007 甘味
「ありがとうございました」
アキミは胸の前でアルミ製の丸盆を抱え、腕を組んで店をあとにする一組の男女に向かい、丁寧にお辞儀をする。小窓から午後の陽光が斜めに射し込むホールに、涼やかな鈴の音が響く。
――ピークは、過ぎたみたいね。お昼過ぎは満席に近かったのに、今はガランとしてる。さてと。
「忙しい時間帯が終わって、ようやくお客の波が収まったわね。ホント、緩急が激しいったら、ありゃしない」
カウンターの下から女が顔を出し、店内を見渡しながら言うと、アキミは、丸盆をカウンターに置いて言う。
「そうですね、マスター。あっ、お店の前を、お掃除して来ましょうか?」
アキミが出入り口に向かおうとすると、女は、丸盆の上にキャラメルとチョコレートを載せながら、外へ向かうアキミを引き留める。
「まぁ、落ち着きなさい。身体を壊さないように上手に休憩するのも、仕事のうちよ? さぁ、一緒に、おあがりなさい」
そう言って、女はチョコレートを一つ、食べてみせる。
――事務所の社長に聞かせたいセリフだなぁ。
「そうですか。ありがとうございます。いただきます」
そう言って、アキミがチョコレートを口に含むと、ドアの鈴の音が鳴り、カンカン帽をかぶったフユトが店に入る。それを見たアキミが、口元を片手で覆いつつ立ち上がろうとすると、女はカウンター越しにアキミの手を引いて目配せする。そして、アキミが浮かせた腰を下ろすのと同じタイミングで、フユトはアキミの隣の席に座り、ワイシャツのポケットからシガレットケースを出してカウンターに置く。
「いつもフユトさんは、人が暇になるのを、狙いすましたように来るのね」
「それは、偶然ですよ。まっ、人が密集している場所では、なかなか落ち着いて一服できないから、僕としては好都合だけど。――休憩中に、すみません。どうぞ、僕のことは、お構いなく」
フユトがアキミのほうを向いてにこやかに言うと、アキミは、申し訳なさそうに頷く。女はシガレットケースをチラ見したあと、丸盆をアキミとフユトのあいだに引き寄せながら、フユトに勧める。
「口寂しいなら、甘い物はいかが?」
「そう来ましたか。でも、二人の分が減らしたくありませんから、灰皿とマッチをください」
――甘い物は、お好きじゃないのかな。
シガレットケースからタバコを取り出すフユトを、アキミが見るともなしに見ていると、視線に気づいたフユトは、アキミのエプロンドレスを見ながら言う。
「赤い服を着ているのを見るのは、これが初めてですね。よく映えてますよ」
「そうでしょう。――ほら、ご覧なさい。フユトさんも似合ってると思ってるのよ。胸を張って良いと思うわ」
女はフユトに同意すると、アキミに向かって喜ばしげに言った。するとアキミは、さっと顔を伏せ、素早くイスから降りて店の奥へと駆けだし、店内から姿を消す。
*
店の奥、「スタッフオンリー」と書かれた扉の裏に背中を預け、アキミは赤面した顔を両手で覆う。
――アイドル時代に無理やり着せられた露出度の高い衣装に比べれば、何てことない恰好のはずなのに、改めて褒められると恥ずかしくて顔から火が出そう。