006 家具
「こっちの壁際に寄せて置くと、部屋が広く使える」
「でも、それだと窓を開閉しにくくならないかい?」
アキミがイスに座って見守る中で、ナツカとフユトは、テーブルの両端に立って議論している。
「じゃあ、縦に置くってのは?」
「そうすると、ベッドから降りてお手洗いへ行くときに、テーブルを迂回することになるね。生活動線が長くなるのは、いただけない気がするけど。――アキミさんは、どう思いますか?」
話を振られたアキミは、しばし顎に指を添えて考えてから、控え目に言う。
「そうですねぇ。とりあえず、壁際に置いてください。都合が悪ければ、またお願いしますから」
「わかりました。そのときは、遠慮なく声を掛けてください」
「自分も、手伝いますから。――それじゃあ、フユトさんは、そっちを持って」
「はい。せーの!」
*
「ハァ、任務完了っと」
ナツカが、外壁に背中を預けて休憩していると、ラムネの瓶を持ったアキミが現れ、声をかける。
「お疲れさまです。あら? フユトさんは?」
アキミが二本あるうちの一本と、木製の玉押しをナツカに渡しながら問うと、ナツカは、それらを受け取りながら答える。
「フユトさんなら、講義があるからといって、出掛けました」
「講義?」
「えぇ。フユトさんは、ときどき美術学校の講師をしてるんです。本業は、画家なんですけどね」
「あぁ、そうなんですか」
――昨日のお礼も兼ねて、渡したかったんだけどなぁ。
ナツカがガラス球を押し込んでラムネを飲み、アキミが眉をハの字に下げて瓶を持つ手を見つめているところへ、手ぶらのハルキが現れる。
「おはよう、お二人さん。おっ! ラムネじゃん。俺にも、ちょうだい」
アキミが所在なく持っている瓶に向かって手を伸ばすハルキを横目に見やり、ナツカは自分の分のラムネを飲み切ってから言う。
「あぁ、やっぱり現れたか、この野良犬め。食べ物の匂いを嗅ぎつけると、すぐに姿を見せるんだからな」
「美味しい物を独り占めしようったって、そうはさせないぞ。――ねっ、アキミさん」
ハルキが物欲しげな目でアキミを見ると、アキミはクスッと笑いをこぼしつつ、持っていたラムネを渡す。すると、ナツカはハルキに向かって説教する。
「ハルキ。それは、テーブルの運び込みという労働への対価であって、本来は、フユトさんのものなんだからな。感謝しろ」
「はいはい。有難くいただきますよ。だから、早くそれを渡してくださいな」
ハルキが手を差し出すと、ナツカは、その手に玉押しと一緒に空き瓶を叩きつけ、立腹した様子で吐き捨てるように言う。
「まったく。軟弱者のくせに、口だけは達者だから困る。飲み終わったら、まとめて酒屋に返すように」
「え~」
ハルキが不満の声を上げると、ナツカはハルキをキッと睨みつけ、徐々に距離を詰めながら、井戸の底から聞こえるような低い声でカウントダウンを始める。すると、ハルキはシュンと大人しくなり、物分かりの良いフリをする。
「五、四、三」
「わかった、わかった、わかりました。あとで、俺が責任をもって返しに行くから、怒りの火を鎮めたまえ」
――ウフッ。面白いほど、わかりやすい関係だこと。