011 果物
「いいですか、アキミさん。このことは、くれぐれも他言無用でお願いしますよ」
「念を押さなくても、誰にも言わないわよ。こうして、口止め料もいただいてることだし」
青果店の二階にあるパーラーで、ナツカとアキミは、涼やかなガラス容器に入れられたデザートに舌鼓を打ちつつ、会話を楽しんでいる。ナツカの前にあるのはフルーツポンチで、アキミの前にあるのはプリンアラモードである。
「別に、そういうつもりで奢るわけじゃないんですけど」
「あら、そうなの? でも、意外ね。ナツカくんが、甘い物好きだったなんて」
「辛党になれない反動かもしれませんけどね。肝臓が弱くて、少量の酒で酔っ払う体質なんです」
「まぁ。ますます意外だわ。お料理に使ってあるくらいでも、ダメなの?」
「ダメですね。前に来たとき、いま、アキミさんが食べてるものと同じものを注文したんですけど、完食できませんでした」
「えっ。これ、お酒が入ってるの?」
しげしげと食べかけの器を検めるアキミを見つつ、ナツカは話を続ける。
「自分も、最初は何も知らずに食べたんです。そしたら、急に目が回ってきたので、すぐに料理長を呼んで、材料を訊いたんです」
「何が使われてたの?」
「ラム酒ですよ。ここでは、プリンの中に、少量のラム酒を入れて作るそうなんです」
「へぇ、そうなんだ。でも、お酒の味なんかしないわよ?」
「そうでしょう? だから、自分も油断したんです」
*
「穴があったら落っこちたい。あわよくば、切腹したい」
大通りから一歩路地に入った薄暗がりで、ナツカが体育座りをして項垂れている。それを、アキミは励まそうとして空回りしている。
「物騒なことを言わないでよ。悪かったとは思ってるわ。元気出して」
「あんな恥ずかしい物を見られては、すぐには立ち直れない」
「困ったなぁ」
――お勘定のとき、ポケットから財布を出した弾みで、一緒に入れてあった手帳が落ちたのを、私が拾ったまでは良かったんだけど、支払いに集中して気付いてないのをいいことに、中を読んだのがいけなかったわ。
「これなら、軍用手帳を見られたほうがマシだ」
「機密情報より、ポエムのほうが恥ずかしいって言うの?」
「当たり前だ! 軍官であることを知られながら、ガラにもないことをしているところを見られたのだからな。あぁ、海底の藻屑になってしまいたい」
――何で、さっきから生きるか死ぬかの選択なのよ。ロマンチストで甘党な軍官も、ギャップがあって素敵だと思うけどなぁ。