第十五色 その儀式、暗闇に沈む
二人が覗き込んだ部屋は円形になっており、中央には壁画に描かれていた絡み合った七体の龍の石像が天井にまで達している。石像に寄りかかるようにしてルシィが捜し当てた『覇者』であろう少女が寄りかかっていた。意識はないようで、目を閉じ、ダランと手足を投げ出している。だがその姿は何処か凛とし、可憐であった。少女と像を中心に二重の水辺が展開されており、色はもう何色かさえもわからないほどに濁っている。絶対に食用ではない、うん。壁一面には七体の龍が全面に描かれており、等間隔に松明が置かれている。
「アーサーさん、石像の後ろ」
小声でルシィが顎で示す。その方向、石像と少女の後ろには少女を誘拐したと思われる集団数十人が集まり、なにやら会話をしている。シッとアーサーが口元に人差し指を当て静かにと促せば、彼らのコソコソとした話し声が聞こえてくる。
「これであの方が仰った儀式が出来る」
「嗚呼、あの娘を生け贄にこの神殿の守り龍様を復活させるのだ」
「そうすれば、この世界は美しく豊かになるのだ!」
ハハハ!と歓喜に狂った甲高い笑い声が部屋全体に響き渡る。その笑い声に少女が一瞬ピクリと動いたが、やはりまだ気絶しているらしく目覚めることはなかった。あの方とは一体誰のことだろうか?少女の誘拐を企てた者の事だろうか。ていうか
「やっぱり、この神殿に関係する儀式をしようとしてたね」
「はい。封印された物の封印を解くことは基本的に違反ではありません。世界に迷惑をかけない場合と付きますが。それを踏まえてもあれだけの数に生け贄と云う言葉、見逃すわけにはいきませんね」
「うん。彼女が『覇者』ならなおさら、失うわけにはいかない」
おそらく、あの集団は少女が『覇者』だと云うことを知らない。アーサーとルシィに見られたのが運の尽きとしか言いようがない。それにどちらかと言うと壁画の龍は守り龍よりも暴れ龍のようにも見えたが。物語仕立ての壁画を見る限り。と、その時、アーサーは背筋に悪寒が走るのを感じた。寒くないはずなのに寒いと感じてしまうほどの悪寒?しかしこれは恐怖では決してなく、簡潔に表せば異様だった。そう、魔物が自分達に向ける異様な気配だ。敵意と殺気のみを削り取った無感情な異様。アーサーは自らの体を両腕で抱きしめるともう一度集団を見る。そして自分が感じた違和感に気づく。それはルシィもだった。
「アーサーさん、あの方々って洗脳状態にありますよね」
「嗚呼、やっぱりそうなんだ。通りで寒気がすると思った」
「大丈夫です?」
思わずもう一度自分の体をさすったアーサーをルシィが心配そうに見る。アーサーは大丈夫だと小さく笑った。少女を生け贄にしようとする集団の目には光など微塵も宿ってはいなかった。その目はまるで泥のようにドロドロと淀み歪んでいる。しかし淀んだ瞳とは裏腹に何処か心酔しており狂っているようにも見える。自分達の行動が正義と疑っていないと云うよりもあの方と云う人物が正しいと言わんばかりの愉悦に満ちた、悦に入った表情だった。あれは、ルシィの言う通り洗脳状態で間違いなかった。
洗脳状態、それは人の精神を狂わせ、意志をも歪ませる想属性の魔法を指す。俗に云う洗脳魔法だ。魔法をかけた対象者を敬愛すべき者と認識を変え、詠唱者の云うことを喜んでなんでも聞くように思考を強制的に変えさせる恐ろしい効果。詠唱者の力が強ければ、対象者が死ぬまで洗脳状態にかけることが出来ると云う云わば幻にも似た効果を持ち魔法を使う者からも使用しない者からも「危険」と言われる扱いが難しい魔法の一つだ。対象者が詠唱者よりも強者だった場合は軽度の魅了程度の効果しかないと言われているが詳細は不明である。しかし洗脳魔法は想属性を使用する全員が使える訳でもなく洗脳魔法を使える者は少ない。また普通は洗脳対象者は一人しか及べない。つまり、あの集団全員を洗脳した者は相当の強者と云うことになる。この場にいないのでなんとも言えないが、想属性だけに関して言えば全属性を使えるルシィよりも上の可能性が高い。
「じゃああの集団もある意味、被害者であり加害者って訳か」
「可能性としては。しかし、首謀者らしき人物は見当たりません。今来るのでしょうか?」
「んーないんじゃない」
悩んだ末の答えにルシィは納得出来ない様子でアーサーを見れば、彼はまた「シィ」と口元に人差し指を当て、集団の会話に耳をすますように指示する。不思議そうに首を傾げながら指示に従う。
「だが、何故あの方は来られないのだ?」
「しょうがない。我々世界の敵なのだから……いや、志を共にする者なのだから」
集団の一人が言った言葉に他の人々はうんうんともっともだと言わんばかりに頷いた。普通の精神状態ならば、気づかないはずはないだろう。首謀者にとってデメリットになることは対象者にとってはどうでも良いことに変換される。それが洗脳魔法の怖いところだ。だが、一瞬詠唱者に逆らうと捉えられても仕方がない言葉が出たと云うことは彼らのうち一人は洗脳が解かれつつある状況なのだろう。そんな一人から紡がれた言葉、そのままの意味で捉えるとするならば洗脳も誘拐の首謀は魔物の上級格である将軍で、おそらく魔牙の方であろう。その事実に愕然とし息を飲む。どう彼らと接触し、本来どのような集団かは知らないが哀れなものである。また首謀者が魔牙とするとあの広間で現れた魔物は偶然とも言えなくなる。
「首謀者が魔牙だとするならば、早急に討伐する必要がありますがいないとなると洗脳をとくのが最優先となります」
「広間の魔物の件もあるしさっさと倒して少女を救出かな」
「はい、そうなります」
ルシィの考えにアーサーが同意を示す。洗脳魔法の解除方法は基本的に二つある。一つは詠唱者自身が解除するか死亡。もう一つは洗脳魔法をかけられた対象者の意識を遮断させる。云わば眠りではなく気絶させれば良いのだ。まぁ、それも簡単と言うわけではないが。
「ニー四ー……十二人?結構多いねー少女に怪我させないように全員気絶させるって出来る?」
「私に出来ないとお思いで?」
「ふふ、いいや。それを聞いて安心した」
ルシィの答えに小さくアーサーは笑うと剣を静かに抜き放った。シャッと云う音が相手に聞こえやしないかと不安になるが、集団は会話に夢中のようで二人に気づく様子はない。ルシィは灯り代わりの炎を消すと屈めていた腰を上げる。二人して入り口から顔を出し、もう一度相手の様子を確かめる。
「邪魔が入らないうちに儀式を」
「嗚呼、そうしよう。あの方がいついらっしゃるか分からないからな」
クルリと一人が踵を返し、石像と少女を振り返る。その手に纏われた黒い光に咄嗟にルシィが魔法を放つ。バシュン!と音がして一人が手元を弾かれ後方に仰け反るように吹っ飛ぶ。それに集団全員が入り口を一斉に振り返り、そこに彼ら以外の誰かがいることを証明する。あ、やっちまったとルシィがアーサーをすまなさそうに振り返る。
「すみません……咄嗟に手を出してしまいました」
「謝んないでルシィ。俺も手ぇ出したよ」
ただ手を出すのがどちらが早かったかだけの話だ。アーサーはすまなさそうに表情を歪めるルシィの肩を叩き、剣で壁を叩く。まるで鐘の音のような甲高くも鈍い音が部屋内を反響する。それが二人の正体を集団に教える。
「誰だそこにいるのは!?」
「くっそぉ!小娘がぁあ!」
「いや、あの娘とは言い切れまい?」
「……見られていたか……?」
自分達以外の存在に驚き、悪態をつく彼らにいつまで隠れていたって意味などない。アーサーはルシィに視線を投げ掛けるとルシィを置いて部屋ー広間にゆっくりと歩み入った。突然のアーサーの登場に当然ながら彼らは驚き、怪訝そうにまゆをひそめる。アーサー以外に伏兵がいないか探っているのだ。だが、相手が魔法でルシィを探ったって無理だろう。だからこそアーサーはアーサーの領域に、ルシィはルシィの領域に誘い込む。そうすれば、戦闘状況は圧倒的にこちらが優位となる。
「一人か」
「云うわけないでしょ。その子に用があるんだ、だから生け贄になんてさせないよ」
「ハッ!貴様に何が出来る!?」
「なんだろうねぇ」
ニィとアーサーが彼らの挑発に挑発で笑い返せば、彼から放たれる殺気に哀れにも震え上がる。剣を構え、その切っ先を集団に向ければ半分は武器を、半分は魔法をその手に展開させる。暫し両者は睨み合うと、一斉に目的遂行のために跳躍した。
さぁて!戦闘です!
次回は月曜日です!




