03 【30.01.27】世の中の母さんたち
「こんなに遅くまで何やってんだ」
「元カノがいきなり訪ねてきて、ちょっと色々あって」
「そうか。彼女は大学に戻るんだな?」
「うん。新幹線で」
「こんな雪じゃ運転見合わせもおかしくないだろうが、もしそうなったらうちに来るように言っとけ」
「もう発車してるって。それにうちに来れる電車って、さっきのが最後だし」
「そうか。まぁ、適当に頑張れ」
今年の今日は父さんと一緒ではないけれど、あの時の父さんの余計な優しさに、俺は「ありがとう」と言えなかったのであった。
(01.26)
『着いたか』
『うん、今着いたばかり。何回か途中停車しちゃって』
『そうか。まぁこんな雪だからしゃーないか。お前のルームメイトたちに深夜尋問されそうだ』
『…されないよ。彼女たちには姉ちゃんと一緒に出かけるって言っておいたから。あなたのことは言ってないよ』
『でも勘ぐられてはいるだろ。お前ここ数日妙によく電話かけてきたし』
『あはは…でも彼女たちには明日話すって言っておくから。じゃ、シャワー浴びてくから、切るね』
『ああ、おやすみ』
『おやすみ』
今年の今日はやましいこと何一つしていないけれど、あの時の俺は彼女を待ち構えているルームメイト達と、夜空を切り裂く眩しい電気と、如何にもソビエト風の尋問室の想像を止めることができなかったのであった。
(01.26)
『えっと…まだ痛いのか?』
『痛くないよ。』
『本当に?』
『本当よ。寧ろ生理の方が痛かった』
『…そか。エロゲにはよく「気にしないで続けて」って展開になるけど、それが都合主義だと思って、実は凄く痛かったりとか』
『…本当だってば、心配しなくていいから』
『ならいい。エロゲの知識を鵜吞みにしちゃいけないのはわかっているが、どの部分を信じていいかは流石に分からん』
『あはは…』
今年の今日はエロゲを遊んでいないけれど、また無駄な知識を手に入れた俺はその夜、安心して眠れたのであった。
(01.27)
『ちっ、雪、また降りやがった』
『本当だね。こんなに積もってる。道理でみんな文句言ってるね、電車止まったとか。
そういえば、わたし、今でもちょっと血が出てて…あなたの専門知識で説明してくれないかな』
『……お前、凝固障害とか無いだろうな』
『あるわけないでしょ!
何ミリリットルは出てると思うから、どうしてだろ』
『さあな、本当にわからないよ。
あの時は傷口を洗って研究するべきだった』
『はいはい、あなたは一番プロなんだから』
『やめろ恥かしい』
今年の今日は断じて血なんぞ出てはいないけれど、生々しく学術的な議論を励んでいた俺はあの時、彼女に知られずに教科書を睨めっこして、やがてどの章から読むかもわからず、途方に暮れたのであった。
(01.27)
「母さん、お小遣いくれ」
「あら、またどうしたの?」
「ほら、こっちが元カノと食事したレシートで、こっちが彼女と食事したレシートだ」
「あらあら。よりを戻したのね。彼女の方から言い出したの?」
「そうだ」
「あの子、前の彼氏に振られてお前の元に来たんじゃないでしょうね」
「んなわけあるか」
今年の今日は金欠では…あるけれど、その後の俺は彼女からそっちの母さんも似たようなことを言い出したと聞いて、世の中の母さんたちは本当に似ているなぁと母さんに聞かれないように小さく呟いて、久し振りの家族団欒の食卓に向かうのであった。
(01.27)