女性騎士・レイ
女性騎士って、かっこいいはずなのになぁと思いながら書いた作品です。
広い心で読んでくださると嬉しいです。
スタイン王国。歴史は100年を迎え、今や大陸全土を揺るがす影響力を持った大国。スタイン王家は、その権力を軍事力と文化に発揮し、国民の生活を長らく安定させていた。いわゆる平和と呼ばれる時代にあった。
しかし、その中でも反政府派は存在し、過激派となって度々王城や城下町などで反乱を起こす。そうした際に巻き込まれる王家や貴族、国民達を安全に避難させ、その場を守る役目に当たるのが、王宮騎士団である。彼らは一般的な民間の騎士団とは異なり、王家によって動かされる組織である。民間の騎士団は傭兵部隊に似たようなもので、教会や貴族が個人的に雇っているものが多い。その点、王宮騎士団は小規模でありながらも、民間の騎士団から優秀な人材を集めた、いわゆる少数精鋭部隊である。
そんな王宮騎士団の中に、金色の長い束ねられた髪を揺らす、女性が一人。名前はレイ・メロリダ。メロリダ伯爵家は代々騎士団に入団する優秀な武家であり、男女平等に武道を嗜んだこの時代には珍しい家である。しかし、メロリダ家も貴族の端くれ。レイの上の二人の姉はしっかり婚約者を持っている。ここで婚約者をとらなかったのは、レイの意思だった。
幼い頃から物語のお姫様よりも彼女を守る騎士に憧れていた彼女が、武家のメロリダ家で騎士を目指すと言う夢を掲げるのに、そう時間はかからなかった。目標を据えたメロリダ家の人間は、行動が早い。成人を迎えた時点で、レイは民間の騎士団に所属し、そこで大きな成果をどんどん上げていく。ついには王家からも認められ、女性初の王宮騎士団の騎士の仲間入りとなった。
「メロリダ!足が止まりそうだぞ!もう一周してこい!」
「は、はい!」
ふざけんなこの鬼上司!と返せないレイの視界の端に、腕を組んで厳しい目でこちらを見つめる上官がいる。彼はガイナス・ザーグ。レイの所属する王宮騎士団の団長を務める、いわゆるエリートだ。その実力は国王家も認めるもので、毎年恒例の騎士団主催の武道大会では5年連続で優勝を果たしている。
そんな伝説とも取れる男のもとで毎日王城の騎士団管轄区域の本部で訓練を行うのだが、いかんせん初めて女性王宮騎士。誰もが彼女を甘く見ていたし、同等と思っていなかったが、入団して早1年。彼女の実力は開眼するものがあった。
男顔負けの身長の高さや細身に反する腕っぷしの強さ、強い負けん気に猪突猛進な性格から、誰も彼女を女性としてーーーーつまり年頃の若い女性として認識するものはいなくなった。それ幸いと馴染んでいく彼女にも問題はあったのだが、元々の容姿のポテンシャルは社交界から遠のいた時に既に置いてきたものと彼女も無意識のうちに終わらせていた。
女をも捨て去った彼女は、結果として、団長であるザーグのお気に入りの存在となった。単純に実力のみによる判断だが、他にも冷静さの欠如や思い立ったら即行動派の性格からも「ほっとけない」の感情で、彼女はザーグの下にいつでもつくようになった。尤も、それは20数名しかいない団員全員からの推薦であり、異議を唱えるものもいなかった。
多少それに関して不満はあるものの、レイにとってもそれほど悪い話でもなかった。王宮騎士団の団長を務めるザーグについて回ることで、複雑に絡み合う王宮のイロハを学ぶこともできたし、持ち前のポジティブ思考とたまに良いこと言うポテンシャルの強さで人脈を広げることに成功している。これもまた、団長であるザーグの狙い通りなのだが、そこまではレイも気づかない。
「絶対、ザーグ団長は私をいじめるのが楽しいのよ」
休憩時間、冷たい氷と水の入ったボトルに口をつける。ひんやりしたそれが喉を通る時に、結構喉が乾いていたんだなと実感する。
騎士団の訓練着に着替えているレイの隣には、多少動きやすいように改造された淡い色のドレスを身に纏う美しい女性。白銀の長いウェーブに揺れる髪は、彼女のトレードマークだ。名前はアリシア・マケリー。マケリー侯爵家の長女であり、スタイン王国第一王子の婚約者候補の一人である。
「そう?私には可愛い子には旅をさせろ方針にしか見えなかったけど」
そんな偉大な女性がなぜ、王宮騎士団とはいえ一介の騎士と対等に会話しているのか。これもまたザーグによって広げられたレイの人脈の一人である。初の女性騎士ということで一時期社交界でその名が馳せたレイに興味を抱いたアリシアが、自らレイに話しかけてきたことで始まった友人関係。もとより伯爵家であったレイにとっても雲の上のような存在だった彼女と、今やこのように敬語もなしに話すことができるのはいまだに信じられないようなことだった。
「それで、今日は何を差し入れに持ってきてくれたの?」
アリシアは、王妃教育の合間にこうして騎士団管轄区域の本部に差し入れを持ってきてくれる。彼女いわく、騎士団に恩を売っとくのが狙いらしいが、本当はレイに会いにきているとは口が裂けても言えない。アリシアにとって、レイは既に最高の騎士として認識されているのだ。
「今日はレモンパイよ。団員の皆さんと食べて」
最近公爵家御用達のシェフにお菓子作りを習っているのだと言う。王妃教育のちょうどいい気分転換になるらしい。第一王子の婚約者が平民のようにお菓子を作っている姿があまり想像できなくて、それを聞いた時レイは笑ってしまったが、それも込みでアリシアという女性のような気がして、好感度がますます高くなる。
本部の休憩所で駄弁っていたこととが他の団員にバレたらしく、あまり見かけない美しい女性の登場に本部が湧き立つ。アリシアはそれを嫌そうに見るが、そんなことくらいでは屈強な騎士たちの心は折れない。だからレイがアリシアを守るように前を立つのが、もはや当たり前の光景となっていた。
しばらくの休憩時間が過ぎ、アリシアが帰るわ、とひと声かけたところで、レイもその場を立つ。アリシアをいつもの場所まで送り届けるまでが彼女の仕事だ。
社交界で白薔薇の姫と呼ばれるアリシアのファンは当たり前だが多い。同時に反感を持つ貴族家もいる。そうした無礼者たちから少しでも遠ざけるために、王宮騎士団の団員ではあるが、王家の婚約者候補である彼女を護衛するのもまたレイの仕事となっていた。
「ザーグ団長だけど、」
そう切り出したアリシアに、レイは一瞬身構える。
「きっとあなたのことが可愛くて仕方ないのね」
「え?」
「あなたって、たまにわけわかんないくらいおばかで可愛いところあるしね」
「ねえ、それって褒めているの?」
もうすぐいつもの場所でお別れ。そんな時にやり逃げのように言わないでほしい。反論することもできず、アリシアは自分の家の護衛に連れられ、レイの元から離れていった。
騎士団寮の食堂は、いわゆる戦争だ。
食べ盛りの若い騎士はもちろん、40近くになる騎士ですら5食分くらいの量を食べる。そうでなくては毎日消費ている量と釣り合いが取れない。
レイもまた例に漏れず、女性にしてはよく食べる。食券の争奪戦から短い時間で食べるために長蛇の列など御構い無しにおばちゃんへ券をわたし、ちょっぱやで作ってもらう。反感などは気にする方が負けだ。騒がしい怒号はあちこちで飛び交っていて、どれが横入りをしたレイに向けてのものかは誰も判断ができない。
初の女性騎士ということで、最初は一人で食べていたレイの周りには、いつのまにか年長の団員たちが集まるようになってきた。誰もが優しく、兄のような存在だ。そういった彼らからの愛情は伝染し、いつのまにかレイの周りには老若を問わず、人が集まるようになった。最初は寂しかった食堂も、今では毎日の楽しみの一つとなっていた。
そして、最初からレイを気にかけていたザーグもまた、彼女の隣で食べる人間の一人だった。
「おい、今日転んでいただろう。処置はしてもらったか」
「あ、はい。その場にいたコリンがやってくれました」
コリンとは今年入団した新入団員である。まだ少年のようなあどけなさの残る18の青年だが、故郷で待つ想い人にために働いているのだ。
そんなコリンは、新入団員の中でも一番にレイと仲の良い騎士である。というよりか、普通に接してくれる。ほかの新入団員は女性である彼女を見くびっていることが度々ある。今日だって、レイに投げられたザーグによる怒号に対して何人かに若い騎士がほくそ笑んでいたことを、レイはもちろんザーグも知っている。
「お気遣いありがとうございます」
「いやいい。それよりこの後王宮に顔を出す。お前もついてこい」
「了解しました」
短い会話はそれで終了したが、そのあとお互いに団員から話しかけられた。今日の訓練のここが失敗だったとか、この動きは良かったとか。
日々向上心に溢れるこの会話を、騎士の夢を語ったレイにとって嬉しく感じないわけがなく、いつまでもその話題で目を輝かせていた。
夕食を早々と後にしたレイは、ザーグに連れられて本部から王城への長い廊下を歩く。訓練着から王宮騎士団の白と青を基調とする制服に着替えた2人の足音が高く響いていた。
「団長、今日はどういったお話があるんですか」
「今日は第一王子であるクリス殿下からの“お願い”があるらしい」
お願い、が何とは聞かない。さすがに。お願いの意味に含まれているのは大概、無茶なことや遠征など面倒なことが含まれている場合がある。
ちなみに王城内ということ堅苦しい表現を使っているが、クリス殿下とザーグは幼馴染で大親友である。このことは王城内では周知の事実であるのだが、所詮は貴族社会。こういったことも重んじられる世界である。もちろんアリシアとレイも、王城内や公的な場ではしっかりと身分を弁えた行動をしている。
「私はもうワイマー地方には行きたくありません」
見たことのない虫がいっぱいいるから、とは付け足さずとも分かっただろう。俺もだ、と返すザーグもまた虫が苦手である。いや、基本的に二人ともそこまで虫への嫌悪が激しいわけではない。むしろゴキブリ程度なら喜んで叩き潰せる。だが、以前その地方に出向いた時に正体不明の人間と同じくらいの大型の昆虫に二人で出くわした時は心臓を自分で止めようとさえ思ったのだ。
第一王子の待つ騎士の間の扉の前に立つと、側に立つ衛兵が開けてくれた。どうやら私たちが来ることは知っていたらしい。大きな荘厳たる扉の先には、長い木彫りのテーブルと一番奥の席に腰をかけたクリス殿下がいた。
ザーグと目が合うとにこ、と笑い、かけてくれと促す。レイはザーグの後ろに立った。
「やあ、初の女性騎士のレイ殿。いつも思うが、君のその麗しさは騎士であることが勿体無いね」
言う人が言えば屈辱にもなりかねない言葉だが、第一王子である彼がレイに他意を含ませるほど彼女に興味がないことをレイもザーグも知っている。これはいわゆる挨拶みたいなものだ。
「お褒めに預かり光栄であります、我が国の光」
我が国の光、というのはクリス殿下の呼び名だ。彼に名前を呼ぶ前にそう声をかけるのが礼儀である。もちろんこれは国王家に限らず、一定の爵位を持つ貴族間では当たり前のルールである。例えば、アリシアの場合は白薔薇の姫、といったところだ。
「それで、聞いていると思うけど、僕からお願いがあるんだ」
「は、今回はどのようなご用件で」
「ああ、堅苦しくしなくていいよ、ガイナス。人払いは済ませている。レイ殿も着席してくれ」
「じゃあ、遠慮なく」
レイがガイナスの隣の席に着くのと、ザーグが親友への態度に変わるのはほぼ同時だった。
二人の素直な態度にくすりと笑うクリスだったが、それは二人とも気づいていない。
「ガイナス、レイ殿。君たち王宮騎士団へのお願いというものなんだけどね」
そこから始まった彼の話に、怒号で返したのは他でもないガイナスだった。
「ふざけるな!こいつは見せしめのために騎士になったのではない!」
「団長落ち着いてください!殿下にも何かお考えのことだと思います!」
クリス殿下の話をまとめると、こういうものだった。
現在スタイン王国では二つの派閥が存在する。多数派の王国派と、少数派の反政府派。温厚な王国派に対して、過激な思想を持つ反政府派は時折王城や城下町にて問題を起こす。その度に王家直属の王宮騎士団が現場に向かい事態の収拾に勤めるのだが、実際巻き込まれる国民感情はやや反政府派だ。王国派の穏やかな性格がいまだ解決に向かっていないと考えられてしまっているのだ。
そういった国民の感情を取り戻すために、クリス殿下は今回、王家と王宮騎士団が主催する祭りを開き、騎士団による人気集めを行おうと言う。もちろんそれは国民の休息日となり、表向きは国民へのご褒美という形になるが、実際は王家の集客目的。その中でもここ数年女性初の王宮騎士団入りで有名なレイを使いたいというのはクリス殿下の本心だった。
もちろんクリス殿下も人の心がわからないわけではない。レイの気持ちを尊重した上でこの話を進めたいと考えている。だからこその“お願い”だ。
「いいですよ、殿下。別に私は」
「よくない!だいたいお前、何をするのか分かっているのか!」
それがいまいちよく分かっていない。今回企画された騎士団の祭りは、毎年行われている騎士団に武道大会とは少し違う。
「ひゃ、100人抜き、ですか!?」
それは予想の範疇を超えた。しかも相手するのは若い王宮騎士団や民間の騎士団に最近入団した腕っぷしだけの新人騎士たち。さらには全員男だ。
流石に無理があるのではないかと、先程二つ返事でOKをしてしまったが、思わず逃げ腰になる。隣でだから言っただろうというため息が聞こえたが無視した。
「まあ生き残りみたいなものだと思ってよ。主人公は君。でもって、100人は全員順番に君を倒しにかかる」
「しかし、負けてしまった場合はどうすれば」
そう言い訳じみた言葉は失敗だった。
にっこりと笑みを返されて、言外に「できないならば騎士をやめろ」と言われた気がした。
結局のところ、レイを認めている人間は少ないのだ。それはクリス殿下も含め、だ。頭の弱いレイでもそれくらいはわかる。認めて、信じてくれるのは衣食住を共にする仲間たちだけだ。そしてそれを統括するこの上司。
レイの住まいは騎士団寮にはない。何せ初の女性騎士。だから彼女の部屋は王宮に使える侍女頭などが住む女子寮にある。そこへ向かう分かれ道で、ザーグが彼女の頭を不意に撫でた。無言のそれは、信じてる、の言葉のように思えた。
簡単な人物紹介
レイ・メロリダ 22歳。金髪碧眼。実は美人だけど男勝りなその性格で全て霞んで見える。初の女性騎士で王宮騎士団に女性初の入団。
ガイナス・ザーグ 28歳。最年少騎士団団長を務める。といっても歴史が浅いため、2代目団長。前団長は反政府派との抗争を経て他界。鬼上司。
アリシア・マケリー 18歳。レイの親友。侯爵家の長女で、第一王子のクリスの婚約者候補。白銀の長い髪に青色の瞳が印象的な超絶美少女。毒舌な情報屋。
クリス・スタインバーグ 21歳。ガイナスの親友。アリシアを婚約者候補としているが、アリシアを推薦している。お腹の黒い策士。