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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第二部
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第二十三色 夕食憂鬱



突然響き渡ったつんざくような女性の声にアーサーの挙げかけていた手は空を切った。いや、切ったと云うよりもただ意味もなく挙手しただけのようになってしまった。アーサーはその手をゆっくり下ろしながら、声が聞こえた方を振り返る。どうやらルシィとサグラモールにも大騒ぎの中聞こえていたようで怪訝そうにそちらを見ていた。騒音の中、数人の客も気づいたらしく、大騒ぎしている音と静寂が不協和音を奏でている。

声の発信源、女性はこの酒場の店員のようで今にも泣き出しそうな恐怖に滲んだ表情をしている。そんな女性の前と言うのか横と言うのか、付近のカウンターにはギリギリにまで酒が入ったグラスを掲げて下品な笑みを浮かべる客がいる。どうやら酔っぱらっているらしく、その顔はまるでトマトのように真っ赤に染まっている。下品な笑みを浮かべる客の隣は連れなのか、「ヒック」としゃっくりをしながら既に酔い潰れて眠ってしまっている。カン、と酔い潰れた客の空になったグラスが不可解な不協和音を表すように甲高い音を奏でる。どうやら、酔っぱらった客が店員に絡んだらしい。酒場のオーナーであり宿屋の主人である男性の表情が軽く憤怒と嫌悪感を表しており、毎回ではないのだろうが絡む常連客のようだ。


「いつも言っていますよね?やめてくださいってば!」

「良いじゃねぇか~一緒に飲もうぜぇ~」

「仕事中だし、アンタは好みじゃないって何回言ったら分かるんですか!」


正解、絡み常連のようだ。涙目になりながら必死に抵抗しつつ他の客の注文であろう盆の上の酒を守る店員。そんな嫌がる店員に目もくれず、酔った調子で客は女性の腰に手を回す。サワサワと明らかに嫌な手付きで回された腕に店員が悲鳴にも似た声を上げようとすると、客は酔っているとは思えないほどの素早い動きで足元の武器を手に取り、抜き放った。


「っ!おいお客さん!うちの店員に手を出すなって言ってるだろ!追い出すぞ!?」

「はぁ~?オレたちがこなけりゃ、とっくにこの店潰れてるってのによぉオーナーさん?それに、此処には武器はご法度なんてルールねぇだろ~?」


「ギャハハ!」とダミ声で大笑いする客にそこから少し遠いところにいたオーナー兼主人は悔しそうに顔を歪ませる。確かに魔物が出現している今日こんにち、武器はご法度なんてルールは何処にも存在しない。それはもちろん此処でも同じことだ。武器は魔物から身を守る手段であり抵抗の手段。取り上げてしまえば、装備なしで戦えと言っているようなものになる。しかし、それは戦場での話だ。魔物が侵入出来ぬよう頑丈に守りを固められた国ではむやみやたらに武器を抜くことはない、例外を除けば。つまり、今の客の言い分は間違いであり正解である。魔物がいるために武器を持つ者は多いが、全てが魔物被害で決してない。おそらくこれも同じだろう。多分、あの客は一応此処が始まった当初からの常連で稼ぎ頭の一つなのだろう。それが此処まで怠慢してしまった。そういうことだろうか。身を捩る女性に客は下品な笑いを浮かべながら手にした酒を飲み漁る。そして手前のテーブルを蹴り上げた。そこにはもちろん客がおり、うるさく喚く客を無視して食事をしていたようでいきなりテーブルを蹴られて驚いたように動揺しているのがアーサー達がいる場所からでも見えた。テーブルを蹴られた客は目深にフードを被っている。そんな客が気に入らなかったのか、酔っぱらっている男性は赤い目を血走らせながら怒鳴り散らす。


「おいぃそこはオレたちの特等席だぞ~?さっさと退けよオッサン!」

「おい!」

「てめぇは黙ってろ!殺すぞ!」


酔っぱらっている男性から逃げようとしつつ刃物の切っ先を当てられた女性店員が近くで聞こえた怒声に短く悲鳴を上げる。「っるせぇ黙れ!」と女性店員に切っ先を突きつけながら怒鳴る。誰がどう見ようと緊迫した状況であることに間違いはなかった。酒場から誰かがゆっくりと静かに出ていくのがアーサーの視界に入った。此処まで来ればもう常連客のたわいもない行動として容認するのは難しいだろう。女性店員が怖がっている。オーナー兼主人の男性も危険な人物を入れるのは危ないとようやっとけじめがついたのか、別の店員に指示を出している。それがあの男性自体が既に危険だったために対応が遅れたか。


「退けよ~オッサン。そこはオレたちの特等席だぜ~退かねぇと殺すぞ~此処はオレたちが育てたようなもんだからなぁ。此処はオレたちの場所、だからさっさと退け!殺すぞ!」


ガンガンッ!とテーブルを何度も何度も蹴りながら客を脅迫するように怒鳴り付ける酔っぱらいの男性。なんというか哀れみも見えてくる。酔っぱらいの男性の行動に客はなんの反応も示さずにただ茫然としていたが、男性はその無感情な反応が気に入らず、逆に怒りや思い通りにならない苛立ちに火をつけたようだ。先程まで赤く染まり、酔いが回っていた顔に怒りで血管が浮かび上がる。サグラモールが耐えられないと言った表情で立ち上がりかけるがそれをルシィが慌てて止める。今自分達が乗り込んで行っても女性店員の二の舞になるかそれ以上の騒動に巻き込まれる可能性がある。また相手は連れもいる。狸寝入りではないだろうが参戦してくる場合もあり、また酔っぱらいの男性は刃物を持っている。抜き放ってしまっている以上、むやみに刺激すれば切り合いと云う最悪な結末になってしまうかもしれない。それを分かってか、周囲も助けたいのにどうすれば良いか分からない状況だ。唯一の救いは怒り浸透近くになった酔っぱらいの男性から女性店員が辛うじて逃げ延びた事だろうか。怒りと殺気の矛先が別の客に行ったことで隙が生まれたらしく、近くの女性客に保護されていた。その女性も常連なのか、男性の豹変に目を丸くしている。どうやらその女性は常連と言っても酔っぱらいの男性よりはあまり来ないけれども常識的な常連らしい。


「何故止めるんじゃ!」

「此処で乱闘になるのは危険です。それに、キツイ言い方かもしれませんが、近距離云わば武術が苦手だと言っていたサグラモールさんになにか出来ますか?」

「っ」


ルシィの厳しくも彼女を案じる言葉にサグラモールは呻いた。確かに此処が店ではなくて広場とかだったらまだ良かったが、此処は狭い酒場兼宿屋。狭くもなければそんな広くもない。またあそこにサグラモールが乱入しても周囲の人々同様どうなると云うのだ。しかも、サグラモールに至っては魔法特化型。近距離戦に戦場で持っていかれたならばまだしも、自ら突っ込んで行くなんて正気の沙汰じゃない。なにもできずに女性店員の二の舞だ。それを分かっているからこそ、サグラモールはクッと怒りを堪えるとルシィはその背を優しくさする。貴女は悪くない、そう言わんばかりに。はてさて、別の客に怒りの矛先を向けた酔っぱらいの男性は女性店員に向けていた刃物をその客に向けた。一瞬にして切り合いが起こるのではないかと云う恐怖と向けられた衝撃に悲鳴が上がる。魔法で防音にしているがために周囲に騒動は気づかれない。向けられた切っ先にあわや殺し合いが始まるかと武器を持つ何人かが立ち上がりかけるが、それを矛先を向けられた客が「大丈夫」と言うように彼らを小さく手を挙げて制止する。その冷静な行動さえ、酔いが覚めても回っていても男性にはイラつく原因だった。


「んだぁ?怖じ気ついたのかぁ?」

「…………」

「なんとか言ったらどうなんだよっ!!」


刃物の切っ先を突きつけながら怒鳴り散らす男性に客は小さくため息をついた。ようにアーサーには見えた。そのため息は男性には聞こえていなかったようだ。すると、客が声を発した。


「聞こえてるに決まってるじゃないか。ただ、耳が遠いものでね」


低く、だが涼しげな声。まるで魔法に使う言葉を乗せて歌を紡いでいるような、そんな声。その声は男性のものだった。ようやっと反応した男性客の言葉に酔っぱらいの男性は満足げに口角を上げて笑う。さっきまで怖じ気ついて声が本当に出なかったのだろうと嘲笑っている事がヒシヒシと伝わってきた。だが、違った。


「だが、君に答えなくても良いと判断したまで」

「んだとゴラッッ!!」


男性客は酔っぱらいの男性を煽っているつもりはないのだろうが、彼にしてみれば馬鹿にされているようにしか聞こえない。シンと静まり返った空間に酔っぱらいの男性の大きな声が響き、次の瞬間、悲鳴が再びこの空間を支配した。酔っぱらいの男性が男性客に向かって今度こそ、明らかな殺意を持って刃物を振り下ろしたのだ。だが


「っ、な!?」

「全く……なんで僕に絡むのかと思ったけど、そんなに僕が弱そうに見えたかい?うーん、そうかもしれないけど、()()()()()()()?」


その刃物は男性客を傷つけはしなかった。男性客が立てた人差し指で簡単に止められてしまっていたのだ。彼の指先には魔法がかかっているのか仄かに翡翠色の光を帯びている。そして刃物が振られた風圧で一瞬だけ見えた透明と言わんばかりの髪と目にルシィが大きく反応した。


「いた……」

「え?」

「いました、知識の座の『覇者』……」


ルシィの小声の言葉にアーサーとサグラモールは一斉に酔っぱらいの男性に絡まれている男性客を振り返った。()()で上手く溶け込んでいる……ということはまさか!


「僕に絡んでボコボコにするのはなにも言わない。でも、困るのは君……いや君と君の連れ()()。分かる?」

「な……なんで動かな……」

「周りを見てみなさい。誰が君に此処にいても良いよと言っているのかな。此処の主人は愚かみんな、君には出て行って欲しそうだけど」


押しても引いても動かない刃物は酔っている男性に恐怖を与えるには充分だったようで、周囲の視線に怯むように一歩足を引いた。そうして素早い動きで刃物を納めると眠っている連れを叩き起こす。連れは突然起こされて不機嫌そうに「んにゃ……んだよぉ」と舌足らずな文句を垂れる連れを無理矢理起こして引っ張り上げると、先程まで酔っぱらっていた男性はキッと周囲の嫌悪感満載の幾つもの視線を睨み付ける。だが、効果は全くもってない。それにチッと舌打ちをかますと酔っぱらっていた男性はテーブルを慣れた手付きで直す男性客を振り返る。


「覚えておけよ!」


何を覚えておけと云うのだろうか。警備隊が来るよりも先に酔っていた男性が退却したことに緊迫していた空気が一気に弛緩し、元の大騒ぎ状態に徐々に戻っていく。オーナー兼主人の男性は男性客に近寄り、「ご迷惑をおかけしました……」と頭を下げる。が男性客は「僕が出来るのはこれくらいしかないから」と謙遜する。だが巻き込まれたとは言え、今回の功労者は間違いなく彼だ。そして


「決まったのぅ」

「決まりましたね」

「決まったね」


アーサー達三人にとっても不幸中の幸いだった。明日の予定は少しだけ変更だ。

夕食まとめて。お腹減ってきたな……

さてさてなにやら見つけましたねぇ~次回は金曜日です!

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