放課後の死神
三人組SOSD初めての投稿です。
三人の作者が、同じお題で短編を投稿します。
今回のお題は「放課後」です。
「──だってそっちの方が素敵だろ?」
そう言って消えかかった自分の姿に哂い、心臓に突きあ立てた刃を刺し貫いた──。
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放課後の教室にただ一人。何をしていたとかでは無い。放課後の妙な虚無感につられ、それ相応の行動をした。
要するに黄昏ていた。揚々と部活動に赴く生徒達を、頬杖をつきながらぼんやりと眺めていただけ。
放課後は嫌いだ。こんな悲劇のヒロインごっこをしても全然満たされる事はないから──。
「ばかばかしい……」
全くもって馬鹿らしい。誰も居ない教室なのに体裁を気にした挙動に反吐がでる。
ため息混じりにゆっくりと立ち上がった時──
「痛ッ──」
仰け反る程の激痛が突如背中に襲い掛かる。
「あがっ……は⁉︎」
鋭利な何かがゆっくりと背中を突き刺す。
「痛ァアうぐっ!」
それはゆっくりと背中の肉を抉っていく。
しかし振り切る余裕も、状況判断もままならないまま、じわじわと身を焦がす灼熱と、肉や繊維がブチブチと千切れていくリアルな感触に吐き気を催す。
喉元を逆流する熱を必死に右手で覆う──
「手が……透けて……」
覆った右手が透けている。そして手だけではない。体全体がいつの間にか透けていた。背後からの何かが侵略するにつれて体が透過していく。
「──叫ばなかったのは……流石男の子だね、と褒めてあげたいよ」
「だっ……」
誰だ──とも叫べない。口内を覆うドロドロの液体と背中の激痛がそれを遮る。
未だ死に至らないのは、後ろで喋った奴が死の間際で止めているから。ギリギリ死なない所で背中を抉った何かを止めているから。
「あなたの命は私の一押しに懸かっています。そしてあなたは喋れない。だから私が一方的に喋って話し終われば殺します」
ハスキーで可愛らしい声に似合わぬほど無慈悲な台詞を淡々と述べていく。
「…………」
この女……
「今あなたは突然刺された事より、自分の体が透けている方に驚いてますね。これには私にも非があるので説明します」
「…………」
「まず最初に、私は死神です」
「──ッがは、カバッ!」
期せぬ台詞に振り返ろうとした手前、背後の何かがさらに食い込み嗚咽する。
「ああ……急に動くと死んでしまいますよ? そうなった場合死因は自殺でなりますけど大丈夫ですか?」
大丈夫な訳ないだろ──と、相変わらず声が出ないので精一杯の歯軋りで敵意を示す。
「勇ましいですね。目が合った瞬間殺されそうですよ!」
内容と声のトーンが合致してない。何故か女はウキウキと語りかける。
「続けますね。あなたの背中に刺さっているのは死神の鎌です。この鎌は体を全く傷付けずに殺せるんですよ」
「──ッ!」
「まあ驚きますよね。現に今、あなたの背中に穴なんて空いてませんから。それどころか出血もないんです」
「……──」
「そんな訳ない──とか言いたそうな顔ですね? 違いますか?」
違わない……。この女、完全に読んでいる。合っているに決まっている、と言いたげな程自信に溢れている。
「続けますね。この鎌の特長はもう一つあって、刺し殺した人の魂を抜く力があるんです」
そう言った瞬間、女は鎌を体内でかき混ぜてみせた。
「ぐがハッ……!」
「理屈は聞かないで下さいね。私もそこは分かりませんから。だからそうゆうものだと思ってて下さい」
女はフフっと笑い、淡々と進める。
「続けますね。魂が抜かれたあなたの体に私が入るつもりです。……ほらほら動いたら説明途中に魂が抜けちゃいますよ」
説明一つ一つが衝撃を走らせる。そしてその度に死にそうになる。
訳の分からない事を言ってるようで、辻褄のようなものが合ってしまう。
背中を抉る激痛。体を侵略する鋭利な鎌。喉元に蟠って排出する気のないドロドロの熱。何よりも透明な右手が女の戯言の信憑性を上げる。
しかしこんな事が──
「理解はしなくていいです。納得だけして下さい」
女は死に損ないの思考などお見通しらしい。
「まあ素直に納得してくれないと思うのでこれからあなたを殺します……と言っても、そんなに消えかかっているのにも関わらず青筋がクッキリ見えるあなたを今殺せば私も殺されそうですね」
「…………」
ご明察。本当に何でもお見通しな訳だ。
「だからここからはエクストラです。特別です」
「…………」
「実は私って実体が無いんですよね」
「…………?」
「分かりませんか? 何で私がわざわざ鎌の特長を懇切丁寧に説明したのかを──」
「────」
「あ、察しまし──」
思わず振り返った。
背中の鎌で抉られているのも御構いなしに──
「おめでとう──」
絶句。
「今日から君は……」
絶命する瞬間に見た光景……
「──死神です♪」
ニッコリと笑う自分がそこには居た──。
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悪夢から1日が過ぎた。昨日のは夢では無かった。丸一日現実逃避してようやく帰ってきた。
どうやら死神になったらしい。
根拠1、浮く。浮こうと思えば浮ける。
根拠2、透けてる。何か透けてる。
根拠3、鎌がある。最早確定。
「…………」
──どうやら死神になったらしい。
そして他にも幾つか分かったことがある。
まずはお腹が空かない。こいつ人間辞めたってよ。もちろんトイレも行かなくて大丈夫だ。
次に学校から出られない。昨日帰ろうとしたが、下駄箱より外へ一歩も出られなかった。
最後に鎌。捨てても捨てても目の前に出現する。本当に訳がわからん。いや本当に訳がわからん。
あれもこれも全部……
──納得だけして下さい。
ふと、昨日女が発したセリフを思い出してしまう。
「納得、だけ……か」
なんてコンパクトでクレバー。
確かに理解できそうにない。こんな死神程度の思考では。まあ、納得するのにも丸一日かかったけど……。
「要するに──」
誰かをぶっ殺さないと永久に鎌が付いてくるし、学校からは出られないし、そして死神のままという訳だろう。
まあ、理屈は全く分からんけどな。
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ここで考える訳だ。
──誰を殺そうかと。
普通に考えたら……いや、殺すこと自体普通ではないからな。
まあ、殺されるわ、死神になるわで不幸な役回りなら嫌いな奴をターゲットにするのが妥当だろうか。
上田──カースト上位のスポーツ刈りのこの男。授業中はうるさい。教師に対しても高圧的。息を吐くように人の悪口を言うのが特徴……
うん、こいつだな。一番時間掛かると思ったがすぐ決まったな。上田に決定しました。パンパカパーン。
「次はタイミングか……」
次に厄介なのが殺すタイミング。人目につくのは極力避けたい。
昨日の出来事を思い出したが、あれを叫ばずに耐えるのはほぼ不可能だ。だから完全犯罪でないといけない。
したがって授業中は却下。かといってトイレ中に殺すのも抵抗がある。……だって飛び散ったら嫌じゃん?
休憩中や放課後の一人になる時間がベターだろうな。
「よし!」
決行は明日。
今日は上田の上空で張り込んで殺すタイミングを探ろう──。
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──翌日
「はぁ……」
思わずため息をついてしまう。そして苛立ちから鎌を窓の外に放り投げた。それでも何故か目の前にあるのだ。
「はぁ……」
またしてもため息をついてしまった。さっさと殺さないとこの鎌は目の前に現れ続けるのだ。
しかし──
「あいつ、誰かと一緒に居ないと死ぬ病気にでも掛かってんのかよ」
昨日は朝のHRから放課後までを上田の上空で監視していたが、一人になるタイミングがまるで無かった。
移動教室の時も、休憩時も、トイレも、お昼も、掃除中も、放課後も──
というか休憩の度にトイレ行くなよ。頻尿かよ。
「しかもあいつ悪口言ってたし……トイレで」
何回鎌を振り下ろそうと思った事か。約半日、上田を監視して殺そうと思った回数は両手では収まらない。
それでも振り上げた鎌が振り下ろされる事はなかった。タイミング云々の話ではなく、その都度恐怖したのだ。振り上げる度に蘇るのだ。
背中を抉った気色悪い感触が、肉が千切れる感覚が、発狂する程の痛みが──
背中が疼く。両手が震える。吸血された様に体が凍る。
口では殺すと息巻いているのにも関わらず。いや、息巻いては無いんだけどね。
と言えど、いつかは殺らなければならない。
しかし上田には隙がない。クソ、隙だらけなのに隙がないとか……何それぶっ殺してやりたい。
とりあえず上田はムリだ。
「ならターゲットを変更しなけれ……ば‼︎」
閃いた。体中に電流が流れたから間違いない。
──教師。
別に生徒でなければいけない理由がない。ならば一人になるタイミングが多い教師の方が安易ではないだろうか。
「よし!」
決行は明日。
今日は知らない先生の上空で張り込んで殺すタイミングを探ろう──。
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──翌日
「はぁ……」
思わずため息をついてしまう。そして例のごとく鎌を窓の外に放り投げた。結果は省略するが。
「教師はダメだ」
昨日一日中張り込んで分かった事だが、まず隙だらけ。
あんた隙だらけだよ。昨日だけで100回は殺せたよ。
──と、言うくらい隙だらけ。こればっかりは上田を見習ってほしい。
しかし教師は忙しいらしい。授業、提出物の採点、謎の会議、他にも色々していた。
仮に完全犯罪で殺したとしてもその後がアウトだ。教師になり変われる自信がない。クラスが崩壊してしまう。
隙だらけなのに諦めざるを得ない。何だソレふざけんな。
「難しすぎるだろ……」
今日日何故あんなに犯罪が起こるのか不思議でならない──とか本気で思ってしまった。ルビはマジ。本気と書いてマジらしい。
はぁ……と、一つため息をついて仕切り直す。
教室は1限の数学だ。カリカリと教師が黒板に公式を書き連ねている。
殺した後の事は盲点だった。だとしたらターゲットを改めて考え直さなければならない。黒板は書き慣れないから教師にはなれそうにない。それと上田は却下だ。
「ふむ……」
そんな事を考えるとある人物に目がいってしまった。
三橋──窓際の彼女の、肩にかかるほどの髪がゆらりとなびく。
彼女はサラっと揺れた髪を左のくすり指で優しく耳にかける。
──つい見惚れてしまった。
ここ数日彼女の凜とした瞳と目が合う事は無い。人が死神を見ることはない。声も聞かれない。虚空と何ら変わらない。
死神の欠点だ。三橋にその存在をどうにかして誇示したい。上田や教師を張り込む合間に覗いてしまうほど意識してしまう相手に。
端的に好きなのだろう。
「あの女も相当頭おかしかったが……」
自分も大概だな、と思ってしまった。好きな相手を殺そうとしているのだ。あわよくばなり変わろうとしているのだから。
もう無理だ。完全にロックオンされた。自分の気持ち悪さに吐き気がしそうだが、もう三橋しか無理だ。
今日日何故あんなに犯罪が起こるのか分かった気がする。
「こ、殺すか……?」
三橋の一人になるタイミングは熟知している。上田みたいな病気には掛かってない為、割と一人のタイミングが多い。
そしてあるタイミングで毎日と言っていいほど一人になる。
「決行は……放課後だ」
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──放課後
そして彼女は居た。机に肘を立て頬杖ついて窓の外を見ている。
正直三橋が放課後に一人になるのは生前から知っていた。放課後になるといつも儚げに窓の外を見ることは知っていた。だから殺すならこのタイミングだと悟っていた。
三橋とはクラスは違うが、帰宅時にクラスを通る振りをして覗いていた。昇降口とは逆方向のクラスをいつも通っていたので知っていた。
思い返すだけでも気色悪い青春だ。
鎌を握りしめて三橋に近づく。生前でここまで近づいた事はない。
ドアの隔たりは大きかったのか三橋の表情が鮮明に映る。
何がそんなに悲しいのかは分からない。だが、そんなにも悲しいなら──
ゆっくり、ゆっくりと鎌を振り上げる。
右手は震え、背中が疼く。
あごに溜まった冷や汗が滴下した時に全身に鳥肌が立つ。
──今から人を殺すのだと。
実感が一気に押し寄せたのだ。濁流のように迫るその実感に思わず鎌を直す。
振り上げる度に蘇るトラウマに怖気ずいてしまう。
「ゆっくり……」
鎌の矛先を三橋の背中に近づける。決して振り上げる事なく、情けない自分にぴったりの殺害方法だ。
殺す勇気が出たら貫く……。
そんなつもりで立てた矛先は中々動かない。
三橋の華奢な背中の約10センチ上、震える鎌は決して振り抜く事はない。
決断しろ。覚悟を決めろ。貫け──
「きゃああああああああ!」
「──は⁉︎」
鎌を通して肉を抉る感覚が──
そして響き渡る悲鳴と、背中を押さえてうずくまる三橋の姿が……
「は……は?」
突然の出来事に二歩退がる。
「う、ううう……」
自己暗示中、三橋が立ち上がったのだ。まだ覚悟が決まってない時に──
「違……違う……今のは……」
誰にも聞こえない言い訳を垂れながら釜から手を離す。
「いだ……痛」
三橋はうずくまりながらカバンを取り、一目散に教室を後にした。
幸い三橋の背中に刺さったのは先端だけ。重症には至らなかったが──
「…………」
一生分の勇気を使った気がする。結果は伴わなかったが……。
そして物凄い罪悪感だ……。
ゆっくりと目を閉じる。
今は何も見たくない。心の整理もしたい。
しかし、
「居るんでしょ?」
妙に聞き慣れた声で誰かが問いかける。
「そこに居るんでしょ? ……死神さん」
「──ッ!」
思わず目を開ける。「死神」という台詞もそうだが、何よりこの声は……
「とりあえずそこに居るんでしょ死神さん」
絶命間際に見た悪夢が再び襲い掛かる。
自分の声、自分の姿をした女が話し掛けてくる。
「何の用だよ……今は気分が悪いんだけど」
「あなた今殺そうとしたでしょ?」
「……見たのか」
「まあ動くならそろそろだと思ったけど」
「で、何の用だよ」
「いや、でも少し早過ぎるんじゃないかな……対象をしっかり観察しておかないと」
「どうでもいいけどその姿で女口調やめてくれない? 気色悪いから」
「まあ私の場合は以前から観察してたから問題ないけども……」
自分の姿を纏ったこの女は会話をする気がないのか、一人でにペラペラと喋りだす。
「いや……こっちの声は届かないのか。いや、鎌を刺さないといけないのか?」
奴を見ると今もペラペラ喋っている。
「それで死神さん、あなた三橋明日野を殺そうとしたでしょ?」
ドキリ、と体が震えた。
そして女はニンマリと嗤った。まるで姿が見えるかのようなタイミングで。
「私を選んでくれて嬉しいわ」
「──はッ⁉︎」
奴の台詞に凍りつく。
「と言っても私はここに居るのだけれども……あれ死神さん、今驚いてます?」
どうやら立場が変わってもこの女は全てお見通しでいる。
「やはりあなたは私と似ていると思った」
「似ている……?」
「似てないとか言ってそうだね。でもあなたは私を殺そうとしたでしょ?」
「何言ってんだ……この女?」
「私、あなたが好きだから殺したの」
「──ッ!」
窓から一陣の風が吹く。
「私が死んだ時、私が殺そうと思ったのはあなただけだったの。理由はあなたと一緒だと思うの。運命だと思わない?」
「…………」
「自分の体を取り戻そうとも少しは思ったけど、私を殺した相手と殺し合うなんて死んでもごめんだったの。だって、殺し合う程好きだなんて素敵なことでしょ? そんな素敵なことを知らない人とするなんて嫌だった」
「…………」
「だからあなたが私を殺そうとしたのが嬉しかったの」
「…………」
「だからあなたには私を殺す権限をあげる。だから罪悪感なんか持たずに一思いに殺して!」
「……全然似てないよ」
この女のラブコールを聴き終わり、ゆっくりと着地する。
「強いて言うなら、以前から観察してた事くらいだよ」
右手に鎌を構え──
自分の姿をした女の心臓を指した。
「え──なん、で……?」
「全然似てないからだよ」
「でも……これも……」
「そうだろ」
嬉しそうに笑う自分の姿に哂い、皮肉じみた台詞を吐いてぶっ殺してやった──。
狂おしいほど殺したい