第二十色 ヤオヨロズ共和国
「はい、これにて事情聴取は終了となります。またなにか聞きたい時はツクヨミさんを経由して聞きますので、その時はよろしくお願いいたします。では、お疲れ様でした」
テーブルを挟んだ反対側にはニコニコと張り付けたような愛想笑いを浮かべる人物がトントンとリズミカルに資料を纏めている。その前には椅子に寄りかかるアーサーと、此処まで疲れるとは思ってもみなかったのだろう、テーブルに両腕をついてうつむくルシィが座っている。一応事情聴取は終わったのにうんともすんとも言わない二人に愛想笑いを浮かべていた人物はあからさまに面倒くさそうに肩を竦める。
「終わりましたよ」
「……知ってる。此処まで疲れるとは思わなかった……」
「隣に同じくぅ……」
人物の面倒くさそうな言い方に二人は気づくことなく、自らの現状を告げれば人物は「やり過ぎたかな」と表情を改めた。そう言えば、この二人はヤオヨロズ共和国流の事情聴取は初めてだったかと思い直し、新しい珈琲を淹れると云う。
「今回の直接的被害者であるツクヨミさんの事情聴取はあともう少しで終わると思うので、それまでどうぞ休んでからお帰りください。帰る時、一声かけてくれれば幸いです。では、失礼します」
見えているか見えていないか分からない何処か疲れきった様子の二人に会釈をすると人物は部屋ー応接室を出て行った。ガシャン、と扉が閉まってから数秒後、ルシィがノロノロと珈琲が入ったカップに手を伸ばすと一口口に含んだ。なにも入れていない少し苦味もあって優しさのつまった珈琲に先程までの疲れが四散していく。ホッと息を吐き、アーサーを見ると彼もいつの間にか珈琲に手を伸ばしていた。暫く二人で淹れてもらった珈琲を堪能し、ホッと一息つく。カツン、とカップをソーサーに置き、頬杖をアーサーはつく。その視線の先には窓がありその外では多くの人々が行き交っている。外で子供が遊んでいるのだろうか、楽しそうな声が合唱のように聞こえてくる。遠くからは食事所があるのか、美味しそうな匂いが疲れを癒す二人の鼻腔を擽ってくる。
「まさか、此処まで疲れるとは思いませんでした」
珈琲を飲み終わり、ソーサーにカップを戻したルシィが意外だと言わんばかりに言えば、アーサーは「そうだね」と何処か力なく頷く。
「まさか記憶がないとか思わないでしょー」
ノビーと終わったことをいいことにテーブル上で寛ぎながらアーサーは言う。
サグラモールの実力を確かめ、ペリノアやユーウェイン、パロミデス達友人のように間違いなく『覇者』たる実力を持つ強者だと再認識したアーサーとルシィはサグラモールの転移魔法でヤオヨロズ共和国の第三都市に転移していた。この第三都市は一番賑わう中心部の第一都市部よりも様々な食べ物が流通する都市でアルヴァナ帝国から近く、二人が目指していた目的地でもある。何日もかかると覚悟していたヤオヨロズ共和国の第三都市にものの数秒ー体感数秒ーで着いてしまい、驚けば良いのか悔しがれば良いのか。とりあえず分からなくてサグラモールを褒め称えた。
サグラモールを誘拐した集団も第三都市の警備隊によって身柄を保護されていた。だが、何故か記憶がなかったのだ。洗脳された、と言うことは覚えているのだが肝心なことを何一つ覚えていなかった。洗脳の後遺症だろうか?引き続き、集団は警備隊によって聴取を受けるらしい。と言うことはもちろん、アーサー達も受けると言うことで。聴取と云うよりも世間話程度に聞かれた気もするが……でも疲れた。集団を見かけた理由と担いでいたのが人っぽかったと云う供述をした。アーサーとルシィが『覇者』捜しをしていることは極秘なので、世界中を旅しているという設定にした。つまり、正義感よりも野次馬精神が勝ったと捉えられても無理はなかった。無論、被害者であるサグラモールも事情聴取を受けており、森の神殿についても助言と通達をしているのだろう。先程まで二人の聴取ーという名の世間話ーをしていた人物によれば、森の神殿については中心部である都市に行き指示を仰ぐことになると云う。
「しっかし、変だよね」
「?なにがです?」
「記憶。洗脳状態の後遺症はあんまり聞かないから本当にあるのかは疑問だけど」
だけど、俺とルシィを見たあの十二人の表情は嘘をついていなかった。
「誰です?」と言わんばかりの不思議そうな表情がアーサーの脳裏に甦る。生け贄としたサグラモールのこともそれを邪魔した二人のことも覚えていない。違和感と云うか、変な感じが居すくっていてアーサーはそれを追い出すように残っていた珈琲を一気に飲み干した。
「使用者があまりいませんからね。もしかするとあるのかもしれません。気絶した時、記憶が喪失するよう細工されていたと云う可能性も否定はできませんが」
「そうだよね。まぁあとは警備隊に任せるしかないか」
「そうですね。気になりますが私達は『覇者』捜しという目的がありますし」
カチャリと小さな音を立ててカップを置く。自分達では分かる範囲が限られるし、気になるがそれ以上の使命もある。任せるしかないだろう。とアーサーは背伸びをしながら立ち上がった。そろそろサグラモールが事情聴取を終えて来る頃だろう。迎えに行こうかと立ち上がったアーサーに続いてルシィも立ち上がった。するとパンッと思い出したと言わんばかりに手を叩いた。
「そうだ。あの、私、武器見たいのですが、合流した後に何処かお店に寄っても良いですか?」
「良いけど……なんで武器必要だと思ったの?」
不思議そうなアーサーにルシィは苦笑しつつ言う。
「いえ、ユーウェインさんと模擬戦をした時、武器に慣れておいた方が良いと感じたのです。初めの魔物の戦いの時にも近距離での攻撃は素手になることが多いと気づいたので、杖などがあれば臨機応変に対応出来るかと思いまして」
「なるほど。でもチラッと見ただけでもルシィ、素手での攻撃、結構凄かったと思うけど」
「ありがとうございます。一応ですよ一応。今後どのような『覇者』がいるのか分かりませんし、魔法で作れることには作れますが万が一を考えておこうと思いまして」
「駄目ですか?」と首を傾げて困ったように、不安そうに眉をひそめてルシィは云う。アーサーは両腕を頭の後ろで組みながら、なるほどなと思う。確かにサグラモールも加わり、どちらかと云うと遠距離攻撃型が多い気がする。今後どうなるか分からない以上、ルシィの言う通り万が一を考えて武器を見ておいた方が良いかもしれない。もし必要となった時にどのような武器がいるのか参考にもなるし。そこまで考えてアーサーは「うん」と頷き、「行こうか」とルシィに答えた。
「俺も見たいし、サグラモールに聞いてみよう。今日の宿も探さなくちゃだしね」
「ありがとうございますアーサーさん!」
「いいえ。じゃ、迎えに行こう」
はい、とルシィが答え、二人は応接室をあとにした。応接室を出るとちょうどタイミング良く別の応接室からサグラモールも出てきたところで廊下で鉢合わせになった。それでも結構な距離があるので遠目から見えたと捉えても過言ではないが。サグラモールは二人を見つけて嬉しそうに顔を綻ばせると軽やかな足取りで二人のもとに駆け寄ってくる。
「アーサー!ルシィ!」
呼び捨てで呼ばれ、急に親近感というか距離が縮まったことが嬉しかったのかアーサーの隣で「ん゛っ」とルシィが呻いた。アーサーが隣を見れば、嬉しそうに口元を隠していたのでニヤニヤ笑いながら肘で突っついておいた。二人のもとに来たサグラモールはルシィに様子に不思議そうにしていたが。
「お疲れ様サグラモール」
「お疲れ様、アーサー、ルシィ。どうじゃったかのぅ?ヤオヨロズ共和国流の事情聴取は」
「はは、少し疲れた……」
「おや」
アーサーの遠い目にサグラモールはクスクスと笑う。そっちは?と目で問えば、サグラモールは肩を竦めた。
「なにかあったら聞きたいと言っておった。転移魔法が大活躍じゃ」
「その時はよろしく」
「任せるのじゃ!」
トンと胸を張り、言うサグラモールにアーサーが微笑ましそうに笑う。廊下を歩いていた警備の人にも微笑ましそうに見られていたが、アーサーは自分も含まれていることに気づいていない。ようやっと歓喜から生還したルシィが息を軽く吐き、言う。
「では、そろそろ行きましょうか。武器を見たいのですが、良いですか?」
「嗚呼、もちろんじゃ。宿も近くにあるじゃろうし、買い物じゃな!」
楽しみ!と言うようにニッコリと笑うサグラモールの頭をルシィも嬉しかったのか、優しく撫でる。サグラモールはそれに嬉しそうに頬を乙女の如く染め上げた。それを見てアーサーはまた微笑ましく思う。
「嬉しそうだね二人共」
「ルシィも嬉しいと妾も嬉しいのじゃよ。友人、が楽しいと自分も楽しくなるのと同じじゃ」
「……ゆ、友人……」
「喜んでる、ルシィが喜んでる」
「ほぉ~?」とサグラモールが悪戯っ子の笑みでルシィを覗き込めば、嬉しそうに緩んだ顔を見られたくなかったのかルシィは少し長い袖口で顔を隠した。サグラモールは「見せてー」と無邪気に揺れている。クスクス笑うアーサーに助けを求めつつもジローとジト目を向けるルシィ。が、次第に三人は楽しくて笑ってしまった。暫く笑い合った後、ようやっと三人は警備隊の建物から出て買い物に行くため、歩き始めた。
外に出た時、触れれば消えてしまいそうなほどに透明ななにかを感じた、気がした。けれど、それは誰?
残り五人。
ヤオヨロズ共和国式の事情聴取は結構長い(笑)




