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Children in the darkness

「行ったのね」

 と、ブレイルの研究室の奥から、薄っすらとそのような声が聞こえてくる。

 声を発したのは、もちろんタレ。彼女は王国を出るパルの姿を、この目で確かに見送ったのである。

「行きました。しかし……」 

 ブレイルは口ごもる。

 なぜなら、これがパルとの永遠の別れなのかもしれないのだから。

 タレは狡猾な考えで、ブレイルのことを脅していた。

 ブレイルの行為は、一種の国家反逆罪である。シシ国王が悪魔に取り憑かれ、その結果死に至る可能性があるという考えを持っているのは、王国は広くても、彼の他にも数名しかない。つまり、圧倒的にマイノリティな考えなのだ。

 それに、如何にシシ国王を救うためとはいえ、次期国王になる人物を危険にさらすことになるのである。これが見つかれば、自分の命はないだろう。ブレイルにはまだ死ぬわけにはいかない理由があった。

 それ故に、ここはタレの言うことを聞くしかなかったのである。タレ自身、そのことを知っている。だからこそ、弱みを握り、それでブレイルを脅すことに決めたのだ。

「あとは、その魔法人形を使い、パルが死んだことにするのよ」

 と、恐ろしいことを、サラッと口走るタレ。

 この女が女王になれば、きっと王国はより独裁的になるだろう。今のこの人受けするような態度はすべて偽りなのだ。そのことを、知っている人間はそれほど多くないだろう。否、ブレイルしかいないのかもしれない。

 きっと、パルだって姉の真の思惑を考えることは出来なかっただろう。

「しかし、パル様は戻ってくると約束されました」

 と、ブレイルは言った。しかし、その言葉は重く閉ざされている。

「パルは戻ってこないわ」

 と、意気揚々と、タレは告げる。「私はね、あなたのことをそこまで信頼していないのよ。つまり、あなたがパルに渡した地図が本当に破滅に向かう地図なのか? 私には確かめることが出来ない。だから私は手を打ったわ」

「ど、どういうことですか?」

「『魔の巣』と呼ばれる人間たちがいる場所に繋がる地図を渡したのよ。あの子はルシルフ村には行けない。それにね、外部と接触できる人間がいるのよ。その人間に命じたわ……パルを殺せとね」

「な、なんという……、お、恐ろしいことを、おお、神よ、私の愚かな行いを許したまえ」

 果たして、外部と繋がる人間とは誰なのか?

 というよりも、なぜここまで狡猾な考えを持つタレという人間が、今までパルの暗殺をこらえていたのであろうか? 謎は深まるばかりである。しかし、この王国で起きた反逆の狼煙をパルは知らずに、樹海の中をさまよい歩くことになった。

 魔の巣には人を吸い込む異様な力があり、一度入れば二度と出て来られないという伝説がある。そのような事実をパルは知らない。


          *


 初めて見る森の緑は、パルの心を華やかにさせ、さらに高い興奮状態に導いた。本で森の描写を見たことがあったけれど、実際に足を踏み入れ、経験したわけではなかったので、本を読んでもイマイチ実感が湧かなかったのである。

 しかし、今は違う。今は実際に経験しているのだ。あれだけ待ち焦がれた、王国外部の世界。それが今まさに目の前に広がっているのである。これで、興奮するなという方が無理であった。

 長年の牢獄のような王国での生活は、パルを感情が鈍い形に変えていたが、それが急速的に瓦解し、一気に感情が花開き、パルの体内を駆け巡っていく。それだけ樹海は、目新しく、パルの心を虜にした。

 パルは地図を広げる。

 ブレイルから貰ったルシルフ村への地図である。樹海を超えた先にルシルフ村はあるようだが、この地図を見る限り、まだ先のようである。持ってきたコンパスを頼りに、パルは方角を決めて、そして足早に歩き始める。

 樹海の青臭い草木の香りを嗅ぎながら、歩みを進めていくが、直ぐに異変に気付いた。

 それは、誰かが自分についてきているということである。自分は決して尾行されるのに慣れているわけではない。そんな素人の自分に、後をつけられていると、察せられるのだから、相手は大したことがないのかもしれない。

 それでも警戒する必要はあるだろう。何しろ、ここら辺はまだ、王国の近くだ。王国の関係者が、後をつけてきた可能性はある。既にブレイルにしてもらった顔の変化は解けている。つまりパル本来の顔があるのだ。

 それ故に、相手に顔を見られたら、そのままにしておくことはできない。何らかの処置を行わなければならないだろう。

 スーヴァリーガル王国の国民全員が、パルの顔を把握しているわけではない。一般参賀や王国の儀式の時など、国民の前に顔を出すことはあるが、国民との距離はかなり離れている。だからこそ、正確に顔を把握している人間は少ないはずだ。

 城下町には、国王をはじめとする王族の自画像が売られているという話であったが、それもどこまで正確に自分のことを描写しているかは分からない。

 何度か絵師によって、自画像を描いてもらったことがあるが、そのどれもが些か誇張された自画像であり、自分であるとは思えなかったのである。

(一体誰だ?)

 と、パルは考える。

 距離は少しずつ迫っており、そして、確実に自分のことを追っている。それだけは間違いないだろう。王国からやって来た使者なのであろうか? 少なくとも、その可能性は高いように感じられる。

 パルは森の中を走る。すると、足音もそれに合わせてくる。

 これで決まりだ。

 自分は確実に尾行されている。 

 パルは覚悟を決め、そして立ち止まる。武器になるようなものは、ブレイルが持たせてくれた小さなナイフしかない。さらに言えば、パルには戦闘経験がない。王国という一種隔絶された空間で暮らしていたため、喧嘩などしたことがないのだ。

 だからこそ、仮にこの追手と戦闘状態になれば、どちらに勝利の女神が微笑むかなど、火を見るよりも明らかであると思えた。

 なるべくなら、戦闘は避けたい。だが、それは無理な話なのかもしれない。

 もしかすると、王国を出たばかりであるというのに、ここで捕まるか、あるいは殺されるのかもしれない。そんな思いが、不安や恐怖という空気を纏い、そしてパルの体内を駆け巡る。

 何か、手を打つ必要がある。

「誰だ!」

 と、パルは叫んだ。

 追手の方角に向かって振り返ってみるが、そこには草木が生い茂っているだけで、人の姿はまるでない。しかし、どこかに潜んでいる。それは確実だろう。人の呼吸というか存在感がヒシヒシと感じられるのである。

 パルはポケットの中から、ナイフを取り出し、それを持ち、相手を威嚇する。

 どこからでもこい。これで突き刺してやる。

 と、パルが考えていると、樹海の大きな木々の隙間から、小人のような人間が顔を出した。それを見て、パルは素早く考えを巡らせる。

「ピグミー」

 と、パルは一人ごちる。

 ピグミーというのは、スーヴァリーガル王国に生息する小人のことである。王国内の使用人にも何人かピグミーがいるから、パルはその存在を知っていた。しかし、なぜピグミーがこんなところに、そして自分のことを追ってきたのだろうか?

 考えられるのは二つである。

 一つはこのピグミーが味方であるということ。

 もう一つは、敵であり、自分の命を狙っていること。

 パルは後者であると考えていた。

 そして、その考えは当たっているようであった。

 ピグミーは背中から、短剣を取り出すと、それをパルの方に向けてきたのである。やはり、戦闘は避けられないかもしれない。

「お前は僕を殺すのか?」

 ピグミーは人語を理解するが、話すことは出来ない。

 だから、現れたピグミーは軽く頷き、そしてパルとの距離を一歩ずつ縮めていく。やがて、二人の距離が数mまで縮まった時、ピグミーが短剣をパルに向かって突き刺して来た。単調な攻撃であるが、パルはドスンと尻餅をついた。

 ガタガタと震える体。

 自分の体ではないように感じられる。体を何かに乗っ取られたように、言うことを聞かないのである。

 万事休す。最早これまでなのか、あまりに情けない人生の幕切れに、パルは嫌気が差した。自分は、自分の背丈の半分程度しかない、ピグミーに勝つこともできないのである。それはパルの驕った精神を粉々に砕いてしまった。

 尻餅をついたパルに、ピグミーは襲い掛かる。

 その時であった――。

 不意にどこからか攻撃が飛んできて、ピグミーの短剣を持つ右腕を、根元からもぎ取ってしまった。どうやら、矢が飛んできたようである。

 ピグミーは「ギャー」と、恐ろしい声を上げ、その場でのたうち回る。

 そして、パルの後方の陰から、一人の少年が顔を出した。

 一目見ただけで、それが王族や貴族でないことが分かった。白い髪に黒く日焼けした肌。そして、適度に発達した筋肉。そのどれもが軟弱な生活を送っている貴族や王族たちの体つきとはまるで違う。

「大丈夫か?」

 と、少年は言った。

 顔を見られてしまった。

 パルはどうすることもできずに、ただ少年からサッと視線を外した。

「だ、大丈夫です」

 と、パルは答えた。自分は王子であるが、何故か敬語になってしまった。

 少年はピグミーに近づいていくと、その姿を一瞥し、そして言った。

「王国のピグミーだな」

 何故、それが分かったのであろうか?

「どうしてそれが?」

 と、恐る恐るパルは尋ねる。

 少年は最後、持っていたナイフでピグミーの喉元突き刺し、そして息の根を止めた。かなり手馴れている。その姿を見て、ぞっと怖気を湧き上がってくる。何も殺す必要はないだろう。何しろ、このピグミーは根元から腕をもぎ取られたのだから。

 最早勝負はついたようなものである。

「王国の印がついている」

 と、少年は死んだピグミーの左肩に残された刻印を指さした。

 パルはあまり詳しくないが、王国で雇われているピグミーは、野生のピグミーと識別するために、左肩に奴隷の刻印が施されているのである。これには魔法がかけられており、人数を把握するのに、役立っているのだ。

「君は一体……」

 と、パルは質問を飛ばす。

 よくみると、少年はパルと同じくらいの背丈であるし、同じくらいの年齢であると思えた。

 それでも体つきはまるで違うのではあるが。

「俺はトゥトゥリス。ルシフル村で暮らしている」

 ルシルフ村で暮らしている。

 まさかこんなに早く関係者に会えるとは、まったく思ってもみなかった。

 トゥトゥリスは、パルの持っていた地図に視線を注ぎ、それを見せるように催促した。

「この地図、何だ?」

 と、言うトゥトゥリスの言葉を受け、パルはルシルフ村に向かっている途中だということを説明する。しかし、どんどんとトゥトゥリスの顔に困惑の色が広がって行く。何かあったのだろうか?

「どうかしたの?」

 と、パルは堪らず尋ねる。

「本当にルシルフ村に行くつもりなのか?」

 と、トゥトゥリス。

「そうだけど」

「この地図を描いた人間のことを俺は知らないが、この地図に描かれている目的地のことをルシルフ村と言っているならば、それはかなり悪意がある証拠だと言えるだろう」

「悪意がある?」

「そうだ。この地図に描かれた目的地はルシルフ村じゃない。『魔の巣』と呼ばれる組織のアジトだ」

 魔の巣。

 パルは聞いたことがなかった。

 パルが唖然としていると、その姿に釈然としないのか、トゥトゥリスが続けて言った。

「お前。まさか魔の巣を知らないのか?」

 本当に何も知らない。パルは黙って頷く。

 その姿を見て、トゥトゥリスはかなり訝しい視線を送り始める。パルの見た目の印象は、かなり浮世離れしている。よって、世間を知らなくても、何ら不思議ではないが、この樹海に足を踏み入れているのに、魔の巣を知らないということは不可解でならなかった。

 それくらい魔の巣のことは、界隈に浸透しているのだから。

 疑心を目でパルのことを見つめていたトゥトゥリスは、理由があり、パルがかなり身分の高い人間であるだろうと、察していた。とはいっても、まさか王子とは思わない。トゥトゥリスはスーヴァリーガル王国の国民であるが、王子のことなんて、これっぽっちも見たことないのだから。

 不思議なのは、そんな身分の高い人間が、一人フラフラと、樹海の中をさまよっていることである。それも偽りの地図を頼りに。この地図を渡した人間の思惑は分からないが、少なくとも、善意があって地図を渡したわけではなさそうだ。

 悪意のようなものを感じるのだ。それと同時に、何故、ルシルフ村を探しているのだろうか? あの村は、貴族のような身分が高い人間が行くような場所ではない。もっとこう、雑で粗野な下賤な場所なのだから。

「ルシルフ村に……」と、トゥトゥリスは続ける。「何の用なんだ?」

 パルは、どう言うか迷っていた。

 正直に告げても良いものだろうか? ピグミーから救ってくれた手前、恐らく敵ではないだろうが、見ず知らずの人間に、自分の目的を伝えるのは、殺人鬼にナイフを渡すようなものであると思い、ただただ躊躇していた。

 それでも地図が偽物だと分かった以上、パルにはルシルフ村に行くための手段がない。この辺りのことはまるで何も知らないのだから。地図がなければ何もできないのである。となると、このトゥトゥリスに事情を説明することが先決であると感じられた。

「前世の村という話を聞き、そして向かっているんです」

 前世。

 その言葉を聞き、トゥトゥリスは半ば納得したようである。

 貴族の連中の中では、このような輪廻転生じみたことが流行っているということを、風の噂で聞いたことがある。

「前世を信じるのか?」

 と、トゥトゥリスは言う。

 トゥトゥリスはパルを貴族だと察しているが、決して遜った言い回しはしなかった。自分のペースを崩さずに会話を続ける。

「信じます」

 反対に敬語になるのは、パルの方だった。

 パルにとって、初めて接する下界の人間は、興味以上に、恐怖のようなものがあった。ピグミーをいとも簡単に殺してしまい、そのことに関してまるで後悔がない。さもそれが当然という風体なのである。

「そうか?」と、トゥトゥリスは言う。「確かにあの村には前世の記憶がある人間がたくさんいる。それは間違いない。お前、名前は何という?」

 正式名称を告げれば、自分が王子であることがばれてしまうかもしれない。だとしても、偽名を使うことも何となく逃げているようで、偽りたくなかった。だから、パルは自分の愛称をそのまま告げることに決めた。

「パルです」

 パルという名前を聞き、トゥトゥリスは記憶を巡らせる。

 トゥトゥリス自体、王国のことには詳しくないが、王子の名前や愛称くらい知っている。スーヴァリーガル王国の次期国王。その名前が、『パルリロール=デ=アザブド=スーヴァリーガル』ということを知っているのだ。

 愛称をパルという。

 王子が逃げ出したという情報は流れていないが、もしかすると、本当に王子なのかもしれないという、ありえない妄想が湧き上がってくる。

「一つ聞いても良いか?」

 と、トゥトゥリスは言う。「お前、スーヴァリーガル王国の王子じゃないのか?」

 やはり悟られてしまった。

 パルは自分の行為がどこまでも愚かなものであると考えていたが、今さら後悔しても、後の祭りである。

「僕が王子だとしたら、どうしますか?」

「別にどうもしない。だけど、何故王国を出たんだ。危険じゃないのか?」

「確かに危険です。ただ、僕には前世の村に行く理由があるんです。何としても救わなければならない人がいるものですから」

 パルの言葉は真剣であった。

 嘘偽りはない。それは言葉の響きを聞いていれば、容易に察することが出来た。トゥトゥリスは、俄然興味が出てきた。

 王国から決死の覚悟で抜け出してきた王子。

 彼は命を狙われている。ピグミーに後をつけられ、窮地を迎えていたことが良い証拠である。ほとんど丸腰のまま、彼は王国を出たようだが、それは王国の内部で、何か切羽詰まった状況が巻き起こっているからではないか? トゥトゥリスはそのように推理を進める。

「俺が連れて行こう。ルシルフ村へ。どうせ一人じゃ分からないだろう」

 と、トゥトゥリスは告げる。

「良いんですか?」と、パルは驚きながら、言葉を発する。「ありがとうございます」

「王子なんだから、敬語を使うなよ。なんか色々おかしいぜ」

「はい、……、いや、分かった」

「その代わり、俺もお前が王子だからと言っても特別扱いしないからな。その点は注意しておけよ。ピグミー一人倒せないようじゃ、前世の村に行っても、すぐに窮地に陥りそうだからな」

 二人は樹海の中を歩き始めた。

 樹海の中を燦々と日光が降り注ぎ、二人を照らし始める。


          *


「失敗したね」

「失敗したよ」

 と、ハーモニーを奏でるように、二人の声が、王国のとある一室に響き渡る。

 二人の人間の声。

 それは、シシ国王の双子の姉である、ルルとリンのものである。

 そして、ルルとリンの対面には、一人の少女の姿がある。

 その少女とは、タレのことだ。

 タレは訝しい視線を、ルルとリンの二人に送りながら、次のように告げた。

「失敗したってどういうことかしら?」

 このセリフには、ルルもリンもすぐには答えなかった。

 ただ、漠然と宙を見上げ、その場で黙り込んだ。

 こんな白痴に近い二人に、パルの暗殺を頼んだことを、タレは後悔していた。しかし、後悔してももう遅い。既に賽は投げられたのだから。

 そもそも、ルルとリンには確固たる目的があった。

 その目的とは、このスーヴァリーガル王国の覇者になること。つまり、国王になることを夢見ているのである。

 これは聊か現実離れしているが、可能性がないわけではないのだ。

 ルルとリンの王位継承順位は、第四位と第五位である。

 スーヴァリーガルの王国憲法によれば、王位継承の第一位はパル、第二位はタレ、そして第三位は妃であるキキなのだ。スーヴァリーガル王国では、妃も国王になれるのである。国王が死に、子供がいない時に限定されるが、この長いスーヴァリーガルの歴史の中で、妃が国王になった例はいくつかある。

 もちろん、ルルやリンのように継承順位が低い、第四位や第五位の人間が王位に就くことだってあるのだ。

 だから、ルルやリンが国王になるという事態は、全くありえない話ではない。

 しかし、数多くの条件がある。

 条件とは簡単である。

 王位継承順位の上位者である人間が死ぬことだ。

 ルルやリンが王位に就く場合、パルやタレ、そしてキキの三名が死ななければならない。しかし、ルルやリンには人を殺す気概なかった。彼女たちは傲慢であり、欲深いのであるが、実は内心はかなりの小心者であり、臆病なのである。

 今まで数多くの縁談があったが、すべては破談になり、今では孤独な独身生活を送っているのだ。彼女らは若干ではあるが、白痴に近い性質があり、王族だけでなく、貴族連中からも、下に見られている。よって、彼女たちに群がるのは、基本的には弱い存在のピグミーだけである。

 だからこそ、今回のパル暗殺計画も、ピグミーに依頼し、自分たちは手を汚すことなく、任務を遂行しようとしたのである。

 こんな白痴に近い存在の二人を、何故、狡猾なタレは利用しようと思ったのか? そこには理由があるのだ。

 その理由こそ、ルルとリンが王族の人間の中で唯一、外部との人間とつながりがあるからである。一体どうして、このような繋がりが生まれたかというと、二人の特異体質が関係してくる。ルルとリンの二人には魔力があり、お互いがシンクロすることでその魔力は高くなる。

 この特異体質を研究するために、王国の魔術師であるブレイルや、スーヴァリーガル王国の多くの研究者が二人の前に現れた。その時に現れたのが、王国の城下町で暮らすとある研究者であった。

 タレの考えでは、この研究者と内密に連絡を取ることで、パルの暗殺を企てる予定だったのであるが、それは遥か手前で頓挫することになってしまった。

「ピグミーは死んだよ」と、ルル。

「可哀想なピグミー」と、リン。

 二人の声は合唱のように重なっている。

 そんな二人の声を聴き、半ばうんざりとしながらタレは言う。

「どうするの? これで伯母様たちの目的は一層遠くなったわ。パルが死ななければ、あなたたちは王にはなれない」

 王にはなれない。

 その言葉を聞くなり、ルルもリンも意気消沈してしまった。自分たちの野望が叶わないと知ると、それが露骨に態度に出るのである。

「今、パルはどこにいるのか分かりますか?」

 頭の弱い二人に対し、嫌気が差しながらも、辛抱強くタレは言った。

 タレの言葉を聞き、ルルとリンはお互いの手のひらを合わせながら、そして何やら呟き始めた。

 魔術。

 それを今ここで行おうとしているのである。

 ブレイルも魔力があり、王国内部の魔力のシステムを造り上げているが、そのほとんどは、自分の力というものではなく、魔法陣を使った、遠隔操作の魔術である。しかし、ルルやリンの魔術は違う。根本的に、自分たちの内部に宿った魔力を使うことで、魔術を発生させるのである。

 但し、二人いないと、魔力を使うことが出来ない。この理由はどんな著名な研究者であっても匙を投げるくらいの難問であったが、いずれにしても、二人は二人でいる間、高度な魔術を行うことが可能なのである。

「樹海にいるね」と、ルル。

「樹海にいるよ」と、リン。

 まだ、樹海の中にいる。魔の巣に向かうように手配しているが、地図が偽物であることに気付く可能性もある。そうなった時、パルは王国内に戻ってくるかもしれない。

 ルルとリンの強力な魔力を使えば、その力で人を呪い殺すことも可能でありそうだが、実際はどうなのであろうか? 事実、タレはピグミーを使った、脆弱な暗殺手段ではなく、魔力を使った高度な暗殺術を期待していたのである。

 なのに、このルルとリンの二人はそれをしようとはしない。

「魔力で殺せないんですか?」

 と、サラッと恐ろしいことを口走るタレ。

 タレにとって、唯一の姉弟がパルである。ルルとリンの弟に、シシ国王がいるように……。

「無理だよ」と、ルル。

「無理だね」と、リン。

「どうしてですか? 伯母様たちは強い力があるのに」

「ブレイルに使ってはならないと言われてる」と、ルルが言うと、リンが続けて、「人を殺すには高い魔力が必要になる。そしてそれを使えば、私たちはそれなりにダメージを負うことになる」

「でも、伯母様たちはこの国の覇者になりたいのですよね? そのためには、パルを殺さなければなりません」

「その前に、シシが死ななくちゃダメだよ」

 と、ルルが言うと、

「でも私たちはシシを殺したくはない」

 と、リンが答える。

 この二人には確固たる目的があるのにも拘わらず、それを実行するための強い意志がないのである。これでは絶対に国王にはなれない。もっと傲慢とも言える強い力がなければ、王として君臨することは出来ないだろう。

 第一、タレはこの二人を国王にする気などさらさらないのである。ただ、パルの殺害の為に利用するのだ。二人がパルを殺したことになれば、王国裁判が行われ、ルルとリンは処刑されることになるだろう。如何に強い力があったとしても……。

「みんな死ななくちゃならない」

 と、ルルが言った。

 その後、リンが困ったように、

「そう、私たちが王様になるためには、パルだけでなく、タレも、そしてキキだって死ななくちゃダメだ」

「私と母は王になる気はありません。私は辞退しますし、母だってきっと辞退するでしょう」

 これは厳密には誤りである。

 王位継承は絶対であり、辞退などできない。しかし、白痴であるルルとリンにはそのことが理解できなった。彼女たちに辛うじて分かったことは、どうやら人が死ななくても、国王になれる可能性があるという、間違った考えだけであった。

 無論、仮にこの辞退という手段が正しいのであれば、わざわざパルを殺す必要はどこにもない。

 パル自身、王になりたくないと言っているのだから、放っておけばいいのである。そんな簡単なことさえ、ルルやリンは気づかなかった――。


          *


 さて、場面は樹海に舞い戻る。

 樹海のちょうど深部に、パルとトゥトゥリスの二人はいた。

 王子であるということは、あっさり看破されたが、このトゥトゥリスという人間は信頼のおける人間のようである。邪気というものが、一切感じられないし、快活な人懐こさがあるのだ。都合よく、良い人間に出会えたと、パルは信じてもいない神に対し、祈りを捧げた。

「それで」と、トゥトゥリスは聞く。「前世の村に行き、何をするんだ?」

「スーヴァリーガルの国王のシシ国王は、今死の淵にいるんだ」

 と、パルは正直に答える。

「そんな話、まるで聞かないけどな」

「僕もつい最近知ったんだよ」

「それがルシルフ村の前世の記憶と何か関係があるのか?」

「スーヴァリーガルの国王は六十六年周期で、悪魔に取り憑かれるんだ。そして、その悪魔を取り祓うためには、シシ国王の前世へ行き、悪魔を退治する手段を聞かなければならない」

「前世に行くか……。そんなことが可能なのか? 第一、国王の前世がどんな人間なのか? それが分からないじゃないか」

「父上の前世、予想では六十六年周期で現れた、悪魔に取り憑かれた国王たちなんだ、王国の魔術師であるブレイルという先生はそう言っている」

 ブレイルという名前を聞き、トゥトゥリスの耳がピクリと動く。

「悪魔に取り憑かれた国王か、その解決のヒントが前世にあるということか。だけどそれじゃ話がつながらない。だって国王がいなければ前世の記憶を紐解くことが出来ないじゃないか」

「確かにそうなんだけど、実は、悪魔に取り憑かれた国王の中で唯一、助かった人間が六〇〇年前にいるんだ。そしてその六〇〇年前の記憶を持った人間が、ルシルフ村にいるという話なんだよ。そして、前世の記憶に辿り着くことが出来るのは、国王の血を引く僕だけなんだ」

「六〇〇年。そりゃまた豪い昔の話だな」

「うん。だけど、父上を救うためには、その可能性に賭けるしかない。そして、それが出来るのは僕しかいないんだから」

「大変だな。でも、そのブレイルという魔術師、本当に信頼できるのか? お前を騙していたんだろう」

 パルは地図の一件がタレによるものだと知らない。ブレイルによるものだと思っている。信頼していた人間に裏切られることほど、精神的に衝撃を受けることはない。しかし、あれだけ父を救おうとしていたブレイルが、何故、手のひらを急激に返すことになったのであろうか?

 何か、王国内部に不穏な動きがあるのかもしれない。

 これはまだ、パルの想像の内部の考えで、埒の明かぬ妄想なのではあるが……。

 いずれにしても、今はルシルフ村に進むことが先決であろう。そして、六〇〇年前の記憶を持つ人間と接触を持つのだ。

「あと、どのくらいなの?」

 と、パルは物憂げな表情をしながら尋ねる。

 パルのやや前方を歩くトゥトゥリスは、草木をかき分けながら、

「あと、二〇分ほどだろう」

 と、告げた。

 樹海の内部は広く、そして深い。仮に地図が本物であったとしても、自分一人では、ルシルフ村に辿り着けなかったかもしれない。

 そうこうしていると、不意にトゥトゥリスが歩みを止めた。

「マズイな……」

 と、一言告げる。

 うっかりすると、聞き逃すくらい小さな声であったけれど、確かにパルの耳には届いた。

「何がマズ……」

 と、パルがすべてを言う前に、トゥトゥリスが劈くように言った。

「俺から離れろ!」

 咄嗟にパルは後ろに飛びのく。

 すると、自分の顔すれすれに、弓矢が飛んでくるのが見えた。

 トゥトゥリスに言われなければ、直撃したかもしれない。圧倒的な現実に、ただただパルはたじろいだ。一体、何が起きているのだろうか?

 さて、トゥトゥリスはというと、一足飛びで、矢の放たれた方角へ向かい、そして、着ていた衣類の内側から、短剣を取り出し、それを振るった。よく見ると、木々の陰に数名の人間が隠れていることが分かる。

 瞬く間に、界隈は戦闘状態へと突入する。

「標的発見。但し、一人ではない。見慣れぬ人間がいるぞ」

 と、影の中の一人がそのように誰かに向かって報告をする。

 その後、もう一人が「標的だけを狙え。白髪が先、黒髪は後だ」

 白髪というのは、トゥトゥリスのことで、黒髪というのはパルのことであろう。どうやら、話を聞く限り、トゥトゥリスは誰かに追われていたらしい。その追手がここにやってきたのだ。とにかく、パルは巻き込まれてしまった。

 戦闘状態に入るが、パルには何もできない。武器も持っていないし、何よりも戦闘経験がまるでないのだから、戦えば数秒でやられてしまうであろう。少なくとも、現段階では、パルは標的にはなっていない。

 今、標的になっているのは、あくまでもトゥトゥリスなのだから。

「パル、そこから動くな」

 と、トゥトゥリスは振り返らずに、そう言った。

 言われるままに、パルはその場で彫刻のように固まる。緊張と興奮から、体はありえないほど凍り付いていた。敵は弓と剣を持っている。王国の儀式で、剣を持つことは何度かったが、実際に使ったことはない。包丁だって握ったことがないのだから。

 トゥトゥリスは、かなり戦闘に慣れているのだろう。放たれた弓矢をバレリーナのように華麗に身をくねらせて交わすと、次の一撃は短剣で切り落とした。常人の反射神経ではない。何か、魔力的なこと働いている。そんな印象を与える攻撃。

 敵は弓矢を切り落とすという離れ業をやってのけ、トゥトゥリスに対し、かなりの衝撃を覚えているようだ。矢継ぎ早に攻撃を放ってくる。

 三角形の陣形を作り、その内部に、トゥトゥリスがいる。

 三対一。これが戦場なら、とっくに勝負はついているだろう。

 但し、あくまでもそれが通常の戦闘だったらの話だ。

 トゥトゥリスは普通ではない。突如、彼の背中から、甲冑を身に纏った戦士が現れる。トゥトゥリスは、相手の攻撃を器用に避けながら、早口で呪文を詠唱する。すると、後方にいた甲冑戦士の腕が長く伸び、敵の一人を完全に拘束した。

 拘束された敵の人間はあっさりと捻り潰される。「ぎゃぁ」という断末魔の叫びを上げながら。あまりの光景を見た残りの二人は、明らかに怯んでいた。しかし仲間がやられたという現実を垣間見て、勇気を振り絞り、そして、トゥトゥリスと同じように、何かを詠唱した。

 すると、界隈がたちまち黒い霧に包まれ、雷光が鳴り響く。

「電撃か……」

 と、トゥトゥリスが呟いた瞬間、彼の頭上に鋭い稲妻が迸る。しかし、これを防いだのは、後方にいる甲冑戦士だ。いつの間にか、二本であるはずの手が八本になり、六本の腕で、稲妻を防ぐと、残った二本の手をそれぞれ、敵戦士に伸ばし、一人目と同じように、拘束した。

 さらに、トゥトゥリスは呪文を詠唱する。それに呼応し、甲冑戦士は、大きな鋼のような手掌で、一気に敵戦士を握り潰す。一人は完全に絶命したが、もう一人は、握りしめられた足を犠牲にして、脱出すると、呪文を詠唱し、そしてトゥトゥリスの同じように後方から、精霊のような物体を呼び出し、後方へ逃げる。

 どうやら、戦闘を離脱するようである。

 それでも、トゥトゥリスは簡単には逃がさない。甲冑戦士を巧みに操り、電撃を防いだ手を使い、相手を巧妙に追いかける。

「捕まえた」

 と、トゥトゥリスは言った。そして、敵戦士を完全に拘束した。

 敵戦士は、逃げ場がないということを悟ったのか、持っていた短剣で喉元を一気に切り裂いた。たちまち血が噴き出し、辺りは血みどろの地獄へと化する。血の雨を受けながら、トゥトゥリスは、自害した敵戦士の鎖帷子を確かめる。

「やはり、魔の巣か……」

 と、トゥトゥリスは言った。

 その悲惨な光景を見たパルは腰を抜かしてしまった。トゥトゥリスという白髪の殺戮魔を見て、今にも卒倒しそうになってしまったのである。

 自分が知らない世界には、このような地獄が日常茶飯事に起きているのだろうか? 何も知らなかった。自分はどこまでも揺籠の中にいる赤子のような存在であると、自分が急に女々しく感じられた。

「大丈夫か?」

 と、いつまにか、そばにやってきたトゥトゥリスが落ち着いた口調でそう言った。

 今まで死をめぐる戦闘を行っていた人間の口調とは思えなかった。

「き、君は一体……、な、何者なんだ」

 口角泡を飛ばしながら、パルは告げる。

 それを見たトゥトゥリスは、「奴らは魔の巣の人間だ」

 魔の巣。

 一体どんな組織なんだろうか。

「どういうことなの?」

「今、スーヴァリーガルは窮地を迎えている。お前は知らないかもしれないがな」

「そんな、嘘だ。スーヴァリーガルは平和そのものだった。だって僕は何もない日常に退屈していたし、内戦だってここ数十年起こっていないのだから」

「あくまで表向きはな」

「でも、誰もそんなことを教えてはくれなかった」

「それはお前が王子だからだ」

「僕以外の人間は知っているの?」

「少なくとも、王や王妃は知っている。恐らく、お前にルシルフ村へ行けと言った老齢の魔術師もな。ブレイル、懐かしい名前だ……」

「ブレイルを知っているのか?」

「もちろんだ、ブレイルはその昔、ルシルフの魔法戦士だったんだから」

 何を言っているのか、パルには分からなかった。

 ただ、自分が知らぬ一ページが、今まさに開かれようとしている。

「もう、隠すことはやめよう。ブレイルのことを悪く言ったが、実は俺はブレイルの命令により、お前を守りに来た護衛隊の一人だ。まさか王子とは知らなかったけどな」

 ブレイルが魔法戦士だって。その言葉に、パルはどう答えていいものか、迷っていた。ただ、ブレイルが自分に何か重大な隠し事をしていたということは分かる。同時に、何故王国外で起きている戦争のことを言わなかったのであろうか?

 それだけが不可解であり、徒にパルのことを刺激する。何かこう、信頼されていないような寂しい気持ちが、体内を覆いこみ、そして、支配していく。自分だけが蚊帳の外に置かれたみたいに、何となくではあるけれど、情けない。

 何も知らなかった。

 自分は時期国王という身分の人間なのに、何も知らなかったのである。ルシルフ村と魔の巣で行われている戦闘。それは激戦なのだろう。そうでなければ、こんな樹海のど真ん中で戦闘を行うことはしないはずだ。

 この戦争のことを父であるシシ国王は知っているのだろうか?

 石の王と呼ばれ、揶揄されている国王。

 それがシシである。

 そんな彼が、この戦争にどんな関係を持っているのか、それが気がかりでならない。体が緊張し、強張る。中々、思い通りに動いてくれない。この興奮状態を誰でも良いから、鎮静化させてほしい。

 今自分に必要なのは、現実を知るということもよりも、圧倒的に休息であろう。脳をリラックスさせ、そして正常な思考が出来るように取り計るのである。そうすれば、今よりももっとマシに考えを巡らせることが出来るだろう。

 とはいっても、そんなに簡単に時は待ってくれないし、休ませてもくれない。自分がこうして黙り込んでいる間にも、戦争は続くのである。決して終わることがない戦争。そんな負の連鎖が、今まさに目の前に広がっている。

 パルは粘ついた両手をギュッと握りしめると、

「父上は知っているのか?」

 と、尋ねた。

 あまりにも当たり前の質問であった。

 トゥトゥリスは、周りを見渡した後、静かに口を開く。

「知っている。というよりも、国王は俺たちの敵だからな」

「て、敵だって……、う、嘘だろ」

「嘘じゃない。本当だ。あの石狂いの国王は、石のために国を売ったのだ。まさに悪魔の契約するようにな」

 そんな馬鹿な話があって良いのだろうか?

 既に父は戦争を知っており、尚且つ魔の巣側の人間なのだそうだ。となると、自分は父と敵対していることになる。父を救うために、ルシルフ村に行こうとしているのに、当の父親は敵なんだそうだ。

 じゃあ、自分は誰を救えば良いのか? それだけが不可解で、パルのことを一層苦しめていく。

「僕だけが、何故、この事実を知らされなかったのだろうか?」

 と、パルは項垂れながら囁いた。

 もう、何を信じるべきなのか分からない。

「それは」と、トゥトゥリスが持論を展開する。「お前が時期国王だかさ」

「時期国王だから、知らなくちゃならない問題だろう。どこの世界に自分の国で行われている戦争を知らない人間がいるって言うんだ。まるで無能王じゃないか」

 無能王。

 その名の通り、無能の国王である。

 歴代の国王の中でも、このように揶揄されて即位した国王がたくさんいる。そのことを、当然ではあるがパルは知っている。近しい王の例をだせば、三代前国王は、無能王と呼ばれ、人々に馬鹿にされていたようなのだから。

 自分もいつかは、無能王と呼ばれることになるだろうか?

 というよりも、自分は国王になりたいのか?

(分からない)

 そう、何も分からない。自分の意思も、そして目的も。

 今自分は何をするべきなのか?

 父を救うことが責務であることは分かる。何しろ、自分はそのために、危険を冒し、スーヴァリーガル王国の外に出たのだから。となると、やはり、自分に出来ることはただ一つだ。それは父を救うということ。

 如何に父が既に悪魔に身を売り、そして、囚われているのだとしても、血を分けた親子なのである。決して見過ごすことはできない。責任感が人一倍あるわけではないのだけれど、それでも父親を殺してしまうことは、絶対に不可能である。

 自分に出来ることをしなければならない。

 そう、余計なことを考えるのは止めよう。そんな風に、パルは感じることが出来た。

「お前は無能王じゃないよ」

 と、励ましの口調でトゥトゥリスは言った。

 今更、何を言われたところで、精神は回復しそうにない。時の流れだけが、ゆっくりとパルの精神を治癒していくのである。そこに言葉はないのだ。とはいっても、あまり落ち込んではいられない。

 敵が魔の巣にいることが分かったのなら、またいつ襲撃してくるか分からない。それに、どうして敵は、パルのこと襲撃しなかったのだろうか? パルは時期国王であり、どちらかと言えば、魔の巣側の人間ではなく、ブレイル側人間。つまり、ルシルフ村側の人間である。

 敵対しているのだ。

 それが正しいのなら、敵がまず襲撃するべき人間は、トゥトゥリスではなく、自分、パルではないのか? それなのに、敵はまるで自分のことを空気とでも思っているかのように無視をする。

 完全に自分だけが取り残されている。

「僕はどうして命を狙われないの?」

 その質問は的確だった。

 トゥトゥリスは目を何度か瞬いた後、パルの両肩を叩き、

「何も知らないからさ。知ればリスクが発生する。皆、お前を守るために、真実を言わなかったんだ」

 パルはそれでも悔しかった。

 自分だけが真実を知らなかったことに対し、情けなさと切なさを感じ、その負の感情が、自分の中で砂時計の砂のようにたまっていき、自分のことを絶えず苦しめる。

 何も知らずに平和に過ごすことは、果たして正しいことなのだろうか? 時期国王として、国内外の情勢を知ることは、プラスにはなっても、決してマイナスにはならないはずだ。国王は世間知らずあってはならない。

 という考えがパルの持論である。

 様々な事柄に熟知していなければ、きっといい国王にはなれない。パルはそんな持論を持っていた。そして、

「姉さんも知っているのかな」

 と、漠然と尋ねた。

「もちろん知っているさ」と、トゥトゥリスは答える。

 ブレイルが急に手のひらを返した理由として、考えられる可能性はただ一つ。

 それがタレの存在である。

 何しろ、ルシルフ村へ旅立つことは、ブレイルを除いては、タレ以外、他に誰にも言っていないのだ。となると、やはり、タレは自分がブレイルと繫がりがあることを見抜いたであろう。

 今回、ブレイルが手のひらを返すことになった理由には、きっとタレの存在があるはずだ。彼女が裏切り者であるのなら、すべての辻褄は合うような気がするのである。

 では、何故タレは弟である自分のことを裏切ったのであろうか?

 その答えも決して難しくはないだろう。

 タレは王位継承第二位である。 

 つまり、パル自身がいなくなれば、タレは国王になることが出来るのである。決してタレの内情に詳しいわけではないのだけれど、パルは何となくタレが王位を狙っているのではないかと推測していた。

 昔から人懐こい笑顔で、人々を魅了してきたタレ。そんな花のような彼女に、尋常ではない王位への憧れがあるなどと、今までは考えたことがなかった。だけど、思い当たる節はある。それは、自分がスーヴァリーガル王国の外へ出ると言った時のことだ。

 普通なら止めるべきところを、タレは逆に推奨してきたではないか。

 タレが魔の巣とルシルフ村の戦闘を知っていたのなら、自分をこんな激戦地に送り込むことなどしないだろう。

 だが、タレはそれをした。何の躊躇もなく。

 それに、王国内では、きっとタレの他にも協力者がいることだろう。

 そうでなければ、ここまで流れるようにパルを窮地に追いやることは出来ないのだから。不可解なことはもう一つある。

 それはピグミーは誰が遣わせた使者なのか? ということだろう。

 考えを進めていくと、可能性は二つだ。

 一つは、母キキの仕業。

 もう一つは、パルの伯母であるララとリンの仕業ということである。

 母の可能性よりも、まず、パルが疑ったのは、ララとリンのことだ。あの二人は、パルの数少ない交流の記憶が正しければ、ピグミーを関係があったはずである。

 二人がピグミーを家来のように扱っていることを、パルは知っていた。となれば、やはり、あのピグミーを遣わせたのは、ララとリンの可能性が高い。同時に、この二人はタレとのつながりもあるのだろう。

 この三人が、何故自分のことをどさくさに紛れて亡き者にしようとしているかと言えば、答えは簡単である。

 そう。王位継承問題だ。

 三人はきっと、王位を狙っている。

 そう考え、ゆっくりとパルとトゥトゥリスは歩き出した。

 無言状態が続いていたが、やがて、ある村が見えてくる。

 それは見紛うことなく、ルシルフ村であった。ようやく、目的の村、前世の村に辿り着いたのである。

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