第二十五色 その人物、師匠
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「いえ、こちらが呼び止めたようなものですし」
「魔法とサグラモールが抱きついてね」
ルシィはニッコリと笑って席に座る。それに昨夜の男性客ーサグラモールの抱擁によって捕獲されたーは小さく会釈すると手前に置かれたカップを手に取り、珈琲を一口飲んだ。その横ではサグラモールが砂糖とミルクを入れて苦味を少し消している。その二人の様子はルシィと少し違う、完全な魔法使いであるためか漂う雰囲気からでも兄妹のように見える。実際は兄妹ではなく孫と祖父くらいの年齢差なのだろうが。理由?それは男性の尖った耳がその証拠だからだ。エルフは末裔であろうとクォーターであろうと血が混ざっている以上、何処かしら特徴がある。男性の場合、耳と透き通るような髪質に出ており、本筋に近い特徴を持っているのだろう。そう考えつつ、アーサーは隣に座ったルシィに目配せした。するとそれにルシィは確定だと頷いた。サグラモールに捕獲されてからアーサー達は詳しい話をするために人が多い通りから大会が開催される近くのお食事処に移動していた。お食事処と言っても大会がよく見える場所に設置された一般人向けの観客席なのだが。食べ物付きで観戦出来ると思えば、少しくらいお金を払ってでもゆっくり見たいと思うのだろう。店は大盛況でアーサー達は観戦にはあまり向かない奥の席に案内され、そこで珈琲を飲んで一旦ゆっくりとしていた。案内してくれた店員にしてみればアーサー達の組み合わせは珍しいらしく、微笑ましげに見られていた。もしや兄妹旅行にでも見えたのだろうが、全然違う。
カチャとソーサーにセルフサービスで淹れた珈琲のカップを置き、アーサーはフードを外した男性を見た。サグラモールが抱擁で捕獲した時、彼女を『覇者』だと言っていた。ならば、少なからず自覚があるのだろう。つまり、何故自分達が来ているのかも分かっている。奥の席だが、テラス席に近いため此処から入る太陽の光が男性の髪をキラキラと宝石のように輝かせている。それを眩しく感じながらアーサーはルシィとサグラモールに目配せすると口を開く。
「気づいていると思うけれど、『覇者』を捜している」
「貴方の隣にいる彼女も『覇者』ですし、貴方も『覇者』です。知識の座『叡智』を司る」
アーサーとルシィの緊張した、それでいて淡々とした説明にサグラモールが気にせず、珈琲を口に含む。チラリと隣の男性をサグラモールが覗き見れば、「分かっていた」と言わんばかりに瞳を閉じて二人の話を聞いていた。
「双神が提示した十二人の『覇者』。残り六人……サグラモールさんを抜かして五人を捜しています。その『覇者』捜しに遣わされたのが私です」
「俺達はそのために旅をしていると言っても良い……旅なのか微妙だけど」
クスリと笑うアーサーにルシィが肘を突いて真面目にと注意する。アーサーはルシィに軽く会釈してもう一度男性に向き直る。その後、ゆっくりとサグラモールにした説明と同じ説明をする。その間、男性は知っていると云うように静かに二人の説明を聞きながら珈琲を飲んでいた。サグラモールのように驚くこともないところを見るに、やはりルシィの言う通り、辛うじて自覚があったのだろう。しかし、他の六人のように絶対的な自覚がなかったのだろう。だからこそ、双神が「あと六人」と言ったのだろうし。二人の説明が終わると途端に彼らの間に静寂が訪れる。すると男性はカップを静かに置き、小さく息を吐いた。それが落胆というか、無理だと言うようなため息に聞こえてしまい、アーサーは思わず体を固くした。
「……やっぱり、そうだったんだ」
「やっぱりって……気づいていたの?」
アーサーの恐る恐ると言った問いかけに男性は静かに頷いた。やはり、少しだけ自覚があったらしい。だが、自ら名乗り出るほどではなかった。
「大体はね。指輪持って生まれたって聞いた時くらいから薄々はまさかと思いながら、違うとも思ってたんだ」
右手に嵌めた指輪を優しい手付きで撫でながら男性は言う。指輪には知識の座の紋様がまるで此処だと主張するように刻まれており、彼が正真正銘『覇者』だと告げている。
「……自信、がなかったんだ。自分だっていう自信が」
「プライドとは違うのか?」
「それともまた違うかな。僕は先代のブルーノ・トィラのように博学でもないし、ただ長生きしているだけのような人種だからさ。それに、間違っている可能性だってあったし」
『覇者』か『覇者』ではないかを見分ける事は紋様により可能だ。だが難しい場合もある。それがアクセサリーである。『覇者』の証たる一つのアクセサリーは二つとして同じものはないとされているが似ている物が存在する可能性は多大にある。またなんらかの影響、事情で「生まれた時から持っている」と言い聞かされて育つ場合もあり、実際『覇者』でなくとも前世の形見を持って生まれた事例が存在する。そのため、アクセサリーには見た目では分からない見分け方がある。それは『覇者』であるか否かを証自身が選別するのだ。証のアクセサリーが本物であれば、持ち主から悪意を持って奪おうなどとする者には座に関する罰を与えられる。また違う者がつけようとすれば同じことが起こる。体に刻まれている場合は刺青などを禁止している地域が一部あるため、必然的に出来なければ生まれた当初からあるため確認が取れ分かる可能性が高い。なのでアクセサリーの場合はそうなる。本当かどうかは、ユーウェインとパロミデスで証明済みである。全てではないが。マーハウスは別だが、強いと云うのもあるし。まぁ確実なのは紋様が記された歴史書を見ることだが、出来ない者もいるし全ての者が魔法書である歴史書にある魔法をかけることが出来るとも限らない。それが自覚なしと言われる『覇者』を生む現状となっている。
何処か寂しそう、と云うか考え込んでいる男性にアーサーは言う。
「先代と比べる必要はないでしょ」
「……まぁ、そうだけど」
「先代・知識の座『研究』を司っていたブルーノ・トィラは異名の通り研究によって知識を培った。今と昔は全て違うでしょ。俺の友人達だって異名も違えば歴史書にある戦い方を模してもいないし全然違う。何が君の自信をなくしてるのかは知らないけど、『叡智』である君が気にすることじゃない。自分を信じなよ。信じてたからルシィに勘づかれないようにしてたんでしょ」
どう?と小首を傾げてアーサーが言えば、男性は一瞬キョトンとするとクスクスと小さく微笑んだ。まさに君の言う通りだと言わんばかりに笑う。憑き物が取れたかのような清々しい表情だった。
「ふふ、そうかも。君の言う通りかもね。両親はもういないし、色々あって親しい友人もいなかったから、それが聞きたかったのかも」
「妾が『覇者』だと出会い頭に言った時点でそれ以外もあったんじゃろうがな」
「サグラモール」
てへ、と云うようにサグラモールは上品な手つきで珈琲を飲む。アーサーがサグラモールに注意するが、彼女はツンとそういう事でしょとそっぽを向く。男性は「大丈夫」と笑い、サグラモールの肩を一瞬叩こうとしてやめ、彼女を示す。
「彼女の言うことも合ってるよ。紋様は知ってた。一応これでも君が云うように『叡智』らしいから。世界に魔物が現れた時にちゃんと『覇者』について調べたからさ」
「じゃあ今は自覚していると言うことですか?」
「嗚呼。確実に気配からして人間でもなくて魔物でもないルシィがいれば嫌でも自覚するでしょ。それに、ちょっと嬉しかったし」
ルシィの言葉に男性は優しく微笑んで言う。ルシィの嗅覚が現実を突きつける象徴になろうとも男性にしてみれば、今まで卑屈にも認めて来なかったことを認める、自身を認める象徴だった。ルシィは男性の言葉があまり理解出来なかったらしく、小さく首を傾げて珈琲を飲んで飲み込んだ。
「魔法の気配がある時点でさぁ、信じるしかないでしょ」
「言い忘れておったが妾もルシィから魔法の気配は感じておったぞ」
「今言うかなサグラモール?!」
「今しかないと思ったんじゃ!」
ドヤァと何故かどや顔で言うサグラモールにルシィが小さく噴き出す。そうすれば、男性も笑い、全員が笑うものだからアーサーも呆れたように笑った。ひとしきり笑った後、珈琲を飲むアーサーに男性は言う。その顔に決意を滲ませながら。
「『覇者』捜し、手伝わせてもらおうかな。旅の途中であることにはかわりないし。それに他の『覇者』にも会ってみたいし」
「!ありがと!えーと、驚くこと満載なのに……みんな理解力あるね」
「『覇者』ですからね」
男性の言葉にアーサーは感極まってそう叫ぶ。テンションが上がりすぎて立ち上がってしまったアーサーをルシィが宥めつつ座らせる。エルフの末裔かクォーターであろう男性は二人の喜び様に儚げに嬉しそうに笑った。と、ツンツンと男性をサグラモールがつつく。男性が彼女を振り返るとサグラモールは片手を出してニッコリと無邪気に、自分以外の『覇者』との出会いに目をキラキラ輝かせて言う。
「妾はサグラモール・ツクヨミと云う。魔法の座『妖術』じゃて。よろしくのぅ師匠!」
「なんで師匠?」
「妾的に」
サグラモールの当たり前でしょと言うような表情に今度は男性が困惑する番だった。姿とエルフの特徴から見てそう思ったのだろうが、理解できないと言うような男性の表情が警戒も緊張もなくてサグラモールを優しく受け入れていることに、事実を受け止めた事にアーサーとルシィは嬉しくて顔を見合わせて小さく笑った。
「まぁ知識ですからねぇ。先代のブルーノ・トィラさんも仲間からそう呼ばれていたと云う話もありますし」
「それってガレス・ヴァーノのことで……嗚呼、伝統の様式美?みたいな?」
「お約束、なのでしょうかねぇ」
「さぁね。サグラモールの思考回路が似てるのかも」
「あり得ます」
クスクスと楽しげに笑うアーサーとルシィに男性は「助けてよ」と云うように視線を向ける。サグラモールは彼に色々聞きたいことがあるのか先程からマシンガントークさながらの質問をしている。
「ハイハイ、サグラモール、一旦ストップ」
「何故じゃ~」
「いつまでも君のターンじゃ、彼の名前聞けないでしょ」
「あ」
アーサーに宥められてようやっと自分の欲望を優先してしまっていたことに気づいたらしく、サグラモールは恥ずかしそうに申し訳なさそうに珈琲で口を塞いだ。
「じゃ、改めて。俺はアーサー・ロイ」
「ルシィと申します。以後お見知りおきを」
「アーサーとルシィと、サグラモールだね。僕はグリフレット。よろしく」
そう言って男性は柔らかく笑った。男性、グリフレットは透明感のある白いセミロングで切っ先が少しだけ水色をしている。ネールピンク色の瞳で耳が尖っており、瞳と同じ色のイヤリングをしている。服は薄い水色のシャツ(おそらく長袖)で首筋にまで微妙にある。オーキッドグレイ色のロングコートを上に羽織っており、色が濃いが医者のようにも見える。焦げ黒系の長ズボンに茶色のブーツ。またグリフレットは体をすっぽり覆う黒のローブを着ていたが、今は邪魔になると思ったのかマフラーに変えて首元に巻き付けている。マフラーに変化したローブにはダイヤ魔導国を示す紋様、国章が描かれている。
「一応これでもエルフの末裔だから」
「それは知ってる」
「ありゃ。じゃあこれは?見た目の年齢に三.五かけたのが僕の本来の年齢」
グリフレットに言われ、一瞬三人は止まり……えーと、グリフレットの見た目がだいたい二十五くらいだから、えーと、え、つまり……
「「「おじいちゃん?!」」」
「年齢的にはねー」
まさかの長寿と見た目に驚く三人とは裏腹にケラケラとグリフレットは陽気に笑っていた。
一人くらいはこんな師匠キャラ作りたかったんです!あと青年に見えて実は高年齢!百歳こえると先代と被るんで少し年齢中途半端になりました!(言い訳)
次回は金曜日です!




