第三十色 仲間の印
アーサーとルシィ、サグラモールとグリフレットが主犯格で首謀者を倒したことにより、魔物の進行は減速し、殺戮も「嘘でしょ」と言わんばかりに鳴りを潜め始めた。その間に係の人が選手と共に観客を安全な場所への避難を終了させ、被害者は格段に減った。だが、それでも倒す前の被害が見るからに大きすぎて減ったかどうかも微妙な有り様であり、血みどろの地獄だった。結構な数がいた魔物は将軍もしくは魔神がいなくなってもなお、抗い飛行型の魔物は逃亡を企てた。だがこちらだってそんな易々と帰すわけもなく、多くの魔法によって滅多打ちにされた。まるで昼間に浮かぶ星だと叫んでいたのはこの状況をまだ理解していない子供だっただろうか。それでもそう見えたことは事実で、倒したことも事実だ。魔物が全て地面に吸収され、消滅し始めると警備隊の治療班であろう人々が要救助者がいないか大声を上げて闘技場を駆け巡る。魔物に食われた者で辛うじて生き残った者がいるらしく、そこら中で回復魔法の光が仄かに溢れていた。また別の警備隊は他に魔物がいないか入念にチェックし、負傷者の確認をしたりと大忙しだ。
「……もう少し早く対応出来たらなぁ」
自身の傷をサグラモールに治療してもらいつつ、グリフレットが周囲を見渡して悲しげに呟く。地獄とも戦場とも取れるこの現状。少し早ければ変わっていたかもしれないのは、誰でもそう思うことだろう。だがそれは全て終わってしまっていてもう結末は分かりっこない。けれど、
「グリフレットがやろうって言ったから、少しでも被害は抑えられたんじゃないかな」
「えっ」
アーサーの言葉にグリフレットは驚いた様子で彼を振り返った。アーサーは観客席に座りつつもルシィからの治療を受けているが〈癒しの光〉では間に合わないと判断したのか、ルシィが属性を変えて再チャレンジしていた。アーサーはグリフレットにニッコリと安心させるように笑いかける。
「だってそうじゃん?あの魔物二体を俺達が倒さなかったら余計に増えてたよ?だから、グリフレットは少しでも救ったよ」
「そうじゃそうじゃ!妾も師匠のお陰で大きな怪我なく勝てたんじゃからのぅ!」
アーサーを援護するようにサグラモールが治したグリフレットの傷を優しく撫でながら云う。その撫で方は労っていて感謝していて。そしてそこにあるのは純粋な称賛で。それにグリフレットは頬を仄かに赤く染めると照れたようでマフラーをフードに変化させて顔を覆った。サグラモールが「師匠~!」と顔を覗き込もうとすれば彼が恥ずかしそうに顔を背け、そんな二人を見てルシィが微笑ましそうに笑う。アーサーも小さく笑い、グリフレットの服の袖を掴む。
「功労者だね、俺達の」
「そうですね。私達の背を押したのはグリフレットさんですし、そのお陰です」
「……二人共……それ以上褒めるのやめて……」
「じゃあ妾が褒めるのぅ!」
恥ずかしがるグリフレットがそう言えば、サグラモールが調子に乗る。それに楽しげに全員が笑い返せば、ちょうど良いタイミングでアーサーの怪我の治療が終わった。ルシィに礼を云うとルシィは軽く笑い、自身の傷を治しにかかる。するとこちらに警備隊の隊員がやって来た。アーサーとルシィを事情聴取した人物で治療中の彼らを見て不安そうに表情を歪める。
「ご無事ですか?」
「嗚呼。妾達は無事じゃ。しかし、何故魔物が此処に……」
サグラモールの問いに隊員であろう人物はウッと軽く呻き、今はすでに消えた魔物のあとを振り返るとアーサー達にチョコッと近づき、小声で云う。
「こちらの不手際もありまして……それに、あの魔物、大会中ってことを知って襲撃してきたんです」
嗚呼、やっぱり。そう思ったのはなにもアーサーだけではない。人物の如何にも許せないと言ったか表情とオーラに彼らは自分達の考えが当たっていたことを知る。世界を侵略し、破壊等を行おうとしているならば、日常的に襲撃するより敵が油断している時を狙った方が効果的だ。やはり別のところで最初は対処していたのに魔物が移動したか。言い訳だが自分達は予知能力なんて奇跡にも似たものは持っていない。せいぜい風属性と地属性の魔法で天気を予測するしか出来ない。まぁ双神も知能がないとも言えなくもない魔物の行動を全て予知なんて出来やしない。出来るのは多分、敵の親玉くらいだ。人物はチッと悔しそうに舌打ちをするとたまたま近くで消滅仕掛かっていた飛行型の魔物に魔法を放った。八つ当たりだと云うのは分かっている。だがそれでも止められなかった。そんな人物の肩を少し背伸びしてサグラモールが叩く。
「お主はお主なりにやったんじゃ。そう自分を蹴落とすんじゃない」
「そうですよ。連絡魔法も大きな混乱を巻き起こしたかもしれませんが良いこともありましたよ」
「……ありがとうございます……」
サグラモールとルシィの慰めの言葉に人物は深く頭を下げる。その目元から涙が零れ落ちそうになっていたのはきっと気のせいだ。人物は「この事を教訓に守ります」と宣言し、他の隊員の手伝いをしに駆けて行った。誰にでも失敗はある。それを糧にすれば、強くなれる。それをアーサーは知っている。だからこそその姿が何処か眩しく見えてアーサーは目を細めた。全員の治療が終わり、各々不調がないか確認する。この後はきっと大会は中心なので少しでも警備隊を手伝おうと云うことになった。人手は多いに越したことはないし。ということで先程の人物を追おうとしたその時、後方から野太い声をかけられた。
「よぉオッサン」
こんな時になんだと怪訝そうに振り返ればそこには昨夜、酒場である意味グリフレットにこてんぱんにされた男性だった。その後ろに傷だらけの取り巻きを連れているところを見るに彼らも魔物を討伐するのに一役買ったのだろう。見るからに物理攻撃が得意そうな者だからけなため、今から回復魔法を使える隊員に治療を頼みに行くところなのだろう。もっとも何故今此処で絡んできたのかは知りたくもないが。だが男性はニヤニヤとフードに顔を隠すグリフレットをどう捉えたのか、ゲラゲラと笑い出した。
「まぁた逃げたんだなぁ」
「……は?」
その言葉に結構低い声が、女性らしからぬ低い声がサグラモールから聞こえた気がするが気のせいだろう。で、今こいつはなんて言った?逃げた?昨夜のことなら逃げたのはそっちのはずだが?とサグラモールのように突然の暴言じみた言葉に言い返しそうになったアーサーだったが、よくよく自分達を見て相手を見て納得した。男性は自分達、特にグリフレットが魔物から逃げて戻ってきた方だと勘違いしているのだろう。まぁ彼らが回復魔法を使用中の場面を見ていなかったとしたら分かるが、男性は明らかにグリフレットに仕返しをしようとしているのが見え見えである。あの時は酔い潰れて寝ていた連れであろう人物が「やめなって」と声をかけてはいるが、完全に止めないところを見るにグルなのは間違いようがない。「落ち着いて落ち着いて」とサグラモールを宥めながら座らせようとするルシィを見て男性はハッと鼻で嗤った。
「弱そうな奴ばっかだな。そりゃ逃げるわけだ」
見下している、言わなくても分かった。怒りで今にも魔法で殴りかかりそうになるサグラモールと静かに怒りを露にするルシィをアーサーが手で制止する。先程の人物と別の隊員がこちらに気付き、険しい顔をする。その険しい意味は言わずとも分かった。
「(そっちの方が逃げ回ってたんだろ、かな)」
人物の顔にそう書かれている。アイコンタクトで読み取ったその言葉は怒りに溢れていた。鋭い眼差しが男性とその連れに注がれているが気がつかないようだ。確かに戦闘中、彼らを見た記憶がない。ただ単に集中し過ぎてなら分かるが、外で戦っていたのだろうか?だったら外にいる警備隊の治療班に行くはず。つまり、闘技場にいたと云うことだろう。もっとも逃げ回ってたならばすぐさま此処から立ち去るべきであり、立ち去っているはずだが。人物がもう一人の仲間の隊員を引き連れてこちらにやって来る。一言言ってやろうと云うことだろうか。有り難いが余計にややこしくなりそうな気がするのは気のせいだろうか。
「全く、うるさいねぇ」
「あ゛?」
その時、低くくも何処か透明感ある声が響いた。透明感があるにも関わらず、その声は静かな怒りを称えていた。その声の主は男性の標的となったグリフレットで。グリフレットはゆっくりとフードを外し、マフラーにしながら男性を睨み付ける。エルフの末裔に男性達は驚いたようだったが、ニヤニヤと見下し嫌悪感を催す笑みは消えない。が、次の瞬間その笑みはグリフレットの鋭い視線によって凍りついた。
「彼らが弱いって本気で思ってるのかな?……撤回なさい」
ゾワリ。透明なまでに美しいその瞳は冷気を伴い、男性達を差す。嗚呼、知識の座に、『覇者』に相応しいほどの殺気を……いや、これほどまでの殺気をアーサーは感じたことはない。これは、長寿がなせる長年の殺意と『覇者』から放たれる威圧感。それをこの男性達は刺激した。
「戦闘中、逃げ回っていた君達がよく言うよ。倒せたのはほとんど瀕死の魔物で、僕達は主犯格。それを全員が見ていなくても証言してくれる。それとも、何かな。君達は、彼らよりも偉いのかな」
「……っ、てめぇ、オレたちが弱いって言いてぇのか」
「少なくとも、何も知らずに彼らを罵倒するくらいは」
ギロリとグリフレットが男性達を睨めば、ギリッと武器を握る音が響く。あの戦闘中、グリフレットには男性達が逃げ惑う姿が見えていた。自分が一瞬逃した瀕死状態の魔物を意気揚々と討伐し、まるで自分の手柄だと連れに吹聴するのも。アーサーとルシィは将軍の相手で見えていなかったようだがサグラモールも目撃している。魔法を使う後方支援である以上、周囲を確認する必要があり見かけていたのだ。後方から「彼らが将軍……魔牙を倒してくれたから勝てたんですよ!?」と人物の援護射撃が飛び、明らかに男性達が不利な状況だった。だって皆少なからず見ていたのだから、アーサー達も男性達も。だからこそ、全ては勘違いを通り越した個人のみを攻撃するためだけの矛先となる。グリフレットの視線にも周囲の視線にも連れは既に断念を決めているのに男性のみは怒りで震えていた。そうして、手にした武器が大きく振りかぶられた。それは自分が彼よりも下だという怒りと正論で負かされた怒り。ただしその怒りはグリフレットの方が上だった。
「調子に乗りやがって!」
「!?おい、それはやめろ!」
「グリフレットさん!」
グリフレットに向かって振り下ろされた武器に周囲が悲鳴を上げる。魔物を討伐し、共に戦場を潜り抜けた者になんてことを!という声が漏れる。だが
「〈武器装備〉」
グリフレットは小さく魔法を唱え、その手に薙刀を作り出すと振り下ろされた武器を弾き、薙刀の切っ先を代わりに男性の首筋に寸でのところで突きつければ、「ヒッ」と情けない声を出す。それは薙刀を突きつけられたからだけでは決してない。これは酒場での二の舞。男性から薙刀を外し、元の岩の塊もとい土や石に戻しつつグリフレットは言う。
「僕のことを悪く云うのは勝手だけど……この子達を悪く云うんじゃない。この子達のことを知らないなら、黙れ」
「っ」
透明な、ネールピンク色の瞳が男性を貫く。そうして沸き上がるのはあの時と同じ恐怖と敗北感。
「興奮覚め上がらないのはもっともですが、争いなんてしないでくださいよぉー」
人物と一緒に来た人物がお気楽そうに言うが、その瞳は冷たい。「こちらで治療しましょうねー」と男性達を刺激しないように誘導する。と言ってももう男性に歯向かう気力も体力も残っていなかった。任意で動いているのにまるで連行されているかのような男性達を一瞥し、グリフレットは小さく嗤う。
「本気で叩き潰したいなら、本気で来なさい。いつでも相手をしてやろう。ただし、その時は僕が持つ知識を存分に使わせて貰おうかな」
刃物のようなその瞳に男性は完敗した。そこまでグリフレットに干渉するつもりも叩き潰すつもりもない。そう言うように小さく舌打ちをかましながら連れ立って行ってしまった。人物はアーサー達に頭を軽く下げ、仲間を追う。一瞬の静けさはグリフレットの怒りの度合いを示している。張り付けられた空気がフッと消えたのはサグラモールの何処までも無邪気な声だった。
「師匠、カッコいいのぅ」
「いや分かるけどさサグラモール。分かるけど、今云うのは多分それじゃない」
パチパチと小さく称賛の拍手を送るサグラモールにアーサーが言う。先程まで緊張感があっという間に霧散する。「うん?」と首を傾げるサグラモールを宥めつつ、ルシィが言う。
「ありがとうございます、グリフレットさん」
「良いよ。僕に出来ることだ「しかし!」……え?」
「仲間なのですから、ね」
ルシィの言わんとしていることにグリフレットは一瞬キョトンとしていたが、アーサーとルシィの表情に納得が行った。
「あんなん俺達だって怒るけど、自分を卑下しないで。友人だし仲間でしょ?」
「そうじゃ!言われたらこっちも悲しい。師匠はそこがまだまだじゃのぅ~」
心配してくれたのだろうか。それが嬉しくてグリフレットはサグラモールの頭を照れ隠しのように撫でた。少し、長年息をしていなかった感情がくすぐったかった。
怒らせたかったと自供しており……←
はぁーい、次回は月曜日です!月曜日で二人目の『覇者』は終わり、三人目に入ると思います!




