに襲いかかったため、頬に一線刻まれてしまった。頬に来る痺れたような痛みにルシィは歯を食い縛りつつ、着地すると手の短剣を魔法、光属性の魔法に戻し、暴れ回る敵の顔に投げつける。ベシャと破裂音を響かせて目の前で閃光が弾け飛ぶ。それに魔物は奇声をあげながらのたうち回るが、背後の刃はそうはいかない。何故か刃の方が本体と言われてもしっくり来るような素早い動きでルシィに向かって無数の刃を振り回す。両足に付与した魔法を使って回し蹴りを放ち、刃を吹っ飛ばすが刃はブーメランの如く帰ってくる。それにげんなりとしたのは言うまでもない。だが、魔物の背後に今度こそ回り込んだサグラモールの姿が視界に入り口角を上げた。上手い具合に魔物の視界からも外れたらしい。だが、押さえる片手から流れ出る血は真っ赤で地面を染め上げていく。その痛々しさにルシィが顔を歪めれば、ルシィに気づいたサグラモールが片目を閉じて「シィ」と内緒話をするように真っ赤に染まった手を口元に当てた。そして真っ赤に染まった指先で空中に文字を書き記せば、先程まで真っ赤で痛々しげだった片腕はどこにもなくなり、ただただ少し大きめの傷をつけられてしまったと言う感じの腕に早変わりである。どうやらサグラモール自身が片腕に幻を付与して攻撃を受けたらしく、心配するなと返されてしまった。ホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、サグラモールの表情が鬼気迫るものに変化する。
「ルシィ!」
「!」
鬼気迫る声に咄嗟にルシィは中腰になると素早く低い体勢のまま、回し蹴りを放った。カァン!という甲高い音が鼓膜を刺激し、傷まで刺激してくる。超音波のような空気の振動に痛みを堪えつつ、片足をついて見上げると先程まで痛みにのたうち回っていた敵は何処にもおらず、いたのは大きな口を刃によって固定された異形な魔物だった。まるで継ぎ接ぎだらけのような口に刺さった刃の隙間からは触れただけで溶けるであろう液体が流れ落ち、案の定地面を爛れさせていた。ジュウッと肉が焼けるような音と共に焼け焦げる地面にルシィは我知らず顔をしかめる。だが、そうなるということは相手が火属性ということを示す。光属性や闇属性でも効果は十分だろうが、やはり此処は
「水属性で華やかに参りましょうか」
新たな門出を祝うように。片手に魔法を込め始めたルシィに魔物はその口、というかもはや球体に差し込まれた刃を念力で抜き放ち、剣士の如く振り回す。しかしそれら全てが当たるはずもなかった。だって、それよりも速くルシィがかわしていたのだから。そして、地面を優しく撫でるように指先を動かし、勢いよく腕を振り上げれば水しぶきのように水が魔物に向かって飛び散り刃の視界を塞ぐ。それだけで敵はてんやわんやしているところを見るに姿と殺気だけが異様なだけだ。と思ったら、突き刺さっていた無数の刃をルシィに向かって一直線に向かわせ始めた。どうやら目眩ましに相当お怒りのようだ。地面に片手をつけ、その場で回転しながら刃を交わしていく。だがやはり全てをかわせるはずもなく足や腕に軽くかする。そこを見逃さずに刃を抜き放ったただの球体のような物体がルシィに頭突きをかます。受け身も取れずに木に叩きつけられる。頭と背中を強く打ったらしく、ズルッとルシィの体は自らの意志とは関係なく滑り落ちる。チッと舌打ちと共に血反吐を吐き出す。顔にかかった髪が視界を覆って少々邪魔だ。それをどける仕草が何処か妖艶だが、今はそれどころではない。魔物が放った無数の刃の切っ先が全てルシィを狙っていたのだ。頭がくらくらしてうまく体が動かない。絶対絶命なんて、
「誰が言うと思います?〈海の怒りを受けるが良い〉」
向けられた刃を手で振り払うように手を振れば、そこからまるで鏡写しのように無数の水の刃が現れ、魔物に突き刺さる。その刃はまるで荒浪のように尖り、刃を弾き飛ばす。そうしてその勢いに少しだけ後退した魔物の背後に懸命に跳躍して現れたサグラモールにルシィは次なる一撃を託した。
「お膳立てはしましたからね!」
「分かっておるわ!〈水辺に浮かんだ月よ、我が声を聞きたまえ!これは水月に導かれし強き剣なり〉!」
後退しかかった魔物の背後に大きく跳躍したサグラモールの手に握られたのは水と水面に浮かんだ月をモチーフとした瑞々しい色を放つ輝かしい剣だった。いや、剣のように見えるだけは実際は斧のようにも見える。なんともややこしいものである。だがそんな物をサグラモールは懸命に持ち上げると震える腕を引き連れて魔物に振り下ろした。リィン……とまるで鈴の音色のような衝突音を響かせながら魔物の体がグニャリと潰れ、痛みと衝撃からか刃は四方八方に飛び回る。何本か木に突き刺さったが、他は全て抜群のコントロールなのか否やサグラモールを狙って飛び回る。両手に握った武器から手を離さず、見よう見まねで武器を軸にその場で回転し、回転を利用して刃を踵で上手い具合に弾いていく。が所詮見よう見まねなため、脇腹や足に刃がかすってしまう。それでもサグラモールは回転し、魔物の上で足を踏ん張ると武器を容赦なく抜き放ち、もう一度振り下ろした。魔物の悲鳴が森にうるさく響き渡り、サグラモールの鼓膜を揺らす。それでも無理矢理「うるさい!」とねじ込めば、荒浪のような無数の刃にグチグチと胎内をグルグルに掻き乱される。その痛みに魔物は一瞬痙攣したあと、動かなくなった。ゴトンッと鈍い音を立てながら魔物が地面に落下する。慌ててサグラモールが飛び退くが、足の怪我に気をとられてしまい着地に失敗しそうになるがそんな彼女をルシィが受け止める。
「大丈夫ですか?サグラモール」
「嗚呼、大丈夫じゃ。ありがとうルシィ」
そうして二人で怪我の確認をし、残党がいないかを警戒した。
そして二つです!次回は月曜日です!
……言うことがない(笑)そう言いながらなにか言います(笑)




