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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第三部
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第百二色 彼らの思い



日差しが照りつける中、白色の足元に黒い影が迫る。前にも後ろにも引けない状況で王冠をその頭に乗せた黒い王が白を侵略する。カタンッと音を立てて黒き王冠を纏った王が白色の地を踏みしめれば、勝敗は決したも当然だった。


「んあああ~~~!!負けた~~!!」

「ハッハッハ、オレに勝とうなんざ一年はえぇぜ?嬢ちゃん?」

「一年あれば勝てるのね?一年しなきゃカラドックさんに勝てないのね?!」


ガシガシと頭をかきむしるユーウェインをカラドックがケラケラと笑う。ユーウェインは不貞腐れた表情で草原の上にちょこんと置かれたチェス盤を見下ろす。何処からどう見てもカラドック側の黒のキングがチェックメイトであり、ユーウェイン側の白は名の通り白旗だ。「んんー!」と悔しそうに唸り声を上げるユーウェインを彼女を抱き締めてパロミデスが落ち着かせる。座るパロミデスの腕の中にユーウェインがおり、なんともラブラブな格好である。そんな二人の仲睦まじい光景にカラドックはしょうもなくなんだか父親になった気分に陥る。むずむずとした気持ちを落ち着かせようと胡座をかいた足元に置いた灰皿に手を伸ばす。そこには微かな火を灯す煙草が添えるように置かれており、カラドックは煙草は手に取ると紫煙を吐き出す。紫煙が渦を巻き、漂う先には険しい表情で巡回をする仲間と訓練に身を置く仲間達がいた。エディアスが宣戦布告してからというもの、何処か全員がそわそわしている。それは長きに渡る魔物との戦いにようやっと区切りをつけられるからか。それとも強大な敵の前に怖じ気ついているだけなのか。「はぁ」とカラドックは煙を吐き出し、決着がついたチェスの片付けに入る。たまたま三人の訓練休憩が重なり、こうして娯楽室から掻っ払ってきたチェス盤を使ってエーヴァ防衛城に来てから数度目の対戦をしていたがそろそろ休憩も終わりだ。それを察知し、片付けるカラドックを見てユーウェインが白のクイーンを指先で弄びながら云う。


「カラドックさんはなんで兵士をやめたの?」


ピタッと片付けていたカラドックの手が止まる。思わずユーウェインを見れば、白のクイーンを両手で弄びつつ後方のパロミデスに寄りかかっていた。自分に全体重を押し付けるユーウェインをパロミデスはやはり愛おしそうにモーブ色の瞳を向けている。そう、カラドックは元は兵士だった。対戦時は考え込むために無言が続くチェスでカラドックが残った一人がせめて退屈しないようにと自分の昔話を聞かせていた。目をキラキラさせて傭兵時代の話を聞く二人はカラドックにしてみればやっぱりまだ子供でサグラモールやフローレンス、ボールスのように酷く無邪気に見えた。そこから派生したであろう唐突な問いにカラドックは小さく微笑し、問い返す。


「なんでそんなこと聞くんだ?」

「んーただの気まぐれ、かな」

「気まぐれってよぉ」

「ふふ、でも、どうしても()()()()から気になって」


守りたい、その言葉に片付けをしていた手を止めカラドックがもう一度二人を見れば、二人の瞳には優しくも強い意志が宿っていた。嗚呼、この二人は休憩中であるにも関わらず、ゆっくりと決心を固めていたのか。いや、すでに決めていたという方がしっくり来るだろう。ホリゾンブルーとモーブ色の二つの光がカラドックを射抜く。責めるわけでも問いただしたいわけでもなく、ただその意志が聞きたいと。危険を承知で挑む覚悟を。


「僕らはさぁ、ずっと一緒にいて離れられない存在だった。騎士になったのも憧れよりも安定だった。けど、騎士になってノア様やアーサーやガヘリス、ディナダンにマーハウスっていう大切な者が増えた」

「そんな時に『覇者』だと分かって、嬉しかったなぁ。みんなを守れるんだって、何処までも行ける気がしたの」


ギュッとユーウェインが持つクイーンを彼女の手ごと包み込むパロミデスにユーウェインは彼の腕に頬擦りすることで返す。その姿は互いを深く信頼し、打ち解け合う相棒のようで。ずっと一緒だった。幼い頃から、パロミデスの義父が死ぬ時までずっと一緒だった。自分達を守るように此処に来て、守りたいものが増えて。誰もがみんな優しくて暖かくて。守りたいと願った。平和を願った。だから絶対に負けられない。大切な友人をエディアスとかいう狂乱者の実験で殺させない。


「……だからね、アタシたち、聞いておきたかったんだ。カラドックさんのこと。パロミデスの義父……トリスタン(おじさん)と同じ座だからかな。なんか安心感っていうか親近感?があるんだよねーねぇパロミデス」

「…………」


ねぇ、とユーウェインが同意を求めてパロミデスを見上げれば、パロミデスは無言で微笑むだけだった。その笑みは何処か悲しげでカラドックはアーサーに聞いた話を咄嗟に思い出していた。パロミデスはトリスタン(義父)を憎んでいる。けれど、自主的に地雷とも言える話題をユーウェインに振らせた。彼は彼なりに義父のことが好きだったのだと思うとカラドックは自分のことのように嬉しかった。ましてやグリフレットのようにそこまで歳を取っているわけでもその本人でもない。ただ、自分がどうして兵士から傭兵になろうとしたのかを思い出した。カラドックは短くなった煙草を灰皿に押し付け、火を完全に消すと二の腕までしかない左腕を見せながら云う。


「オレの左腕は兵士の時に失ったんだ。フローレンスくらいの、ガキを庇ってなぁ」


フイッと中庭を駆け回る仲間達をカラドックは見る。そこにはサグラモールやフローレンスぐらいの少年少女が楽しげに駆け回っている。自ら戦火の中へと飛び込むことを決めた強い強い子供達。小さくとも確かに強き意志を持った未来を担う手の一つ。カラドックは、昔そんな彼らを救いたかった。多くの可能性を持つ、運命を持つ、未来を見据える彼らを。彼らの可能性を不運や不幸で潰したくなかった。かつてはあった、今はもうない左腕を一瞥し、カラドックは云う。


「そん時に気づいたんだ。兵士はカラルス聖王国に依存してる。カラルス聖王国の指示がなきゃ動けない。アルヴァナ帝国は隊も多いし、別行動が可能だが、カラルス聖王国(こっち)じゃ無理だ。だからオレは一人でも多く救いたくて兵士をやめて、何処にでも行ける傭兵になった。まぁ、兵士の時に比べて報酬も減ったし生活も変わっちまったけどなぁ!」


ハハッと軽快に笑うカラドックにユーウェインとパロミデスも笑い返す。それは可能性は違えど、意志がある証拠で。間違いなく『覇者』と豪語する所以の一つだった。ニィと挑戦的に二人に笑いかけてカラドックが言う。


「これで満足かぁ?攻撃と防御さんよ」


カラドックの答えにユーウェインとパロミデスはニッコリと笑う。彼らの意志も覚悟も強すぎるほどに輝いている事が両者には分かった。


「戦場では強い者ほど意志が極端に削られる。カラドックさんは……『覇者』は大丈夫みてぇだな。安心した」

「ハハッ、そりゃどうもパロミデス。少しでもお前さんたちの役に立てりゃおっさんも嬉しいこった。それに」


そこで言葉を途切れせるとカラドックは右手でユーウェインの頭を、パロミデスの頭を順番に撫でた。ゴワゴワとした感触と慈愛に満ちたその手付きにパロミデスは愚かユーウェインも困惑していたがカラドックの優しい笑みに何処か納得した。


「親父さんも喜んでんだろうなぁ」


義父がどうして死ぬ間際にパロミデスに面倒事を押し付けたのか、歴史書からアルトゥーロという一般人の名を抹消しようとしたのか。全て分かるわけではない。ただ、先代が育んだ絆が羨ましかった。その事と、すでに許していた自分に気付き、パロミデスはフッと微笑するとカラドックに向けて手を差し伸べる。


「多分な。またよろしくカラドックさん」

「嗚呼、オレたちなりのやり方で行こうぜ」


ニッコリと優しく笑ってカラドックはパロミデスの手を取り、固い握手をかわす。そこにユーウェインがちょんっとクイーンを持った手を二人の手に重ねる。そこにあるのはそれぞれの意志で、色で。この戦いにおける戦う意味だった。きっとそれは全てが違う先代も秘めていた思いなのだろう。だからこそ、失いたくないし奪われたくないんだ。


「カラドックさんの速さ、楽しみにしてるね!『疾風』さん!」

「任せておけってなぁ『金獅子』と『銀獅子』?」

「頼もしいなぁ!」


クスクスと三人は固い握手をして笑い合うとユーウェインが手にしていたクイーンを木箱に片付け始めたのを切っ掛けに、再び片付けを開始した。


……*……


「あっれー?ここら辺のはずなのになー?」


少し薄暗い室内に太陽の光が窓から一筋の光のように差し込んでくる。そこから見える青い空はまるで「どこどこ~?」とあっちこっち探し回るディナダンを微笑ましく見つめているようだ。ちょこまかちょこまかとなにかを探して動き回るディナダンを横目にガヘリスは窓の下の光景に目を向けた。そこでは休憩時間が終わった仲間達が激しい切り合いを繰り広げている。暖かな昼下がり。ディナダンは本日の訓練が終了したガヘリスとフローレンスを捕まえてエーヴァ防衛城の裏手にある塔に来ていた。裏手と言っても本館であるエーヴァ防衛城と繋がっており、物置小屋状態となっているが。そこはディナダンや束の間の休憩を求める仲間達がよく使う通称遊び場なのでそんなに危険はないように整理整頓が行き届いている。そこになんの用があるのか知らないがガヘリスはディナダンのさせたいようにさせる。本当はボールスも連れて来たかったらしいが訓練時間が異なっていたため、寂しそうにしていたのがついさっきである。


「なにを探しているの?ディナダン」


窓の外を眺めていたガヘリスはディナダンに問うフローレンスの声に部屋の中へと視線を舞い戻らせた。今彼らがいるのは物置小屋と化した塔の四階で中庭側に位置し一番片付けられている部屋だ。以前までは誰かの一室だったのか埃を被った家具が再び使われる日を待っている。木箱の蓋を開け中を漁っていたディナダンはフローレンスの問いかけに「んー?」と散漫な声をあげながら答える。


「見せようと思って隠したものだよ。とっても綺麗な手鏡だったから見せたくて!」

「それなら、持ち出した方が早いんじゃ……?」

「駄目だよフローレンス!」


フローレンスの戸惑いの言葉にディナダンはニッコリと笑い、探す手を止めずに云う。


「持ち出したら価値がなくなっちゃうじゃん!それに此処は今は物置小屋だけど、元は使ってた人の緊急避難用の部屋みたいだし、持ち出したらその人が帰って来た時、悲しいでしょ?」

「悲しい……」


ふふっと楽しげに笑ってディナダンは木箱を漁る。そんな彼女の背後でフローレンスの鸚鵡返しにした言葉が吸い込まれていく。此処にはいない、もしかすると既に死んでしまったかもしれない人のことまで意図的なのかは置いておいて、考えるディナダンをフローレンスは単純に凄いなぁと思う。ガヘリスが壁に寄りかかり、フローレンスの顔を覗き込むように言う。


「ディナダンは素直だからね、素で言ってるんだよ……ところで、最初にアーサーたちと出会った時と同じように覚悟は決まってる?」

「……へ?」


腕を組んで聞いてきたガヘリスの言葉がフローレンスの脳裏をまるで駆け回るように反響する。その一方でディナダンの「何処ー?!」という何処か呑気な声が響いていて、ガヘリスとフローレンスだけが違う世界にいるようだ。ただ、フローレンスにはガヘリスがそんなことを聞く理由が分かっていた。自分も何処かで怯えていたのだと思うから。フローレンスは自身の証であるブレスレットを指先で弾く。誘拐された時は全てが怖かったのに、今は不思議なほど怖くない。それは心強い友人であり仲間がいるからだろう。「ん?」と何処までも優しくそれでいてフローレンスの言葉を待つアップルグリーン色の瞳が彼を貫く。フローレンスはガヘリスと同じように壁に背中を預け、右手でブレスレットの紋様をなぞりながら言う。


「最初は、怖かったです。戦う事や魔物、敵に立ち向かうことさえ。でも、ボクの力で助けられる事が嬉しかったんです。だから大丈夫です。ボクはボクが出来る事をやるだけです」

「そっか」


フローレンスの力強い返答にガヘリスは腕を組んだまま、いまだに探し続けるディナダンを眺める。探している物が中々見つからないらしく少しだけ焦っている。それにフフッと二人で笑えば、今度はフローレンスがガヘリスに問いかけてくる。


「ガヘリスさんは?どうなんですか?」

「俺?とっくの昔に出来てる……って言いたいけど、一瞬迷った事があったんだよね」

「迷った?」

「そう」


何処か遠くを見つめるガヘリスの瞳にフローレンスは少し不安になりつつも彼の次の言葉を待つ。それと同時に皆同じように迷うのだと、自分だけではなかったのだと、ちょっと嬉しかった。


「守れなかった、救えなかったって実感してさぁ。自分に出来る事はたかが知れてるって。自分より上なんてざらにいるって思い知らされた」

「……で、でも」

「うん、諦めたくなかった。行けるところまで行きたかった。だから、戦場に出るのは俺なりのけじめで実力を確かめる機会。そして、覚悟なんだ」


強く強く遠くを見据えて告げるガヘリスにフローレンスはなにを言うこともなく、ただ少しだけ鼓舞を込めて「そう、ですか」と呟いた。何の覚悟かだなんて聞く必要ないでしょ?二人は決意と意志を称えた瞳を見合わせるとニッコリと笑い合った。互いの意志を称えて、強き絆を手繰り寄せるように。大丈夫、大丈夫と支えるように。フローレンスは無意識のうちにガヘリスに向かって手を差し出していた。その手に彼はキョトンとしていたがクスクスと笑い、自身の手を叩き付けた。パチンッという甲高い音が部屋に反響し、彼らの感情や決意を伝えてくる。自分に出来る事を、そうして守りたいんだ。


「あったー!」


ガタガタッと大きな音を立てて前方にいるディナダンが木箱からなにかを「みっけ!」と掲げる。どうやら二人に見せたかった物が見つかったらしい。嬉しそうに物を胸に抱いて暗がりの部屋の中、ディナダンは二人にスキップ混じりに近づく。


「見つけたの?」

「うん!ほらこれっ!」


嬉しそうにディナダンが二人に見せて来たのは白色の手鏡だった。手鏡の裏面には少し薄汚れているが数種類の宝石が星のように散りばめられており、表面部分には同じく白色の月をモチーフとした装飾が施された縁。ディナダンの言う通り、まるで月や星の如く綺麗な手鏡だ。彼女が見せたいと言った意味も分かるし、結構小綺麗だったので元持ち主が取りに来る可能性も否定は出来ない。ディナダンに手鏡を渡されてフローレンスは目をキラキラとさせて手鏡を眺める。


「よく見つけたねぇ!」

「うん!ウチ、宝探しするからよく見つけるの!」

「宝探しって言うか探検だけどねぇ。で、綺麗だから見せたかったわけじゃないんでしょ?ディナダン」

「え」


ガヘリスのまさかの言葉にフローレンスは面食らった。綺麗だから自分達を連れてきたんじゃないの?目をぱちくりさせながらガヘリスとディナダンを見比べるフローレンスにディナダンは「えっと、ね」と彼女なりに言葉を選びながら自分なりのことを言う。


「ガヘリスさんとフローレンスの話聞いてたんだけどね。ウチね、まだみんなとやりたいことがたーくさんあるの。だからね、少しでもやり直した事が残ってれば、なんとしても生きなくちゃって思うでしょ?」

「未練を残すってこと?」

「ん~そうかも。ウチ、まだまだみんなとやりたいことがあるから全部、全部、守りたいの!大切だから、ウチなりの守り方♪」


「見て!」とフローレンスの顔を手鏡に写しながらディナダンは言う。みんな、守りたいものは違えど大切な事はかわりないのだ。ただ、やり方が違うだけで。グイグイと笑顔でフローレンスに手鏡を見せるディナダンの頭をガヘリスは愛おしげに撫でる。とディナダンは嬉しそうに身を捩る。そうして今度はガヘリスに手鏡を見せようとしてくる。


「ウチは戦場に出ても怖くないよ。みんなとやりたいことをやるためだもん!」

「ふふ、本当にディナダンはみんなが大好きだね」

「ディナダンらしい」


ディナダンから手鏡を受け取りながらガヘリスが優しく笑い、「頑張ろうねー!」とディナダンはフローレンスに抱きつく。キャッキャと戯れる二人を見ながらガヘリスはディナダンから受け取った手鏡を覗き込み。そこには『覇者』であろうとなかろうと大切な者を守ろうとする、誰かのために覚悟を決める意志が写り込んでいた。それを見てガヘリスは小さく呟いていた。


「よろしくね『光耀』、『水華』」

「任せて『風流』さん!」


ガヘリスの言葉が耳に入ったのか、恥ずかしそうにそれでいて何処か嬉しそうに頬を染めるフローレンスに抱きついた状態でディナダンが言った。


決戦まで、残り二日。

彼らの考えというか思い。

次回は月曜日です!

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