第百十色 消えるのは希望か絶望か、はたまた
「遅い。だからこそ容易に出来る」
パチンと音がした。鼓膜を破るように、静寂を引き裂くように響いたその音は何処か破滅を宿っていて。憎しみと怒りと、狂喜が滲んでいて。その音はきっと全てエディアスの本心で、本音で、復讐で。だからこそ気づけても一瞬だけ行動が遅れたのだ。その一瞬に全てを奪われることを忘れて。エディアスに一蹴されることを知りながら。遅いと彼が嗤うから。
まるで耳元で囁いているかのように響いた音の正体にアーサーは咄嗟に叫んだが、時すでに遅しで目の前は真っ暗な闇に閉ざされていた。かと思えば全身を鈍器で殴られているような痛みや叩きつけるような衝撃と切りつけられる痛み。それは闇に閉ざされたからこそ起こったことであって、その惨劇を周囲から響く悲鳴が物語っていた。アーサーは体中に響く痛みに悶えながら剣を無我夢中で振り回した。そんな事でこれが振り払えるのならば良いものだが、そうなることは決してない。目元を覆い、体の身動きを縛る闇に恐怖が生まれ、そして充満する殺気に心臓を抉り取られる。その痛みと身動きの取れないもどかしさはまるでリーセイに捕らえられ、毒を与えられた時のようで胸が痛い。しかもその状態で究極の選択を迫ってくるのだからたちが悪い。まさに今と似ていた。わからない状況で自分を取るか仲間を取るか……それともニヤニヤ嗤うエディアスを取るか。嗚呼、思考さえも絡め取られていく。欺き、暴いていくように剣の抵抗を振り払い、闇の中を蠢くなにかがアーサー達を傷つける。近くにいるはずの仲間を闇で遮られ、救うことも出来ないなんて……!
くっと歯を食い縛ったところでアーサーはハッとした。体に走る痛みは全て急所をはずしている。エディアスなら、この闇ーー魔法で視界を覆ったならばすぐさま心臓を一刺しで殺すはずなのでは?いや、そうとも限らない。エディアスは自分達が戦いと称するこの戦闘を実験と言っていた。復讐の果てに世界も魔物も自分達も実験道具。だからこそ世界を破壊すると。とするといわば自分達はエディアスの、言い方は悪いが実験道具だ。その実験がエディアスにとってまだならば、すぐに殺すことはしない。つなり、急所をわざと外しているのは実験の一環であり、すぐに殺すことも容易だと告げているのだろう。だとしたら。アーサーの脳裏に浮かんだエディアスの言葉。言葉通りに受けとるならば、自分達の攻撃は見破るのも容易いと云うことだろう。だとしたら、簡単に避けれるのにわざわざ攻撃を受ける意図はない。つまり、嘲笑っていると捉えることも出来る。その事実にアーサーは剣を握る手に力を込める。エディアスが多勢に無勢だと思っていた。十四人と、別の世界から来たと思わしき魔物の主だ。エディアスとて手こずるだろうとたかを何処かで括っていた。なのにこの状況は全く持って逆ではないか。エディアスにとってまだ様子見の状況なのだろう。ほぼ本気に近いこちらと違って。嗚呼、それだけじゃ倒せないなんて思っていない。思っていないが、強いのはこちらで全てを奪わせは決してしない。だから
「……それは、俺も同じなんだ」
「〈消滅暗黒の渦〉!」
このままでは終われない。例え、心の何処かで受け入れていなかったとしても。
アーサーが剣を振り払ったが先だったか、それとも彼の背後でルシィの声が響いたのが先だったか。仄かに白銀の光を宿ったように見えた刀身が暗闇を切り裂けば、ルシィが放った黒い渦が全てを吸収していく。凄まじい吸収力に吸い込まれていく暗闇の隙間から全員の無事が確認出来る。だが、その体には微々たるものではあるが傷がついていた。そしてその瞳には意志が宿る。アーサーはふと、先程白銀に輝いた気がする愛剣を見下ろした。しかしそこにはなんの変哲もない剣が自分の手に握られているだけだった。気のせいにしては……そこまで考えてエディアスの嘲笑う声が耳に入り、思考を防いだ。
「ほぉ、吸収して防いだか」
何処か感心しつつも見下すような口調にアーサーがハッとふざけるなと鼻で笑い返す。とアーサーの隣でフラリとルシィがよろめく。〈消滅暗黒の渦〉に相当、魔力を持っていかれたらしく、大きく跳躍しエディアスに攻撃をしていた先程とは一転し顔色がいささか悪い。サグラモールがルシィに回復魔法をかけようと近寄るのを横目にアーサーは言う。
「〈精神崩壊狂いたまえ〉染みたこと使って、同士討ちでも狙ってたのかな?」
「っ!まさかっ」
挑発するようにアーサーが言い放てばグリフレットが驚いたように声を荒げ、ペリノアを振り返る。グリフレットの問いかけにペリノアは戸惑い気味に頷いた。そう、実験と称するエディアスが全員を攻撃しないで傍観するなんてそれこそ実験の一環としか思えない。だと考えれば先程の攻撃の意味も納得が行く。
「まぁ〈精神崩壊狂いたまえ〉染みただからな、魔法ほどに強力ではないからな。私達に効かなかったのは無理もないし、ただの攻撃となったんだ」
「つまり、失敗ってこと?」
ペリノアの説明にディナダンが首を傾げて隣で扇を構えるフローレンスを振り返る。エディアスはペリノアの言い分が正解だと言うようにニヤリと笑い、地面から足を離し爪先を揃えて空中に浮遊する。見ろと掲げた左腕には鎖のように黒い靄がまとわりつき、異様さを増しており、それを歓喜しているのかエディアスの右半分が醜悪なまでに歪な笑みを見せる。その笑みにマーハウスとドラゴネットを除く女性陣が「ヒィ!?」と恐怖の声を上げ震え上がる。だがそれでも果敢に武器を構えて見せればエディアスはクスクスと、ケラケラと口元を押さえて笑う。一つ、ペリノアの説明で間違っているとすれば……いや半分正解で不正解の解答に完全解答を与えるとすればあれは失敗ではなく半分は成功だ。だって少しでも傷をつけられたのだから。エディアスが笑うのに反応し、アーサー達が身構えれば彼は右腕を振り下ろした。途端に彼の背後に浮かぶ様々な色とダイヤモンドを纏わせた無数の魔法陣にペリノアとグリフレットが叫ぶ。
「合体属性を除く全属性魔法!予測される魔法は全体攻撃魔法から単体攻撃魔法まで多彩!」
「サグラモール、ボールス、魔法で援護。パロミデスは万が一に備え合体属性を用意。他はあたらないように散らばれっ!」
片眼鏡越しのグリフレットの分析にペリノアの迅速な指示を受け、全員が一斉に散らばりエディアスの死角や視界に潜り来む。しかしエディアスはそんなこと予測済みだと言わんばかりに両腕を広げ、クルリと周囲を一周させれば、無数の魔法陣がバリアのように彼を囲む。妖しく光る魔法陣にダイヤモンドが吸い込まれ、一瞬にして魔法陣から現れればダイヤモンドは刃物のように鋭く尖り、鋭利な刃物と化し、エディアスの周辺を浮かびアーサー達に銃口を向ける。それはまるでペリノアの大太刀のようでサグラモールを包む桜の花びらの如く。サグラモールとボールスが全員に今一度防御魔法を施せば、キィンと音楽が耳元で響く。優しく音楽を奏でるその音色は耳に心地よくて歪過ぎた。だから、戦場の音で掻き消したかった。数秒の緊張感と緊迫感が場を支配する。一本の糸が今にも切れそうなほどに張り詰めている。一度触れれば切れてしまう、そんな糸で、頬に当たる殺気が刃物のように鋭く心臓を抉り取っていく。暫しの静寂。魔物と仲間の戦闘音が異様なほどに音を失った静寂な戦場に魔物と仲間の戦闘音が反響する。
「さあ、本格的な殺し合いを始めようか」
バァン!!破裂音が響き、刃物となったダイヤモンドがそれぞれの属性を伴うと同時にアーサー達に向かって発射される。と共にアーサー、ユーウェイン、マーハウス、カラドックが駆け出し、ガヘリスが援護として瞬時に〈速度上昇〉を付与する。自らの手に魔法を纏わせエディアスの魔法を立ち切ろうとサグラモールとボールスが魔法を放ち、その魔法を足場にグリフレットとドラゴネットが空高く跳躍する。アーサー達はエディアスの魔法の脇をギリギリですり抜けつつ、カラドックが回し蹴りを放ちダイヤモンドを砕く。粉々に砕けたダイヤモンドは粒子となって消え失せ、エディアスを囲む魔法陣に吸収される。新たな魔法を付与した刃物となるのだろう。それを見たユーウェインも近くのダイヤモンドに蹴りを放ち、エディアスの方へ吹っ飛ばす。それを横にずれてエディアスは華麗にかわす。その一瞬、死角を自ら作り上げたエディアスを嘲笑うようにアーサーとマーハウスが死角に紛れながら刃を振る。ガァン!と甲高い音がし、アーサーの腕に剣から振動が伝わる。エディアスはマーハウスを魔法陣で防ぐと吹っ飛ばし、今度はアーサーの番だというように彼を振り返ることもなく、彼の方へ魔法陣を空中でスライドさせる。丈夫な魔法陣はエディアスを守りついでとばかりにアーサーを火属性で包み込む。アーサーは咄嗟に魔法陣に足をつけ一回転をし後退すれば、アーサーと入れ違いになってドラゴネットが刀をエディアスに振り回す。なにもかも虚空しか認めない彼の瞳にドラゴネットが鮮明に映り込む。まるで愛しい人を目に焼き付けようと凝視しているようにも見えるが、この状況はそんな可愛らしいものではない。ドラゴネットを一瞥したエディアスはアーサーと同じように魔法陣で攻撃を防ぐ。だが、魔法陣は刀の切っ先が当たった瞬間、砕け散ってしまった。まさかの結果に目を瞬かせるエディアスにドラゴネットが口角を上げて笑う。彼女の刀には闇属性が付与されている。つまり、有効な属性で魔法を打ち消したのだ。砕け散る魔法陣を足場にドラゴネットが刀を振り払う。エディアスはそれを辛うじてかわすが、すぐさまその背後からグリフレットの薙刀と大きく振りかぶられたディナダンの大斧が迫る。グリフレットの薙刀を風属性の魔法陣で弾き返し、ディナダンの大振りの攻撃を仰け反ってエディアスはかわす。ほとんどの魔法陣が防御へと消えた結果、今のエディアスはほぼ無防備だ。そこを逃すわけにはいかない。だがそれはエディアスも同じ事だった。ペリノアが背後に控える無数の大太刀に指示を出し不安定な体勢のエディアスに向かって放出する。とエディアスは空中で踊るように体を捻り、大太刀をかわすとその隙をついて蹴りを放ったルシィとユーウェインの双剣を残っていた魔法陣で防ぐと魔法陣に指先を滑らせる。
「っ!ユーウェイン、下がって!」
エディアスがやろうとしていることにルシィが気付き、彼女を突き飛ばすとルシィは片腕を挙げる。
「〈星座の導きよ〉!」
「〈悪魔が嗤う楽園とは〉」
ルシィの片腕を金色とも銀色とも取れる光が包んだのとエディアスが付け加えた魔法陣からニヤリと醜悪な笑みをこぼす悪魔が現れたのとどちらが早かっただろうか?悪魔は醜悪な笑みを仮面の如く顔に張り付けたまま地面を抉り、ルシィが放った光はユーウェインを受け止めたパロミデスと彼女を包み込み悪魔から標的を逸らす。その結果、悪魔はルシィを狙って牙を剥く。地面を抉る鋭利な爪に冷や汗を掻きながらルシィはトンッとステップを踏んで後方に跳躍する。
「〈四つの海の歌声響いたら〉」
キュッと何処から都もなく現れた五線譜が悪魔を捕らえ締め付ける。身動きを封じられた悪魔に歌声を響かせながらフローレンスとパロミデスが攻撃し、辺りは一瞬煙に包まれる。しかし、その煙を突っ切ってアーサーとルシィが並走する。
「〈桜舞い〉!」
「〈黒猫の怒り〉!」
体勢を整え、再び左腕を振り上げようとするエディアスにサグラモールとボールスの魔法が頭上と左右から放たれる。幻想的な世界へと誘う桜と怒りを称えた黒猫がエディアスに襲いかかり、ついでとばかりにボールスが召喚した召喚獣がエディアスに噛みつく。それらをパチンッと指を鳴らしてエディアスが掻き消せば、その隙にアーサーが上段から剣を、ルシィが右から魔法の武器を、そしてペリノアが左から大太刀を振り下ろす。万事休すとなった体勢でもエディアスはその笑みを崩すことはなく、右腕を振った。途端に突風が吹き荒れ、三人の視界を覆う。だが、本の少しの隙間にガヘリスが風属性を纏って滑り込めば、魔法を相殺し突風を打ち消す。その数秒の隙にペリノアが大太刀を差し込めば、空中で四人分の武器が交差する。エディアスはそこに向かって片足を振り上げ、踵を引っ掻けると勢いよく上体を持ち上がらせ空中へと躍り出る。交差した大太刀を離し、新たな大太刀をペリノアが上空に放つがエディアスに避けられてしまう。クルリとアーサーは交差を解きながらその場で回転すると背後にいたグリフレットを剣の回転を使ってエディアスがいる上空へと送り込む。パロミデスも合体属性を最大限に利用し大きく跳躍し、そこにドラゴネットも加われば、三度エディアスは籠に囚われる。そこまでは一緒だとしてもその先は未知の存在だった。アーサーは嫌な予感がした。だって、エディアスが攻撃を目の前に迫っていても余裕綽々と笑っていたのだから。
その瞬間、絶望が目の前で弾けた。
どっちかな?(題名)
次回は金曜日です!カレンダー上では秋だと思うのに体感が夏過ぎる……




