第百色 浅き夢の夜
真っ黒に覆われた中庭に無数の明かりが灯っている。等間隔に中庭に設置された明かりを頼りに仲間達が数人体制で巡回している。明かりに照らされて見える仲間達の表情は一様に険しく、ただならぬ緊張感を放っていた。アーサーはそんな星空のような中庭を窓越しに眺めていた。頭を窓ガラスに押し付けるようにして凭れながらただならぬ緊張感を放つエーヴァ防衛城を些細な空気越しに感じ取る。
エディアスと名乗った魔物の親玉とも言うべき人影の宣戦布告から半日。エディアスの宣戦布告を受け、エーヴァ防衛城は慌ただしく動き始めた。ペリノアを中心に防衛戦の作戦が急ピッチで検討され、警備が強化された。城内では多くの仲間が情報伝達と情報収集のために走り回り、至るところで咆哮が飛び交う。防衛戦での完全な配置が決まるまで仲間達はさらに強化された警備につき、特になにもすること者は訓練をし己の戦意と実力を高める。またある者は後方支援との共闘訓練に励み、連携を確認し合う。またある者は各国に情報を伝えたり、ゆっくりとした動きへと変更した魔物の侵攻を偵察したり、またはエディアスと名乗る人影が現れていないかと画策したり……などなど。一日で多くの人員がエーヴァ防衛城内を駆け巡った。そのどれもが緊張感と緊迫感に包まれていて、休まる場所と言ったら自室しかない状況だった。まぁ息抜きをしながらも来る戦を血気盛んに、平和を望み待ちわびていた。と言ってもまだ先だ。しかし今日がもう少しで終わるため、四日の期限はもうすぐ三日になる。エディアスという強敵が現れたのだから緊迫感が圧迫されそうなほどに膨れ上がるのは無理もない。
また、破壊した方が圧倒的に有利なのにエディアスが防御壁を破壊せず、宣戦布告という挑発気味な話し合いーー話し合い?ーーに応じたのかは不明だが、ペリノアと共にエディアスと対面したグリフレット曰く「彼にとって破壊する意味がなかったか、ただ知らなかったか」らしい。人間ーー……人間?ーー観察によるグリフレットの見解だったがそれにより新たな防御壁の構図を作成し試作品として構築した魔法を多く使う部隊にとっては屈辱だったらしく、これを糧に魔物にも魔牙にも将軍にも外側と内側から破壊されることのない防御壁を作成すると意気込んでいた。エディアスの行いはおそらく彼の思惑とは異なっていたであろうが一部に闘志を燃やした結果となった。此処だけはある意味感謝である。その防御壁はエーヴァ防衛戦にて後方支援及び防衛を主にする部隊の盾として有効活用される予定だ。
作戦会議も巡回も決戦前日の夜中まで細心の注意を払い全員の体調を管理した上で行われる事となり、昼夜問わずエーヴァ防衛城には警戒の明かりが灯ることとなる。と言っても交代で睡眠を取るしもしもの場合に備えて活動を数日前と同じように行うため、実質いつもの警備体制とそんな変わらない気がすると言っていたのはディナダンだったか。それにしても一日で多くの事が動いた。目を回してしまいそうになる展開の数々にアーサーは疲れたのか小さく息を吐く。自分でもそのため息が疲れから出たのかあまり分かっていなかった。それはエディアス襲来後、訓練に参加したせいか、それともなにかが引っかかるせいか。克服したはずの嫉妬や自分に対する失望が今になって再び自分を覆い隠しそうになって少し嫌になってくる。アーサーは中庭を見下ろすのをやめ、ベッドの上に投げ出していた右足に乗せた古く分厚い本に視線を下ろした。左足を立て、その上に頬杖をつきながら黄ばんだページを捲る。少しでも違和感と言うか不安を解消したくて就寝前の読書と洒落混む。ちなみに今のアーサーは軍服ではなくラフな寝間着である。少しだけ丈が短く、袖口が手首の下辺りでフヨフヨとまるで白昼夢のように上下している。黄ばんだページに書かれた掠れた文字を袖口から覗く指先でなぞる。そのページにはこう書かれている。
『ついにその時はやって来た。多くの人々を巻き込み、命を散らせ、多くの人々を悲しませた策略と思惑の果てに生まれた世界戦争を止めるために十二人の『覇者』は多くの鎮魂と憎悪が蔓延る最期の戦場へとやって来た』
読んでいるのは「歴史書『伝説の物語』」終盤、「最期の戦い」という物語だった。十二人の『覇者』が世界戦争に終止符を打つため、最大規模の戦いが起こるとされる戦場へと足を向ける。そこでは既にいくつもの国や派閥が各々の思惑や欲望、感情のままに人を殺しまくっていたと云う。実際、世界戦争が起きた根本的な理由は分かっていない。ただ、多くの思惑の末に起きた悲劇だと言われているだけであって真相は闇の中に近い。歴史書にも世界戦争については言及を避けているが、所々に原因となったと思われる策略や陰謀が見え隠れしているのでそれらも一つの要因だろう。まぁ氷山の一角でしかないのだが。アーサーは次のページを捲り、本の中央辺りで気になる単語を見つけた。
「『色無き王』」
その単語だけが白銀の月の如く、豊かな太陽の如く輝いているように見えて、アーサーの目に留まり映り込む。まるでアルトゥーロのような色合いにフッと小さく笑いながらアーサーは単語を撫でる。凸凹とした凹凸が指先から彼らの生き生きとした人生を語ってくる。そしてそこにまるでもう一人の自分が、アルトゥーロがいるように感じるのは、彼も同じように隣を選んだと知っているからだ。だがアーサーの表情は月に隠された雲の如く、優しく笑ったものの晴れることはなかった。そう、
「(……俺には分からない)」
『覇者』の力を引き出す器となるための方法が。アーサーはハァと自分に向けてため息をついた。リーセイの時は無我夢中だった。ほとんど覚えていないと言っても良い。以前にも似たような事があった気がするが、同じように覚えているのは名前を呼んだことと頭が真っ白になるほどの感情。自分の中で友人達の危機が引き金となったのは分かる。だが、方法が分からない。『覇者』を支える本当の意味での器。神々の力の欠片を使う彼らをサポートする『色無き王』の存在。理解しようとして、何処までも追おうとしてしまう。嗚呼、役に立てて、隣に立てるだけで良かったのに。こんなにも欲深くなってしまった。そうしてアルトゥーロは出来たのに俺はまだ分からないのが情けないと云う思いと、エディアスとの決戦時にまた仲間達の足を引っ張ってしまうのではないかと思うと、我知らずアーサーは自己嫌悪の渦に苛まれていた。ハッと窓の外から聞こえた仲間達の眠気を吹き飛ばすために発した咆哮に我に返るアーサー。落ち着こうと思ったのに、これじゃあ無駄足だったな。とアーサーは本に栞を挟むとパタンッと閉じた。閉じた拍子に微かな風が手の甲に当たる。それがなんだかくすぐったくてアーサーは目を伏せた。
「読書は終わりですか?」
そう問いかける声にアーサーが顔を上げると風呂上がりなのか、もう一部屋ある扉からルシィが入ってくる所だった。アーサーとルシィは相棒とも言うべき関係のためと、人数の都合で相部屋となっている。またアーサーは監禁されていたこともあり、なにかあった際の救助要員ともなっている。まぁ、それはもうないだろうが。ルシィはアーサーが座るベッドの脇に置かれているサイドテーブルの水差しを頂戴し、いつの間にか持っていたコップに水を注ぐ。
「なにか得られましたか?」
「ん~……微妙かな。やっぱり伝わってる物語だけあってあやふやなところはあるけど」
コップに注いだ水を飲むルシィにアーサーはそう答えながら歴史書をサイドテーブルに置いた。そこにルシィも水差しを置き、空になったコップを自身が使っているベッドのサイドテーブルに置く。ルシィが使っているベッドは部屋の反対側に設置されており、タンスも共に近くの壁際に置かれている。
「それは、『色無き王』の力についてですか」
コトリ、とルシィがサイドテーブルにコップを置く音が異様に大きく響く。まるで確信があるかのような断定にアーサーは驚いてルシィを見た。それだけで何を悩んでいるかルシィは理解し、小さく微笑んだ。ルシィはアーサーの所に行くと「良いですか?」と彼の了承を取る間もなくアーサーの隣に座る。とルシィがアーサーの顔を覗き込む。銀色の、月を思い浮かばせる優しい瞳が自分が話し出すのを待っている。アーサーはルシィの気遣いに深呼吸をすることで答えとする。嗚呼、相棒には敵わない。確かに今、俺は悩んでいた。
「歴史書に記されていないのは当然だけど、俺にはさ、力の使い方が分からない」
自らの両手を見下ろしアーサーは云う。全てほぼ無意識のうちに行われた器としての役割。役に立てることを喜ぶ一方、なかなか理解出来ない自分に嫌気が差しそうになっていた。決戦は目の前にまで迫っているのに、力について理解が追い付くことが難しくて、考え込んでしまって、何処か情けない気持ちになっていた。アルトゥーロはどう意識してやったのだろう?いつしか友人に言った言葉がアーサーの脳裏に甦る。「先代と今は違う」。分かっている、分かっているんだ。けれど、先代が今を騙してまで隠そうとした『色無き王』の存在がアーサーに重くのし掛かる。失ってはならない、彼が望んだ世界を。奪ってはならない、彼らが愛したその力を。その絆を。自分達と同じように窮地に陥りながらもその頭角を示し、意志を彩った実力者。彼らを支えるその本当の意味を、きっとアーサーはまだ理解出来ていないのだ。ギュッと握りしめられた拳を見下ろすアーサーにルシィは双神から聞いた話を告げる。
「『覇者』は本来十二人しかいません。けれど、アーサーが夢で会ったアルトゥーロのようにもう一人いる……その意味が分かりますか?」
「……もう一柱、いたとか?」
いいえ、とルシィは顔をあげたアーサーの説を否定する。
「『覇者』が望んだからです。もともと、『色無き王』は存在すらしていなかった。それが神々の力の欠片を少しでも支え、力になりたいと願ったからこそ生まれたんです。ただ、そこに意志があったかどうかの違いです」
「……え」
クスクスと笑うルシィがアーサーの困惑した瞳に映り込む。つまり、本当は名の通りの名も無き一般人だった?
「先代の多くは戦争を止める事を目標としたそうです。しかしその先頭に立った彼は違った。平和のために、守るために全てを犠牲にする覚悟すらしていた。誰かの平和を願い、誰かを守ることを望むことを己の一つの意志にしたんです。すなわち、それが『色無き王』と呼ばれる所以の一つ。十二人の『覇者』を纏め上げた意志の色です。だから、アーサーが力が分からないと悩む必要はないんです」
「……アルトゥーロが、本当は違うから?」
「そう言うわけではありません。まぁアグラヴェインさんの幼馴染みであり近くにいたと云うことは少なからず、関係があると云うことでしょう。ですが彼も不安だったはずです。未知の力はなにも魔法だけではありませんから。しかし、彼を選んだのも彼が選んだのも意志です」
不思議な空間で出会った少年。正義感と自信を持ち合わせた『覇者』を繋ぐ未来の架け橋。共にいる仲間で友人で。きっと彼も最初はそうだった、『覇者』も。だからこそ、最大勢力は温存され記されなかった。アーサーはサイドテーブルに置いた歴史書を一瞥する。表紙に刻まれた金色の文字が淡く銀色に輝いているように見える。
「だから、怯えたり悩んだりする必要はないと思うんです、双神にアーサーが見る夢について聞いたんですが」
「聞いちゃったの?ルシィ……」
「ええ、聞きましたよ。前列があるかもしれないので」
驚愕と双神に悩みを聞かれたことにアーサーが恥ずかしそうに苦笑すると、ルシィは胸を張って見せる。
「結論から言いますと、先代は初代であるためになかったと思われます」
「そっか……」
「しかし、今代のように力が継承されているとすれば、アーサーの夢の中に現れたのも理解出来ます。アーサーを導きに来たんですよ。きっと」
導きに来た……?ルシィの言葉が飲み込めず首を傾げるアーサー。夢のような悪夢、悪夢のような夢は果たしてそうなのだろうか?だが不思議な空間での出来事に関しては、心の何処かでは分かっていた。彼が現れた理由が。不思議な空間で『色無き王』と名乗った理由が。それが彼とアーサーが持つ力だから。なんだかルシィに悩みを打ち明けるとストン、と心が納得した。多分、自分は理解出来なくて情けなかったんじゃなくて自分で認められなかっただけなんだ。先代が遺した意志のように。
「ですから難しく考えなくて良いんですよ。意志のままにすれば良いんです。それに、先代とアーサーは似ています」
フフッと楽しげに笑うルシィ。その含み笑いが気になりアーサーはルシィの方へ身を乗り出しながら問う。
「何処が先代と似てるの?」
「ほら、大切な友人の危機に瞬時に反応するところが」
クスクスと笑うルシィにアーサーもなんだか次第に楽しくなって来て笑ってしまう。確かに力を解放した場面の多くがそうで、嗚呼、似ているのかな。深く考えることはない。自分の意志に、考えに従えば良い。安堵する自分がいることにアーサーは小さく笑う。『覇者』に一番近い存在であり『色無き王』として意志を願ったアルトゥーロの遺した言葉の意味が分かった気がして。無性にアルトゥーロに会って話したくなった。彼に色々聞いてみたい。先輩として先代として、同じ存在である彼に。そんな事をアーサーが考えていると顔に出ていたのか安心した様子でルシィがニッコリと微笑んだ。
「解消されたようですね」
「うん、ありがとうルシィ」
「いいえ、少しでも役に立てたならば光栄です」
悩みを解消出来て、いつものアーサーに戻って嬉しそうに微笑むルシィにアーサーも感謝を込めて笑い返す。その後、寝なくてはいけないのに寝る間も惜しむかのように二人は何気ない話をした。すぐ目の前にまで迫ったエディアスとの決戦から目を背けるのではなく、見据えるために。
次回は月曜日です!近づく最期の決戦!




