第百六色 前進あるのみ
雄叫びを上げながら魔物が人間を葬る如く牙を剥く。雄叫びを上げながら人間が魔物を殺すべく武器を掲げる。数の違いを追い越して両者の殺気と目的が交差し、衝突する。四方八方から切りつける音、血が吹き飛ぶ音、咆哮が反響し、耳と神経を麻痺させる。後方支援も接戦を極め、回復しては攻撃、回復しては攻撃を繰り返す。我先にと戦場を駆け巡るその姿はもはやどちらが獣か分かったものではない。それでも両者は突き進む。土煙を上げながら彼らは進む。彼らは仲間達の後押しを背に駆け回る。悠々と佇むエディアスを狙って多くの視線が突き刺さる。だが彼はそんなこと知ったことかと魔物がエディアスを守る壁となって立ち塞がる。魔物が倒れ消滅するのが視界の隅に入り、また怪我を負った仲間が後方支援の力を借りて一時撤退する姿も見える。両者、一進一退。エディアスを守る魔物が目の前で牙を剥き、数で圧し殺そうと接近してくる。一体の魔牙が放った風属性の攻撃によって全員が吹き飛ばされ、分裂を余儀なくされるが、終着点が分かっているなら、離れても大丈夫だ。だからこそ『覇者』達は、アーサー達は魔物に武器を向け、突き進む。その瞳に強い強い意志を宿し、瞳に輝く意志を攻撃として敵に打ち放つ。
「ちょっとぉー邪魔よー!」
刀を握り締め、ドラゴネットは文句を叫ぶ。その文句に魔物が反応するはずもないが。彼女を取り囲んだ魔物がじわりじわりとドラゴネットに接近してくる。魔法を放った魔牙は隣にいたボールスが相手をしてくれている。じゃあ、あたしは
「『千夜』への道を閉ざしてあげる」
ニヤリとそうドラゴネットが笑えば、一斉に魔物が我先にと襲いかかる。無我夢中の無数の攻撃を鮮やか身のこなしでかわし、回し蹴りを放ち、一旦後退させる。ドラゴネットが魔物の中心で刀を舞を披露するかの如く振り回せば、魔物の腕や足が宙を舞う。それにフフッとドラゴネットは笑い、仲間が切り倒され立ち往生している魔物に向かって跳躍した。空を切る音に魔物も意識を一転したようでドラゴネットに向かって巨大な刃物を振り下ろす。刃物が振り下ろされるタイミングで頭上へ飛び、凄まじい衝撃波を回避する。ドラゴネットが回避したため、背後から彼女を狙っていた魔物に衝撃波が当たり吹っ飛ばされる。魔物は空中に飛び出したドラゴネットを真っ赤に染まった瞳で今度こそしっかりと捉えると刃物で空を切断した。ブォンとドラゴネットの耳元で音がして竜巻が吹き荒れ、彼女を空中で弄ぶ。ドラゴネットは前髪を風に掻き上げられながら体勢を立て直し、次なる一手を待つ。と次の瞬間、空中で脇腹に痛みが走り、そのまま急降下し始めた。痛む脇腹を押さえつつ、空中で一回転すると素早く着地し、上空を一瞥しながらバッグステップを踏む。途端にバババッと先程までドラゴネットがいた地面が陥没する。刀身を指先で撫で、空中に流し目を向けた先にいたのは先程まで巨大な刃物を振るっていたはずの魔物で。その背には無数の羽がついており、まるで羽化仕立ての蝶々のようだった。まぁその手に真っ赤に染まった刃物を持っているので蝶々ではなく悪魔がぴったりだが。ドラゴネットは一瞬の間に敵が進化もしくは魔法を唱えたのかと考えたがなんだか違う気がして首を傾げた。だが、倒せれば問題ないのだ。だから、ドラゴネットは片足を軸にその場でクルンと少女のように一回転し、大きく跳躍した。跳躍し空中を足場が存在しているかのように突き進めば、翼を手に入れた魔物も空中を滑るように移動し両者は空中で刃を交差させる。甲高い音と共に目の前で瞬く火花にドラゴネットの目が悲鳴をあげる。それでもグッと柄に力を込め、大きく振り払えば敵の体は空中で頭から急降下しそうな勢いで仰け反っていく。その懐にすかさずドラゴネットは潜り込み、落ちかける頭に向かって回し蹴りを放つと魔物は羽を使い素早く移動、彼女の攻撃を避けてしまう。「くっ」と悔しげな声を溢し、体勢を整えながらドラゴネットは魔物の前から撤退する。地面に着地し、素早く次の攻撃に移ろうとするドラゴネットに追い討ちをかけるかの如く、魔物が上段から武器を振り下ろす。それを間一髪で横に避けてかわし、刀を振り切るが羽化仕立ての羽に甲高い音と衝撃と共に弾かれてしまう。案外固いらしい。思わず舌打ちが口から飛び出しそうになるのを我慢しつつ後退し、刀を構え直す。巨大な刃物が全方位を固め、背後は分厚く固い羽が守っている。
「ん~こうなったら魔法でや」
「〈闇夜が光輝く〉!」
魔法を唱えようかどうしようか考えていたドラゴネットの背後から、耳元を掠めるようにして闇属性の魔法が魔物に向かって行く。真っ黒なまるで闇夜に輝く光のように美しくも優美な無数の刃が魔物の羽を引き裂こうと貫く。魔物は巨大な刃物でそれらを弾き飛ばし、逆にこちらに向かって反転魔法を付与し、返してくる。唖然としつつも誰の仕業か分かったドラゴネットはニヤリと笑い、魔物に向かって駆け出し、後ろにいるボールスに叫ぶ。
「ボールスちゃんよろしく!」
「任、せて……連絡魔法、も付けて……〈想属性攻撃力上昇〉」
ボールスがドラゴネットの声に答え、杖を振り上げると魔法を放つ。仄かに甘くも儚い粒子と云うか羽のような透明なものがドラゴネットを包み込めば、彼女を止めるものはもういない。トンッと空中で一度跳躍し、一気に魔物にドラゴネットは攻め込む。ついでと言わんばかりに返された攻撃を刀で吹き飛ばし、上段から刀を振り下ろしたかと思えば次の瞬間には横から敵を薙ぎ払うように刀を振っていた。目を疑うまさかの速さに魔物は目を見開くがその代わりと言うようにドラゴネットの口角は笑みを描いて行く。巨大な刃物がドラゴネットの刀捌きによって上空に弾かれ、懐に侵入を許す。羽が防御となってドラゴネットの強烈な一撃を弾く前に刀を手元に引き寄せ、ドラゴネットは刀を振る。フリをした。巨大な刃物を持ち直した魔物の反撃は彼女が刃物を足場に上空へ舞い上がったことによりかわされてしまい、前のめりになる。そこにドラゴネットは鞘を腰から引き離し、二刀流擬きを演じると逆さになった状態から消えた。目の前から一瞬にして。再び訪れたまさかの出来事に魔物は動揺し、消えたドラゴネットからボールスにターゲットを移す。ボールスは片耳に片手を当てたまま、杖を持ち微動だにしなかっていなかった。敵にしみれば好都合だが、こちらにしても好都合だ。バッとボールスに接近し、巨大な刃物を羽の振動も利用して攻撃と変えれば二種類の衝撃波がボールスに襲いかかる。それらを一瞥し、ボールスは勢いよくしゃがみこむと杖の切っ先を抉れた跡が残る地面に食い込ませるように突き刺し、魔物からの衝撃波で吹き飛ばされるのを防ぐ。バッサバッサとボールスの服が風で煽られ悲鳴をあげ、包帯が切れかかる。ピッと耳元近くで鳴った音にボールスは火傷で少しだけ高揚し痛む頬を綻ばせ、その瞳を瞬かせた。肩に刺さった痛みなんて気にしない。嗚呼、そう、気にする必要なんてない。信じてるから。だからボールスは放つのだ、魔法を。
「〈降らせ凍らせ吹雪の宝石〉」
ピシピシッとなにかが割れる音が心地よい音色を奏でながらボールスの耳に、魔物に届く。美しくも華やかな微小な宝石が吹雪のように降り注ぎ、魔物を追いつめていく。魔物が咄嗟に後方に徹底しようとするがもう遅い。パキンッ!と音がして羽であり強固な守りは崩れ去った。徐々に凍りつく魔物の足元と魔物の慌て様をじっくりと観察し、ボールスは小さく呟いた。
「〈魔法強制解除〉」
「ナーイスタイミング、ボールスちゃん♪」
ケラケラと笑う声が魔物の背後から響き、その首筋に刀の切っ先が優しく添えられれば、ほら、もうおしまい。ボールスがドラゴネットにかけたのは連絡魔法ではなく風属性の魔法だ。そしてドラゴネットはボールスから付与された魔法を自身の魔法で増幅させ、魔物を翻弄したと言うわけだ。ドラゴネットは魔物ごしにボールスに笑いかけ、「さすが」とウインクを送る。ボールスもそれに笑い返す。そしてドラゴネットは魔物をなぶるように刀を首筋で左右に動かした。と魔物が最期の抵抗と言うようにドラゴネットに向かって振り返り様に刃物を振る。だがドラゴネットは魔物の一瞬の隙をついて股を潜り抜けると凍りついた足元に刀を突き刺す。氷の破片が魔物を貫き、身を引き裂く。するとボールスが勢いよく立ち上がり、ドラゴネットの手を引いた。その勢いでドラゴネットは上空に蹴りを入れるようにして立ち上がると上段から刀を斜め下に振り下ろした。振り返り様で無防備な背中を晒していた魔物に刀が容赦なく突き刺さりその身を引き裂いていく。ドラゴネットが刀を引き、魔物の腕を肉と骨ごと切断すれば魔物は悲鳴を上げて戦場に倒れ伏した。ドラゴネットは魔物に最期の一撃と言わんばかりに刀をもう一度突き刺し、顔に張り付いてくるサイドテールの髪を払う。
「ドラゴネット、さん」
ボールスに呼ばれ、ドラゴネットが振り返るとボールスが途中まで相手をしていたであろう魔牙がこちらを睨んでいた。ドラゴネットは支援に来てくれたボールスに感謝を込めて笑いかけると滑るように跳躍した。
「〈速度上昇〉!」
バンッと叩きつけられた攻撃が目の前で弾ける。それに冷や汗をかきながらカラドックは間一髪で足に魔法を付与し回避する。数秒前まで自分がいた場所が叩き潰され粉々になる様を見てカラドックはナイフを持つ手に力を込め、空中で一回転すると体勢を立て直し、着地するとすぐさま相手取っている魔物に向かって跳躍し、死角に潜り込む。しかし、魔物は小さく小回りの効く体でカラドックの攻撃をかわしお返しと言わんばかりに彼の左側に向かって鋭い刃物を振る。鋭い、まるで針のような刃物はカラドックの左腕に刻まれた紋様を狙って突き刺す。それを視界の隅に捉えたカラドックは咄嗟にしゃがみこみ、攻撃をかわそうとする。間一髪で左腕に貫通することは避けられたが、左肩に少しだけかすってしまった。ナイフほど太さがないため浅いといえば浅い傷だが、これが何度も続けば致命傷になってしまう。カラドックは素早くナイフを口に咥えると右手を軸に体を持ち上げ、勢いをつけて飛び上がる。まるでダンスをしているような体勢でカラドックの蹴りが追撃を狙った魔物の胴体に当たり、後方に軽く吹っ飛ぶ。体を捻り、そのまま弧を描くようにして跳躍して着地し、魔物に突っ込むように接近。片足を上斜めに振り上げ、さらに魔物を後方に仰け反らせるとその場で一回転し魔物の視界から一回消え、口に咥えたナイフを奪い、回転切りを放つ。体勢を崩す敵に容赦なくナイフを振れば、小さく小回りが効く魔物に斜めに切り裂く一撃が刻まれる。しかしそれだけでは致命傷にならないことを敵もカラドックも知っている。だからこそ、ナイフを振り切り、魔物に撤退する隙を一秒だけ与えた。その撤退を与えられた魔物はカラドックの思った通りに撤退し、片足を後方に引いた。それにカラドックはニヤリと口角を上げて笑い、自身も片足を後方に引き、強く力を込めると上空に向かって跳躍した。魔物が大きく上空へ飛び出し無防備にも全体をさらすカラドックを嘲笑い、落下する彼に向かって鋭い刃物を両腕ーーと言っても腕と言うより腕が刃物に変貌するタイプだーーに装着して突き刺す。カラドックが落下すれば両胸に突き刺さり、絶命だろう。だが、彼はそうは考えていなかった。むしろ、好都合だ。
「〈風の如く舞い踊れ〉!」
魔物の目の前でカラドックの姿が気配と共に掻き消える。魔法を唱えたカラドックの周囲を一瞬柔らかい風が包んでいたが魔物は彼が消えた事に混乱しつつも火属性を当てればどうにかなると考えているらしく、仲間を呼ぶつもりか後方を振り返り固まった。だってそこにはーーいや、正確に言えば魔物の首筋を形作る場所には冷たくしかし美しい紋様と鋭い殺気が添えられていた。その殺気の正体は魔物の背後に回り込んだフローレンスだ。フローレンスは魔物の首筋に当てた扇を容赦なく斜め下に振り下ろすと魔物が地響きにも似た悲鳴を上げながら首筋を押さえるようにして刃物を動かし、その場で痛いのかくるくる回る。が針のような攻撃はフローレンスに当たることはない。彼は踊るようにしてそれらをよけながら扇を両手で構え、足元に魔法陣を召喚する。立ち止まったフローレンスを狙って痛みを克服した魔物が刃物を振るう。が、それよりも先にフローレンスの魔法が炸裂する。
「〈水爆風〉!」
水をまとった爆風が魔物の鋭くも細い刃物を根本から折り曲げ、完全に消し去っていく。だがそれでも魔物は爆風を華麗な身のこなしでかわすとフローレンスに再接近し、折れていない方を突き刺す。紙一重でかわしたフローレンスだったがかわす際に足を挫いてしまったらしく体のバランスが崩れる。咄嗟に地面に手をついて転倒を防ぐが、その隙を魔物に与えてしまい、フローレンスの左脇腹に軽く痛みが走る。クッと横転し、痛みと追撃をかわすとフローレンスは扇を振り回し敵を後退させる。魔物がステップを踏みながら後退したのを確認し、フローレンスは片足をついて中腰になりながら立ち上がる。と片腕を横に出し、扇を閉じる。パチンッと良い音が響き、フローレンスが微笑む。
「カラドックさん、あとの一撃、お願いします!!」
ブォン!とフローレンスの真横で土煙が一人でに上がればそこにカラドックがいたことの証拠になる。だが、既に彼は魔法の効果を失っていた。最初から効果が消えた瞬間から魔物の死角に入り込み、機会を伺っていた。寝首を掻く機会を。そのことに魔物がようやっと気付き両腕に刃物を慌てて装着させるがカラドックの姿は何処にもない。そう、跳躍したと思わしき頭上にも。ドクリと魔物の背筋のようになった場所に冷や汗が伝ったのは恐怖でしかなかった。途端に魔物の頭が切り落とされた。ドロリと首をかたどっていた場所から魔物を形作る液体が流れ出る。頭部がなくなっても魔物はその鋭い刃物を無我夢中で振り回す。そこにカラドックがいるかどうかも知らないで、考えないで。そう、そこになんて絶対にいない。それはフローレンスの何処か嬉しそうな笑みが証拠だ。
「わりぃなぁ、そこにオレはいねぇんだよなぁ」
ケラケラと魔物を嘲笑うカラドックの声が魔物の耳を形作っているところに響けば、魔物の体は縦に真っ二つに引き裂かれる。驚愕する魔物にカラドックの姿が写る。左右にユラユラと揺れるナイフに付着しているのは眩くも何処か自然の美しさを持った粒子。その粒子は宝石のようにも見えて木の葉が舞っているようにも見える。カラドックは液体を飛沫に変え、飛び散っていく魔物に片足を軸に回転切りを魔物に向かって放ち、四つに切り分けていく。それでも魔物はカラドックかフローレンスを攻撃しようと両腕を鋭く長く長く伸ばし、二人に向かって差し向ける。しかしそれよりも早くフローレンスが扇を使い、二本の針を叩き落とす。それでももう一度と魔物が伸ばそうとすれば今度はカラドックが切り落とし、再生の時間を与えない。そうすれば、魔物は形無しでありドンドン体が溶けて剥がれ落ちていく。魔物の足元にはいつの間にか蔓が巻き付いており、敵の逃亡を阻む。タイミング良く二人が魔物に切り付け、魔物の体力もなにもかも奪っていく。次第に魔物は抵抗をやめ、動きを止めた。勝った、かと思いきや魔物は突然大きく背中を仰け反り、体を捻らせて二人に最期の攻撃を放つ。しかし
「予測済みです!〈氷よ尖れ〉!」
カァンと甲高い音が氷の刃と共にフローレンスの扇から放たれれば、魔物の抵抗にトドメを差す。今度は腰辺りから真っ二つになった魔物をカラドックがナイフで一刀両断すれば、終わりだ。地面に吸い込まれて消滅していく魔物を一瞥し、カラドックは「よくやったな!」と少し乱暴にフローレンスの頭を撫でる。フローレンスは嬉しそうにしつつも何処か照れた様子ではにかみ、二人は次なる敵を葬るために頷き合い跳躍した。
戦闘開始!です!




