第十三色 晴天、のちに雨
ようやっと暗闇を抜けた二人を出迎えたのは刺すような眩い光だった。そんな光に目を細めながらアーサーは自分達が出た場所を見舞わす。そこはまるで箱庭のようになった広間だった。結構な広さで広場と言っても良いかもしれない。周囲の壁には先程の絡み合った龍がとぐろを巻くように描かれており、七体の鋭い瞳が二人を出迎える。天井は吹き抜けとなっており、清々しい青空と森の自然が見え隠れしている。だが、自分達が入ってきた入り口、道以外に他に道はなく、此処で行き止まりだと教えてくる。だとしたら、自分達の先を歩いていたはずの集団は何処行った?
「……行き止まり。此処で終わりですかね……?」
「だよね。だとしたらさぁ」
「ですよね」
怪訝そうに首を傾げながら二人して周囲を見渡す。吹き抜けの天井では小鳥が呑気に声を響かせている。フッと火を消すルシィを振り返り、手から剣を離し言う。
「前にいた集団が消えるなんてあり得ないし、仕掛けとかあるのかもしれない。探そ」
「そうですね。〈探索の眼〉を使いますか」
「だねー」
魔法をかけようと準備するルシィを横目にアーサーは吹き抜けの天井から見える空を見上げる。清々しい青空で太陽の光が微かに見える。この神殿に入って何時間経ったのだろう。あのあと、死体の罠以外の罠がなくて良かったがそれでも結構な距離を歩いたように思う。暗闇だったため、どれほど時間が経ったのか実感がないが。と、その時、アーサーは殺気を感じた。殺気と言っても些細な殺気だ。もしかすると森の中に潜む魔物の殺気に反応しただけかもしれない。そう思い直すことにし、空から目を離す。
「ん?」
が、その空に黒い異様な点を見た気がしてアーサーはもう一度空を見上げた。そこには確かに黒い異様点が空に浮かんでいた。いや、浮かんではいない。徐々に大きくなり、空をも覆うほどの大きさを保ちながらこちらに向かって急降下してきていた。魔物、そう思うよりも早く自分達に向けられた殺意に体が恐怖を訴え始める。その恐怖を振り払いながら剣を抜き放ち、魔法の準備で忙しく気づかないルシィに向かって手を伸ばした。
「ルシィ!」
「!?」
ルシィを横に突き飛ばした瞬間、空から落下してきていた魔物が吹き抜けを突き破り、二人の目の前に躍り出た。アーサーが突き飛ばしたことにより、魔物の真下を免れたルシィだったが落下物が放った衝撃に吹き飛ばされてしまい、壁に体全体を打ち付けてしまう。背中の痛みに耐えつつ、懸命に立ち上がれば、目の前の光景に目を疑った。空から落下してきた魔物は自分の真下にいたアーサーに馬乗りになって襲いかかっていた。下半身は蜘蛛の足、上半身はライオンの胴体と云う不気味も不気味でバランスの悪い異様な化け物がアーサーの頭を噛み殺さん勢いで鋭い牙と爪を剥き出しにしていた。アーサーは間一髪、剣で防いでいたが蜘蛛の足が服を貫いているため、動きたくても動けない状態だった。足蹴で魔物の足にダメージを与えてはいるが、上から退かすまでのダメージには至っていない。
「〈槍よ凍りたまえ〉!」
片手を突き出し、凍りついた幾数もの槍を出現させると魔物の目に向かって放った。勢いが凄まじかったらしく、目には当たらなかったが魔物は大きく横に吹っ飛び、その下からアーサーが下半身を捻って勢いよく立ち上がると剣を構える。凍りついた幾数もの槍によって壁にまで後退させられた魔物はアーサーとルシィを忌々しげな濁った目で睨み付けると、ドロドロとした殺気を放つ。
「アーサーさん!無事ですか!?」
「うん!ありがとルシィ。とりあえず、この魔物倒すよ!」
「はい!」
力強い二人の咆哮に魔物が反応し、壁を蹴って跳躍し、アーサーに上段から鋭い爪を振り下ろす。剣を斜めに構え、衝撃を軽減させて防ぐが蜘蛛の足が敵のバランス感覚を保っているらしく簡単に崩れてはくれない。ガッと足を振り上げ、爪を剣から引き離すと僅かな距離に滑り込み、アーサーは剣を振り回す。しかし簡単にかわされてしまい、超音波のような鳴き声でない鳴き声を発し、思わず耳を塞ぎたくなるが我慢するとアーサーは一本前に踏み出し、剣を振る。再びライオンの胴体がアーサーの一撃を防ぎ、蜘蛛の足を蠢かせる。ゆっくりと近寄る蜘蛛の足にアーサーは爪を弾き飛ばすとその場で回転切りを放ち、撤退させる。そうして地面を蹴り上げ、壁に着地すると素早く移動し、敵の背後に回り込む。上段から飛び降り、切り下ろすと背中に大きな切り口が刻まれる。その痛みに魔物が悲鳴のような不協和音を響かせながら振り返り様に今度は胴体ではなく、下半身の蜘蛛の足を振り回す。自在に縮小し出す足に一瞬気を取られてしまい、動きが鈍る。そこを敵だって見逃すはずもなく、蜘蛛の足の一本をまるで人の手のように変化させてアーサーの首を絞め殺さんとばかりに伸ばす。首を傾げるようにして間一髪でかわし、魔物の懐に攻め込めば、敵の頭を狙って後方からルシィの援護が飛ぶ。アーサーをロックオンしていたらしく、後頭部に稲妻の形をした刃物が突き刺さる。突き刺さった衝撃で前のめりになった魔物の胸元に容赦なく剣を突き刺せば、左右からまるで抱き締めるかのように爪がアーサーに降りかかる。「あっぶな!?」と声をもらしなが慌ててしゃがみこめば、ガシャン!と音がして剣が魔物の餌食となる。手首に微かな痛みが走った気がしたが気のせいだろう、多分。低い体勢で足を刈るように足を動かし、突き刺した剣を蹴り上げれば敵の体が大きく抉られ、痛みに仰け反る。勢いよく立ち上がるとアーサーは蜘蛛の足を足場に跳躍し、剣を容赦なく抜いて回収すると魔物の肩を蹴って高く跳躍。アーサーを追って振り返った魔物の濁った目に手前に両手をかざしたルシィが写る。武器もなにもないルシィなんて簡単に殺せると思ったのか、魔物が勢いよくルシィに向かって突進を開始する。だが、笑ったのはルシィだった。
「〈炎の剣よ全てを燃やせ〉!」
ルシィの両腕を炎が螺旋を描くように舞い始めた、かと思いきや炎は巨大な剣を描き出し、突進してくる魔物に向かってこちらもそれ以上の凄まじいスピードで接近する。魔法の剣を払うような仕草を魔物がした瞬間、その腕は炭と化し、ポロポロと地面にもとは腕だったものが落下する。唖然としつつも敵は速度を緩めず、ルシィに突進する。傍らに出現した炎の剣を振り返り、ルシィは片手を魔物に向けて振れば炎の剣は先程よりも大きく燃え上がり、魔物の凛々しくも立派なたてがみを燃やし尽くす。頭、たてがみがキャンプファイアーのようの大火災になったとしても敵はそんなことお構い無しと言った様子で逆に燃え盛るたてがみを縦横無尽にルシィに擦るつけるように振り回す。それさえも武器にすると魔物の敵意というか殺気というか執念にルシィは若干呆れると、回し蹴りで少し距離を取らせるとスッと腕を横に出した。すると剣はルシィの指示に従い、たてがみもろとも頭を切り落とす。ボトリと頭が落下したにも関わらず、頭なしで魔物は未だに意気揚々と戦意を喪失することなくゆらゆらと揺れている。頭がなくなり、大怪我を負っているにも関わらず、機敏に動く魔物の頭からは血なんだが泥なんだが分からない液体が滲み出ており、それを見てルシィの表情が気持ち悪いと歪む。結構抉られているのに大したものである。そんな敵に蹴りを放ち、その勢いを利用して距離を取るが魔物はそれさえも大丈夫だと云うようにゆらゆらと揺れている。
「……気持ち悪いですねぇ」
「普通頭なくなったら動かなくならない?そういう風に強化されてるのかな?」
ルシィの隣にアーサーが剣を担いだ状態でやって来ると、二人して頭なし魔物を睨み付ける。ライオン部分が消えても動く。面倒くさい敵だ。だが、こっちだって簡単に折れるわけにはいかない。未だ健在の蜘蛛の足全てを気持ち悪いほど細かく動かし、見えないにも関わらず一直線に二人に突進する。頭はなくとも腕があると云うことだろうか。二人に向けて滑るように接近すると地面を抉られんばかりの勢いで跳躍し、壁を左右に飛び回る。目を回させようとしているのか?そんなことで倒せるとも思えないが。縦横無尽に壁を飛び回る敵を睨み付け、見失わないようにしながらアーサーは言う。
「ルシィ、蜘蛛の足切り落とせば勝てると思うんだけどさ、どう?」
「ええ、私も同意見です」
「なら、俺があいつを引きずり下ろす!」
バッと大きく跳躍したアーサーを援護するように彼の足元に風属性の魔法を当て上昇させる。そこまで言っていないのに理解してくれることにアーサーは嬉しく、そこまで自分達は信頼するに値するのだとこんな時だが嬉しくなり、口角を上げた。
「お願いします!」
「任して!」
風で上昇しながらアーサーが叫べば、親指を立ててルシィが答える。足場となった風を利用し、魔物に向けて跳躍するが先に壁を蹴って跳躍して逃げられてしまう。壁に張り付いたような状況でボタボタと泥を吐き出す魔物を一瞥する。
「舐めんなよ」
次の瞬間、魔物の足は動かなくなっていた。ルシィが魔法を放ったわけではない。アーサーが目にも止まらぬ速度で魔物に一気に接近し、蜘蛛の足数本を上段から斜め切り落としたのだ。そうして足が壁から離れた魔物の抉られた胴体に回し蹴りを放ったのだ。呆気に取られたように落下していく魔物。その魔物に向けて頭上からまるで槍投げのようにして剣を投げる。アーサーが投げた剣は見事命中し、投げた勢いで急降下し地面に激突。剣で縫い付けられてしまう。すぐさまどうにか逃げようとする魔物に照準を合わせ、ルシィは片手を天高く突き上げる。
「〈風の槍よ全てを貫け〉!」
地面に縫い付けられた魔物の蜘蛛の足部分を狙って突風を伴った幾数の槍が魔物の頭上に円を描いて出現する。まるで上空で浮遊しているように見えるアーサーが足で蹴飛ばし、攻撃しているようだった。いや、実際そうだったのだろう。アーサーが空中で足を蹴る動作をすれば、魔物に矛先を向けていた無数の槍が一斉に魔物に勢いよく落下し、ルシィも同時に勢いよく腕を振り下ろす。途端、凄まじい勢いで槍が魔物の蜘蛛の足目掛けて落とされ、突き刺される。勢いが良すぎたせいか、魔物は衝撃で痙攣し、そうして蜘蛛の足を地面に散乱させた。まるでそれこそ蜘蛛の子を散らすように、まるで夜空に浮かぶ花火のように。無惨にも切り刻まれ、地面に完全に縫いつけられた魔物は二人の思惑通り、蜘蛛の足を切断されたのが致命傷であり弱点であったようで暫く小刻みに痙攣したかと思うと動きを止めた。そして、泥のように溶けて行き最後に残ったのはアーサーの剣だけだった。
よくある神殿内のボス。……待てこれボスか?魔物だな、うん。
次回は金曜日です!




