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色無き王~十二の色~  作者: Riviy
第三部
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第百一色 二人の邂逅



気がついた時にはアーサーはあの時と同じ、不思議な空間を漂っていた。流れに身を任せ、ゆらゆら、ゆらゆらとまるでクラゲのように漂う。多分、ルシィと話していたら眠ってしまったのだろうな、と思いながら寝落ちだったらルシィに迷惑をかけたかもしれないと苦笑する。だが、なんとなく自分のベッドに潜りつつ話していた気もするので大丈夫かもしれない。アーサーは勢いをつけて半回転し、空間に足をつく。空も床も壁もない空間なのだから足がつくなんて変な表現だと笑いつつ、アーサーは少しだけ足が浮いた状態で前を見据える。そこにはあの時のようにいつの間にか少年がニコニコと嬉しそうに笑って空中を漂っていた。彼の首元から覗くペンダントが彼と先代との絆を物語る。


「ちゃんと分かったみたいだね」


少年は、先代『色無き王』はアーサーを金色の瞳で見据えると云う。全てを見透かされているような錯覚にまたしても陥り、アーサーは瞳を一度開閉することでその錯覚を追い払う。アーサーの様子をアルトゥーロはクスクスとまるで子供を見守る親のように慈悲を含んだ優しい瞳と笑みを浮かべて見ていた。


「……本当にちゃんとかは、分からない。でも、自分の意志がその時、どうしたいか言ってくれるから」

「うん、そうだね。だから僕は、みんなを守る力を望んだ。ただそれだけ。『覇者』も英雄も初めはただの名も無き一般人。その一般人からどう変わるか……そこからはもう貴方次第。僕に、僕たちに頼る意味はないし従う意味も、見出だす意味もない。此処からは、二代目の物語」


ニッコリと笑うアルトゥーロにルシィが言っていた「導いている」という説が脳裏を横切る。確かに彼の言葉を聞く限り、右も左も分からないアーサーを導いてくれたのだろう。だが、それなら何故、


「俺に悪夢を見せたの?」

「?悪夢?」


幾度なく戦場で紅い華を咲かせ、息耐える光景。戦場で繰り広げられる怒りと絶望のみを増幅させ収縮させた悲惨な争い。誰かが死に、誰かが彼を抱き締めて泣き叫ぶ。「逝かないで」「奪わないで」と。あれらがもし、歴史書に記された世界戦争の一部だとしたら何度も死を目の当たりにした彼ーーアルトゥーロがそこで息耐えるのは可笑しい。正しく組み替えられた歴史書によれば、アルトゥーロは『覇者』達の会議中に死んだと推測される。そのあとに葬式だ。ならば、悪夢のように戦争で死ぬはずがない。歴史書が改竄されているという可能性も悪夢だから悪夢らしく絶望を見せた可能性もある。アルトゥーロが不思議なこの空間に現れた意味はなんとなく分かっているが。ふと、アーサーが視線を上げるとアルトゥーロは空中で足を組んだ状態のまま、上下逆さまになっていた。此処に天井があったならば天井にくっついているなんとも摩訶不思議な状況である。アルトゥーロはアーサーに言われた悪夢にピンと来ていないようだったが、暫く考えて「嗚呼」と思い立ったように声を上げた。


「戦争の話?」

「それかな。何故か君が何度も死んで、誰かが泣き叫んでいたけど……あれは一体なんなの?」


まるで地獄絵図のような戦場。あれが世界戦争の一部でそれを意図せず体験していたのだと思うとアーサーはたまらず口元を手で押さえた。吐き気がしたわけでも気持ち悪くなったわけでもない。ただ、自分もよく分かっている感情が嵐のように振りかかるものだから、悲しくなったのだ。口を開けば喪った仲間への弔いの言葉が漏れそうになる。しかし、アルトゥーロはそんなアーサーなど気にもせず「あれはね」と逆さまになった状態のまま教えてくれる。


「あれは、僕たちが経験したもの」

「え?だったら、話が可笑しく……!?」


アルトゥーロの発言に反論しようとしたアーサーは彼のこめかみ、首筋、左胸に紅い華が咲いていることに気がつき、空中で身を引いた。なんで?さっきまでなにもなかったのに?!驚くアーサーとは裏腹にアルトゥーロはなんともなさそうな表情でこめかみから垂れる血を指先で拭う。


「実際に体験したわけじゃない。あれは前にも言った選択肢の先にあったもう一つの可能性。もしかするとそうなっていたかもしれない話だよ」

「それをどうして俺に見せる……教える必要があるの?」


首を傾げてアーサーは言う。悪夢のような夢、夢のような悪夢が「もしかするとの話」だとしてどうしてそんな光景をアーサーに見せることになるのか。アルトゥーロの言い分通りなら歴史書に記された物語は選択肢の一部と云うことになる。既に選択され、終わってしまったことをアーサーにもう一度見せる意味はないのでは?というか、何故知らない話を知っている?困惑するアーサーを横目にアルトゥーロは指先に付着した血を弄びながら、空間に手を伸ばす。伸ばした右手に付着した血がまるで死ぬ間際だと言わんばかりに空中でドロドロと溶けていく。それは何処か幻想的に見えた。


「みんなそうやって選んだから、かな。僕たちは常に誰かを喪う状況にいた。だからこそ、知って欲しかった。選択することの恐怖を、選択しないことの恐怖を。そのためなら僕は、みんなを守るためなら、支えるためなら何度死んだって良い。それが僕の覚悟で意志」

「……じゃあ君は、夢の中で何度も……?」

「そうとも言える。でもこれは僕が選んだこと。貴方が責任を感じるのはお門違いだし見当違い」


気にしないでと笑うアルトゥーロにアーサーは情けない声が出そうになる。アルトゥーロは続ける。


「絶望的な展開になってもそれは本当の敗北ではない。そこに希望が残っていたならば、まだ勝利は残っている。実際、何度か死にそうになったけど助かったしね」


ふふっと笑うアルトゥーロにアーサーは苦笑しか出来なかった。自分が見たのはアルトゥーロが勝ち取った選択肢の成れの果て。もしかするとの出来事。きっと諦めも時には肝心と言っていたが、諦めて欲しくなかったのだろう。そして自らの意志をアーサーに見せた。見せ、導いた。ルシィの言う通り。


「だから貴方が知らない結末の悪夢()なんだ。僕は既にこの世には存在しない。そのため、出来ること」

「夢魔みたいなやり方で?」

「そう。貴方に気づいて欲しかったから。()()()()()()()()()()を」


小さくアーサーが笑い返せば、いつの間にかまたアルトゥーロの致命傷は消えていて、血を弄んでいた指先もペンダントを弄っていた。


「なんの力もなかった僕が唯一抗った運命なんだよ、貴方に見て欲しかったのは。抗う力がある、立ち向かう力がある。それを知って欲しかった」


ゆっくりとペンダントを弄っていた指先がアーサーに伸ばされる。その手が多くを葬り救って来たのかと思うと、強い存在感を感じた。


「でも、結構俺、怖かったんだから」

「ふふ、それはごめんね?」


ケラケラと二人は不思議な空間で笑う合う。夢のような悪夢、悪夢のような夢は彼なりの導き方だったのだ。そしてそれは最悪な結末を回避した証でもあった。


「『色無き王』には夢を操る力があるのかな?」

「まさか。そんなのないよ。僕は無属性だからね。夢に関しては死人の特権。ほら、枕元に死人が立ってるなんて怪奇現象話あるでしょ?あれみたいなもんだよ」

「へぇ~……あれ?」


ケラケラと可笑しそうに笑うアルトゥーロの言葉にアーサーは関心の声を上げかけ、首を傾げた。アルトゥーロは今なんて言った?夢を操る力はない、死人の特権だから。けれど、アーサーに見せたものが何故「もしかするとの話」だと断言出来る?アルトゥーロが選択した結果なのは分かる。分かるが、夢を操る力がないと云うことは結末を知らない悪夢()に書き換える事は出来ないのではないか?出来るのは死人であるアルトゥーロと現世を生きるアーサーが出会うこの空間のみ。いや、この空間こそアルトゥーロの云う死人の特権なのではないか。だとすると、アルトゥーロの発言自体可笑しくなる。この空間が死人の特権だと仮定すれば、選択された先の夢、アルトゥーロが見、死んだであろう夢であり悪夢は一体なんだ?

「んん?」と混乱する脳裏から不可解な謎を弾き出そうとするアーサーを横目にアルトゥーロは空中で一回転し、アーサーに向き直る。彼が何故悩んでいるのかアルトゥーロは知っていたが、あえて知らない振りをした。だって、僕が答えを教えちゃ意味ないでしょ?それは、『色無き王』としての一部なんだから。あらゆる選択を背負う覚悟と意志を、自分の()()()意志を理解しなくちゃいけない。


「……選択されなかった悪夢()は色の一部となり、歴史書に刻まれることはない。でも、歴史書に刻まれたのが全て現実とも限らない」


ポツリと呟いたアルトゥーロの言葉は考え込むアーサーの耳に入ることはなかった。そう、歴史書を一度バラしたこともアルトゥーロ(自分)の存在が見つけられることも知っていた。だから、あえて見せた。恐怖と絶望を。僕が()()()()に勝ち取った平和の代償を。


「そうでしょ、アグ」


優しく微笑んでアルトゥーロはペンダントの証の半分を指先で撫でる。まるで愛おしむように、名残惜しむように。そんな彼を見てアーサーは納得までは行かないが、ある可能性を導き出していた。アルトゥーロは『色無き王』の力ではないと言った。ならば、残るは彼自身の力だ。


「……ねぇ、アルトゥーロ、さん」

「アルトゥーロで良いよ。なにアーサー?」


思いきって聞いてみよう。そうアーサーが意気込んで彼に話しかければ、その周囲に何色か光が舞っているように見えてアーサーは目を擦った。だが目を擦ったあと、そこにあるのは真っ暗な空間だけで。見間違いだったのかと思い直し、アーサーは言う。


「君は夢を操る力を持っているの?」

「どうして?」

「俺に見せてた、夢魔みたいな所業は死人の特権じゃないでしょ?」


何も言わず笑ったままのアルトゥーロが答えだ。ならばそれは。だがアーサーは心の何処かで違うと感じていた。夢のような悪夢、悪夢のような夢はアルトゥーロだけの意志ではない気がした。それは何度も泣き叫ぶのを目の当たりにしたからだろうか、例えそれが非現実的であっても。理解出来たようで、出来ていないような謎をアーサーはし舞い込んだ。それ以上は違う領分な気もしたし、自分が云うことではない気がした。理由はきっと、あれが選択した運命だからで、一種の恐怖だから。


「……だから」

「でも、まだ貴方は全てをきちんとわかっていない」


えっ、とアーサーが顔を上げるとアルトゥーロが全てを見据える金色の瞳でこちらを見ていた。心の奥底まで見透かされてしまうその目を直視することが出来なくてアーサーは咄嗟に視線を逸らしてしまう。それにアルトゥーロは悲しそうにすることも怒ることもなく、云う。


「貴方が選んだ全てが真実とは限らない。ましてや、この空間でさえも。貴方は支えるために、救うために『色無き王』となった。さて、貴方はどんな色を見せてくれるのかな?」


アルトゥーロの言っている意味が理解出来なくて困惑するアーサーに彼はニッコリと笑いかける。


「『色無き王』はその名の通り、意志の力。だから()()()()()()()()()()()()()。みんなに分けちゃったもの。そして約束を交わした……今度は、貴方の番だよ」


アルトゥーロの伸ばされた手がアーサーの目元を覆い、暗闇の中から眠気を誘う。なんで、まだ聞きたい事がたくさんあるのに。まだ、まだ導いて欲しいのに!


「もう、分かっているのもあるでしょ?さあ、時間だよ」


なんの時間?だなんて聞くことも遅くて。アーサーが声を発するよりも先に視界は黒く染まり、彼の意識は全て奈落の底へと消えて行った。気づいた頃には、ベッドの上だった。そして、アルトゥーロの儚げな優しくも凛とした笑みがなにかを決意させるようで何処か落ち着かなかった。いや、落ち着くと云う表現ではない。これは、それは、覚悟だ。脳裏に焼き付いたアルトゥーロの笑みにアーサーは無意識のうちに手を伸ばしながらもうもう一度目を閉じた。


いつの間にか、夜は明けていた。

決戦まで、残り三日。


引き合わせなきゃどうにもならない心境。

次回は金曜日です!

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