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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第三部
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第百四色 夜明けを望む


少しだけ冷たい夜風が前髪を撫でていく。まるで熱が上がってしまい高揚している体を冷やしてくれているかのような、何処か優しくも悲しい風はきっとエーヴァ防衛戦が行われる地から吹いているのだろう。アーサーはそんなことを考えながら屋上から中庭を見下ろした。中庭では転移魔法が使えるサグラモールとグリフレットを中心に戦場ーーエーアジェス地域に向けて出陣が始まっており、仲間達の表情は屋上から見ても険しいことが分かる。アーサーは平らになった縁に頬杖をつき、明るくなりつつもまだ何処か暗い空を見上げる。エディアスが宣言した戦いの日、前日。いや、あと数時間、数分後に期日となる。夜明けと同時に戦いが始まるのか、それともなにか合図があるのか分からない状況では対処の仕様がなかった。そのため開戦が夜明けでも大丈夫なようにペリノアの指示のもと戦場に部隊ごとに送られているわけである。戦争中に拠点を落とされることがあってはならないため、数部隊はエーヴァ防衛城に残ることとなっている。もしものため、エーヴァ防衛城に残る部隊は各国に増援を要請出来るよう連絡魔法の使い手を中心に編成されている。雄叫びを夜空に叫びながら戦争へと出陣していく仲間達を見送りながらアーサーは腰に下げた剣に触れる。三日前、エディアスが現れた日に夢のような不思議な空間でアルトゥーロに出会ってから一度も会えず仕舞いだ。彼がなにかを伝えようとしているのは分かるし、自分の背を押してくれようとしているのも分かる。だが、アーサーの心の何処かで不安と恐怖がせめぎ合っているのだ。『色無き王』という重圧プレッシャーか、それとも役に立つことの歓喜か。自分でも分からなかった。アーサーは小さく息を吐くと中庭に背を向け壁に寄りかかった。風が彼を包み込むようにとぐろを巻いて吹き荒れる。それがまるでこの後の勝敗を意地悪げに指し示しているような気がして苦笑した。


「こんなところにいたんですか?」


その時、何処かあきれを含んだ声色にアーサーは顔を上げた。すると屋上の出入口からルシィがこちらにやって来るところだった。アーサー達が所属するペリノアが隊長を勤める第三部隊の出陣はまだ先だ。集合時間にもまだ余裕があるし、アーサーはこうして暇を潰していたがルシィはどうやら違うらしい。少しだけ肩を上下に動かして呼吸を整えている。


「どうかした?」


こちらにやって来るルシィにさりげなくアーサーが聞くとルシィは「いえ」と小さく微笑した。


「『覇者』が一人でも欠けていないか城内を歩き回っていたものですから。アーサーだけいなくてちょっと心配になりましたよ?」

「あーそれはごめんね。さっきからずっと……仲間の輸送が始まった時くらいから屋上にいたから」

「そうですか」


「隣、失礼しますね」とルシィはアーサーの隣に行くと先程の彼と同じように仲間を見下ろす。中庭で作業をするサグラモールが屋上のルシィに気づいたのか手を振り、それにルシィが手を振り返す。ふと、アーサーはルシィが双神から『覇者』を捜すよう派遣されており十二人揃ったのだから使命は終わりなのではないかと気づいた。サグラモールに向かって無邪気に手を振るルシィは初めて出会った時とは打って代わり表情がとても豊かになった。ダイヤ魔導国の儀式でルシィに久しぶりに出会った双神もルシィの変化に喜んだことだろう。それこそ我が子のように。


「あのさルシィ」

「なんですか?」

「ルシィの使命はもう終わったんじゃないの?」


振っていた手を止め、ルシィがアーサーを振り返る。銀色に染まった瞳が夜明けが近づく夜空に三日月を浮かばせるように細められる。その仕草は笑っている、親しみを込めて笑っていることを意味していることにアーサーは気づいている。


「そうですね、アーサーの言う通り、私の使命は六人の『覇者』の捜索で、私はその手段。本来ならば私の役目はダイヤ魔導国に儀式の際、赴いた時点で終了でした」


ルシィはアーサーの問いに答えながら中庭を眺めている。中庭では着々と仲間と物資の輸送が進められており、彼らの緊張感を水の抜けた噴水が吸収している。何処か勿体振った、含みを入れたルシィの言葉にアーサーは首を傾げつつルシィの返答を待つ。


「しかし、私はそれでは嫌だった」


はっきりと言い切ったその声にはルシィの意志が詰まっていた。一瞬だけでも自分の力を疑い、自分自身をも疑ったアーサーを元気付け勇気づけてくれたあの時のようにその声は力強かった。


「見届けたくないと言った嘘になる。『覇者』を捜索する手段として遣わされた私は『覇者』の行く末を知る権利があります。でも、それ依然に友人達の力になりたいと思ったんです。双神に産み出された一柱ではなく、単純に友人として仲間として……相棒として」


力強く、相手を敬うその言葉にアーサーがハッとルシィを振り返れば、ルシィはアーサーと顔を見合わせてふにゃりと笑った。初めて友人の役に立てて嬉しいと言わんばかりに、これが私のわがままだと嘲笑するように。


「私は魔法の擬人化、半神であり正式な神ではありません。だからこそ、世界にーーアーサー達に干渉することを許される。だって魔法ですもの」

「……双神は、許してくれた?」

「ええ」


ルシィのその一言だけで双神がルシィを創造した意味が分かったような気がアーサーはした。『覇者』を捜すことを目的とした手段、すなわち自分達に干渉することを前提とした形。親でもあり創造神でもある双神はそこまでお見通しで願っていたのだ。嗚呼、だからこそルシィは『覇者』を見極め手を差し伸べたのかもしれない。ルシィの答えにアーサーは「そっか」と笑いを溢す。ルシィがいてくれることに安心感と頼もしさを持つと共に友人だからこその不安や心配も出て来て。そんな自分にアーサーは思わずと言った風に苦笑を溢した。


「無理はしないでねルシィ」

「おや、それはアーサーにも言えた事ですよ?」


ハハッと互いに顔を見合わせて笑い合えば不安は何処か彼方に消えていって。大丈夫、きっと勝てる。実験のために世界を破壊しようとするエディアスには負けない。いや、負けてはならない。それが『覇者』の使命の一つであろうとも、ただ平和を求めよ。平和を望めよ。欲しろ。信じろ。『覇者』である限り、いや、『覇者』でなくとも意志を紡げ。覚悟を見せろと()()が叫ぶ。


「頼りにしてる」

「こちらもです」


パチンッと破裂音を響かせてハイタッチをかわせば、ほらもう大丈夫。朝を迎えようとする夜空が月から太陽へと主導権を手渡す。夜空は明るさを取り戻し、夜明けへと時を刻んでいく。ふと、アーサーが中庭を見下ろすとグリフレットが二人に向かって手を振っていた。そろそろ時間なのかもしれない。


「そろそろ下に行こっか」


中庭を振り返りつつアーサーがルシィに言えば、ルシィは快く頷いた。そうして二人は屋上から中庭へと降りて行った。戦場へと続く道を、覚悟を決めたが故に現れた未来を信じるように。


……*……


中庭に二人が行くと既に第三部隊所属になっている『覇者』は全員揃っていた。尚、グリフレットは前の仲間達を転移魔法で送り届けた後らしく、不思議な感覚を持つ光を纏っていた。クルクルとグリフレットの周囲を瞬く光はまるで妖精のようでもあり、天女の羽衣のようでもあった。その何処か妖しくも美しく優美な光景にボールスがホゥと見とれ、ディナダンも楽しそうに声を上げる。誰もが戦いに行くと言うのに緊張もせず恐怖で喚き出すこともせず淡々と、いつも通りの態度で接している。それがなによりの安定剤となることをアーサーもルシィも知っている。


「あ、ねぇねぇボールス。あとで見せたいものあるの!」

「?な、に……見せた……い、もの、て」

「んふふ!あとでのお楽しみ!」


口元を両手で可愛らしく押さえてディナダンが笑えば、頭のお団子が軽やかに揺れる。それを真似て興味津々にボールスも口元に手を当てれば、姉妹のようにクスクスと楽しげに笑うのだ。


「なぁーに二人してー?アタシにも見せてよ」


そんな二人を抱き締めるようにしてユーウェインが肩を抱けば、ディナダンとボールスは嬉しそうに笑い、ディナダンは「良いよ!」と同意を示す。


「ディナダンが見せたいのって……」

「あれだね」


三人の仲睦まじい光景を見ながらフローレンスがガヘリスに耳打ちする。どうやらあの二人はディナダンの見せたいものに検討がついているようだ。その隣ではパロミデスとカラドックが集合時間前までやっていたのかチェスの対戦について熱く語っていた。


「だからあの番は歩兵ポーンを」

「いやぁなぁ、坊主。あそこは攻めるに限んだよ」

「……なんかよく分からないけど、チェス?」

「オレが勝った」

「僕はもう少しで負けた」


グリフレットが気になって二人に問えば、カラドックは右腕を高らかに上げ、パロミデスは肩を勢いよく落とし歓喜と落胆を表現する。落差が酷い。しかし二人の表情は晴れ晴れとしていて何処までも楽しそうだった。


「チェスかのぅ?ならば師匠、妾とは将棋や囲碁でもしようではないか」

「うーん……お手柔らかに」


ヒョコッとグリフレットの隣を陣取ってサグラモールが彼を誘えば、グリフレットは苦笑を溢し、パロミデスとカラドックが笑う。一方、ペリノアはマーハウスとドラゴネットに混ざって紅茶の茶葉について話していた。


「パール王国産の茶葉は薫りが良いが、カラルス聖王国はどうなんだい?」

「結構苦味が強いけど、それがクセになっちゃう感じかな」

「飲み比べるのも面白そうだな」

「ノア様天才です!」


各々が戦場よりもさも普通に存在しているかのような明日を夢見ている。それが未練がましいようで希望だった。アーサーは頼もしい友人達を見回し、エーヴァ防衛城を見渡した。其処らかしこに頼もしい仲間がいる。それがなにより安心する。アーサーは小さく微笑むとパンッと手を叩いた。まるでその合図を待っていたかのように彼らは先程までの嬉々とした会話をやめ、真剣な表情になる。それがやはり何処までも誇らしくて頼もしくて、嗚呼、世界戦争のようだと感じた。


「さて、そろそろ行こうか」


ペリノアが優しく笑い、鼓舞すればサグラモールとグリフレットが転移魔法の準備に入る。誰が云うまでもなく、二人が転移魔法を発動させ、途端に雲の上を歩いているかのような浮遊感に襲われる。その瞬間、アーサーは反射的に目を瞑りかけたが懸命に見開き、友人で仲間で『覇者』で相棒を見る。そしてアーサーの口から流れるように溢れるように紡がれた言葉は


「その意志を糧に」

『未来を信じなさい』


いつしかアルトゥーロ(先代)が言っていたものだった。

そして、彼らは移動した。暖かくも優しい光に包まれて。願ったソレを求めて。夜が明ける。

決戦前は結構ある気がしますこういうの。

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