第三十五色 その者、臆病腰?
暫くして魔物と傭兵達との戦闘が終わった。アーサー達四人は何故か森の中、一人で戦っていた人物を門のところで待っていた。グリフレットによれば、人物ー男性が狩っていたのは後方支援を得意とする魔物のようでいわゆる刺客を狩っていたのではないか、ということであった。まぁ遠目からなので確証はないが。それに一瞬であろうともアーサー達全員が目にした衝撃的な事実。それが事実かどうか、本当に『覇者』であるか確かめなければならない。門の傍らで待つ彼らを訝しげな表情で戦いを終えた傭兵達が通りすぎて行く。普段迎えなんてないのに、なんでいるんだ?てか誰?的な視線がヒシヒシと突き刺さってくるが気にしない。この町にいる傭兵達は昨日雇われて来たばかりらしく、勤務期間は判明していないのでいつ出て行くかは分からない。もしかすると全員で行動しているわけではない可能性もある。自分達も長く此処にいるわけではない以上、一日でもすれ違ってしまえばそれだけで『覇者』捜しは困難になってくる。つまり、今日中にも『覇者』であろう彼に接触する必要があった。もし違ったとしても彼の近くに『覇者』がいると言う情報にもなるし、ルシィの嗅覚にも正確性が生まれる。一向に目当ての男性が来ないことに彼らに再び焦りが募る。もしかして、傭兵ではなく自警団の方だったのだろうか?それともただの気まぐれで戦闘に参加しただけ?もしかして、もう行ってしまったのだろうか?不安と刻一刻と過ぎる時間に削がれて行く焦燥に不安そうだったルシィの顔が余計に不安さを増す。表情豊かになったとアーサーがこんな時に感じたのはトントン拍子ではないものの『覇者』が着々と集まりつつあるからだろう。全然やって来ない男性に痺れを切らし、サグラモールが門を通って帰還した傭兵に歩み寄ると問った。傷だらけになっているものの、その目には冷め上がらぬ闘志を燃やす傭兵は突然やって来た小柄なサグラモールに目を丸くしつつ、当たり障りない笑みを浮かべる。
「疲れているところ申し訳ないのじゃが、聞きたいことがあるんじゃ、良いかの?」
「ん、嗚呼良いぞ、どうした?」
「左肩に模様がある男性を捜しておるんじゃだが、知らんかのぅ?」
サグラモールの問いに傭兵達ー数人が「左肩?」「そんなやついたか?」とザワザワとアイツかコイツかとざわめく。紋様ではなく、模様と云ったのはおそらく刺青が禁止されていない地域出身の可能性も踏まえてだろう。サグラモールのもとに脇をすれ違う傭兵の中にはいないと踏んだアーサー達が近寄ると、一人の傭兵が「嗚呼」と言う。どうやら心当たりがあるらしい。しかし、その表情は心当たりを嘲笑うように歪んでいた。それにサグラモールが怪訝そうに眉をひそめるが、傭兵達は気づかずに言い合う。
「嗚呼、アイツじゃないか?臆病者のアイツ」
「いっつも討伐に出るたびに逃げるアイツかぁ」
「その逃げ足は評価するけどなぁ。速いし」
「いつの間にか逃げてんだよな!」
クスクス、ケラケラと嗤う傭兵達に彼らは面食らい、目を見開いた。しかし驚く彼らに傭兵達は気づかず、当たり前だと言わんばかりに言う。彼らは知らないのだろうか?男性が森の中で一人、魔物を狩っていたことに。傭兵達に認知されているので仲間と云うか知り合いらしいが、その評価は恐ろしく低いらしい。じゃあもしかして人違いだったか?そんな不安が心中に浮かぶ。
「左肩に模様があるかまでは自信ないけど、左腕がない奴ならカラドックじゃないか?」
「そうそう!隻腕のカラドック!左肩関連で思い付くのはソイツだけだしなぁ!」
「悪い意味でな!逃げ足の速い臆病者のカラドック!」
先程よりもゲラゲラと嘲笑う傭兵達にサグラモールは聞く人物を間違えたかと脱力する。彼女に口を挟む暇も与えないように傭兵達は面白おかしく言う。こちらにとっては面白くもなんともない。こちらの勘違いという可能性もあるが、何故よく知りもしない人物の悪口と云うか悪評を聞かなくてはならないのだろうか。知り合いでもないのにサグラモールは少し怒りを感じていた。それはグリフレットに絡んできた酔っぱらいを連想させるからだろうか。サグラモールの後ろに歩み寄って来たアーサー達に傭兵の一人が何処か複雑そうな表情をして顔を歪める。が、パッと先程のような嘲笑う表情になると彼らを数秒前とうって変わって調子の良い口調で言った。その変化にグリフレットは怪訝そうに小さく表情を崩した。もしかすると傭兵達にとっては当たり前の事実である悪口に何かを感じ取ったのかもしれない。
「アイツになんの用かは知らねぇけど、戦闘ならアイツには無理だよ。逃げ足の速い臆病な奴だからな」
「左腕も蛇に噛まれて失くなったって話だしなぁ!」
と、ゲラゲラ嗤いながら傭兵達がアーサー達の前から通りすぎて行く。話は終わりだと言うことらしい。その時、門を通って帰還する一人の男性がいた。どうやら彼が最期の傭兵らしい。警備員が一瞬怪訝そうな表情をしたのは守るべき町から金を貰っているにも関わらず、逃げていると云う話を仲間の傭兵から聞いているからだろうか。その顔に何処か嫌悪というか同情さえ浮かんでいるのは、恐怖を知っているからだろう。逃げ足が速いと言うなら、何故最期に帰って来るのか疑問ではあるが。その男性を見た途端、先程の傭兵達は何処か下品でいて人の不幸を蜜として摂取していたような嗤い声を一斉に成りを潜めると、今度はコソコソと小声で話し出した。本人が出たら陰口に変更とでも言うのか。それにもうアーサーは飽き飽きし、何処か居心地の悪さを感じながらルシィとサグラモールを見た。鼻を動かし、瞳を細めるルシィとパァと笑顔を浮かべるサグラモールに誰が違うと言えようか。そしてその人物の左肩に刻まれた速さの座を示す紋様。しかし、傭兵達の言う通り、左腕を失っているようで紋様は此処からでも分かるように半分しか確認出来ない。なるほど、紋様が半分となっていたがために存在しか把握出来なかったのだろう。サグラモールがアーサー達を振り返るとその男性に向かって駆け寄る。男性はサグラモールに気づくと「おっ」と表情を緩ませた。
「どうした嬢ちゃん。こんなところに……巻き込まれるぞ?」
「?巻き込まれるとは何にじゃ?妾達はお主に用があってきたと言うのに」
コテンと首を無邪気に傾げてサグラモールが言えば、男性はえ?とアーサー達を見る。グリフレットが困ったように片手を振れば、男性はなにかに気付いたのか、こちらに向かって軽く会釈した。多分、助けてくれた礼に来た家族とか友人一同でも思ったのだろう。残念ながら検討違いである。
「ルシィ、合ってる?」
「紋様が半分と云うようなので近くで見ないことには微妙でしょうが、此処からでも分かります。彼は速さの座を司る『覇者』です」
「じゃあ問題は此処からだねぇー」
ルシィの答えにアーサーはもう一度、男性を見た。見た目の年齢的に見れば、グリフレットよりも年上なのは確実だ。それも踏まえての双眼鏡で見た動き。
「(……気づいている?)」
もちろん、男性ではない方が。グリフレットの言葉にルシィが苦笑する。サグラモールもグリフレットも世界情勢を詳しく理解していただけに受け入れるのが早かったが、全員がそういうわけでは決してない。
「おーいカラドック!いつもんとこにいるから終わったら来いよー!」
「今日もテメェの逃げ話聞かせろおっさん!」
「臆病もーん!」
「あーハイハイ、分かったから行けっつーの」
先程の傭兵達が親しいんだか意地悪なんだかよく分からない現状を示しつつ、ゲラゲラと笑って町へと消えていく。男性がシッシッと手を振って追い返せば、傭兵達は何故か肩を組んで大声で歌い出す。戦闘の余韻にでも酔ったのだろうか?そんな彼らを見送り、グリフレットが男性に声をかける。
「戦闘後にごめん。君に用事があって」
「用事?こんなみんなからバカにされているようなおっさんに用事って、なんだってんだ?礼ならさっき嬢ちゃんから言われたぞ?」
グリフレットの言葉に男性は右手を腰に当てながら警戒するように言いつつ、笑う。仲間の傭兵の言葉を気にしていないようだ。それよりも受け入れている感を強く感じる。
「礼は礼でもあるんだけど、君自身に用事があってね。このあと、暇かな?」
「このあと?……夕飯前くらいまでなら時間あんけど?」
グリフレットがアーサーとルシィに目配せしてくる。彼自身用事と言う用事はなさそうだ。問題は魔物の襲来だ。だが、それだけ時間があれば、説明するには十分過ぎるだろう。
「ちょっとしたお話しです。宜しいですか?」
「……君にも深く関係することです。駄目ですか?」
ルシィとアーサーの真剣過ぎる表情に男性は軽くため息をつくとしょうがないと言うように笑った。二人の真剣な二色の瞳に負けた。だが、きっと頑なに動かなそうだった男性を突き動かしたのはそれだけではないのだろう。そのニヤリと笑った表情は臆病者と称されるにはほど遠いほどに真剣で、全てを見通すように勇ましかった。
ウチが書く悪口の台詞は悪口になっているのか、はなはだ疑問です。まぁ今回の『覇者』はそれさえも吹き飛ばしますけどね!
次回は月曜日です!




