ゲームセンター
たくさんのゲーム筐体たちから放たれる電子音に混じって、些細な勝ち負けにこだわる若者たちの騒ぐ声がカウンター越しに聞こえてくる。
「おい、ミヤ。お前今度のコンサート行くのか?」同僚の高田が声を掛けてきた。
「いや、まだ決めていない。お前は?」
「もうチケット取ったよ。まあさっさと……おい」高田は意地の悪い笑みを浮かべて指を指した。
「どうした?」
「あの子、かわいいと思わないか?」
「そうだな」宮前は肘で高田のわき腹を打った。「そろそろ見回りの時間だ。鍵は持ったか?」
「ああ」
「じゃあまた後で。余計なことして面倒になっても俺は知らんからな」
宮前はカウンターの引き出しからインカムのチェックシートを取り出して、バインダーに挟んだ。それから、まだにやっと笑っている高田の肩を叩いてカウンターを出た。
8時を過ぎ、店内は徐々に客が増えて騒がしくなってきた。仕事を終えたらしいスーツ姿のサラリーマンや、デート中のカップル、昔のゲームを上手にこなすじいさん。そして、時間とともにさらに熱狂的になり、乱暴な言葉で罵り合っているさっきの若者たち。
宮前は彼らの邪魔にならないように、一つ一つ筐体を見て回りながら投入されたお金の回収とインカムをチェックしていた。大きなメダルゲームまで回り、一通り終えてカウンターに戻ろうとしたとき、店内に備え付けてあるイスに坐っている女性に気づいた。すらりとした体形に控えめな服装で悪くない。が、それ以外にはとりわけ特徴があるわけでもなかった。ただ、店内の自販機で売られている宮前の好きなココア__甘すぎてほとんど買っている人を見たことがない__それを手にしていたのが、関心を持った理由だった。女性はココアをテーブルに置くと、困った様子で鞄の中を探りだした。
「何かお探しですか?」宮前は近づいて声を掛けた。
「あ、ええと」女性は顔を上げた。「楽譜です」
「ガクフ? あの音楽の……」ゲームセンターという場所では聞き慣れない言葉だったため『ガクフ』が『楽譜』であることに気づくまで躊躇した。
「ええ」
「どうして楽譜を……」
「ごめんなさい、変ですよね」
「いいえ」むしろたくさんの疑問が浮かび上がったが、とりあえず話を進めることにした。「いつから無いのでしょうか?」
「この場所に来る前に一度見ているので、その後だと思います」
「失礼ですが、最後に見たときからここに来るまで、移動中に落とした可能性はありませんか」
「ないと思います。一度も鞄を開けてませんから」
「では、ここのどこかで鞄を開けたということになると思うのですが、場所は覚えていますか」
女性はしばらく考え込んだ。「お手洗いで一度開けました」
「確認してください。私もついて行きますから」
急ぎ足で洗面所に向かう女性の後を宮前もついて行く。洗面所に来ると女性は一度宮前を見た。そして中に入っていく。その間、宮前は意味もなく店内を見回す。特に変わったことはなかった。しばらくして女性が出てきた。
「ありましたか?」
女性は青ざめた顔で首を横に振った。
「そうですか」誰かが持っていった可能性もあるかもしれないがそれは口にしなかった。「他に開けた場所はありますか?」
「もう……ないと思います」
「そうですか。あとはこちらで探しておきます。もしかしたら誰かが見つけて届けてくれるかも知れません」出来ればもう少し探してやりたかったが、他の仕事もしなければならなかった。宮前はその場を後にしようとした。
「あの、もし見つけたら、ここに連絡してくれませんか」
女性は鞄から名刺を取り出し、宮前に差し出した。
「わかりました」そう答えて、受け取った名刺をバインダーに挟んだ。
カウンターに戻ると先に戻っていたらしい高田が「お前が話してた子、誰だよ」と声を掛けてきた。
「さあ、なんのことだ」正直に話すと面倒くさそうな気がしたのではぐらかした。
「しらばっくれんなよ」高田は身を乗り出してきた。
「ところでお前、店内で落し物が届けられたって話は聞いているか」
「いや……何かあったのか?」
「実は……」高田に事情を説明しようとしたところに、筐体のボタンが反応しないので直して欲しいという客がやって来たので、宮前は話を中断して客の後について行った。
「どのボタンですか」宮前がそう尋ねると、客は六つあるボタンの内の真ん中上部を指差した。それを確認すると筐体の蓋を開けるため、鍵を差し込もうと屈みこんだ。
そのとき、宮前は隣の筐体との間のに紙のようなものが挟まっていることに気がついた。一旦それは置いておいて、まずボタンと基盤をつなぐコードを接続する。ボタンを押し、キャラクターが攻撃の動作を行うことを確認して蓋を閉じる。最後に客にも確認してもらう。そして、その場を離れる際に、挟まっている紙を抜き取った。紙は冊子になっており一通りページをめくる。それが何であるかを確かめるとカウンターに戻った。それから名刺をポケットから取り出し電話を掛けた。
「ありましたよ。上町さん」
「どこにあったんですか」
「筐体の隙間です。ゲームはされたんですか?」
「はい、一度だけ。自分が関わっているゲームがどんな感じなのか興味があったので……すぐに負けてしまいましたけど。あ、そうか、そういえばゲームをするために財布を鞄から出す際に、その楽譜も出してました。本当にごめんなさい」
「わかりました。ではお待ちしてます」
電話を切ってしばらくすると女性がやって来て申し訳なさそうに会釈した。宮前は棚にしまっておいた楽譜を取り出した。
「ありがとうございます」
「いえ。でも珍しいですね。ゲームセンターの忘れ物に楽譜なんて」
「ええ、まあ……そうですね。職業柄、ピアノを弾くことが多くて。近々行なわれるコンサートに参加するんです。あ、もしよかったらこれ受け取ってくれませんか?」女は鞄から封筒のようなものを取り出した。
「何です、これ」
「私が参加するコンサートのチケットです。本当は友達のなんですけど、都合が悪くて行けないということで一枚余っていたんです」
「いいんですか?」
「ええ、あなたのような人なら楽しめるんじゃないかなと思って」
「わかりました。楽しみにしています」最後の言葉の意味がよく分からなかったが、そう答えた。
女性が礼を言って去った後、宮前はそっと封筒を開けた。中に入っているチケットを見てようやくさっきの言葉の意味を理解した。
閉店後、店を出ようとしている高田を捕まえて宮前はこう言った。
「今度のゲームミュージックのコンサート、俺も行くよ」
三つの題で話を作ってみました。ありがとうございます。