013 船出
「この前、来たところだっていうのに、慌ただしいわねぇ」
「すみません、マスター」
「ホントだよ、アキミさん。もっと色んなトコを案内してあげようと思ってたのに」
「あら、そうだったの? ごめんね、ハルキくん」
「困らせるなよ、ハルキ。仕方ないじゃないか、事情があるんだから。――もし、またこの街に来ることがあったら、連絡ください」
「そうするわ、ナツカくん」
波止場で、矢絣袴で編み上げブーツを履いたアキミが、出会った人々との別れを惜しんでいると、フユトがタラップから降りてきてアキミに言う。
「部屋の用意が出来たそうです。船長に訊いたところ、ここの船医には女性も居るそうですから、体調が悪化した場合は、無理をしないで言ってください」
「あっ、はい。何から何まで、ありがとうございます」
アキミは、ボストンバッグを両手に持ち、フユトに向かって深々と頭を下げる。
「どういたしまして」
和やかなムードになったところに、耳を聾するばかりの大音響で、ボーッという汽笛の音が鳴る。女は、アキミに乗船を急かす。
「ほら、アキミちゃん。早く乗らなくっちゃ」
「そうですね。それでは皆さん、短いあいだでしたけど、お世話になりました」
アキミは、バッグを片手に持ち、もう片方の手を振りながらタラップを駆け上っていく。その姿に、長屋の三人も手を振って声を掛ける。
「バイバイ、アキミさん」
「お達者で」
「どうぞ、良い旅を」
――素敵な旅の思い出をありがとう、長屋の紳士さんたち。
タラップを渡り切ったアキミは、四人に向かって手を振った。その光景は、タラップが外され、互いの姿が小さくなるまで続いた。
――麓まで落ちたら、また登りつめたら良いだけだったんだ。