***(青年期編)
本日2回目の更新になります。
王城の広い回廊をアルフレッドは歩いていた。共和国と名を変えてはいても、所詮は人間の造った建物だ。無駄な装飾が多い。
権威をひけらか……表したいのだろう。反吐が出るな。内心そう思いつつも、表面上はやわらかな笑みを湛えたままだ。
そもそも、聖女の召喚からして馬鹿げている。自分達の世界のことを何にも知らない異世界の、しかも年端もいかない娘に託したのだ。いくら聖魔法に特化しているとはいえ、巻き込むことに違和感を覚えないことはアルフレッドからすると腹立たしい。
「アルフレッドさん!」
考えていると当の本人がやってきた。王城の中を走らないと何度も宰相の男に言われていたはずだが、全く聞いていない。異世界人は聞く耳を持たないのか、アルフレッドがこっそりと溜息をついたのは数え切れなかった。
「なんでしょうか、聖女様」
「あ、いえ。先程の会議の際にずっと無言でいらっしゃったので、何か意見を言いにくかったのかなと」
振り返って微笑むと、聖女は少し固まった。それから用件を述べる様子に、人間はどこまでも人間だなと思ってしまう。大した内容でも無いが、自分より立場は上の人間だ。少し考えた素振りをしてからアルフレッドは口を開いた。
「あぁ、そのことですか。僕は軍事的なことに関しては専門外です。口を挟むよりは、バーンシュタイン将軍のご意見を聞くべきかなと」
「あの、でもあの場は忌憚なき意見をと……それと、バーンシュタイン将軍じゃなく、アイザックかザックと呼ぶという話になったじゃないですか。皆の仲間意識を高めるためにも愛称でと」
その後おずおずと「アルフレッドさんのことも、アルとお呼びしてもいいですか」と言われた。微笑んだままでいた頬がぴくりと引き攣る感覚がする。
いらいらする気持ちを抑えつけて穏やかに言いくるめるつもりが、アルフレッドの口からは率直な言葉が出てきた。まぁ、いい。
「僕が? あなた方人間と協力? 笑わせるな、ただ僕は魔王の撃破の報酬である魔石の為に契約をしているだけだ。仲良しごっこは人間だけでやってくれ。それと、僕の名を愛称で呼んでいい人達は決まっているんです。人間風情がその名を呼ばないでくれないかな」
一息で言って、アルフレッドは聖女を鼻で笑った。呆然としている聖女を置いてアルフレッドはマントを翻して回廊を進んでいく。一人取り残された聖女の表情はただただ呆然としていた。
(……いくらなんでも、ちょっと言い過ぎじゃない?)
アルが聖女を鼻で笑う光景を眺めていた私は、思わず口に出した。ぷかぷかと浮いているので、アルがいくら早足で歩いていても私はついていける。
この男、さっさと離れたくて風の補助魔法使ってるな。指摘はしないけれど、わかってるからねとアピールしてみたけど無視された。
「そうかな」
(そうだよ。聖女様は一人会話に参加しなかったアルのことを思って言ってくれてるんだと思うよ)
「お優しいね。でも僕は人間と馴れ合うつもりはないよ」
この話はこれでお終いだ、とアルは乱れて胸側に落ちてきた髪を払った。すっかり伸びた髪の毛はまとめられていて、見事にゲームのアルフレッド・クロスビーの容姿になっている。
違うのは、辛辣な性格を隠そうともしないことと、彼が服の内側へ隠しているネックレスの存在と、
「……別に、人間を滅ぼそうとはしてないんだからいいじゃないか。僕はリリーが居ればそれでいい」
――アルは魔王様にはならなかった、ということ。
あの日、キルリルの洞窟で私は力尽きかけていた。というか、殆どもう死んでいた。お腹に大穴が開いていたし、魔狼の爪には毒もある。
じゃあ何で私はこうして生きているのか? 生きてる、と断言するのも微妙な状態ではあるけれど。
私がこうしてアルの傍にいるのは、多分私達がキルリルの雫を持っていたこと、あの場所がキルリルの洞窟だったからだと思う。
今にも力尽きるという私を、アルの治癒魔法が複数のキルリルの雫で何重にも倍増された、にしてはまだ足りない。多分あの光は、お母さん達だと思う。あのあたたかさは最後に撫でられた時と同じ優しさがあった。
スピリチュアルすぎるけど、場所がキルリルだしそもそもファンタジーな世界だからね。そんなことも有り得る、はず。
それでも一度に治し切るには魔力が足りなかったんだろう。
気がついたら私は幽霊状態で浮いていたし、アルは私の身体が消えたと慌てているし大変だった。私が霊体になっていると気がついたアルは更に慌てたし、落ち着くまで物凄く時間がかかった。
霊体状態になった、ということは本体は別に存在している。何もしていないはずなのに私の身体は完全に消失したのかと思ったけれど、アルの手の中にあるキルリルの雫の中に存在していた。
私とアル、それとお母さんから渡された雫が一つになった宝石の中に、私の身体はどういう理屈かはわからないけれど入っている。
宝石の中で私は確かに存在しているとわかってからも、どうしようかと二人で頭を悩ませた。こんな事例を本で読んだことはなかった。
二人であれこれ考え確認しているうちにどうやら中で生きているし、怪我を緩やかに治しているとわかった。多分、傷が完治すれば宝石から出られると思う。
そして治癒魔法はアルが維持し続けているということがわかったけれど、無意識下で行われているもので強化ができない。
治癒魔法を加速させる為には魔石を使用するしかないということがわかったんだけれど結果として、
(アルが悪どい守銭奴になっちゃった……)
「失礼だな、リリーは。人間共が使うより僕が研究の為に使う方が有意義でしょ」
(研究じゃないでしょ! 発表してる研究成果、実験で魔石使ってないの知ってるんだから!)
私がいくら怒ってもアルは聞く耳を持ってくれない。王宮の魔術師の塔内に用意された自室へ戻るとネックレスを机の上へと丁寧に置いた。傷がないことを確認しなくても、アルが管理しているのだから大丈夫だと思う。
溜息を吐き出すと、アルは重いマントを置いて軽装になる。
(着替える?)
「着替えないよ。別にリリーになら肌を見られてもかまわないっていつも言ってるのに」
(私がかまうの!)
念の為に訊いたらくすくすと笑われた。そのまま読書を始めていて、いつもの応酬と思っているのだと思う。アルは自分の見た目を分かって言っているのだからタチが悪い。
幼少時、もう天使の外見だったアルはそのまま20代前半くらいの外見をした美青年へと成長した。細く美しい白金の髪の毛は長く伸ばされて、後ろで一つに括られている。若草色の目は優しさは残しつつも涼やかだ。そしてたまにメガネをかけている。まさに、ゲーム中の落とせないバグであるアルフレッド・クロスビーそのままだ。
ちなみに、年齢はたしか210歳だったかな……。なんやかんや、私もアバウトになってしまった。面倒で数えていない。あの火山が噴火したのがたしか何歳の時だったなー、くらいだ。
そんな年齢になっていても、私達はエルフだ。全く老いを感じさせない。アルは22歳ですって言われたら納得する容姿をしている。
「そんなにまじまじと見て、どうしたの」
(アルに追い越されちゃったなぁ、って)
本を読んでいるアルをじっと見ていたら、彼は本を綴じてこちらを向く。その上溜息を深く吐き出されて、呆れたと言わんばかりだ。
(何ですか、アルくんその表情)
「あのね、僕が必死になってる理由はそこなんだよ」
そこ、とは。首をかしげた私にアルはもう一つ溜息をついた。
「いくらエルフとはいえ、多少成長するんだ。リリーは僕と違ってこの200年間全く成長していないだろう」
まぁ、私は宝石の中にいる状態だからね。時が進んでいるのは治癒魔法がかかっている部分だけで、あとは何も進んでいない。15歳のままの容姿を私はしている。この状態の私を見えるのは、宝石と常に魔法で繋がっているアルだけだから問題は無いけど。
「……リリーって頭がいいけど、たまに考えないよね」
(なっ?!)
アルに辛辣なことを言われたのは久しぶりだ。戸惑う私を無視してアルは話を続ける。
「あのね、僕はこれから魔王の討伐に行くんだ。いくら無意識に治癒魔法を使っているとはいえ、もしかしたらリリーへ回す魔力が減る可能性だってある」
(それがどうかしたの)
「リリーの回復が遅れるかもしれない、ってことだよ」
(別に、少しくらい遅れたってアルが無事なら私は)
「僕がよくない」
むっとした表情は子供の時と変わらない。何が言いたいのと頭を撫でると、腕を掴まれ引き寄せられた。抵抗しても離して貰えない。
「今だってそうだよ。リリーが触れてくれれば僕は触れられる。けど僕が先に触ろうとすれば触れないんだよ」
(それはそうだけど、ちょっと、離してって!)
「やだ」
子供の頃とは違うんだってば! と声を出して言いたい。傾国の美青年と言ってもいい美人に成長したアルに触れられるのはちょっと、というより昔とは意味が何か違うよね?!
椅子に座るアルの上に抱きかかえられる様にして座らせられていて、上手く動けない。浮いて逃げ出そうにもベルト替わりの腕がきつく締められている。
(アル、アル……! ほんとに一度離して、なんか最近酷くなってない?!)
「だってリリーが悪いんだよ」
振り向くと、若草色の目がじとっとした感情を湛えていた。私が悪い、って何がだろう。
考えても思い浮かばない。そんな私を見て、アルは半目になっている。親愛の情が混じっているとわかってても、美人にその目で見られると辛い。
(アル……何でしょうか)
「リリーさ、聖女のパーティに加わった元盗賊をよく見てるよね」
告げられた言葉に固まった私を固定しているアルの腕が更に締め上げる。霊体状態だから苦しくはないけれど、肉体があったら吐きそうになるくらいの力がかけられている。
(そんなことは)
「ないとは言わせないよ。この前の戦闘で彼が敵を倒した時、リリーこっそり拍手してたよね」
見られていた……。前世の私の好きなキャラクターだったんだもん。現実で見てもとてもかっこよくて、ちょっとミーハーな気持ちになってしまってました、すみません。
「……僕がこれ以上成長したら、君と彼の方がお似合いになってしまうかもしれないから」
拗ねるように言われて、私は目を瞬いた。彼は確か16で私の身体の年齢とお似合いかもしれないけど、
(アルの隣以外に行くつもりはないのに)
思わず呟いてしまった言葉に照れくさくなって、慌てて私はアルの腕を払って飛び退いた。アルも少しだけ驚いた後、いつもの様に私へと呼びかける。その声がいつもより甘い気がするのはきっと気のせいじゃない。
「リリー」
私へと向けられた笑みは、幼い頃に出会った時のものと変わらない。きらきらとした若草色の目はとけるようにゆるんでいる。
……色々回避できなかったこともあるけれど、この笑顔だけは守れたってことかなぁ。そう考えれば私の努力も報われるのかもしれない。
魔王ではないけれど、人間嫌いで魔王まがいの悪どいこともやってしまうアルフレッド・クロスビー。
その彼の傍に居られているので、私は半分くらいは成功したのかもしれない。
本編部分はこれで終わりになります。お付き合い頂きありがとうございました!