第三十一色 次なる夜に
「へぇ~そんなことがあったんだ」
「初っぱなから誘拐事件に関わるなんてびっくりした。見つかって良かったとは思うけどね」
「そりゃあそうだろうね」と労ると言うよりもケラケラと愉快げに笑うグリフレットをアーサーは軽く睨み付けるが、彼には一切聞きやしない。クスクスと笑いながら飲み物を煽る彼を頬杖をついて一瞥しつつ、アーサーも飲み物を煽った。
大会を襲った魔物襲撃は仕返しどんでん返しを経て完全に幕をおろした。大会中であったためとそこを狙われたこと、別のところで討伐もあったことより死傷者は数十人に上り、警備隊の治療班は二十四時間活動を余儀なくされた。被害にあった建物等の修繕も多くの費用がかかるが、防衛関連に被害はなかったことが救いだった。だが魔物の残党が襲撃してくる可能性も考え、今後一週間警備隊は昼夜の巡回を強化、必要のない夜間外出は控えるよう通達が出された。もちろん、アーサー達も外出を制限された旅人勢ではあるが宿屋の酒場は店内で外出ではないので夕食にありついていた。アーサー達と同じ考えの宿泊客も何人かいたらしく、昨夜ほどではないが、酒場は人で大騒ぎの混沌と化していた。そんな一つのテーブルにアーサー達は陣取って夕食を摂っていた。テーブル上には揚げ物や野菜が並び、新鮮な魚介類も様々な種類が早く食べてくれと食欲を誘う。そこには食事の皿とは違い、なにも手をつけられていない飲み物が置かれ、中の氷が溶け出し飲み物を軽く薄めてしまっている。そんな飲み物を見て、アーサーは酒場の入り口を見やった。用事があって仕方なく外出した宿泊客を除いてこの酒場にやってくる客はいない。そのため、店員も昨夜より人数が少ない。
「サグラモールさんが心配ですか?」
「うんまぁ……サグラモールなら大丈夫だと思うけどねぇ……」
歯切れ悪くそうアーサーはルシィに答えると飲み物を煽る。グリフレットは酒を嗜んでいるがアーサーもルシィもお茶を飲んでいる。ルシィは見た目的に良いだろうが一応で禁酒。生まれてからで考えると……うん。アーサーはアルヴァナ帝国基準の年齢から酒を飲めるのだが、今日は飲む気になれなかった。と言うよりもあまり得意ではない。此処にいないのはサグラモールだけ。今、彼女は転移魔法を用いて警備隊の本部へと赴いている。誘拐事件に関して聞きたいことがあるからと呼ばされたのだ。しかも、夕食にありつこうとした時。サグラモールの腹が「今ぁ!?」と悲鳴をあげていた。最初はサグラモールを待っていた彼らだったが、さすがに腹が減ったので彼女の分を残して夕食にした。目の前に食欲を誘う食事が並んでいるのだから当たり前だ。待っている間、アーサーとルシィ、サグラモールが出会うきっかけとなった誘拐事件についてグリフレットに説明していたのであまり腹は減らなかったようにも思うが。グリフレットも誘拐犯の洗脳魔法や記憶がないことに不思議そうにしており、彼の知識にはないと云うことだったのでやはり首謀者が施した追加魔法なのだろう。そんな激論とも言えなくもない会話をして早一時間が経っていた。サグラモールの腹があれ以上の悲鳴をあげていないことを祈りつつ、アーサーは揚げ物を口に入れた。冷たくなってはいたが、旨味はまだまだ揚げ物に染み込んでいてとても美味しい。アーサーが揚げ物を咀嚼していると「そう言えば」とルシィが疑問を投げ掛けた。
「そう言えば、何故旅をしているのですか?フードはエルフであることを隠すためなのは分かりますが……」
「嗚呼、それかぁ」
少し酔ったのか、頬を仄かに赤く染めてグリフレットは苦笑してルシィの疑問に答えた。
「僕は元々ダイヤ魔導国の出身で、両親が他界したから気晴らしに旅に出ようと思ったんだ。住んでたって言うには少し違うかもだけど」
「ん?それってどういうこと?」
「両親がダイヤ魔導国に引っ越したんだ。んで森って言うのかな、中心部じゃないところで生まれたから」
「嗚呼、だから出身かぁ。でも住んでたんでしょ?」
グリフレットの答えにアーサーが聞けば、彼はつまみを食べながら、なにかを思い出すかのように物思いにふけるかのように言う。
「住んでたんだけど、ダイヤ魔導国の趣向と合わなくてね。僕は気楽が好きっぽくて、儀式とかで縛られたくなかった。で、フードかぶって隠してたんだ。『覇者』っぽい指輪あるし、いつか呼ばれると思ってたしね~」
ケラケラと笑うグリフレットにアーサーとルシィもつられて笑う。ダイヤ魔導国は双神に関する儀式をする関係で儀式関連が多く、一年のうち半年はなんらかの儀式をやっていると言われる。そのため、位が高い役職の人ほど毎日が分単位のスケジュールらしい。国民は気楽に毎日を送っているがエルフの末裔であるグリフレットの場合、位の高い役職で分刻みのスケジュールになるだろう。うん、自分も無理だとその光景を想像してアーサーは項垂れた。分刻みのスケジュールの代わりに休みは多いようだが、自分には今の生活が合っている。まぁ、双神関連の儀式がある時点で分刻みも察しでもあるが。ちなみに此処からでも分かるように結構時計は流通している。主にダイヤ魔導国の思惑関係のせいで、ダイヤ魔導国に普及されました、はい。今じゃ魔法にも時計が付くくらい普及している。ルシィに至ってはダイヤ魔導国で召喚された関係もあってか、「懐かしいですね~」と懐かしんでいた。グリフレットと二人してこれ以上この話題は駄目だと同意し、別の話題に持っていく。
「ところで、次は何処行く予定かな?」
「テーブルくっつけて見ますか?」
「そうだねそうしよ」
隣の誰もいないテーブルをルシィが自分達の方に引き寄せて繋ぎ合わせるとそこにアーサーが腰から地図を出し、広げる。広げた拍子に飲み物に肘が当たってしまい落としそうになるが間一髪でグリフレットがキャッチする。そんな彼に軽く会釈して礼を言い、三人で地図を覗き込む。
「んー順番的にリーナル公国ですかね?」
「第二とか第一都市部には行かないのかな?」
「もう此処で二人いたってのを考えるに多分いないよ」
「でしょルシィ」とアーサーがルシィを振り返れば、ルシィは「そうですね」と彼に同意を示す。ヤオヨロズ共和国単体で見れば既に二人もいるのだ。パール王国やアルヴァナ帝国のように三人目がいる可能性もあるが、サグラモールの誘拐未遂があった以上、一刻も早く此処から出た方が賢明だ。まだこの国に首謀者がいないとも限らない。ないとは思うが、あの集団が嘘をついている可能性も否定出来ない。いや、あの表情は嘘ではない。けれど、長くヤオヨロズ共和国を捜して首謀者や他の魔物に殺られてしまってはたまらない。
「これはアーサーさんにも言っていない最終手段ですがもし他の国にはおらず、中心部等でも見つからなかった場合は、私の魔法を使います。広範囲に渡ってしまうので序盤からの使用はお薦めされていません」
「ちょっとした疑問だけど、それ使ったらどうなるのかな」
「一週間眠り続けます、私が」
ニッコリと「なにを当たり前な」と言わんばかりの笑顔で言われてしまいグリフレットは目を丸くした。アーサーも初めて知ったようなものなので驚きに食べようとしていた揚げ物をポトッと落としてしまった。確かにルシィの言う通り、それは最終手段だ。『覇者』を捜す手段であるルシィ自体がいなければ、『覇者』を捜すのは至難の業となる。もしそれで見つかりでもしなかったらそれこそ一貫の終わり。だからこその最終手段。しかし、「まぁ」と言いながらルシィは飲み物を飲むと大丈夫だと安心させるように優しく笑う。
「双神が仰っていましたが、使わなくても見つかるそうですよ。予知とかそういうのではなく」
「……神様が言うんだから信憑性は高いか」
「じゃあ次はリーナル公国ね。はい、けってーい」
グイッと飲み物を煽ってアーサーは言う。酔ってはいないはずなのになんだがポヤポヤする。なにやら慌てた様子でアーサーからグラスを奪い取るルシィに文句を言うためにアーサーがそちらを向けば、それより先に怒った表情でルシィが言った。
「アーサーさん!これ、グリフレットさんのお酒です!」
「え?……あー、通りでなんか暑いとは思った」
「あれ、アーサーって酒得意じゃないのかな?年齢的には飲めるはずだよね?」
「飲めるけど、どっちかって言うとぉ~……うわぁ眠くなってきた」
「すみません、水ください」とルシィが店員に水を頼む横でアーサーはグダーと地図を広げたテーブルに乗り出して伸びる。それにグリフレットがクスクスと笑う。
「ふふ、アーサーの弱点見た気分」
「なにそれ」
「妾も同意じゃ!」
意気揚々とした楽しげな声にアーサーは気だるげに顔を上げると、目の前にサグラモールの顔があった。ビクッと驚いて後方に仰け反れば、テーブルの縁から顔を覗かせていたのだろうサグラモールが立ち上がる。どうやら聞き取りは終わり、いつの間にか転移魔法で帰ってきていたらしい。サグラモールの存在に店員から水を貰ったルシィも気付き、「お疲れ様です」と彼女の分の飲み物、ジュースを渡す。
「ありがとのぅルシィ。うん、結構疲れたのじゃ~」
飲み物を受け取りながらサグラモールはグリフレットの隣に座り込む。とグラスを煽りながら食べ物を咀嚼し始めるのを見つつアーサーは貰った水を飲み、一息つく。冷たい水が喉をツンと通りすぎて行く。サグラモールが食べている間に次の目的地を言う。次なる目的地にサグラモールは頷き、食べ終わった彼女にグリフレットが聞く。
「どんなこと聞かれたのかな?二人に聞いたんだけどさ」
「うむ。師匠に言うたのか?それなら話が早い。やはり、集団は記憶がないようじゃ」
言ってしまったことにサグラモールに頭を下げると彼女は「大丈夫だ」と笑い、そう言った。
「つまり、細工ですか?」
「それは分からんが……洗脳魔法を施された痕跡はあるようでのぅ。そのことについて話を聞かれてのぅ、遅くなってしもうた。魔法関連のお偉いさんもおって抜けるに抜けんかったわ」
「嗚呼、それはお疲れ様……」
「じゃあ首謀者がいるのは確定かぁ。まぁ、警戒するに越したことはないし」
「敵の可能性も否定出来ませんものね」
一斉にグラスを煽って「プハァ」と声を出す。良い飲みっぷりなのに重いため息に聞こえるのは気のせいではない。まだまだ先は長い。全員そう思ったのだろう。そう同時に思うなんて、なんて仲が良いのか。え、と顔を上げれば全員と目が合った。同時にまた考えたのかと思うと何処か可笑しかった。クスクスといつの間にか、彼らはこの先の不安も忘れて周囲の賑わいに溶け込むように楽しそうに声をあげて笑い、夕食を満喫していた。
そんな楽しげに笑う彼らを誰かが見ていた。憎悪と殺気をうまく隠しながら誰かが狙っていた。
残り、四人。
ちょこっと入る話。ウチが作る物語には結構時計はある前提で書いてます。




