003 紳士
――エプロンドレスを脱いで戻ってきたら、さっきまで無人だったカウンターに、インテリ系ハンサムな男性が座っていた。
店の奥へと続く「スタッフオンリー」と書かれた扉の前で、アキミが女に向かって会釈をすると、女は男との会話を止め、アキミに対して手招きをしながら言う。
「ちょっと、こっちへおいで。大丈夫。この人、常連さんだから」
アキミは、パタパタと二人の近くへ駆け寄ると、男に向かって会釈をしながら、精一杯の愛嬌を振りまきつつ言う。
「はじめまして。アキミ・G・白道です。明日の午後から、このお店で働くことになりました。よろしくお願いします」
男は吸い終わったタバコを灰皿に押し付けると、目を細めて感心したように大きく一度頷き、胸に片手を置きながら簡潔に自己紹介する。
「ご丁寧に、どうも。フユト・U・黒山です。どうぞ、よろしく」
二人は、しばらく相手の発言を待っていたが、お互いのことを知らないこともあり、どちらも話の接ぎ穂を見出せず、気まずく視線をそらす。すると、女は何かを思い付いたかのように胸の前で拍子を一度打ち鳴らしつつ、素っ頓狂な甲高い声を上げてアキミに訊ねる。
「あぁ、そうそう。アキミちゃんは今、旅の途中で、ホテルに泊まってるのよね?」
「あっ、はい。この街は結構、住み心地が良さそうなので、そのうち、手頃な物件を探そうと思ってますけどね」
唐突な質問に、アキミが戸惑い半分で応えると、女は男のほうを向き、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言う。
「と、いうことなのよ」
「何が『と、いうこと』なんですか?」
男が眉をひそめて白を切ると、女は男の肩を平手でバシッと叩きつつ、笑みを崩さずに言う。
「いやぁね、この前の話よ。まだ、部屋は空いたままなんでしょう? ピッタリじゃない」
「あっ。フユトさんは、大家さんか何かなんですか?」
期待を込めた目でアキミが訊ねると、男は革のシガレットケースからタバコを一本出し、吸い口をテーブルにトントントンと叩きながら言う。
「棟割長屋のオーナーをしていて、自分も一緒に住んでいるんだけど、十字に区切った四部屋のうち、西向きの一部屋が空いてるんです。だけど、とてもお嬢さんが住むような部屋じゃないよ」
「あら、そうかしら? 住めば都って言うじゃない。次の街に移るまでのあいだだけで良いから、置いてあげなさいよ」
――このチャンスを逃すのは惜しい。
「お願いします」
アキミがペッコリと深く頭を下げると、男はマッチを擦ってタバコの先に火をつけ、一服してから気が進まない様子で言う。
「プライバシーは無いに等しいけど、それでも、よろしければ」
「ありがとうございます!」
アキミは頭を上げ、パッと満開の花のような笑顔で言った。すると、女はアキミに向かってひとこと言ってから、男に向かって釘をさす。
「良かったわ、これで一安心ね。――変なことをするんじゃないわよ?」
「僕は何もしませんし、あとの二人にも何もさせませんよ。信用してください」