第十四色 消えた行方
スタッと着地し、アーサーは地面に突き刺さった剣を抜くために近寄りつつ、周囲を警戒する。魔物を倒したからと言ってまだ他にいないと言うわけでは決してない。吹き抜けの天井を見上げてルシィが言う。
「森の中にいた魔物が私達に反応したのでしょうか」
「多分。吹き抜けだし、反応したんだろうね。あの集団が放ったとかだったら余計に放っておけないし」
「そうですよね」
空から視線を外し、戦闘前にやろうとしていた仕掛け探しに意識を向ける。ちなみに二人共に大きな怪我がないことはすでに確認済みだ。アーサーは魔法をかけて探そうとするルシィを横目で見ると自分も早く探そうと剣を握り、勢いよく引き抜いた。自分の服が貫かれた時のように結構な強さで魔物を貫いていたらしく、古びている地面、床にヒビを入れていた。結構な衝撃だったらしい。怪しさ満載の集団が入ったとは言え古い神殿に傷をつけたことに内心謝罪する。ふと、亀裂を刻んだ床が気になり、片膝をついて亀裂を指先でなぞる。と、なぞった場所から微かな風を感じた。アーサーは怪訝そうに首を傾げると風を感じた部分に剣の切っ先を当て、先程の戸惑いをなくし突いた。カァンと云う甲高い音と剣先から来る微かな振動にアーサーは確かな手応えを感じる。剣を突き刺した場所を見れば、先程の亀裂が大きくなっておりその向こう側の暗闇が見え隠れしている。少し違う所と言えば、暗闇の中に小さな丸い物も一緒に見えていると云うことだ。アーサーの所業の音にルシィも気付き、彼の背中越しにルシィも見ていたようで後方から驚きの声がする。
「おやまぁ……そのような所に」
「でも、まだこれが仕掛けかっていう保証はないけどね。多分、仕掛けだろうけどね」
剣を納めつつ、大きく広がった亀裂に手を突っ込む。暗闇の中に見えていた丸い物は結構奥にあるらしく、片腕の付け根まで入れないと届かないほど奥だ。なにか固いものを落として割ってしまっても分からないように作られたのだろう。どうやって取り出して使うのかは知らないが。と指先に異物が触れた。どうやら先程見た丸い物らしい。指先の感覚だけで形状を確認すると底にくっついているらしく、取り外しは出来ないようになっている。片腕を突っ込んだ状態でアーサーはルシィを見上げる。
「なんか押すタイプみたいなんだけど、押してみて良い?」
「ええ、今のところの手がかりはそれしかありませんし。一応警戒だけはしておきましょう」
ですので、どうぞ、と自分を促すルシィにアーサーは頷き、小さく深呼吸をする。バクバクとこのあとを想像して激しく警告音を発する心臓を落ち着かせて、アーサーは丸い物を強く奥に押し込んだ。
「………」
「………」
「……違った?」
「……どうでしょう……」
しかし、押してもなんの反応もなかった。何も起こらなかった。ルシィと二人して困ったように顔を見合わせる。外れか?そう落胆しつつ、アーサーは突っ込んでいた腕を引き抜いた。その時、数秒遅れてカチッと云うなにかがはまった音が亀裂の中からした。えっ、と驚き咄嗟に腕を引き抜いたアーサーの隣でルシィがどうしたと不思議そうな表情をしている。音を聞いたのは自分だけだったのかと不安がっていると、その不安な予感は的中する。突然、ドドドド、と地響きが起きた。足元から突き上げてくるような振動と揺れにルシィが体勢を保てず、よろめき転びそうになる。片膝をついた状態でルシィを支えるアーサーだったが、その状態の彼でさえ立つのは厳しかった。その地響きが一分、いや数秒間だったかもしれないが続き、ようやっと収まった。と思った次の瞬間、体が浮いていた。いや、正確に言えば床がなくなっていた。こう、観音開きのように床が開いていたのだ。
「嘘でしょぉおおおおお??!!」
「えええええええ??!!」
突然跡形もなくなくななり開かれた床に驚く二人を尻目に、二人は抵抗する間もなく勢いよく奈落の底へと落ちて行く。何処までも何処までも続く暗闇の底に二人の悲鳴にも似た慟哭が響いていた。
……*……
脳内で火花がバチバチと散っている。それは何処か幻想的であって恐怖を煽るものだった。しかし、何故火花が散っているのか分からなかった。様々な色が美しく舞い踊っては消えていく。その光景は美しくて儚くて残酷。けれどその光景に触れることさえ出来ない。嗚呼、これは夢なのかもしれない。きっと……でもこの色を知っている……
「……さ……ア……アーサーさん!」
「!?」
頭を叩かれたような衝撃にアーサーは目を開いた。そこには不安そうに自分を覗き込むルシィがいて、何故か体全体が鈍い痛みに覆われていた。先程の火花は、夢?いや、夢でしかあり得ない。ルシィの手を借りて起き上がりながら後頭部に走る鈍い痛みに顔をしかめる。どうやら頭を軽く打ったらしい。なら、あれは痛みで見た夢と云う幻だろう。そう決めつけてアーサーはルシィに訊く。
「俺達、どうしたんだっけ?」
周囲は先程いた広間よりも真っ暗だが、灯りが必要と云うほどの暗さではない。暗闇に目が慣れてくる頃、天井に闇のような穴が広がっていることに気づいた。奥が全然見えず、悪夢のような無限の闇に見えて少し怖い。
「アーサーさんが仕掛けらしき物を押して落ちたんです。落ちた時に頭とか打ったようで記憶が混濁してますね」
嗚呼、そうだ、落ちたんだった。ルシィの説明にそうだったとアーサーは頷き、鈍さが残る頭を擦る。他は多分大丈夫だろうがまだ少しルシィの言う通りクラクラする。ルシィが心配そうにアーサーの肩を掴み、近くの壁に寄りかからせる。と自分達の頭上に灯り代わりの炎を浮かばせる。
「一応回復魔法をかけておきましょう。それと少し休憩してから進みましょう」
「ルシィは回復大丈夫なの?」
「先程自分でかけてしまいました。結構な高さから落ちたようで、アーサーさんと離れていたので。はい、〈癒しの光〉」
スゥと黄色の温かくも優しい光がルシィの手からフヨフヨとまるで蛍のように舞い踊りながらアーサーを包み込む。まるで母親に抱かれているような、母胎の中にいるような安心感と安らぎにアーサーは一瞬、眠りそうになってしまう。その光はアーサーに吸い込まれ、光が消えた頃には頭の鈍い痛みはなくなっていた。
「ありがとルシィ」
「いいえ、お互い様ですから」
クスクスと安心したように笑うルシィにアーサーも安心して笑う。二人の嬉しそうな、暗闇を怖がることない声。アーサーは壁に手をかけて立ち上がる。ルシィがまだ不安そうに彼に手を差し伸べかけるがアーサーは大丈夫だと遠慮する。しっかり立ち、アーサーは天井を見上げる。
「しっかし、此処どうなってんだろうね。仕掛けに地下?みたいなところって」
ケラケラと笑ってアーサーが言う。あの集団が探し出したのはこんなにも神殿が巧妙だったからかもしれない。アーサーの言葉にルシィもケラリと笑い、言う。
「そうですね。魔法で隠していたと言い、不思議で興味深いです」
「調べるのは全部が終わってからにしよう」
興味津々と言ったルシィに言えば、ルシィは少し残念そうにしつつも、頷いた。今はあの集団を追いかけて『覇者』であろう人物の救助が最優先だ。ということで二人は再び小さな灯りを頼りに暗闇を歩き始めた。暫く歩いても上の階ーで合っているのか?ーのようにすぐに光は現れない。罠が一切ないことだけが救いだ。しかし油断は禁物。警戒と緊張感の糸を張り巡らしながら進む。その糸は様々なところから伸び、自分達を絡め取っていく。それがなんだが薄気味悪いと感じるのは近くにあの集団がいるからかもしれない。と、ルシィが鼻を動かした。『覇者』が近くにいる証拠だ。ルシィがアーサーを振り返ると彼は強く頷く。ルシィはその嗅覚を生かし、『覇者』がいるであろう方向へ灯りを頼りにどんどん進んでいく。迷路のような一本道のような、微かに分かれ道らしき物もある道を右へ左へと進んでいく。物の数分で冷たい壁が支配する通路の奥に漏れ出る人工的ではない光を見つけた。
「さすがルシィ」
「それほどでも」
素直な純粋な称賛をアーサーが示すとルシィは照れたように恥ずかしそうに頬をかいた。友人に称賛された時もそうだったが、慣れていないらしい。二人は光が漏れるところに足音を立てずに近寄り、壁に背をつける。冷たい感触が緊張感を静めてくれる。深く深呼吸をして二人は光が漏れる場所、先程の広間にようになっている部屋を覗き込んだ。
とりあえず、一人目の『覇者』が見つかるまでは二話投稿で行きます。




