英雄エルブロウはかつて只の騎士だった(後編)
その竜は同じ姿をした化物を見て、一言呟いた。
『同胞よ…今終わらせる』
「Gi?Ga!Gaaaaa!」
互いに火球を吐き出す。
しかし、白銀の竜が吐き出す火球は漆黒の化物が吐き出すそれとは比べ物にならないほど大きい。
押し負けた化物がたじろいだその隙に、竜は呪文を唱え畳み掛ける
『【紅よ紅よ終焉を拡げる凡庸の紅よ。在るべきものを在るべき場所へ戻せ】…【浄化】』
淡く化物を包み込むように光があふれる。
唱えたのはただの腐肉歩きを祓うだけの呪文。
しかしそれだけで、化物は光に包まれた部位から動かなくなっていく。
「Gu…Ga…ア…アア…」
『眠れ。我が同胞』
光が化物の全身を包むと、それまで漆黒だった体は竜と同じ白銀となり、そして完全に動かなくなった。
「すごい…」
「これが、竜…」
突然割り込み、そして一瞬でこれまで苦戦していた相手を封じ込めたその姿に、エルブロウとメセメタリアの2人はただ息を呑む。
そんな2人の前に、竜が下り立つ。
『さて…我が同胞が迷惑をかけたようだ。謝罪しよう、勇敢なる騎士よ』
「謝罪を受け入れます、偉大なる守護の竜。…やはり先程の化物は護竜族だったのですか…?」
恐る恐る、といった形ではあるがエルブロウが質問する。
『厳密には違う…あれは竜の成れの果て、我々は偽竜と呼んでいる存在だ』
尻尾でその偽竜を撫でながら竜は続ける。
『竜は皆、死して血と魂を失えばその器は魔物と化す。故に本来は死した者は解体するのが習わしなのだが…この竜は外で一人死んでしまったのでな、誰も気付かなかったのだ』
おもむろに竜が偽竜の骸から牙と爪を2本、そして革を剥がす。
「何をされているのですか!?」
『言ったであろう、解体だと。牙や革、爪といった物は人の世にながすのだ。そして武具となり新たな強者となる。それが竜の埋葬だ』
竜は剥がした部位を2人の騎士の前に差し出す。
『これは同胞が迷惑をかけた、せめてもの礼だ。我々護竜族の革は竜の中でも特に優れている。鎧にでもするといい』
「な…なんと…」
「清廉なる竜に感謝を。私はエルブロウ。この恩はいずれ必ず」
あまりの衝撃の連続についていけていないメセメタリアを横目に、そのおかげでむしろ冷静になったエルブロウが頭を下げる。
『礼など不要だ、誠実なる騎士、エルブロウよ。我が名は【放浪し民を守護する者】。その誠実と勇気に、我が名を掲げる事を赦してほしい』
「なっ…!それは」
『ああ』
今度はエルブロウも動揺を隠せない。
竜が人に真名を教え、その名を掲げさせると言うのは、その人と子孫代々に仕えるという事。騎士であれば誰しもが憧れる竜騎士となれるのだ。
「私は…エルブロウ・ファグナルファグルを名乗ろう、竜よ」
『感謝する我が主よ』
「ちょ、ちょっと待てエル!?そんな安請け合いしていいのか!?竜騎士だぞ!?国に報告すれば最低でも伯爵だぞ!?」
すんなりと受け入れてしまったエルブロウを見て、メセメタリアはようやく我にかえる。
「なんだ、貴族ともなれば俺も堂々とメセムに告白できるだろう?」
「別に私はお前がただの騎士でも…!」
ほぼ完全に告白したようなものであるエルブロウ。それに対してついメセメタリアも言葉を吐き出してしまう。
が、既の所で傍に他の人がいることを思い出し、咄嗟に口を噤んだ。
『…我の事は気にせずともいい』
「気にするわ…じゃない気にします!」
『何、主の番いであれば我が主と同意。そう改まる事もなかろう』
「なんて下世話な竜なんだっ…!」
竜の軽口に、さすがのメセメタリアも普通に喋れるようになってきた
「よし、メセム。帰るか」
『我が背に乗るといい主よ。我もこの国の生まれ。王宮も主の暮らす街も把握している』
「おお、それはいいな!」
竜の背に乗るということにエルブロウは笑顔で同意する。
「いや、え、ちょっと待って…飛ぶのか?」
一方の実は高所恐怖症だったメセメタリアは恐怖で顔が引き攣りつつ笑っていた。
「ほらメセム。お前も竜退治の英雄なんだから、堂々と胸張って」
早速竜によじ登ったエルブロウがメセメタリアに手を伸ばす。さながら、白馬に跨った王子のように。
「いや、いやいやいやいや!さすがに空は怖いって!」
いくらエルブロウが王子のように対応しても、着ている鎧は血がこびりついた金属鎧だし、跨っているのは白は白でも白銀の竜。
それでも人によってはロマンチックなのかもしれないが、生憎メセメタリアは王子様に憧れはあっても騎士に憧れはない。自身が騎士であるのだから。
『埒が明かぬわ。少し手荒になるが、許せ』
「きゃっ!?」
竜はメセメタリアの首根っこを優しく咥える(竜基準)と、背中にいる己の主に向かって放り投げた。
エルブロウは彼女を器用にお姫様抱っこで抱える。
「よっと…意外と可愛い声出るんだな、メセム」
「い、意外とはなんだ意外とは!」
突然のお姫様抱っこで顔を真っ赤にしたメセメタリア。しかし―
『では飛ぶぞ。主、目指すのは?』
「先に伯爵に報告を、だな」
『承った』
「えっ?やだ、飛んで―!?」
飛び上がった竜の上で顔は一瞬で青くそまる。
数十年後、ある晴れた昼下がり、とある大きな木の木陰で。
「―こうして偽竜を退治したお祖父様は皇帝陛下よりこのファグナードと侯爵位を賜ったのよ」
お腹が大きくなってきた女性が、そばにいた小さな男の子に語り終える。
「お祖父様がいつも使われてる【守人の剣】はこの時の竜の牙を使っているの」
「お祖父様はすごいのですね!ぼくも【守人の剣】を見せてもらいましたがとてもすごい剣でした!」
男の子は尻尾を激しく振る犬のように興奮しながら、さっき見たばかりの剣がいかにすごかったかを母親に拙い言葉で説明する。
「エルグリード、貴方はそんなお祖父様の後継なの。だから剣術をサボっちゃ駄目よ」
「わ、わかってます母上!今日は母上のお話を聞かないといけないから抜け出して来ただけです!」
母親にたしなめられた少年は、傍に置いていた木刀を手に取り、屋敷へとかけていく。
「プレヒトー!覚悟ー!」
「坊っちゃん!また稽古をサボって!今日は厳しくやりますよ!」
キンキンととても木刀とは思えない音が響く中、母親の元に、1人の竜が下り立つ。
「あらフォグ。お祖父様はもういいの?」
『何、奴も人だ。あまり無理をさせてはメセメタリアに怒られる』
「お祖母様は相変わらずねぇ…」
少年の方に目をやると2人の成人した剣士相手にやや優勢な程。まだ若干6歳でありながらのその才能に、竜も目を細める。
『エルグリード…彼は間違いなくエルブロウを超える逸材であろうな。十年後が楽しみだ』
「あら…私から見たらお祖父様の方が」
『確かにエルブロウも人とは思えん才の持ち主であったがな…それよりもエルグリードは剣術のみであれば遥かに高い才能だ』
どうやら少年が2人の剣士を下したらしい。2人の剣士は下がり、代わりに先程少年を探していた男が前に出る。
『まぁあれほどの才だ、新たなる伝説を作る一人となるだろうて』
「母親としてはそんな才能より安全に暮らしていってくれることが一番なのだけど」
強い風が竜の毛を、母親の髪を揺らす。
穏やかな晴天の昼下がり。かつてあった喧騒も、これからあるであろう喧騒も何もない今は、人からすればとても平和で、竜からすればとても退屈だった。
不穏なナレーションで締めてますが、ひとまずこの英雄の物語はこれにて終幕。
とりあえず反省としましては、連載小説で短編集作るべきだったかなぁ。
次作以降は連載カテゴリー作ってその中で短編投稿していくと思います。