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Children in the darkness

天井を見上げると、一点の染みがある。もう、随分前からある染みで、その存在を知っているのは、一人しかいなかった。

 その人物とは、パルリロール=デ=アザブド=スーヴァリーガル。

 長い名前であるが、通称パルは、スーヴァリーガル王国の王子である。

 自分がこのことを言えば、直ぐに天井の壁紙は新しいものに変えられるだろう。でも、そんな些細なことを、パルは言う気にはなれなかった。というよりも彼は、自分の地位に嫌気が差したのである。

 何故、自分は王子として生まれたのか?

 やがては、このスーヴァリーガル王国の国王になる。第九十九代国王。それが自分だ。

 もう、一〇〇〇年と続くこのスーヴァリーガルは、穏やかな国であるのは、決まりきった未来。つまり、国王に即位するということ。遠からずそれはやってくる。

(いっそのこと逃げ出そうか?)

 と、パルは考える。

 今まで何度も考えたことである。しかし、実行することなくそれは終わる。

 というよりも、多くの監視が付いた中、王子である自分が王国の外に出ることは、ほとんど不可能なのである。絶対にできない。例えそれが可能だとしても、直ぐに捜索隊が駆り出され、そして摑まることになるだろう。

 その際、責任を取る人間がいる。

 自分が逃げ出したことは、監視が緩かったということになり、その結果、責任を取り、職を追われる人間がいることは確かである。

それは忍びない。自分のために、未来が暗黒に包まれることを、パルは黙って見ていたくはなかった。だとしても、自分の未来を変えたくてたまらなかった。どうすれば、自分の境遇を変えられるのだろうか?

「王子、朝食の準備が整いました」

 と、側近の召使、シーアがやって来て、そう告げた。

 既に時刻は午前七時を迎えている。朝食は王族全員で摂ることが、スーヴァリーガル王国の決まりである。

「分かった」

 と、パル。

 また、退屈な一日が始まろうとしている。

 彼は天蓋付きのベッドの上で、返事はしたものの、動く気配がなかった。まだ、着替えてもいない。朝食用の正式な服装に着替えなければならない。その支度をするのは、シーアの役目であり、彼はつい三〇分ほど前に、着替えを届けに来たのである。

 しかし、パルは天井の壁を見つめたまま、着替えることはしなかった。何となくではあるけれど、やる気が起きなかったのである。

「王子、お着替えをしましょう」

 と、シーアは困り切った表情を浮かべ、そう言った。

 シーアは今年三〇歳になる壮年の男性で、スーヴァリーガル王国の召使になり、それほど日が経っていない。だから、いつもオドオドとしているし、特にパルの顔色を絶えず疑っているのである。

 シーアは朝食用の衣類、キルトンを広げ、それを慣れた手つきで準備していく。

 着馴れた、自室用の衣類を脱ぎ、そして、インナーを着て、その後、アイロンの利いたシャツを羽織る。膝までの丈のズボンを穿き、そして、キルトンと言う名の、背中に羽が付いたジャケットを着る。

 翼は邪を祓うとされ、スーヴァリーガル王国では必須の服装である。椅子に背中の羽が引っかかるから、パルはそれが嫌いであった。しかし、今はそんなことを言ってはいられない。あまりぐずぐずしていると、その責任をシーアが取らなければならない。

 パルは正装に着替えると、シーアの後に続き、食の間へ向かう。

 スーヴァリーガル国の食の間、そこは細長いテーブルが横になら日、延々人が座っている。

 オーク材のがっしりとしたテーブル。その中央には、スーヴァリーガル王国の王、シシド=ドル=アザブド=スーヴァリーガル、通称シシが既に座っている。

 その右隣には、王妃キキシン=レウ=アザブド=スーヴァリーガル、通称キキの姿がある。シシの左隣には、シシの双子の姉、ルルート=レウ=アザブド=スーヴァリーガル、通称ルルと、リンザ=レウ=アザブド=スーヴァリーガル、通称リンがいる。

 母であるキキの隣には、パルの姉であるタレタイン=ウミ=アザブド=スーヴァリーガル、通称タレが座っている。

 パルの席はどこかというと、リンの隣である。

 その他には、王国直属の研究者や学者、あるいは魔術師、そして、貴族連中が細長いテーブルを囲む。

 その数は二〇名ほど。

 どうやら、パルが最後だったようで、彼が座ったのを見るなり、シシが立ち上がり、朝食前の祈りを捧げた。

 祈りを終えるなり、直ぐに給仕が始まり、朝食の時間がやってくる。

 朝からコース料理で、まずは前菜がやってくる。

 それを機械的に食べ、次々とやってくる食事を平らげていく。

 食事の時間は一時間ほどあるのだ。

 食事が終わると、祈りの時間があり、その後、パルは側近の教師の指示の元、勉強の時間が始まる。

 勉学は午前中三時間。午後三時間とあり、非常に退屈である。このスーヴァリーガルの歴史を学んだり、王族としての心である帝王学を勉強したりするのである。王様になりたくないパルは、そのどれもが地獄のような苦しみであった。

 夕暮れになると、再び祈りの時間があり、夕食が始まる。夕食も長く、尚且つ大量の料理が運ばれてくる。午後八時には、一日の役目を終え、一〇時には就寝することになる。

 休日はない。

 週に一度勉学がない日はあるが、その日は別の公務がある。だから、決して自由ではないのだ。

 夕食を終え、就寝用の服装であるララトに着替えると、ようやく一息つける。

「お疲れさまでした」

 と、シーアは告げる。

 シーアはどこか憐れむような目でパルのことを見つめている。

 パルはその視線に気づいたが、あえて文句も言わずに、ただ、ベッドの上に横になり、そして、書物を広げた。王国で流行っているような小説を読むことは出来ないが、昔の古典的な作品は読むことが出来る。

 この読書の時間が数少ない憩いの時間でもある。

「シーア。外の世界はどうなっている?」

 と、パルは尋ねる。

 外の世界。

 つまり、この巨大な城の外のことである。もちろん、外に出ることはある。公務で城下町に行くこともあるし、王族には様々な役職の即位式があるから、そのような場合は、外に出て、一日を過ごすこともあるのだ。

 しかし、そこにプライベートな時間はない。自由がなく、束縛された時間。

 それが延々と繋がっている。

「平和ですよ」

 と、シーアはパルが脱いだ夜の正装、パッドシビアをたたみながら、そう言った。

 何が平和なのだろうか?

 確かにこのスーヴァリーガルは表向き平和である。

 争いもないし、穏やかな日常が延々と連なり、つながっているのだから……。

 シーアは何かを思い出したように、

「そう言えば今日、ブレイル様より、お託を承りました」

「ブレイルが?」

 ブレイルというのは、王国直属の魔術師であり、齢七〇歳を超える老人である。歳が離れているため、あまり話すことはないが、ブレイルはことある毎に、パルのことを気にかけ、たまに言葉をかけてくれるのである。

「託って何さ?」

「明日、昼食後、ブレイル様の研究室にいらして欲しいとのことです」

「何の用だろう」

「さぁそれは分かりません。ただ、それだけを伝えてほしいと」

「分かった」

 特に、何か心当たりがあるわけではない。

 王族や関係者の中でも主立つ存在である。そんな彼が、一体自分に何の用なのだろうか?

 パルは考えながら、そして眠りに就いた。

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