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魔王様(少年期編3)

 目を開けると、森の中で座り込んでいた。さっきまでの焦げ臭さや血の臭い、色々な臭いは一切ない。森の、いつもの匂いしかしなかった。

 落ち着くはずなのに、何故か私の目からは涙がこぼれてきた。いや、落ち着いたからかもしれない。

「リリー……」

 アルが私の手をぎゅっと握ってくれる。それでも涙は止まらなかった。それどころか次から次へと流れ出てくる。

 呼吸が苦しくて、上手く言葉が話せない。同じ単語を繰り返すばかりの私に、アルはずっと手を握ってくれていた。

「アル、アル……」

「うん、大丈夫。僕はリリーと一緒にいるよ。ごめんね、前にリリーがしてくれたみたいに抱き締められたらいいんだけど、泥まみれだから」

 どれだけ泣き続けただろう。やっと落ち着いた頃には泣きすぎてしまった所為で目が痛い。きっと顔中ぐちゃぐちゃだ。転がったりしていたし、涙だけじゃなくて泥も混じっていると思う。

 反対側の手で撫でてくれていたアルの顔は、私と同じだった。泥と涙、汗や血でぐちゃぐちゃだ。

 声を上げて泣いてしまってた私が少し恥ずかしい。アルは昔と同じ様に静かに涙を流していた。

 カバンの中からハンカチを取り出す。綺麗なことを確認してアルの頬を拭ってあげようとすると、避けられた。

「……何で避けるの」

「僕は男だから。先にリリーの顔を拭きなよ」

 そう言ってハンカチを奪われて、私の頬を優しく拭ってくれる。恥ずかしい。歳下の男の子にこんなにも気を遣われてしまうなんて。

 ハンカチが奪われてしまったから仕方ない。袖があまり汚れていないことを確認して手を伸ばしてアルの頬を拭くと、アルは少し口をもごもごと動かした後大人しくなった。

「うん、アルも綺麗になった」

「……ありがと」

 照れてるアルも可愛らしい。笑い合った後、私達は息を吐き出した。

 わかってる。現実からは逃げられない。

 少しだけ息抜きをしたら、また動かなきゃ。この場に留まりすぎてもだめだ。

 それにしても。落ち着いて周囲を見渡しても森の木々しかない。村のすぐ傍では無さそうだけど。

「ここ、キルリルとの中間くらいかな。さっきの光、転移魔法だったのかも」

「それと多分、焼却と浄化魔法だと思う」

 苦しそうに言ったアルの言葉に私は目を瞬いた。そんな魔法を私は習ったことがないけれど、アルは誰かに教わったんだろうか。

 私の表情を見たアルは少し視線を逸らした。言い難いならと声をかけようと思ったけれど、それより先にアルが口を開く。

「母さんの埋葬の時に、聞いた呪文が混じってたから」

 長くなるからと言ってアルは私の手を引いて立ち上がった。すっかり暗くなっているので、アルはカンテラへと火を灯しなおした。魔獣避けは私しか出来ないけれど、残念ながら今は殆ど魔力がないのでお任せするしかない。

 いくらか明るくなった中で、方角を確認するとゆっくりキルリルへと私達は戻り始めた。暗くなっているけれど朝通った道な分、安心できる気がした。

「リリー、村の葬儀に立ち会ったことある?」

「ないよ」

「そっか。まぁ、滅多に亡くなる人いないもんね。僕も母さんの時だけ」

 アルのお母さん、レイチェルおばさんの葬儀は私が寝込んでいる間に行われた。アルはそこで聞いたらしい。

「キルリルへ悪いものを持ち込まないように、埋葬の前に浄化魔法をかけるらしいんだ」

「あれ、でも火葬じゃないよね」

 エルフの村は森に囲まれているので、基本的に火は使わない。料理でも火というよりは熱を出して処理する。埋葬でも使うことはないと思うけれど、アルはさっき焼却魔法と言っていた。

「埋葬の時は使わなかったよ。多分、浄化が追いつかないから、聖属性の火を使ったんだと思う。燃え移らない様に、対象を村にだけ絞って」

 ……大人がしたことと同じことをしようとしてたんだ、アル。ちょっと無理しすぎじゃないかな、と思ったけれど範囲が違うか。

「……僕あそこまでのことはしてないからね」

「キルリルの雫なしでやろうとしたじゃない」

 指摘をするとそっぽを向いてしまった。アルは大人びているけれど、こういうところが子供らしくて可愛い。

「お母さん達、キルリルへ還れたかな」

「……還ってるよ。きっと先に行って待ってくれてる」

 皆はキルリルへと還って、待ってくれている。そう思えば少しは辛さが減った気もするけど、皆が亡くなってしまったという事実は変わらない。

 ……ゲームでのアルフレッド・クロスビーの魔王化への一歩は起こってしまった。回避しようと頑張ってきたつもりだけど、結局だめだった。

 公式は『アルフレッドを救えるとするなら過去しかない』と言っていたけれど、過去を変えること自体の難易度が高すぎる。

 この時代のヴァルハルトの皇族、しかも権力者に居ないと虐殺の回避なんて無理だよ。いくらアルフレッド・クロスビーの血縁者といっても、たかが一エルフの子供。村全体を納得させて怪しすぎるヴァルハルトとは交流しません! なんてするのは難しい。

 いや、私がだめだっただけかもしれない。エルフは時間感覚にアバウトなことを忘れてたし。……ある意味私もアバウトになってたってわけかな。

 これでアルは魔王になっていくんだろうか。人間が嫌いになることは間違いないと思うけど。だって私も人間嫌いになりつつある。子供と言ってもそれなりに分別のつく元・人間の私ですらこうだから、幼いアルはもっと人間が嫌いになるだろう。

 ゲームのアルフレッドはここで人間に絶望するけれど、アルがまだこうして歩いてくれてるのは私も生きているからかなぁ。そうだといいな。

 アルはまだ知らないけれど、私は村を襲った疫病の原因がほぼ間違いなくヴァルハルトにあることを知っている。今アルがこのことを知ってしまったら、まず間違いなく人間嫌いになるから黙っておこう。

 ……いや、いっそ二人で魔王になって、主人公パーティに潜り込むか。いやいや、魔王にならない方向を目指さないといけない。私もアルも聖女にやられて死んでしまうのはだめだ。

 でもヴァルハルトへの復讐はしたいと思ってしまうあたり、やっぱり魔王化への一歩かもしれない。アルを止めたかったのに自分が魔王への道に踏み出すって、それはちょっと失敗しすぎだよね。

 自暴自棄になって微妙な表情を浮かべた私を見て「大丈夫?」とアルが声をかけてきた。

「え、あ、大丈夫だよ?」

「ほんとに? キルリルまでもう少しかかるし、一度休憩する?」

「ううん、大丈夫」

 あと少しとはいえ、少しでも早く洞窟を目指した方がいい。休憩をするにしても安全な場所が存在しない。

「でも僕、喉渇いたから水を汲んできてもいい?」

 近くに川の音が聞こえる。谷川はすぐそこだし、それくらいならまぁ問題ないかな。

 私が頷くとアルは沢へと下りていった。私もそれに続いて下りる。少し開けた沢はいつもと同じで、ただ静かに水が流れていた。

 しゃがみこんで水筒に水を汲んでいるアルの姿を眺めていると風が吹いた。周囲の木々は全く揺れていない、この風は私の周りにだけ流れ込んでいる。

 これはたまにあった、風の精霊からの知らせだ。風の噂、ではなくて何かの。何かが起こると周囲に気を配っても何もない。

 水を汲み終わったアルが立ち上がり、こちらへと振り向いた時だ。

 ざざざっと梢をかき分ける音がして、川の対岸から何かが飛び出した。魔狼だ……!

「アルっ……!!」

 魔獣避けの灯りを使えていないからだ! 後悔してもそこまでの魔力がないことに変わりはない。

 無防備なアルを突き飛ばすと、魔狼が伸ばした鋭い爪が私の胴体へと突き刺さる。がっと声とも息とも判断着かない音が私の喉から鳴った。

 首を動かすと、反動をつけた魔狼が大きな口を開いて私の頭に齧りつこうとしている。涎の滴る鋭い牙が目前に迫っていた。

 ――食われる。

 覚悟した瞬間、目の前の狼が音もなく灰に変わった。私のお腹に突き立てられていた爪も一瞬で無くなっている。

 ふらりと崩れ落ちそうになる体を支えてくれたのは、呼吸を荒くしたアルだ。無詠唱で魔法使ったんだ、さすが。褒めたいけれど、咳き込んでしまって上手く声が出なかった。

 泣きそうな顔をしたアルが急いで治癒魔法を使おうとしてくれるのを押しとどめる。使わなくても大丈夫、ではないけど……。

「リリーっ、でも血が!」

「いまはそれより、はやくキルリルへ!」

 血の匂いを嗅ぎつけた他の魔獣達が集まってくる。ここで時間のかかる治癒魔法を使うほどの余裕はない。

 嫌だというアルに着いたらすぐにかけるからと言い宥めて、怪我を抱えたまま私とアルはただがむしゃらにキルリルへと走った。

 血がたれているから、魔獣が追いかけてくるかもしれない。そんな恐怖と戦いながら走るしかなかった。

 なんとか辿り着いたキルリルの中へと二人して転がり込んだ。地面へ倒れ込んでしまったけれど、私にはもう立ち上がる気力すらない。

 ひゅっという荒いくせに妙に軽い呼吸の合間に、水音が混じる。吐き出した息に血の塊が混じっていた。呼吸にしてもごぽっという音が大半だ。倒れ込んだ地面へと私から溢れ出す血が広がっていく。

「リリー!」

「アル……、無事でよかった」

 手を伸ばして触れるアルは大きな怪我はしていない。優しい若草色の目が歪んでいる。手を伸ばしたらそこに溜まっていた涙がこぼれ落ちた。

「ばか、リリーが無事じゃなきゃ意味がないよ!」

 言われて苦笑するしかない。キルリルに入ったし使えるかなと思ったけれど、治癒魔法はうまくかからない。

 アルに触れている手と反対で傷口を探ると、ぐちゃぐちゃになった肉に触れるだけだった。これを治し切るには魔力量が全然足りないや。

 あぁ、……無理かなぁ。

 そう思ったら、今更だけど私の目からもぼろぼろと涙がこぼれてきた。

「やだなぁ……、アル、わたし、死にたくないよ……」

「リリーは死なせない! 死なせるもんか!」

 アルを一人にしたくない。生き残りたい。そう思ってたのに、失敗した。

 アルはぐちゃぐちゃの泣き顔で、それでも天使みたいに可愛くて綺麗だなんて思ってしまう。死にかけてるのに、こんなこと考えるのも変な話だけど。

 死ぬ怪我は痛くなくなるなんて嘘だと思ってたけど、本当だったんだなぁ。

 必死にアルがかけてくれている回復魔法も、本当ならじんわりあたたかいはずなのに何にも感じない。アルは回復魔法苦手なのに、頑張ってくれている。

 助けたかったのに、失敗してごめんね。あぁ、でも。キルリルで皆が待ってると思えば、怖くない。

「アル……ありがと、大好きだよ」

「いやだ……やだ、リリーを死なせるもんか! ぼくを、ひとりにしないで……!」

 うん、私もやっぱり、死にたくないなぁ……。

 あの歌を口ずさもうとすると、アルが私を抱きしめた。歌わせないと首を振っている。

 アルの為に祈らせてほしいんだけどな。そんなことを思いながら目を閉じると、アルが抱き締める力が強くなる。

 痛いくらいのはずなのに感覚がわからずぼんやりするだけしかできない私の視界は、さっき見たものと同じ様な真っ白であたたかい光に包まれた。

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