強くなれ
「兄貴は小学校を卒業してすぐ家の家業を継いだんだ、一番上の兄貴は訳あっていなかったから、それでも文句一つ言わず家業に専念してた、兄貴は小学校の時から野球が好きで良くやってて毎年甲子園も見に行ってたし家業が休みの時は友人たちと野球をしに行ってた、でも昭和四年ごろから一気に景気が悪くなってみんな貧しくなったうちも少なからず影響を受けたでも生活して行ける程の余裕はあったんだけど俺は操縦士になりたくて予科練を受けたんだけど落ちて、でもやっぱり諦め切れなくてもっと勉強する為にも中学に行きたいって言ったんだでもこの不景気の中でうちそんな余裕は無かったから進学は無理だっただけど、でもどうして中学に行って夢の為に勉強したくて諦めきれなかったんだそれを見かねた兄貴は家業を親父に任せてお金のいらない陸軍に入隊したんだ」
1929年に起こった世界恐慌である
「家族思いのお兄さんね」
「兄貴が軍で頑張ってくれてるおかげで家の家計も少しずつ安定してきて俺も中学に進学ができた」
「兄貴は満州の関東軍に配属になった、満州に行く時に港に兄貴を見送りに行ったんだ、でもそれが俺が見た兄貴の最後の姿だった、それからしばらくして兄貴の戦死を伝える電報が届いたんだ」
予科練は海軍飛行予科練習生の略称
純平は数ヶ月前の事を思い出した
数ヶ月前
純平が中学から帰って来ると家の玄関の前に陸軍将校が一人立っていた、純平は近すぎ
「あのー、うちに何か御用でしょうか?」
「君は河原木純平くんだね」
「なぜ俺の名前を」
「すまない、名乗るのを忘れてたね、私は第一師団所属の野津五郎中尉だ、君の兄である河原木良平伍長は同じ小隊の部下だったんだ、お兄さんから君の事は聞いてるよ中学で主席なんだってお兄さんが自慢してたよ」
その時玄関の方から母の声がした
「純平ー帰ってきてるのー?」
玄関の扉が開き母親が出てきた、野津は母に向かって敬礼した
「私は第一師団所属野津中尉です御令息である河原木伍長は同じ小隊で彼とはとても仲良くさせて頂きました」
母は頭を下げ
「そうですかわざわざこんな田舎まで」
「最近第一師団に転属になりましてやっとこれを渡す機会をできました」
そう言うと野津は持っていた風呂敷を手渡した
「これは彼が満州国境線沿いを警備中に敵と交戦し戦死した際持っていた物です」
風呂敷広げると中には血の付いた跡がある手帳と九四式拳銃が入っていた
「それは彼がよく使っていた手帳と愛用していた拳銃です」
母は頭を下げ礼を言った
「ありがとうございます、遺骨は帰って来ましたが遺品は何一つ無かったので」
「そうですかそれなら来て良かった、私はこれで失礼します」
「ありがとうございます、どうかお気をつけて」
野津は純平の元に立ち寄り
「純平くん、強くなれよ」
「はい」
純平の返事を聞くと野津は帰っていった
そして現在
「本当は兄貴はもっと野球をしたかったはずなんだ、振るいたいのは銃剣じゃなくてバットであって、打ちたいのは弾丸じゃなくてボールだっただと思う、俺があの時中学に行きたいなんて言わなきゃ兄貴は死なずに済んだはずなんだもしかしたらこんな事にもならなかったかも知れない、まあ今さらこう言ったとこでどうにもならないけどね」
純平は霞のことに気づき
「ごめんね、一方的に喋っちゃって」
霞は首を振り
「気にしないで、溜め込んでることは言った方がいい気持ちが楽になるから」
「ありがと、それじゃあ気持ちが楽になったところで頼みがあるんだけど」
「何?」
「水城さんの所へ連れてってほしいんだ」