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vs新米団員

殿下による鬼畜の100人抜きのお祭りは、1ヶ月後に予定されることになった。あと1ヶ月で100人を連続で倒せる体にしておかなくてはならない。

その焦りと不安は、レイだけでなくザーグも感じていたことで。



「メロリダ!足がおぼつかないぞ!後もう一周だ!!」

「はい!」


地獄のような訓練は、当たり前だが毎日行われる。

レイが所属するのは歩兵部隊であり、短射程の剣を使うものだ。そのため逃げ足も含めて体力勝負である。いざ実戦で燃料切れになれば、その騎士は敵の攻撃を受けて命を落とすことがある。

レイの体力へ危機感を人一倍感じているザーグの訓練は今日も特別厳しい。その理由をなんとなく理解し共感している先輩団員たちは、苦笑しながら負けん気の強い女性騎士の走る姿を眺めていた。


そんな中、コリンとともに休憩をしていた新米騎士団員の一人が、嘲笑うようにレイを見て言った。


「あーあ、かわいそうにあの騎士殿。社交界にいればあんな泥汚くならなかったのにな」


言外に騎士団にいるな、とも取れる発言に、先輩団員の眉が顰められる。だが、その言葉は他の新米騎士たちにも広がり、どんどん大きな笑い声へと変わった。

それは力の無さから、女性らしさの無さへ。他にも屈辱とも取れる言葉の数々に、思わず先輩団員が声を荒げようとした時だった。


「うるっさーい!あんたたちの声聞こえてんのよ!走りに集中させてよね!」


もう一周終わったのか、と誰も突っ込む者はいなかった。そのくらい早い時間で休憩室に戻ってきたのだ。唖然とした新米団員たちを無視して、先輩たちがレイを迎え入れる。妙に優しい彼らの気遣いに、レイはもちろんのこと気づくはずもなかった。

そして同時に、先輩たちからの愛情を一身に受け止めるレイのことをさらに新米団員たちが悪く思うのはも必然的なことだった。


王宮騎士団の本部は、城下町と王城の間に設置された施設である。そこで団員たちは日々を生活している。本部は一種の古城のようになっており、訓練場や会議室、医務室など様々な用途に用意された部屋が存在する。その中で、団長室として設けられた部屋に数名の新米団員たちが押し寄せた。

彼らのリーダーとして前に出たのが、入って3ヶ月のジェームズだった。


「団長、俺たち、メロリダ騎士のこと認められません」


その言葉が彼らの閉じていた蓋が外れたのか、次々とレイへの不満を口にする。先輩に甘えている、出来の悪い頭、体力の比較など、どれも似たようなことばかりだったがまとめればその三つである。冷静にその不満を聞いたザーグは、特に何か反論することもなく、穏やかに聞いていた。


「つまり、お前たちは俺にメロリダをどうしてほしい」


その問いかけを待っていた、と言わんばかりに、「解職を要求します」と間髪入れずに答えたジェームズ。そうだろうな、と予測をしていたザーグだったが、そうか、としか返さなかった。


「本気で言ってるんです、俺たちは!」

「なら同じように、あいつも本気でこの騎士団でこの国を守ろうとしている」

「そうは思えません!団長も、メロリダ騎士に甘いんですか!」

「そう思えるのであれば、お前たちはまだまだ半人前だ。もう少し鍛えてから出直してこい」


話はこれで終わりだ、とザーグは立ち上がり、団長室の扉を開ける。言外に帰れと言っているのが彼らにもわかった。渋々と退室する彼らの目には目に見えた不満の色があった。だが、いつまでも彼らをこの部屋にとどめておくわけにはいかなかったのだ。


「私、解職されちゃうんです?」


冗談交じりに声をかけたのは、団長室に設置された洋服ダンスから出てきたレイだった。新米団員たちが来る前に、必要な書類に判を押してもらうために来室していたレイだったのだが、入室の挨拶もせずに入ってきた新米団員たちに気づかれないように慌てて隠れたのだった。あれはもはや猫の動きだったとのちにザーグは語る。

ちゃっかり彼らの主張を聞いていたレイに、ザーグは頭が痛くなり、いいから帰れというのだった。





反政府派との対立も、建国から100年経って最近起きたものだ。

穏健派の王国派と過激思想を持つ反政府派の衝突は、数年前に起こったとある悲惨な事件によって幕が上がった。ある王家御用達の貿易商の貴族の家に、反政府派と反旗をひるがえす組織が押しかけ、その貴族家を惨殺するという事件だった。その事件を経て、王宮騎士団が構成されたのだが、それはもうエリート集団だった。頭脳と武力どちらも併せ持つその組織に生まれたばかりの反政府派の一部の組織は壊滅に追いやられた。しかし、それもまたほんの一部の打撃に過ぎず、それから反政府派は祭事や儀式の日を狙い、様々な方法で王国派へダメージを与えた。一方穏健派に過ぎない王国派は大ごとにはできず、構成されたばかりの王宮騎士団に頼り、彼らに権力を与えることで治安維持に努めた。

そこから王国派、もとい王宮騎士団と反政府派の対立はここ数年にわたって解決の糸口が見えないままになっている。


そしてその日も、一方的に且つ、突然その事件は爆発と共に訪れた。

本部にていつものように訓練を行っていた騎士団の元へ届いた爆発音。緊急体制に切り替えた騎士団は訓練服から制服へ着替え、王城からの報告と命令を待つ。その間に参謀役の団員に出来る限りの情報収集を務めてもらい、その中で正確な事件の実態をつかんでいく。


レイは本部の会議室に入れるほどの権力や実績をいまだ王宮騎士団の中では持っていないため、訓練場にて若い騎士団員を整列させていた。

爆発の音源から察するに、城下町の方からだ。もしかしたら一般の市民が巻き込まれている可能性がある。その恐ろしさに、今すぐにでも城下へ走り出したい気持ちがあるが、それを抑える。共に整列させている先輩団員が、レイの肩を叩き、頑張るぞと声をかけてくれた。


しばらくして、王城からの報告を受け、作戦を告げられる前に、それぞれ自分の愛馬にまたがり城下町へ急いだ。爆発事件なので、被害を拡大しないために団員全員が現場へ向かった。

城下町へ行けば、すぐに異常事態であることがわかった。現場は阿鼻叫喚。櫛屋さんとして有名な店が丸々一つ焼け焦げている。これが爆発現場か。その近くには反政府派と思わしき武装集団が城下を占拠する形で立っていた。

逃げ惑う市民たちを援護する城下町内の警察組織は、武装集団に歯が立たないのか一方的にやれてしまっている。そう言った現状を目の当たりにして、すぐに気づくのは、なんと武装集団側に人質がいるということだった。

しかもその人質が、おそらく一般市民ではない。人質は女性で、市民に紛れられるような地味な服装をしている。が、高貴な仕草や怯えきったその瞳からは、貴族であることが窺い知れてしまう。そしてそれは、武装集団にもわかっているだろう。


「メロリダ!」

「はい!」


こう言ったとき、まずザーグはレイを指名する。それはレイが女性初の騎士だからだ。慌ててレイは準備に取り掛かるため、近くの民家を訪ねる。その間に、ザーグを筆頭に警察組織と連携を組みながら人質解放の声を上げる。

が、上げた人間に武装集団の銃弾が被弾するという事態もあり、もはや一触即発の事態となってしまった。

そこで登場するのが、メロリダの役割だった。

一時的に社交界を揺るがせたとはいえ、いまだ浸透しない女性の騎士入団。武装集団もまた、今先程民家から出てきた金髪碧眼の麗しい女性が騎士だとは思えないだろう。

それはそうだ。いつもは束ねられた長い髪はウェーブがかかるように下され、泥臭い訓練服ではない女性らしい服を見に纏うレイは、どこから見ても背の高い麗人だった。クリス殿下が騎士にするにはもったいないという言葉も、この姿を見れば頷ける気がする、とザーグは毎回思う。

最初に息を飲んだのは、新人の王宮騎士たちだった。入って間もない彼らは、いまだに女性騎士であるレイを認められない。ましてや女性らしさのかけらもない彼女の実力をはかりしれる機会もそうそうないため、ただの何も役に立たないマスコットキャラ的立ち位置にいるのだと考えていたのだ。


「よく見とけよ、新米」


隣で、民家から登場したレイに見とれる新米騎士団員に、ザーグは声をかける。

あれがあいつの戦い方だ、と。



レイは自分の他人からの評価を知っている。

自分の容姿はもちろんだが、自分が男社会の中ではひ弱なことも、女性とすて力が劣っていることも。だがそれは、男にとっての油断に過ぎない。それは誰をとってもそうだ。さらに初対面であればその油断は倍である。

だからその油断をついていけ、とザーグから教えられた戦術。一辺倒でしかないけれど、初見では十分に効果のあるこの方法で失敗したことは過去に一度たりともない。


演じろ。私はか弱い町娘。

そして今、人質になっているのは、私の親友。


思い出すのは、毒舌で猫のように気まぐれな優しい侯爵家の娘。



「きゃー!いや!」



民家から飛び出すように人質と武装集団の中へ飛びこんでいく。レイの正体を知らない警察組織が、レイを止めようと身を乗り出すが、彼らに銃弾が飛ぶ。そのついでに銃がレイの方を向くが、それに怯えきった彼女の足が止まることで、銃弾が飛び出ることはなかった。

そのかわり、彼女に狙いを定めた複数の武装集団の仲間が、人質の交換を考え始める。

銃などを持っているやつは一人。人質を捕まえている人間を含む他の仲間は帯刀のみ。銃の所持は違法売買でしか手に入らない代物であるため重罪だ。


「ダメよ!こっちにきてはダメ!」


勇敢な女性貴族の声に拍手を送りたくなる。レイは内心その言葉に素晴らしいと褒め称えながら、表では逃げたいという気持ちを前面に出す。

だが反政府派の彼らはそれを許さない。ぐい、とレイの腕を引っ張り、人質の貴族女性を放り投げた。瞬間、長いスカートの中に隠れていた小刀を一瞬で取り出し、腕を伸ばした男の腕を掴んで投げ飛ばし、その横にいた銃を所持する男の利き腕とみられる方の腕を斬る。第一に女性の救出を優先するため、女性を抱きかかえ、2、3歩でその場から5メートルほど離れる。そのついでにとり落とされた銃を団員たちが待機する方へ蹴りとばす。これぞ一撃離脱。銃の使用を封じることで、仲間が戦いやすくなるように運べと事前にザーグからの指示も受けていた。

その次の瞬間には、控えていた団員たちが一斉に武装集団に食ってかかった。城下は戦場になる。が、戦闘のプロである王宮騎士団がむやみな殺生をするわけではないので、確保という形の大捕物劇が始まるだけだ。


「お怪我はございませんか、勇敢なる姫君」

「まあ、本当に、ええ、ありがとう」


騒がしい場所からいったん離れ、女性を市民の避難場所である広場まで案内する。恭しくレイは騎士の礼をとり、彼女の前にひざまづいた。

まだ少し混乱気味なのか、美しい瞳を涙で濡らす彼女に、ハンカチを与える。


「護衛の者はおりますか?」

「いえ、今日は一人で城下に出かけてしまいましたの」

「そうですか、ではこれからは護衛とともに行動してくださいませ。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「メアリー・セザンヌと申しますわ、麗しの騎士殿」

「セザンヌ伯爵家のご令嬢でしたか、失礼をお許しください。私は王宮騎士団に所属しております、レイ・メロリダと申します」


その名を告げて、やはり、という顔をされた。恐らく自分が助けられてから考えたのだろう。民間人の女性であのようなやり方をするのは、もはや一般市民ではない。

恐らくはこのメアリー、頭の回転が良いのかもしれない。


「レイ、殿。この度はお助けいただき本当にありがとうございます」

「私もあなたのような勇気ある美しい姫君を守れることを誇りに思います」


そうした挨拶を交わしたのち、レイは後ろから事態の収拾を告げに来たザーグに声をかけられ、その場を後にした。



そのあと、衣装提供をしてくれた民家に住む市民に礼を言い、城下の安全を確定させるためにしばらくはその場で後始末を行なっていた。レイはいつもの騎士団の制服に着替えると、レイの噂を聞いた市民たちが集まってきた。口々にかけられるのは賞賛の言葉。囮になることの勇敢さと体に気をつけてほしいという心配も混ざっていた。

それぞれに感謝の言葉を述べたのちに、後ろから声をかけられた。見ると、そこにはジェームズを筆頭に立っている新米団員たち。ある夜に団長にレイを解職するよう詰め寄った者たちだ。

今度は直接言うのであろうか、と身構えていると、バッと勢いよく頭を下げられた。その突然の動作にレイの目がまん丸と大きくなる。


「すみませんでした、メロリダ先輩!」


曰く、今まで女性だからと舐めきっていたこと。影であざ笑っていたことを謝罪とともに告白してくれた。そして最後に、自分も負けないくらい強くなりたいという意思表示も添えて。

潔い告白を含む謝罪と宣言は、聞いていて気持ちのいいものだった。それならばこちらも答えようと、レイも彼らに向き直る。


「私も、あなたたちのことを見くびっていた。潔いその姿勢を、私も見習いたい」


お互いに敬礼をする。その光景が面白かったのか、先輩騎士たちだけではなく、市民たちからも笑い声が溢れた。それが少し恥ずかしくなって、レイは慌てて敬礼をやめ、「うるさーい」と得意の大声で文句を言った。


「そんな顔、彼女に見せられないのが残念だな」


ザーグと同期で副団長を務めるセイランがザーグに声をかける。が、ザーグには彼が何を言っているのかがいまいちわからず、代わりに小さく拳を返した。



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