005 銭湯
――キッチン、ベッド、それからトイレとシャワーはあるし、テーブルとイスは、明日、使ってないものを運んできてくれるらしいけど。
「バスタブは無いのか。まぁ、シャワーだけでも悪くないけど」
ベッドサイドに座っていたアキミが、ポーチから地図を出そうとしたとき、玄関からドアをコンコンとノックする音がする。
――誰だろう?
「おーい、アキミさん。俺だよ。開けて!」
「名前を言え、馬鹿。――ナツカとハルキです。開けてください」
――何だ、ハルキくんとナツカくんか。
「はーい。今、開けます」
鍵を開け、アキミが引き戸を引くと、ナツカとハルキが浴衣姿に下駄履きで、めいめいにタオルを被せた洗面器を抱えて立っていた。
「やぁ、お姉さん。俺と夕暮れの街をデートしないかい? グエッ」
いきなりコンフォートゾーンに土足で踏み込もうとするハルキを、ナツカは兵児帯を掴んで引き留め、ひとこと小言を言ってから説明する。
「会って五秒で口説く奴があるか。――少し歩いたところに、銭湯があるんです。道を教えようかと思いまして、訪問しました」
「堅い、堅い。そこは、ご一緒にどうですか、とでも柔らかく誘うところだろう? これだから、いつまでも三等軍官なんだ」
「やかましいわ!」
ナツカは帯を持つ手を離し、ハルキに拳骨を見舞う。ハルキは、頭頂部を片手でさすりながら抗議する。
「いってぇなぁ。グーで殴ることないだろう。頭がおかしくなったらどうしてくれる。この短気、気難し屋、瞬間湯沸かし器っ!」
「うるさい。叩こうが叩くまいが、元から馬鹿だと思うが、そこまで言うなら、今度は平手打ちにしてやる」
「いやいや、何の解決にもなってないじゃないか。暴力反対!」
「これは暴力ではなく、教育的指導だ。はき違えるな」
アキミが微笑ましく見守る中で、二人がドツキ漫才を繰り広げていると、襟の無いワイシャツにスラックスを穿いたフユトが現れ、二人に向かって言う。
「おや? まだ、お湯屋に行ってないのですね。早くしないと、カランが塞がりますよ?」
「オッといけない。こんなところで、無駄口を叩いてる場合じゃなかったな」
「まったく、誰のせいなんだか」
「なんだよ、俺のせいだって言うのか?」
「貴様以外に、誰が減らず口をのたもうたというんだ?」
再び火花を散らし始めた二人を、フユトは宥め、懐から縦長に連なった券を取り出し、アキミに一枚ちぎって渡しながら言う。
「コラコラ、二人とも喧嘩しないで。――番台でこれを渡せば、一回分の粉石鹸や手拭いを渡してくれますよ。期限切れが近いので、使ってください」
「わっ。ありがとうございます。でも、良いんですか?」
券を受け取ったアキミが遠慮がちに言うと、フユトは、睨み合っている二人にチラッと視線を走らせてから言う。
「どうぞ。ただで受け取るのに気が引けるようなら、道中、二人が取っ組み合いにならないように、どちらかを牽制してやってください」
「あっ、はい」
アキミの返事を聞いたあと、フユトは自分の部屋へと向かった。アキミは、急いで部屋の鍵とポーチを取ってくると、引き戸を施錠し、ナツカとハルキのあいだに立って歩き出した。