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Children in the darkness

          *


 さて、場面は変わる。

 六〇〇年後の世界。つまり、シシ国王の時代。

 そこには、ブレイルの姿があった。

 彼は王国の広間に、一人佇んでいた。時間がない。シシの悪魔憑きはいよいよ本格的に始まりつつある。どこからともなく、石の部屋から、唸り声が聞こえてくるのだ。

 そんな時、広間に妃であるキキが現れた。その背後には、ララとリンの姿もある。皆、それぞれ疲弊しているようで、表情は鬱屈としている。

「時間がないよ」と、ララが言い、

「悪魔が目覚めるよ」と、リンが答えた。

 豪奢なシャンデリアから、魔法の光、ファルスが注がれている。その光がこの場にいる人間たちの表情に影を作っている。

 確かにもう、時間はない。とはいっても、パルが戻ってくる保証はない。彼は魔の巣とルシルフ村の抗争に巻き込まれてしまったのだ。責任を感じるブレイルであったが、今更何を言っても遅い。自分の考えた策略は、とうの昔に崩壊していていた。

「タレがこの王国を出ました」

 と、キキが呟いた。

 その事実をブレイルは知っている。そしてその理由も、王になるために、旅立ったのだ。パルの後を追い、そして亡き者にするために。

「ええ」と、ブレイル。「パルの後を追ったんでしょう」

「何のために」

「それは……」

 ブレイルは口ごもる。何か話せばすべてが崩壊するような気がしたのだ。恐らく、キキも知っていながら、あえて尋ねたのかもしれない。事実を再確認することで、事態の終息を夢見ながら。

「タレは王になるんだよ」

 と、ララが言う。

「私たちを裏切ったんだよ」

 と、リンが怒りを含ませた口調で答えた。ブレイルはその言葉を聞き、パルのことを思う。パルがダメだった場合、最後に頼るのは、

(セパ様しかいない)

 と、ブレイルは一人ごちる。

「キキ様」と、ブレイルは言う。「私はこれより、ルシルフ村に行ってまいります。悪魔化を防ぐため、協力を得たい人間がいるのです」

 すると、キキは大きく目を見開き、

「なぜ、今までその方に会わなかったのですか?」

「会えなかった理由があるのです」

「それは何?」

「私は昔、罪を犯しました」

「罪?」

「そうです。その昔、私は王国に残るために、とある人間を犠牲にしました。そして、その子供が、ルシルフ村にいるのです。私は、昔、ルシルフ村にいたのですが、その事件があり、私は村を捨てることに決めたのです。よって、今さら戻ることが出来ない。そう考え、パル様を利用し、村に行ってもらうことにしたのですが……」

「パルを犠牲にしたということですか?」

 強い口調で、キキは言った。

 そう、犠牲にしたのかもしれない。パルの下界に出たいという気持ちを、逆手に利用し、自分は隠れ蓑に隠れた。本来ならば、自分で行動するべきなのに。

「いえ、犠牲というわけではありません。事実、シシ国王を救うためには、パル様の奇翔紋が必要なのですから。王族の印である奇翔紋、それが、シシ国王を救う一つのカギとなっているのです」

「分かりました。王国を離れることを許しましょう。但し、私も行きます。奇翔紋が必要になるのなら、私にも利用価値があるはず」

「ですが、危険です。この期に及んでキキ様まで危険にさらすなど……」

「おだまりなさい。これは命令です。私も一緒に行きます」

 これ以上の反論は出来なかった。もう、時は動き出している。それだけは確実なのだから……。

 こうして、ブレイルとキキの二人はルシルフ村へ向かって出発することになった――。


          *


 アルシンハ国王が悪魔に取り憑かれ、とうとう六日が経った。

 悪魔の力が最も高くなるこの日、スーヴァリーガル城は、ただならぬ気配に包まれていた。圧倒的な負のオーラが充満し、王国にいる人間たちを、徒に刺激していた。

 さて場面は、セパの屋敷に移ろう。

 そこにはセパだけでなく、パルとトゥトゥリスの姿があった。

 二人とも、どこか吹っ切れたようで、精悍な顔つきになっている。もう、後には引けない。自分たちにしかできないことを、やるべきであると、心の底から自覚していた。

「準備は良いかね?」

 と、セパは言った。

 彼女の瞳は、爛々と輝いており、パルとトゥトゥリスに対し、期待を込めているように感じられる。

「大丈夫です。本来はあなたがやっていた役目を、僕が担うということですね」

 と、パルは言う。

 彼はこの五日で、魔法を解除する力『奇翔紋の輝き』を、ほぼ会得していた。会得といても難しいことはない。奇翔紋をコントロールし、対象物に触れるだけで良いのである。そうすれば、高まった悪魔の力を強制的に解除することが出来るだろう。

 しかし、それは一筋縄ではいかない。

 必ず邪魔が入る。

 その邪魔な異物こそ、タレやマルの存在である。

 それこそ、タレは王になるために、死に物狂いでパルの能力を止めに来るだろう。パルに奇翔紋の輝きがあるように、タレ自身にも強い魔法が目覚めているだろう。その力のことを、パルやトゥトゥリスは知らない。当の本人、タレだって未だに自覚はしていないのだから。

 時として、人は絶対的な窮地を迎えると、新たな解決策を模索するため、能力を開花することがある。魔法の世界ではこのようなことが日常茶飯事に起きているのだ。

「童には、童の役目がある。それを果たそう」

 と、セパは最後、意味深な言葉を言い、そして、パルやトゥトゥリスを見送った。

 二人は樹海を横断し、そして暗黒に満ちたスーヴァリーガル王国に向かう。樹海は悪魔の力が作用しているのか、昼間だというのに、薄闇が広がっている。魔界に足を踏み入れたかのように錯覚する。

「準備は良いか?」

 と、トゥトゥリスは、パルのやや前方を歩きながら、そのように言った。

 樹海に入り、二〇分。もう少しでスーヴァリーガル王国が見えてくる。

 準備は良いか? そう問われても、中々うまく答えることが出来ないからだ。何よりも、自分は本当に先頭に役に立つことが出来るのか? それだけが謎で、パルのことを困惑させていた。

 まだ、自分の魔法を解除する力は完全ではないのかもしれない。一抹の不安がないわけではない。

「大丈夫だと思うけど……」

 と、パルは答える。「トゥトゥリスの方も大丈夫なのか?」

「俺か? なぜ、俺なんだ?」

「だって、妹と戦うんだよ。嫌じゃないの?」

「お前だって姉と戦うじゃないか? しかも実の姉に殺されるかもしれないんだ。俺よりも衝撃はでかいよ」

「姉さんはどうして王に、あそこまで執念を燃やしているんだろう」

 と、パルは呟いた。

 答えは出そうにない。

 タレの考えは読み取れない。どうして王になりたいのかなど分からない。血の流れがそうさせるのだろうか? それとも王になってやりたいことがあるのか? いずれにしても、王になるために王族を殺しても良いという考え方は、絶対に間違っている。その間違った方向を何とかして止める必要がある。

「俺には分からない」と、トゥトゥリス。「王族っていうのは酷く縛られて辛いものであるように思えるけど、それは間違いなのか?」

「否、間違いじゃないよ。それは正しい」

「なら、タレがおかしいんだよ。通常の神経ではないな。ここで止めなければ、仮に王になった場合、独裁的な政治を取り、国民を苦しめるかもしれない」

「殺すの?」

 殺す。

 誰を? 決まっている。タレをだ。

 タレはパルのことを殺すことに対し、まったく躊躇をしていない。だけど、パルは違う。いくらいがみ合っていたとしても、大切な姉であることには変わりない。だから、できるのなら、殺したくはない。否、できるのならではなく、絶対に殺したくない。

 だけど、タレがもう止められないところまで足を踏み入れているのだとしたら、彼女を抹殺しなければならないかもしれない。シシは悪魔に取り憑かれた。その怨念が、タレに降りかかってきてもおかしくはないのだから。

「場合によっては……」

 と、トゥトゥリスは言う。「だが、それはあくまで最終手段だ。俺たちの役目はタレを殺すことじゃない。顕現した悪魔を封じ込めることだ」

「そうだ。その通りだ。僕たちの使命を果たそう」

 と、自分に言い聞かせるように、パルは言った。

 その時、前方にスーヴァリーガル王国の両翼となる塔が見えてきた。

 決戦は近い――。

 城内に入ると、事態はさらに深刻さを増しているようであった。これは、決して鋭敏な感覚を持っていなくても容易に感じ取ることができる。とにかく、城内を覆う、負のオーラが凄まじいのである。

 国王の間に続く、豪奢な階段の前は、禍々しい不穏な空気に包まれており、近づく者を、大いに警戒しているようだ。王はこの先にいる。そして、その前に二人の人物が立っていることが分かった。

 この禍々しいオーラに反逆するように、否、同調と言った方が正しいのか? タレとマルの二人が、守護神のように王の間の前に立っていた。彼女たちは何をやっているのか? 決まっている。悪魔と取引をしようとしているのだろう。

 それを防がなければならない。悪魔を退治するのも、大きな目的であるが、タレやマルを蛇の道から救い出すことも、立派な責務なのである。それをしなければ、今回の任務は決して成功したとは言い難いだろう。

 やがて、パルとトゥトゥリス、そして、タレとマルの距離が縮まり、お互いが、お互いの存在に気付く。

 最早、戦闘は避けられない。

 それだけは確かな事実のようである。

「姉さん。もう、止めるんだ」

 と、パルは心の底から懇願するように言う。

 それでも、タレはまったく気にする素振りを見せず、ただ、淡々と、

「止める? 何を?」

 と、聞いてきた。

「悪魔に力を借りるということさ。そして、悪魔の力は過ぎたる力だ。決して人間に扱えるような力じゃないんだ」

「いえ、そんなことはないわ。要は使い方よ。私なら、それが出来る。安心しなさい。あなたはただ見ているだけで良いの」

「止める気はないんですね?」

 最終通告であった。

 これ以上、タレがごねるのであれば、この先は実力行使しか、止める方法はないだろう。そして、場合によっては、実の姉を殺してしまうことにもなりかねない。

「邪魔ね。さっさと死になさい。そうすれば、すべては丸く収まるんだからね」

 と、タレは残酷なことを言った。

 その言葉をグサリと心に突き刺しながら、パルはもう、会話にて事態を解決することが不可能であると察した。

「姉さん。戦うしかないよ」

 と、パルは寂しそうに言った。

 そして、それを合図にしたかのように、トゥトゥリスとマルが一歩前進し、臨戦態勢をとった。

 まず、動いたのは、マルの方であった。

 慣れた所作で、呪文を詠唱すると、何もなかった空間から巨大な剣を顕現させ、それを手に持った。 

 これこそ、マルが得意としている魔法『大インカの雪崩』である。

 インカという主に水を司る神によって生じた攻撃魔法。鋭利で巨大な剣を顕現させ、雪崩のような怒涛の攻撃が可能になるのだ。

 トゥトゥリスのように、自分が精霊を呼び出し、操作をするのではなく、あくまでも攻撃するのは自分自身である。それだけ、強い魔力が、大インカの雪崩には潜んでいる。当然ではあるが、この魔法を見るのは、トゥトゥリスにとって初めてではない。

袂を分かつ前、セパがこの魔法をマルに教えたことを、トゥトゥリスは知っている。読み込みが早いマルは、元々才能があったのであろう。すぐにこの大インカの雪崩という攻撃魔法を使いこなした。

「兄さん、覚悟は良いかしら?」

 と、マルは確認するように言う。

 か細い体には不釣り合いな、巨大な剣。

 自分の背丈ほどある巨大さであるため、剣を持つと、マルの体は刀身の奥に隠れてしまう。ギラギラと光る白い刃が、どこまでも不気味に見え、トゥトゥリスのことを刺激していた。もう後には引けない。

 そう悟ったのだろう。トゥトゥリスは短く呪文を詠唱すると、千手甲冑戦士を顕現させ、そして、その戦士の腕を一気に伸ばした。

 まさに今、決戦の火ぶたは切って落とされた。

 まず、攻撃を仕掛けてきたのは、マルの方であった。稲妻のように俊敏な動きで、一気にトゥトゥリスとの間合いを詰めると、大インカの雪崩という剣を一気に振るってきた。

 凡庸な魔術師であれば、胴体を真っ二つにされ、ここであっさりと勝負がついただろう。しかし、そこは歴戦の魔術師であるトゥトゥリス。相手の動きを見極め、そして、千手甲冑戦士の腕を振るい、自身をガードした。

「ガキィィィン」

 と、剣と腕が交錯し、火花を散らす。

 次にトゥトゥリスは素早く呪文を詠唱し、攻撃に転ずる。守った腕とは別の腕を数本伸ばし、それをマルにめがけて突進させた。

 三本の腕が一気に伸び、マルのことを攻撃する。それをマルは迎撃する。まずは、一本の腕を簡単に大インカの雪崩で切り落とすと、次は刀身の先に雪の魔法を顕現させ、残りの二本の腕を凍らせた。

 凍った腕はカチコチになり、やがて地面に落下し、ガチャンと音を立てて、割れてしまった。三本の腕がこうしてあっさりと犠牲になる。それでもトゥトゥリスはまるで慌ててはいなかった。

 ここまでは予定調和である。

 何も慌てる心配はない。

 まだ残り九九七本の腕があるのだから、戦闘に全く支障はないのだ。

 そうこうしていると、マルが剣を宙で古い、勢いよく回した。

 大インカの雪崩の刀身から、猛烈な吹雪が発生し、それが、トゥトゥリスを襲う。

 絶対零度に近い、超低温の攻撃。触れれば忽ち凍り付き、命の保証はないだろう。大分、訓練を重ねてきたのだろう。

 マルの攻撃には、一切の迷いがなく、それでいて淀みがなく、華麗であり流麗でもある。流れるように攻撃を繰り出すマルの所作は、腕の良いバレエダンスを見ているかのように、見る者を恍惚とさせる。

 対するトゥトゥリスは五本の腕を使い、自分の前に壁を作り、そしてマルの攻撃を迎撃する。しかし、五本の腕はあっという間に、凍り付き、やがて崩壊していく。つまり、あっさりと打ち砕かれたのである。

 ここまで僅か三分。

 それだけの短時間であったが、タレは自分たちが優勢に立っていること自覚していた。千手甲冑戦士は確かに有効な魔法であるが、基本的にあの魔法は外で強い効果を発揮する。このような狭い空間の中では、千手甲冑戦士が大きすぎて、縦横無尽の動くことが出来ないのだ。

 もちろん、その事実を知らぬ、トゥトゥリスではない。

 確かに千手甲冑戦士は、面積が広いフィールドであるほど、その効果を発揮するが、千手甲冑戦士のサイズを小さくすれば、問題なく攻撃に臨めるのである。それを知っているトゥトゥリスはまずは相手を油断させるために、大きな体を持つ、千手甲冑戦士を顕現させ、室内には弱いということを露呈させ、そして次の攻撃に備えていたのだ。

 次の瞬間、千手甲冑戦士は、みるみると小さくなり、そして、数体に分裂した。背丈がトゥトゥリスと同じくらいの戦士が一〇体現れ、そしてマルの前に立ちはだかる。

 とはいっても、マルも決して慌ててはいないようである。

 マル自身、何度か千手甲冑戦士の攻撃を見たことがあるから、トゥトゥリスが千手甲冑戦士のサイズを変更させ、そして、分裂できること知っていた。

 分裂した、千手甲冑戦士がマルに向かって襲い掛かる。

 マルは大インカの雪崩を再び振るい、一気に凍てつくような吹雪を発生させ、それで、千手甲冑戦士を凍らせていく。凍らせた千手甲冑戦士をあっという間に切り落とすマル。流麗な所作が、タレのことを満足とさせる。 

 はたから見ると、かなり劣勢に立たされたとみえるトゥトゥリスであったが、実は違っていた。彼は一つの策略を思い巡らせて、それを虎視眈々と実行しようとしていた。

「ドン!」

 不意に爆音が轟く。

 何が起きたのかと言うと、ある千手甲冑戦士が攻撃されたことにより、爆発したのである。これはトゥトゥリスがセパの試験である泥人形との戦闘で思いついた攻撃方法であり、千手甲冑戦士に自爆機能を備え、攻撃されたら自爆するように魔力を組み込んだのである。

 爆風により、マルは後ろに激しく吹っ飛ぶ。

 あまりに展開に、体がついて行かなかったのだろう。

 それでも巧みに体を反転させると、受け身を取りながら、体を元の状態に戻す。

(結構危険ね)

 と、マルは考える。

 爆撃はそれほど大きな衝撃ではないが、やはり食らうとそれなりのダメージを受ける。大インカの雪崩の刀身にも僅かではあるが傷がついている。

 傷がつくと、剣の力は忽ち半減するから、あまり無鉄砲に攻撃を仕掛けるのも考え物だろう。しかし、一つのことは言える。

 それは、いくらトゥトゥリスが優秀な魔術師であっても、分裂した千手甲冑戦士すべてに自爆機能をつけることは出来ないということである。自爆機能をつけるためには、それなりの魔力を消費する。

 千手甲冑戦士は、およそ千体の腕に分裂でき、恐らく、トゥトゥリスの能力と魔法力を考えると、その内の五〇体程度に、自爆機能をつけることが出来るろう。

(次なるステージ進もう)

 と、マルは考えた。

 戦闘はまだまだ始まったばかりである。

 戦闘は続き、二〇分ほどが経過した。現在、千手甲冑戦士の生命線である千本の腕は、残り七〇〇となっていた。このうち、自爆機能を兼ね備えた腕は残り、四十二本。つまり、ほとんどの腕がダミーとなっており、自爆はしない。

 それでも一体の自爆機能を大きく引き上げたから、警戒しないと、致命的なダメージを負うことになる。それ故に、マルは慎重に戦わざるを得なかった。

 マルの場合、自分の肉体と魔法を融合して戦うタイプの魔術師である。よって、自分へのダメージは、そのまま自分の生命力へとつながる。体力や魔法力は無限ではなく、当然ではあるが、有限だ。それは、何もマルだけでなく、トゥトゥリスにも言える。

 事実、トゥトゥリスは自爆機能を兼ね備えた、千手甲冑戦士の腕を造り上げたので、相応の魔法力を消費していたのである。この魔法を、トゥトゥリスは『傀儡の遊戯』と名付けていた。傀儡の遊戯によって、自爆機能を付けられるのは、マルの予想通り、五〇体が限界である。

 同時にこれは、最初に千手甲冑戦士を顕現させたときに、自動的に付与するので、トゥトゥリスには、どの腕が自爆機能のある腕なのか? 確認することが出来ない。当然マルにもどんな腕が危険なのかは把握することは不可能だ。

 これが、戦闘には大きく有利に働いた。

 最初からどの腕が自爆するか分かってしまうと、対策を立てることができる。そうならないためにも、どの腕が自爆するのかランダムに設定するのは、戦闘を行う上で、大きなメリットとなるのである。

 この状況に歯痒い思いをしていたのは、マルだけではない。むしろ、マルはそこまで慌ててはいなかった。適切な対処をしておけば、爆発をそれほど恐れる必要はない。しかし大インカの雪崩は、爆発の影響により、刀身が大分痛んでいた。

 通常、自分の肉体の一つと言っても過言ではない刀身の傷は、戦闘を行う上で、大きなマイナスポイントとなる。いくら術者が高い能力を持っていても、扱う武器が悪ければ、力が半減してしまうことと似ている。

「タレ、お願い」

 と、一旦戦闘を中断したマルがそのように告げた。

 この事実を見て、パルもトゥトゥリスも驚きで目を見開いた。何かある。それは何なのか?

 タレはこの状況を見て、相当にイラついていた。早くトゥトゥリスを打ち倒し、その背後にいるパルにとどめを刺したい。そんな風に考えていたのに、実際はそううまいこといかないのだ。ただ、時間だけが流れ、同時にマルは傷ついていく。

「しょうがないわね」

 と、タレは言う。

 そして、短く呪文を詠唱する。

 するとどうだろう。みるみるとマルの使っている『大インカの雪崩』の傷が回復していく。

「治癒の魔法か」

 と、トゥトゥリスはパルに向かって囁いた。

 パルも頷く。どうやらタレは回復系の魔法を兼ね備えているようである。しかし、パルの知っているタレは、それほど能力の高い魔法が使えるわけではない。治癒の魔法は、魔力が高ければ高いほど、治癒力が高まるが、タレの持つ力は、そこまでのものではない。

 なのに、タレはあっという間に、マルの剣、大インカの雪崩を回復させた。魔法具である剣を一〇〇%回復させるためには、それなりの力が必要だが、パルの知っているタレには、そこまでの力がないはずなのである。なのに、タレは熟練の魔術師のように、治癒の魔法を扱う。

 これは不可解であった。

「何かおかしいな」

 と、パルは言った。「姉さんの魔力はそれほど高いものではない。だから、こんなことが起きるはずが……」

「誓約だな」

 と、トゥトゥリスは答える。

「誓約?」

「王国のどこかに、自身の能力を引き上げる道具を置いたんだ。セパの試験を覚えているだろう。あの時、セパは限定された空間に限って、自爆機能を付けた人形を動かせるという魔術的な誓約を敷いたんだ。つまり、この空間には、何らかの魔術が敷かれている。それを打ち破ろう」

 誓約を解除する。

 これ即ち、魔法を解除するということである。つまり、パルの魔法である『奇翔紋の輝き』が、絶対的に役に立つ時がやってきたのだ。

 パルが呪文を詠唱すると、奇翔紋が輝きを増す。

 この奇翔紋の輝きを追っていけば、おのずと、魔力を引き上げている誓約アイテムにたどり着くことになる。パルは一人、その方向へ向かった。


          *


 同刻、大インカの雪崩の修復を終えたマルは、第二戦目に挑もうとしていた。むやみやたらに攻撃を仕掛けるのではなく、敵の本体、つまりトゥトゥリス自体を狙い打とうと考えたのである。

 千手甲冑戦士を操作する母体。それがトゥトゥリスだ。そんな彼を直接攻撃し、ダメージを与えることが出来れば、自ずと魔法人形である千手甲冑戦士は解除される。魔法は、術者の精神力に大きく左右されるため、攻撃を受け、魔術を維持することが出来なくなれば、簡単に千手甲冑戦士を封じ込めることが出来るだろう。

 と、話は至極簡単なのではあるが、実際に操作系の魔術を行う術者を追い込むことほど難しいことはない。操作系の魔法を使う能力者の場合、自分を攻撃されないために、魔法人形やアイテムなどを使い、自分を保護するからである。

 トゥトゥリスの場合、強力な魔法人形、千手甲冑戦士に身を守られているから、大本であるトゥトゥリスを攻撃することは限りなく難しい。それでも方法ある。

 自分の背丈ある大インカの雪崩を地面に深く突き刺し、そして素早く呪文を詠唱する。

 すると、たちまち地割れのような響きが起こり、城内を破壊していく。地割れはトゥトゥリスの場所をも打ち砕き、そして、トゥトゥリスは地割れによって、バランスを崩した。

床が抜け、地下に落下していく、トゥトゥリス。それを追いかけるマル。

 マルは素早く剣を抜き、そして、一足飛びで、トゥトゥリスの眼前まで近づく。

 その時、千手甲冑戦士の腕がマルを襲う。爆発はしない。となると、これはダミーだ。一気に大インカの雪崩で薙ぎ払うと、次の攻撃を仕掛ける。

 雪崩という名称という関係上、大インカの雪崩は雪を纏った攻撃が真骨頂である。刀身全体を雪の魔法で包み込み、そして、それをエネルギーにして、マルの肉体は、鋼のように固くなる。マルの第二形態『スノーアーマーモード』。雪と魔法を融合させ、肉体の能力を極限まで高めるのである。

 これにより、通常の攻撃スピードよりも、遥かに速いスピードで攻撃を繰り出すことが出来る。

(硬い……)

 と、トゥトゥリスは感じる。

 スノーアーマーを身に纏ったマルはおよそ少女とは思えない、鋼の肉体を手に入れる。そして、人間のスピードを超えた超高速で動くことが可能だ。

 しかしこの程度で、慌てるトゥトゥリスではない。彼は『傀儡の遊戯』を一旦すべて手中に戻し、別の技を繰り出すことに決めた。

 もう『傀儡の遊戯』の持つ自爆能力では、歯が立たないだろう。

『傀儡の遊戯』が完全に消えたことを悟ったマルは、チャンスとばかり、一気にトゥトゥリスとの間合いを詰め、自分の攻撃のテリトリーに踏み込んだ。勝機! と感じたマルは大インカの雪崩を大きく振るいながら、トゥトゥリスを一刀両断した。

「違う」

 すぐに、マルは異変に気が付いた。

 まるで相手を切った感触がしないのである。

 次の瞬間、背中を大きな衝撃が襲う。いつの間にか後方に現れたトゥトゥリスが、千手甲冑戦士の腕で丸を攻撃したのである。

 鋼のような肉体を持つマルであるが、ほとんど無防備であった背中を襲われ、勢いよく前方に吹っ飛ぶ。

「マル!」

 と、劈く悲鳴を上げるタレ。

 とはいっても、彼女はマルが心配で、そう叫んだのではなかった。ただ、自分の野望を叶える駒であるマルが、簡単に攻撃されたのを見て、ヤキモキしたのである。

「大丈夫よ、このくらい……」

 壁に穴が開き、その奥から、傷だらけになったマルが姿を現した。第二形態である『スノーアーマーモード』であったため、衝撃は最小限に抑えられたが、通常状態では、きっとやられていただろう。

 そして、まだまだ自分と、トゥトゥリスの間には、如何ともし難い、圧倒的な戦力さがあることを感じ取った。

(危険だけど……やるしかないか)

 と、マルは考える。その時、トゥトゥリスが次のように言葉を告げる。

「マル、何故タレの護衛をしている?」

「兄さんこそ、どうして、パルの護衛をしているのよ?」

 と、マルは答える。

「パルは王国を救うからだ。だがタレは違う。彼女は俺たちの憎き仇であるはずだ。親父のことを忘れたのか?」

 親父という言葉を聞き、マルは固まった。今までの平然していた顔に、薄っすらと影が入った。

「忘れてはいないわ。父さんはシシによって殺された。でも悪魔の力を使えば、蘇らせることが可能なのよ。その力がタレにはあるの」

「何だと」

 言っていることが、トゥトゥリスには分からなかった。ただ、タレの持つ力は、単に治癒するだけではないのかもしれない。

「タレには野獣の力がある」

 と、マルは言った。

「野獣の力?」

 と、トゥトゥリスは繰り返す。その言葉は魔法を扱うものであれば、一度は聞いたことがあるものであった。

 野獣の力。それは簡単に言えば悪魔の力である。自然界の四大元素。つまり『火』『水』『土』『天』を扱うのが、通常の魔術。即ちトゥトゥリスや、マルの力だとすると『不老者』の力を使うセパの力は、野獣の力。悪魔の力である。

 タレが野獣の力を持っている可能性は、全く考えなかったわけではない。何しろ、パルが目覚めた力『奇翔紋の輝き』も、元をただせば野獣の力の一つなのである。野獣の力はスーヴァリーガルの王族に時折現れる。

 王国誕生から一〇〇〇年。

 この節目の年に、六十六年毎の悪魔憑きと、野獣の力が一斉に現れたのだとしたら。そして、そのことをセパは知っていたから、ここまで長く生きてきたのかもしれない。

「マル、早くこいつを殺しなさい」

 と、冷たい言葉で、タレが囁いた。凍てつくような響きがある。

 ぞっとしながら、トゥトゥリスはタレの方を見つめる。

「分かってる。けど……」

 と、マルは躊躇する。

 流石に自分の手で兄を殺めるということをしたくないようだ。命だけは助けて、拘束する。それが最上の手段であると考えているようである。しかし、そんな甘いことを許すほど、タレは心が広いわけではなかった。タレは「ちっ」と舌打ちをすると、自分に芽生えた野獣の力を一気に解放する。

 この城には、既に悪魔に取り憑かれた国王、アルシンハがいる。

 その関係上、悪魔の力である野獣の力は大きく作用する。タレの思惑は一歩ずつ、着実に進んでいくことになる。そして、タレは口を開いた。

「迷う必要なんてないわ。あなたは私の命令を聞けばいい。そうすれば、死んだ父親だって蘇るんだから」

「無理だ!」

 と、トゥトゥリスは言う。

 彼は死者蘇生が不可能であると察している。

 仮に死者蘇生が成功したとしても、それは酷く条件的であり、決して、普通に蘇ったとは言えないくらい、大きな衝撃を与えるだろう。野獣の力は人間には過ぎたる力なのだ。

「無理じゃないわ。私と悪魔が手を組めば、なんだって出来るようになる。それは間違いないわ」

 と、タレは自信満々に、そして恍惚とした態度で告げる。その姿は、もはや人間ではなく、悪魔に取り憑かれた悲しき末路であるようにも感じられる。

「お前だったのか?」

 と、トゥトゥリスは言った。「お前、タレじゃないな。お前はシシだ。そしてすでに悪魔が取り憑いている」

「私は私よ。父上ではないわ」

「否、お前は父親の代わりに犠牲になったんだ。そうでなければ、お前に野獣の力が宿るはずがない」

「マル殺しなさい。この愚かな人間を」

「殺さなくても、解決の方法はあります」

 マルは言うことを聞かなかった。それ見たタレはこれ以上話し合うことを止め、一つの呪文を呟いた。

「ビーストモード発動」


          *


 その時、パルは王国の地下にいた。

 奇翔紋の輝きを追い、ここまで降りてきたのである。戦闘中であったため、タレやマルには気づかれずに来ることが出来たが、頭上からは大きな音が鳴り響いている。依然として、戦闘が長く続いていると、予測することが出来る。

 王国の地下は、パルが知っている地下とは違い、牢獄のような場所になっていた。罪人を閉じ込めておく牢があったようで、全体的に饐えた臭いがしてくる。

 そして、パルは一つの魔法アイテムを発見する。

 それは、王国の儀式で使われる、小さな短剣であった。王族の証として、奇翔紋と共に、この短剣を授けられる。

 短剣に近づくと、パルの奇翔紋の輝きが強くなる。

 どうやら、ここにタレの秘密があるらしい。

 いつからだろう。いつから、タレはあのような暗黒面に落ちてしまったのだろうか? 石狂いの王の子供として生まれ、何不自由なく暮らしてきたパルとタレの二人であったが、遠い昔タレがパルのことを守ってくれたことがあった。

 確かあの時、シシの部屋で石を破壊してしまったのである。

 石狂いの父は怒り狂うだろう。何しろ、石一つで家来の人間を殺すような男なのだから。そのくらい、彼の精神は荒んでいた。元から、悪魔に取り憑かれる土壌があったのかもしれない。

「大丈夫よ」

 と、確かにあの時、タレは言った。

 パルが壊した石を、自らの回復の魔法で治してくれたのである。今思えば、タレが変わっていったのは、あの時がきっかけかもしれない。

 石狂いを止めるために、自らが王になりたいと望んだのだとすれば、彼女に罪はないのもしれない。

 パルは考えを巡らせる。

 すると、後方から足音が聞こえてきた。

「誰?」

 と、パルは振り返りながら、言った。

 視線の先には、老齢の国王が立っていた。悪魔に取り憑かれ、目は漆黒に満ちており、そして、全体的に禍々しいオーラが感じ取れる。

「神殺しの力を持つ者よ」

 と、王、アルシンハは告げる。

 神殺しの力。

 それはつまり、パルに宿った、魔力打ち消す魔法『奇翔紋の輝き』のことだろうか?

 奇翔紋の輝きが一層強くなる。そして、その光は煌々とアルシンハに向かって注がれている。アルシンハはやや眩しそうに顔を背けたあと、再び声を発した。

「余を殺せ。神殺しの力を持つ者よ」

 一体、何を言っているのか?

 パルには分からなった。ただ一つ言えるのは、この悪魔に取り憑かれた国王は、完全には正気を失ってはいないということだろう。まだ、心の奥底で、精神が残っているのである。そして、パルの奇翔紋に呼応して、悪魔をギリギリのところで抑え、こうして現実世界に顔を出したのだ。

 パルは確かに「殺してくれ」と言う言葉を聞いた。

 国王殺し。例え、悪魔に取り憑かれている国王だとしても、殺すことは出来そうにない。ただ、自分に出来るのは、この国王の悪魔から解放することだ。そして、それが出来るのは、奇翔紋の輝きを持つ、自分しかいない。

「僕にはあなたは殺せない。……、だけど、助けることはできる」

 すると、アルシンハは胡乱な目つきでパルを見つめながら、何やら吟味しているようであった。

「余にはあまり時間はない」

 と、アルシンハは言う。

「分かります」と、パル。「だけど僕ならあなたのことを救えます……」

「どうやって救う?」

「神殺しの力を使うんです。あなたに触れれば、僕の魔法を解除する魔術『奇翔紋の輝き』が作用し、あなたに巣食う悪魔を退治することが出来るはずです」

「お主は、セパル・クレイヴの跡を継ぐ人間か?」

「セパのことは知っています。そして、彼の代わりに、僕はこうしてここまでやってきた。今、あなたのことを救います」

 そう言い、パルはアルシンハの腕を取った。

 すると、みるみると煙が湧きたち、地下室内を覆っていく。そして「ぐぅるるるるがぁぁぁぁ」という巨大な叫び声が聞こえる。

 完全に悪魔とアルシンハは分断され、悪魔の魂だけがその場に残った。

 そして声だけが聞こえる。

「セパル・クレイヴではないな? 主は誰だ?」

 酷く低音な声が、重鎮に響き渡る。

「お前が六十六年毎に現れる悪魔なのか?」

 と、パルは言う。

 しかし、悪魔は答えない。

 ただ、声だけが遠くなる。

「そう、余は悪魔。しかし、これで終わりだと思うなよ。愚かな人間よ。主は何も分かってはいない」

「どういうことだ?」

 声は聞こえなくなった。

 ただ、アルシンハのぐったりとした体があった。彼の身体に触れ、パルは何度か顔を叩いてみた。呼吸はある。気を失っているだけのようである。とにかく無事であることには変わりない。

 考えることは、悪魔はどこに消えたのかということだろう。

 そして、何故、奇翔紋の輝きで触れたのに、悪魔は完全に消えなかったのだろうか? それだけが不可解に謎として残った。

 頭上から聞こえていた戦闘の音が、いつの間にか聞こえなくなっている。不安が頭をよぎり、パルのことを刺激する。

 アルシンハを安全な場所まで運び、寝かせた後、パルは一人、トゥトゥリスの許へ向かった。何かこう、嫌な予感がするのである。

(間に合ってくれ)

 と、念じながら、パルは走った。


          *


 現代のスーヴァリーガル王国を出たブレイルとキキの二人は、樹海を抜けルシルフ村へ到着していた。ブレイルが天の魔法により、歩行スピードを速めたことにより、通常よりも早く辿り着くことが出来たのである。

 村の中は、ひっそりと静まり返っていた。

 村を出て一〇年という月日が流れていたが、村はほとんど変わってはいなかった。ブレイルが村を出た、あの日から、時が止まったかのように、そのままの存在がそこにはある。

「ここがルシルフ村なのですね?」

 と、キキが告げる。

 彼女もまた王族として、王国から出ることはない。王国という極々限られたテリトリーの中だけを歩く、人形のような存在にすぎないのかもしれない。

「そうです。そして、我々の目的は村の奥にあります。行きましょう」

 と、ブレイルは言い、村の奥にある立派な屋敷。つまり、セパの邸宅へ向かったのである。

 ここもまるで変っていない。

 あの日、またこのトビラをくぐることがあるかなど、想像もできなかったであろう。しかし、現実は皮肉なもので、もう一度、ブレイルにルシフル村に入る権限を与えた。

(ブレイルか?)

 トビラの前に立つと、そのように声が聞こえてくる。

 懐かしい声。他でもないセパの声である。これだけはどう聞いても、聞き間違うことはないだろう。

「セパ様。お久しぶりです」

 と、言いながら、ブレイルはキキと共に、屋敷の中に入った。

 屋敷の中心部に、セパは一人祈りを捧げていた。

 非常に流麗な所作であると、キキは感じている。この人間は通常の人間ではない。そう察することができたのである。

「シシのことだろう」

 と、少女の風体をしたセパが言った。「タレはどこに行った? 否、場所は分かる」

「どういうことです?」

 と、ブレイルは矢継ぎ早に尋ねる。

「今、シシの肉体は、シシには非ず。あの肉体は偽りのものだ。すでに悪魔は目覚めている。サドウェルとしてな」

「何ですって。そんな馬鹿な。今、王国ではララ様とリン様の二人が、国王の悪魔化を抑えているんです」

「否、シシはね、タレ自身の内部にいる」

「タレ様の中に……」

「そう。そして、彼女は今、この時代にはいない。六〇〇年前に向かっている。それは何故か? 決まっておる。悪魔の力を高めるためだ。六〇〇年前の時代だけ、国王が救われている。それは何故か? 勇者が現れたからなんだよ」

「セパ様の力ではないのですか?」

「有無。童の力は、そこまで有能ではない。不老者として、王国を見守っているに過ぎない。しかし、童には、国王を守るということはしなかった。悪魔に取り憑かれた王を救わずに処刑させることで、この世を平和に導いてきた」

「なぜ、王を救わなかったのですか?」

「それはね、童の力が悪魔の力だからじゃよ。つまり、童は悪魔なのだ」

 その告白は、ブレイルだけでなく、キキをも凍り付かせた。

 目の前に座る幼女が悪魔? 到底そんな風には見えなかった。だが、何か悪魔的な力が作用していることは目に見えている。 

 同時に、この状況でセパが嘘をついているとは思えない。

「しかし、セパ様は悪魔ではありません」

 と、ブレイルは言った。

 セパは深く頷くと、

「否、悪魔なのだよ。童がいることによって、六十六年周期の悪魔は顕現される。とうとうこの時がやってきたのだ。パルという勇者が現れた。彼にも悪魔的な力が宿っている。だが、彼は勇者なのだ」

 悪魔でありながら勇者。その相反する考えが良く分からなかった。

「パルが悪魔ですって……、そ、そんな馬鹿な」

 そう言ったのは、キキであった。彼女は卒倒しそうなくらい白い顔になっている。

「行こう。この場にいても何も始まらない」

「し、しかし」セパの言葉を受け、動揺しながらブレイルが答える。「セパ様はここから動くことが出来ないはずでは」

「時は来たのだよ。童が終焉するときがね……」

 そして、フッと笑みを浮かべた――。


          *


 パルは王の間に戻る。

 そこでは一つの戦闘が終わりを告げていた。

 倒れ込むトゥトゥリス。そしてその前にいる巨大化した人間。否、魔獣と表現した方が正しいのかもしれない。野獣の姿をしたマルの姿と、それを従えるタレがいる。一体、何が起きたというのであろうか?

 最悪のことを考え、パルはトゥトゥリスに近づく。

 魔法力を使い果たしたのか、顔はひどく白く、悲壮感に満ちている。しかし、息がある。良かった。死んでいるわけではないようだ。

「マル、君がやったのか?」

 と、パルは怒りを帯びた口調で告げる。

 けれど、パルの問い掛けに答えたのは、マルではなく、タレであった。

「無駄よ」

「何が無駄なんだ」と、パルは続ける。「姉さん。もう止めるんだ」

「止めるって何を?」

「この戦闘をだよ。僕たちはいがみ合っている場合じゃないだ。悪魔化を止める必要がある。それを協力して行うんだ」

「それは出来ないわ。私の目的は……、国王になること。そのためには、悪魔化は必要なことだから」

 悪魔の力を宿すタレ。

 彼女の表情から、人間らしい様子が消え去っており、醜悪な部分だけが残ってしまったかのように見える。

 そうはいっても、やはり、この場の状況を変えなければならない。

 そうするには、タレを打倒すしかないのだ。この『奇翔紋の輝き』で悪魔を解放し、そして打ち倒すのだ。出来ることはそれだけである。

 奇翔紋の輝きが強くなる。同時に、その光はタレに向かって注がれている。それはつまり、悪の根源がタレの中に潜んでいることを示しているのである。なぜ、タレに悪魔が取り憑いてしまったのか?

 その理由は分からない。だが、今悪魔がいるのは、アルシンハではなく、タレの体内なのだ。

 パルはゆっくりとタレに近づく。そして手で体を触れようとした瞬間。

 スッと後ろに飛び退いた。

「主にはここで死んでもらわなければならない」

 完全にタレの口調ではない。

 取り憑いてしまったのであろう。

 タレを取り戻す。目的が変わった。

「姉さんから出て行くんだ」

 パルは怒りで溢れそうな精神を何とか抑えながら、そのように言った。

 けれど、悪魔はまったく気切れる素振りを見せなかった。悪魔は素早く呪文を詠唱し、野獣化したマルを引き起こすと、彼女を使い、パルに攻撃を仕掛けてきた。

 万事休す。戦闘経験がないパルにとって、この状況はあまり好ましいものではない。自分の命が消えることを覚悟したパルであったが、突如目の前が暗くなる。何かに包まれたのである。

「パルは俺が守る」

 そう言う声が聞こえる。

 声が止むと、視界が元に戻る。いつの間にか、パルは千手甲冑戦士に守られていた。つまり、トゥトゥリスが復活したのである。復活したと言っても、トゥトゥリスの姿は満身創痍だ。戦闘が出来る状態ではない。

 額からは血が流れ、両手は爆撃を食らったかのように、損傷を負っている。

「だ、大丈夫なのか? トゥトゥリス」

 不安そうに告げるパル。戦闘の素人であるパルが見ても、トゥトゥリスの容態は決して良好なものではないと察することが出来る。

「最後の魔法だ」

 と、確認するようにトゥトゥリスは言った。

 最後の魔法。

 彼の絶対魔術『リリトスの目覚め』

 これを使うのであろう。

 とは言っても、この満身創痍の体で、十分に魔法が詠唱できるのかは未知数である。

 だが、トゥトゥリスは残った力を最後まで振り絞りながら呪文を詠唱する。千手甲冑戦士の残った腕がすべて、悪魔に注がれる。

 そしてがっちりと拘束し、内部に向かって残った魔力をすべて解き放った。これでダメなら、最早反撃の手段は残されていない。願いを込めるような視線で状況を見守っていたパルであったが、トゥトゥリスの最後の魔法は、悪魔には通用しなかった。

 爆音と衝撃が炸裂する中、千手甲冑戦士は、闇の中に消えた。その代りに現れたのが悪魔であった。あまりダメージを負っているようには見えない。何の変哲もない姿で立ち尽くしている。

「愚かな人間よ、死ぬがいい」

 と、言い、倒れ込むトゥトゥリスに向かって、悪魔の魔法を呼びだし、それをトゥトゥリスの脳天に向かって振りかざした。

「ガキィィィン」

 何かが強く割れる音が聞こえた。

 トゥトゥリスがやられたのであろうか?

 否、彼はやられたわけではなかった。トゥトゥリスの前方には石があり、それが悪魔の魔法を食い止めたのである。

「サドウェルよ。もう止めるんじゃよ」

 と、声が聞こえる。

 その声はセパの声に他ならない。

 しかし、彼女は不老者である。その関係上、外には出られないはずではないのか?

 そう考えた瞬間。パルはサドウェルの怪しい顔を確かに見た。

「悪魔殺しの石……」

 と、サドウェルは言った。

「そう。シシが集めている石の中に、この石があったのじゃよ。シシは無意識ではあるが悪魔に乗っ取られることを予言していたのかもしれぬ。そして奇翔紋が輝きを示す、この石を集めいたんじゃよ」

「余はここで滅ぶわけにはいかぬ」

「否、滅ぶべきあろう。童と同じように……」

 そう言う、セパの隣には、青白い顔をしたキキの姿があった。彼女もまた、時を駆け抜け、この時代にやって来たのである。

「タレ! もう止めて」 

 と、キキは悲痛な叫び声をあげる。

 そして、タレの許へ近づこうとする。それをセパが抑え、「危険じゃから下がっているんじゃ」と、言い、さらに脇に立つブレイルに向かって「キキを頼む」と、だけ告げた。

 タレの姿をしたサドウェルは、タレの体を盾にして、逃げ切ることを模索しているようである。しかし、そうはさせない。

 セパの体は急速に時が進み、今ではしわくちゃの餓鬼のようになっている。もう、幼女の面影はどこにもない。まさに悪魔化した体が解放されようとしているのだ。セパは呪文を唱えて言った。

「サドウェル。覚悟するんじゃ」

 次の瞬間、セパは残った力をすべて使い、サドウェルに組み付いた。すると、みるみるとサドウェルが溶けていく。タレの姿が徐々に消え、中にいたサドウェル体がむき出しになる。

「ぐおぉぉぉぉ」

 と、阿鼻叫喚の声を上げるサドウェル。

 それでも事態はサドウェルの方に傾いた。セパの最後の魔法。魔法石を使った悪魔を封じ込める魔法はギリギリサドウェルを追い詰めたが、消滅までには至らなかった。

「セパ様!」

 と、叫ぶブレイルの姿がある。また一人、この場に撃ち倒れた。

 この状況を救えるのは、たった一人。そう、パルしかいない。彼の奇翔紋の輝きが、サドウェルに向かって注がれた。

 パルは一歩進み呪文を唱える。体の内側から激しい脈動を感じる。奇翔紋が光り、パルは覚醒する。

「ブレイル。これが僕の力なの?」

 と、パルは尋ねる。

 ブレイルはセパを介抱しながら、

「奇翔紋が輝いている。これでサドウェルに触れれば、サドウェルを封じ込めることが出来るだろう」

 但し、問題はある。それはどうやってサドウェルを拘束するかということだ。トゥトゥリスが倒れた今、信じられるのは自分の肉体のみなのだから。パルはギュッと拳を握りしめる。一足でサドウェルに飛びつこうと、勢いよくジャンプした。

 当然、サドウェルはその攻撃をかわす。しかし、パルは諦めず、ただ必死にサドウェルに組み付こうとしている。サドウェルはしつこいパルを引き探せようと、悪魔の呪文を唱える。強制的に、パルを排除しようとしたのである。

 魔法の矢がサドウェルの周りに浮かび上がり、それが一斉にパルに向って発射される。

 パル二は防御の手段も何もない。当然、ブレイルにも何も出来ない。誰もが、パルの死を覚悟した時だった。

「ガキィィィィン」

 突如、矢を防御する一つの影、それは、千手甲冑戦士の腕であった。

 なぜ、ここで千手甲冑戦士が顕現されたのであろうか? その理由は簡単である。魔法は、術者の想念を感じているものである。早い話、思いが強ければ、術者が離れたところでも、オート操作で魔法を行うことが可能なのだ。たとえ、気を失っていようとも。

 そして、もう一つの奇跡が起きた。 

 パルの目の前に、マルの武器である『大インカの雪崩』が現れたのである。まるで、私を使えと言わんばかりに。躊躇することなく、パルは剣を握りしめる。そして、千手甲冑戦士に守られながら、サドウェルに攻撃を繰り出す。

 サドウェルは、先ほどのセパの最後の呪文により、その力の半分を失いつつあった。故に、パルとの戦力はないに等しい。圧倒的な力は影を潜め、極限まで追い詰められている。

「覚悟するんだ。サドウェル」

 と、パルは一括する。キッとサドウェルを睨みつけ、いよいよ、その手で肉体を触れようとした。

「待て、悪魔の子よ」

 と、サドウェルは言う。

「悪魔の子だと?」

 と、パルは訝しそうに答える。

「そうだ、主は悪魔の子。悪魔の力が宿っているのだから。そんな主が、果たして王になれるとでも言うのか」

「僕は王になる。今までは嫌だった。だが、自分の宿命に気付いたんだよ」

「悪魔の力が宿る王。そんな王が認められるものか。お主の力は、こちら側にあるから、上手く作用するのだよ。余と一緒に、魔界を支配しないか?」

「御免だ。そんなことをするくらいなら、ここで死んだ方がマシだ。何を言っても、お前はここで僕が消滅させる」

「セパル・クレイヴや、タレタインとは違うようだ。しかし、覚えておけ、愚かな人間よ。決して余は滅ばない。ここで仮にやられ、封じ込められたとしても、やがてまた、この世界に現れる。その時、貴様たちはいない。そこで、余は世界を暗黒に染め上げるだろう」

 もう、この世界に守り人であるセパはいない。

 不老者の誓いを破り、王国にやってきてしまったのだから。

 セパは不老者であったが、悪魔に近い存在であった。悪魔の力を利用し、秘密裏に国王を処刑していたのだから。だが、彼女のやってきたことは、王国の歴史を見る限り正しかったのだ。独裁的、あるいは傲慢な王は、時として、国の癌となる。

 そのような場合は排除しないとならない。その排除方法として、セパは六十六年毎に現れる悪魔憑きを利用したのである。けれど、そのセパはもういない。守り人がいなくなったのだ。

 とはいえ、今はここでサドウェルに取り憑いた悪魔を消滅させなければならない。

 パルは意を決し、奇翔紋の輝きでサドウェルを消し去った。

 サドウェルは最後、悪あがきなのか、高らかに哄笑し、消えていった。彼との再会は近いのかもしれない。そんな風に感じられた。


          *


 こうしてアルシンハは解放され、六〇〇年前のスーヴァリーガル王国には平和が戻った。

 同時に、現代の悪魔、つまりタレに取り憑いていた悪魔も、パルの力によって、封印された。但し、この封印は絶対的なものではない。いずれ封印は解かれ、その時に再び悪魔が顕現することになるのだ。

 その時は今から六十六後。

 長いようで短い期間。

 現代に舞い戻った一行は、王国の生活に戻った――。魔の巣とルシフル村の抗争も終わりを告げたようだ

 つまり退屈な日常の連続がまた始まったのである。ただ、この時セパという守護神はいなくなっていた。代わりの人間を見つけなければ、六十六年後、悪魔に対抗する手段がなくなる。とは言っても誰が好き好んで、悪魔と対決するためだけに、不老者となるのであろうか?

 そもそも、不老者になるには資格がいる。

 悪魔の力を宿すという、絶対的な資格が……。

 ある日、パルは一人、王国の地下室へ向かっていた。行く場所は、ブレイルの許であった。

 重たいトビラをノックすると、中からくぐもった声が聞こえてくる。

「入りなさい」

 と、言う、ブレイルの声。

 トビラを開け、そしてパルは一人研究室に足を踏み入れる。

「ブレイル先生。一つ良いですか?」

「まぁ座りなさい」

 と、ブレイルは研究室の中央にあるソファに、パルを座らせた。

 パルは座るなり、一呼吸置くと、

「不老者になるにはどうすれば良いのですか?」

 と、尋ねた。

「不老者になる……だって。何故そんなことを言うのかね?」

「セパの亡き跡を継ぐためです。彼女がいなくなった今、王国は悪魔に対する防御がなくなりました。でも、僕には資格がある。『奇翔紋の輝き』という絶対的な力が」

「君は国王の地位を捨て、不老者になるというかね?」

「そうです」

「誰が王になる?」

「姉さんが女王になります。本人はそれを望んでいるし、その思いが強かったから、逆に悪魔に付け込まれ、取り憑かれることになったんです。でも、悪魔が消失した今、姉さんの精神は落ち着いています。きっといい国王になれるでしょう」

「そうか。不老者になるには、厳しい制約がいる」

「分かっています。一定の場所から動けなくなるということでしょう」

「有無。セパさが残した屋敷があるだろう。あそこには、不老者としての結界が張られている。あそこを利用すれば、理論的に、君は不老者になることができる。だが、王国を捨て、本当にその道に進むことが正しいとは、私には思えない」

「それでも誰かがやらなければならない」

 パルはそう言い、拳を固く握りしめた。

 もう、迷いはないのだ。

 自分はセパのように悪魔と対峙する道を選びたい。それが、惰性で国王になるよりかは、何十倍も自分らしい生き方であると感じられた。茨の道であることは分かっている。だけど、その道に進みたい。パルは懸命にブレイルを説得した。

 パルの決めた選択は、すべての王族や貴族に認められたわけではなかった。特にシシやキキは猛烈に反対したし、タレだっていい顔はしなかった。けれど、パルの決意は固かった。最終的に、彼の決断は受理されることになった。

 つまり、パルは王国を捨てる決意をしたのである。

 王国にとっても、周期的に悪魔が現れることがはっきりしたので、その対策を打たなければならなかった。絶対的な守護者がいなくては、王国を守ることは難しいであろう。たとえ、取り憑かれた国王を処刑したところで、その悪魔を封じ込める人間が必要なのである。

 その役目を、今まではセパが担っていた。

 その代りをパルが受け継ぐということである。

 王国を出る際、王族から名前を抜く『退陣の儀』という儀式が執り行われた。本来はこのような儀式は存在しないのであるが、悪魔憑きに対抗するため、一代限りの例外として認められた。

 儀式は形式にとらわれた、実に王国らしいやりかたであると、パルは思っていたが、今回は特に嫌な気はしなかった。自分の分身でもある奇翔紋が彫られた短剣を返納し、王族ではなくなるのである。

 とはいっても、形式的に王族でなくなるだけであり、中身は何も変わらない。よって、奇翔紋の輝きという魔法は、永続的に使用が可能である。

 王国が誕生し、一〇〇〇年という節目の年に、パルは王族を捨てる覚悟を決めた。

 最後、現国王であるシシが、パルの許にやってきた。

 今まで、父と子として話したことなど一度もなかった。だが、今回は違うようである。

「パル。ブレイルから話は聞いた。お主が余の為に悪魔を封殺したということを」

 それを受け、パルは答える。

「僕だけの力ではありません。そして、これからが本当の闘いだと信じています」

「これを持っていきなさい」

 と、シシは一つの石を取り出した。七色の輝く、素敵な石で手掌に収まるくらいの小さなものであった。

「良いのですか?」

 石狂いは鳴りを潜めていたが、依然として石を集めている。そんなシシが、自分に石を渡すことに対し、パルは少なからず驚きを覚えていた。

「ルシフル村からの貢ぎ物だ。その昔、私が王子だったころに、貰ったものだ。お前が持っていなさい。きっと色々な厄災から身を守ってくれるだろう」

「ありがとうございます。母上や姉さんをよろしくお願いします」

 そう言い、短い会話は終わった。

 その他にもキキやタレに会おうか迷ったが、パルはそのような選択をしなかった。去る時はひっそりと消えようと思っていたのである。ブレイルの指揮の許、ルシフル村へ行き、そして。セパが暮らしていた屋敷をそのまま受け継ぐことになった。

 その場にはトゥトゥリスやマルの姿もある。軽く会釈をし、そしてパルは、屋敷の中に入った。

 速やかに不老者として儀式が行われる。

 不老者の力とは、前述した通り、悪魔の力である。

 故に普通の魔法ではない。何人もの専任の魔術師が集められ、細心の注意が払われた状態で、儀式は執り行われた。

 結果を言うと、不老者の儀式は無事に終わった。

 ただ、不老者になった夜、シシから受け継いだ七色の石が、キラキラと光輝いた。そして、石から薄っすらと声が聞こえ始めた。

「パル。聞こえるか?」

 その声は、死んだセパのものであった。

 驚きと共に、パルは石を手に取る。そして、

「セパですか? どうして」

「この石に童の魂を組み込んでおいた。もう、遠い昔のことだよ。お主、いばらの道を選択したようだね」

「ええ。僕があなたの意思を継ぎます」

「そうか。血は争えないねぇ」

「どういうことです」

「時間があまりないから、簡潔に言おう。童はね、元は王族なんだ。初代国王、スーヴァリーガルの娘だったのが童だ。童には、悪魔の力が宿っていて、それ故に、童は生きながらに幽閉されることになった。お主はこの屋敷から出ることが出来ない。しかし、時間は無限にある。屋敷の地下に、童が残した古い魔法の文献がある」

「文献ですか?」

「有無。四大元素を司る魔法から、悪魔の魔法まで様々なものがある。まずはそれを見て勉強をするんじゃな。六十六年後の悪魔憑きに備えて」

「悪魔を封印することが僕の役目です」

「そのとおり、しかし、あまり気負っても仕方がない。まずは魔法を知ることから始めなさい。そして、いつか、悪魔を完全に封殺するのじゃ」

「そんなことが可能なんですか?」

「可能だと、童は信じておるし、それがお主にならできるはずじゃ。お主に宿った『奇翔紋の輝き』という魔法は、その壁を突き破る答えを内包しているだろう。その謎を解き明かす。それが不老者として、お主に与えられた使命でもある」

 そう言われると、不安にはなる。

 けれど、やるしかない。もう、賽は投げられたのだから。

「分かりました。全力で取り組みます」

「よろしい。童は何時でもお主の心中におる。しっかりと鍛錬をし、優秀な不老者となり、童を超えるのじゃ」

 それきり、セパの声は聞こえなくなる。

 それからパルは一人、屋敷の地下室へ降り、そしてそこで魔法の文献を大量に発見した。古いものから比較的新しいものまで、大量にある。これをすべて読み切るだけでも、一〇〇年以上はかかるように思えた。

 パルは古い書物を取り出し、それを一枚めくる。自分に課せられた使命が重くのしかかってくるが、自分には『奇翔紋の輝き』がある。どんな困難だって打ち破ることが出来るだろう。パルは一人、魔法の修行を始めた。

 やがて来るであろう、悪魔の完全な消滅を目指して――。

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