第十色 曰く付きの森
チュンチュンと鳥の鳴き声と眩しい朝日が目と耳を刺激する。朝である。アーサーは枕にしていたマントというかローブから頭を上げると大きく一伸びし、欠伸をかました。アーサーの足元には火の消えた焚き火があり、そのさらに奥からは先程当たった日差しがこっちにおいでと誘っている。アーサーは眠気眼を擦りながら焚き火の反対側で寝ているルシィを起こしに立ち上がった。此処は洞窟。アルヴァナ帝国の裏口の先にある洞窟だ。昨夜二人はアルヴァナ帝国を出発し、出入り口付近に到着。夜が明けるまで眠っていた。この洞窟の先は森となっており、此処からでも森の涼しげな雰囲気が漂って来ている。自分と同じように眠気眼なルシィを起こすと二人は軽めの朝食を済ませ、火の後始末をし、洞窟を出た。洞窟を出た先は分かっていたが森で、木々が生い茂り、小鳥が朝の合唱を響かせている。空気が恐ろしいほどに澄んでいてアーサーは思わず、大きく深呼吸をした。
「ふわ……あ……此処からヤオヨロズ共和国を目指すんですよね」
まだ少し眠いのか欠伸をしながらルシィは言う。昨夜、と言っても今日の真夜中に出発したのだ。眠いのはしょうがない。アーサーは腰の布から一枚の紙切れを取り出すと広げる。一応で貰った地図だ。地図には洞窟を出てからの順路が書き記されている。
「うん。地図によると暫く歩けば整備された道に出るらしいから、あとはそこを辿れば良い」
「暫くとは……どれほど?」
「うーん……早くて昼ぐらいの、かな?」
暫くの間、二人の間に沈黙が流れたあと
「……燃やします」
「駄目に決まってるでしょ!!」
ルシィを羽交い締めにするアーサーがいた。「疲れるけど燃やしちゃだめ」とルシィに朝から説教である。まさかこんなところで時間を食うとは思ってもみず、またルシィの何処か抜けたワガママのようなものに少しずつ順応してきてるんだなぁと内心思った。まぁそんなこんな。燃やそうとしたルシィを宥めて頑張って森の中を歩き始める二人。最初は苦痛そうだったルシィだが、次第に目が覚めて来たのかいつも通りの歩みで歩き始めた。どうやら寝起きで機嫌が悪かったらしい。完全に覚醒した様子で森の中で響く声に耳をすませている。だが、ずっと何処を見渡しても木、木、木しかなく自分達が何処を歩いているのかさえ分からなくなってくる。一応、獣道らしきものがあるし、以前通った者がいるのか、獣道近くの木に印をつけてくれているので迷いはしないがそれでも暇と言うかなんと言うか。
「うん、暇」
「結構歩くだけって暇ですね」
「ねぇ~」
草木を分けながら二人して言う。話題が見つからない、そんな感じ。数日前に結構話してしまったので話題もすぐに見つからない。ふと、アーサーは疑問に思い、ルシィに問う。
「あのさルシィ、ルシィって魔法の方の擬人化でしょ?属性的には何処の龍なの?」
「……考えたこともありませんでした」
「えっ」
「ほら、私って全属性使えるじゃないですか。多分ですが、全ての属性を合わせているのではないかと」
アーサーの問いにルシィが答える。「ふーん」と微妙な納得を示しつつ、「その根拠は?」と聞けば「勘」と短く答えられる。その答えにアーサーが笑えば、ルシィもしてやったりと云う感じに笑う。二人の楽しげな笑い声が小鳥のさえずりと共に森に響き渡る。それは何処か心地よくて始まったんだと実感させた。と、その時、楽しく散歩しているかのようだった二人の足が止まった。そうして険しい顔つきで周囲を見渡す。二人が感じ取ったのは異様な気配。魔物のドロドロとした不気味な気配だった。
「最初から遭遇したくはなかったんだけどなぁ~」
「朝の散歩も終わりですね」
はぁとため息をつきながら剣を抜き放つアーサーに「ドンマイ」と云うようにルシィがケラケラ笑う。周囲は木だらけ。多くの魔物が出てきたら不利なのはあちらも同じだ。はてさて何体いるのやら。周囲に鋭い視線を走らせ、自分は強いと言わんばかりのオーラを漂わせる。これで魔物が去ってくれれば良いが、世界中何処にでも出没する魔物はそんなことなぞ二の次で相手を傷つけることが目的だ。剣を構えるアーサーの視線が付近の茂みに固定される。と、次の瞬間、茂みから異様な姿をした魔物が飛び出して来た。兎のように真ん丸の胴体をしているにも関わらず、その一つ目は泥のように淀み、手足は四本ではなく倍の八本。はっきり言おう、気持ち悪い。魔物は勢いよく飛び出し、八本の手足をばたつかせるようにしてアーサーに攻撃してくる。咄嗟に剣を横にして防げば剣にカカカ、という微かな振動が伝わってくる。どうやら剣を蹴っているらしい。ブンッと剣を振れば、魔物は小回りが効く小さな体をクルクル回して空中を泳ぐように飛んで行くと付近の木の幹に貼り付いた。そして「フシャー!」と切っ先を向けたアーサーを威嚇する。威嚇した途端、ルシィの目の前の茂みから別の敵が飛び出して来る。しかし姿形は違い、狼のような姿をしていた。額には一角を生やし、ギョロリとした鈍い瞳をルシィに向けている。その異様でいて不気味な姿に一瞬、恐怖が駆け上がり知らず知らずのうちにルシィの口から短い悲鳴が漏れる。
「ルシィ!そっちの兎っぽい魔物頼む!」
「……っ、はい!」
ルシィの腕を掴んで位置を逆転させれば、嗚呼、ルシィの手が小さく震えていた。模擬戦をした時のように。嗚呼、でもこれが現実だ。グッと拳を握り締めれば、震えは止まる。これが旅ならば!ルシィの力強い声色にアーサーは嬉しそうに口角を上げ、剣を構えた。
「やるよルシィ!」
「最初の難関、突破してみせましょう!」
さあ、初戦を始めよう。二人は無意識のうちに後ろ手でハイタッチをかわし、敵に向かって跳躍した。
ルシィは片手に作った拳に詠唱なしで強化魔法をかけると幹に貼り付いた魔物に向かって殴り付けた。間一髪でかわした魔物はやはり小回りを利用して避けられてしまい、空振りに終わる。小さいながらに動きが速すぎる。ルシィは咄嗟に近くにあった棒切れを拾い上げると魔物に向かって振り下ろす。八本の手足で棒切れを防ぐ魔物は凄まじい威力の握力を持って枝をボキリと折るとルシィの手から奪い取る。そして無防備になったルシィの懐に向かって潜り込むと八本の手足で首を締め上げる。突然のことに驚くルシィだが、嗚呼、この時を待っていた!
「〈竜巻よ我に力を〉!」
懐に入り込んだ魔物を包むように両手を翳せば、両手の間に小さな竜巻が発生し竜巻の中にはこれまた小さな鎌が四方八方行ったり来たりしている。それを魔物はルシィの首を狙ったばかりに諸に受けるはめになった。ズザズザと次々切り刻まれる八本の手足から抜け出したルシィはケホッと軽く咳き込みつつ、翳した両手を視界の隅に見つけた尖った岩に向かって投げる。竜巻と鎌に身動きを封じられた魔物は意図も簡単に岩に向かって投げられ、背中から貫かれる。しかし、それでもまだ生きているらしく、恐ろしい無様な残酷な姿になってもなお残った手足をばたつかせている。すると、スッと伸ばされた魔物の手から刃物の如く鋭い何かが放たれた。それは風属性の攻撃。瞬時に首を傾げるようにしてかわすと続けて最後の抵抗だと言わんばかりにピクピクと痙攣しながら攻撃を放ってくる。それらを踊るようにかわしながらルシィは片手に炎を出現させる。大きな一撃をクルリと回って避けると炎を灯した片手を魔物に向かって放った。その一撃は岩に固定された魔物に落下し、ボウ!と炎が包み込む。焦げ臭いと共に魔物は完全に動きを停止した。ぐったりとした魔物に一応で近づき、チョンチョンと爪先で突っつくがなにも反応は示さなかった。つまり、死んだ。それにルシィはホッと胸を撫で下ろしながら、杖いるかなぁと脳の隅で考えていた。
低い姿勢で飛んで来た魔物にアーサーは剣を振り下ろした。ガンッ!と甲高い音がして交差する。魔物が大きく前足を上げるがそこに蹴りを入れ、後退させる。幹に着地し、再び跳躍してきた魔物に剣を振り回して吹っ飛ばし、一気に攻め込む。しかし、間一髪で枝に一角を引っ掻けて一回転し、かわされてしまう。チッと舌打ちが漏れたのは耳元をかすった風の音がしたからだに他ならない。木の幹を回し蹴りで蹴り上げ、跳躍すると上段から魔物に向かって剣を振り下ろす。後方に飛び退きかわす魔物だが、着地してすぐさま迫る。一角を振り回すよりも速く剣を振れば、一角が根元から小さな音を立てて折れる。それに魔物が慌てることなくアーサーの脇を通りすぎ、彼の背中に後ろ足で蹴り上げる。紙一重で片手を地面について転がり回避する。片膝をついて敵を振り返ると低い姿勢で前足を掻いている。おっとこれは、まさかこちらに突進してくるわけじゃないよな?そうだよな?そんなアーサーの願いむなしく、魔物は勢いよく突進してきた。
「うっわ、マジか!?」
慌てて片膝を軸に回転し、立ち上がるが間に合わず、中腰のまま敵の突進を受け止めることになる。体全体に衝撃がやってくるが懸命に耐える。相手にはすでに武器はない。油断は禁物、だが!ガッと片手で魔物の頭を掴むとアーサーはそこに手をつき、魔物の攻撃を防ぐ力を抜く。途端に魔物が勢いよくアーサーの体にぶつかる。いや、ぶつかりはしなかった。クルンと空中で回転し、アーサーがかわしたからだ。アーサーはそのまま魔物の背後に着地すると敵が旋回するより速く剣を横に振った。胴体が真っ二つになってもなお、片足だけで動こうとする魔物はアーサーを振り返り、覚束ない足取りで駆け出す。そこまでの執念を恐ろしく感じるが、こちらだってほぼ執念で動いているようなものだ。だからこそアーサーはヨロヨロとよろめく魔物に向かって駆け出し、通りすぎ様に魔物を切断した。ドサッと自身の後方でした音にアーサーは小さく微笑み、剣を納めた。
「大丈夫ですか?」
「うん、俺は大丈夫。ルシィは?」
「私もです」
討伐し終わり、ホッと一息つくアーサーにルシィが駆け寄る。二人の背後では倒された魔物がドロドロの泥となって地面に吸い込まれていくところだった。二人は互いに怪我がないことを確認すると、互いの功績を称え合う。そして、目的地に向けて森を歩き出した。
ちょっくら遅くなりました!『覇者』捜しスタートです!




