表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

魔王様(少年期編2)

「リリー、体力は平気?」

「大丈夫だよ。それより、少し急いで帰ろう」

「うん。お腹もすいたしね。夕飯なんだろう、ご馳走だとうれしいな」

 キルリルの洞窟内に居た時間は半日ほどになるのだろう。洞窟から出ると、日はすっかり傾いていた。

 元々鬱蒼とした森の中にあることもあり、この辺りは暗くなるのがとても早い。木々の上を飛び移って渡ることができればもう少し明るいのだろうけれど、そんな体術は私とアルには存在しなかった。

 あったとしても体力も魔力も随分使ってしまっているので、使えないだろうけれど。そういえば飛行魔術ってこの世界に存在してるのかなぁ。ゲームでは無かった気がする。

「ねぇアル、空が飛べる魔法って知ってる?」

「え、そんなのあるの?」

「あったらいいなぁ、って思っただけだよ」

 期待した目で見られて苦笑した。アルも早く帰りたいらしい。

「もう、リリーが知らないなら僕が知ってるわけないよ」

 少しだけ唇をとがらせたアルとこんな魔法があればいいのにと話しながら歩く。アルがあげた中にはゲームの知識で存在していると分かっているものもあるけれど、魔法書が無いので口には出さなかった。

 もしかしたらお父さんの蔵書にはあるかもしれない。今度アルと二人で探してみようかな。

 ゲームの中のアルの知識は凄まじく広く、深かった。お父さんの蔵書、そのうち全部読んじゃったりするんじゃないかと思う。私も負けてはいられない。

 お母さんは適度にしなさいと言うけれど、私もアルも、魔法が好きだから時間さえあれば机にかじりついてしまう程だったりする。

 そういえば、ゲームのアルはたまにメガネをかけていた。隣を歩く彼にはメガネはかけられていないけれど、目が悪くなった原因はこれかもしれない。

 くすりと笑ってしまうと、アルがきょとんと不思議そうな表情をした。何でもないよと笑い、またアルと魔法について話しながら歩いていて村まで残り半分という距離になった時だ。

 私達が向かっている先、遠くに森の奥で揺れる火の群れが見えた。

 誰かが手に持っているカンテラだろう。けれど私達エルフが使うカンテラの灯りではなかった。カンテラの内部の光が不規則に揺れている。あれは、炎だ。

 エルフじゃない者達が沢山、こんな時間に村を目指している? 行商人は先週に訪れていたのでまだこないはずだ。

 アルと首を傾げていると、ドォンッと大きな音がして、何かが破れる音が聞こえてくる。その直後、また大きな音が連続して聞こえてきた。火の柱さえ見える。そう思うとすぐに、閃光が木々の隙間を抜けて私たちの目に入る。

「リリーっ!」

 かばう様にして立ったアルは私の体をひっぱりしゃがみこませると、アルのマントですっぽりと包む様にした。アルの胸元に包まれたことで、目を光にやられずに済んだ。

 ぎゅっと私を抱きしめるアルの鼓動も緊張した様な音がしている。それは私も同じだろう。握った手からじっとりとした汗がにじみ出ている。

「アル……さっきの光が来た方角って」

「……村の方向だ」

 考えたくなかったけれど、アルもわかっているらしい。あれは、村を何者かが襲った音だ。襲ってくるのは、きっと……人間だ。

 おかしい。村が襲われるのは来年だったはずだ。アルはまだ9歳で……ってそうだ。大体10歳くらい、としか公式では描かれていない。

 長命なエルフにとって、1年なんて微々たる誤差。そう語ったのは原作の時間まで過ごしたアルフレッド・クロスビーだ。元からズレている可能性もある。

 それに疫病だって描かれていないだけで起こったんだ。ゲームだから、なんてことがあるはずない。これは現実だ。何が起こってもおかしくないんだ。

 ……そんなことはわかっていたはずなのにまだどこかで、ゲームの知識を基準にして油断していたんだ。なんてバカなんだろう、私は。

「アルはここで待ってなさい!」

「僕も行く!」

 駆け出した私の後をアルも追いかけてくる。足に風の補助精霊魔法をかけているから置いていけるはずなのに、と思ったけれど一瞬で真似されたらしい。未来の魔王様流石すぎる。そんな風に頭の中で軽口を叩いて、私は最悪の事態を必死に考えない様にしていた。

 けれど村へ近づくにつれて、考えない様にしていたことが正しいのだと嫌でも思い知らされた。

 火薬の臭いがする。人や動物の悲鳴が微かに聞こえてくる。徐々に大きくなる。何かが割れる様な音がする。弾け飛ぶ音がする。生臭い、鉄の臭いが強くなる。

 本当は今すぐに逃げ出したい。けれど行かなくてはならない。

 魔力の量は正直なところ、ダンジョンをクリアしてきた帰りだから本当に心許ない。けれどこれ以上近付くなら必要になるだろう。

 アルの名前を呼ぶと、彼はすぐに立ち止まってくれた。けれどその目は何で今立ち止まるんだと言っている。

 わかるけれど、これがどうしても必要になるから許してほしい。魔力の大半を持っていかれてしまうけれど、かけない方が危うい。

 深呼吸をすると私はアルと自分自身に隠匿の魔法をかけた。キルリルで得たアイテムのおかげか予想よりは魔力を使わずにすんだ。殆ど残っていないことに変わりはないけど。

「リリー、今のは?」

「お父さん直伝の守護魔法。それと隠匿……敵から姿を隠してくれる魔法だよ」

 極めて上位の風の精霊魔法の一つだ。かけられたものの存在を示すもの、気配や臭い、痕跡なんかを全て風の精霊が霧散させてくれる。

 父が村を出る前に私へ叩き込んだ、エルフの森や村を守る極一部のものへと古くから伝わる魔法の一つ。かけたものの許しが無ければ、存在を知ることすらできない魔法だ。

 ……これは人間に親しみを抱いているとはいえ、うちの村にもしっかりかけられている。何種類かある護りの魔法を扱えるものによって、繰り返しかけられているので、うちの村が敵意を抱いた人間に認識されることはない。

 じゃあ何で人間達は村の場所がわかったのか。答えは一つしか存在しない。

 ――村へ立ち寄ることを許されている証を、この軍隊は持っている。

 ヴァルハルトの行商人へと渡したはずの友好の証を持っている軍隊、普通に考えてヴァルハルト皇国だ。

 村へ立ち寄って外の世界のことを話して、若い男のエルフに興味を抱かせたところから策略は巡らされていたのだろうか。わからない。けれど、普通なら戦力として挙げられるはずの若いエルフの数が最近は少なくなっているのは事実だ。

 それに、お父さんが調べてくれている疫病のこともヴァルハルトの可能性が高い。エルフの捕縛を目的にしているのか、虐殺を目的にしているのかはわからないけれど、見つかりにくくすることは重要だ。

「この魔法、既に相手に見つかってしまってからでは意味が無くなるから今のうちにね。それと私達の姿、声や呼吸くらいは風の精霊様達が消してくれるけど、血が地面に垂れたり他のものについた時は消せないから気をつけてね」

「……わかった」

 手足についた細かい怪我から出血がないことをお互い確認すると、改めて村へと急いだ。

 村の周りは凄惨な状況だった。木々はなぎ倒され、家屋から火の手が上がっている。

 多分、大規模な攻撃魔法だろう。奇襲にしても酷すぎる。

 息を潜めてすすんでいると「リリー、あそこ」小声で声をかけたアルが、小さく手を引いた。促された先を見ると、誰かが倒れている。

 周囲を警戒しつつ進み、足を止めた。アルには全てを見せない様にして立つと首を振った。

 それだけでアルは悟ってくれたのだろう。私の手を握る力は強くなったけれど、また村の方向へと進み始めた。

「あとで、埋葬してあげよう」

 それだけ告げると、アルはこちらを向くこともなく頷いた。

 倒れていた人は、真っ赤な血を胸から流し終えていた。血の固まり方からして、襲撃にあってすぐに襲われたのかもしれない。随分時間が経っていた。

 いや、それにしても少しおかしい。アルには見えていないと思うけれど、彼女は手にナイフを持っていた。必死に抵抗をして、とも思ったけれど……持ち方が逆だった。彼女は捕まりそうになり、自ら胸を貫いたのだろう。

 となると、やはり男性のエルフを排除し、女性のエルフを……。おぞましい目的を想像して肌が粟立つ。

 女、子供が狙いならアルを連れて逃げた方がいい。その考えも浮かぶけれど、村へ向かうことを止められない。だってあそこには私とアルの家族がいる、友人もいる。

 少しでも可能性があるなら、助けに行きたい。魔力の回復は追いついていないけれど、キルリルの雫もある。私の魔力では足りなくても、お母さんに雫を渡せば何とかなるかもしれない。

 燃えさかる村が見えてきても、私は何とかなると信じて歩いていた。例え、進む度に村の誰かの遺体が横たわっていたり、燃えさかる炎が見えたとしても。何とかなる、そう思わなければ足を止めてしまいそうだった。

 それに、私の隣にはアルがいる。いくら落ち着いているとはいえアルはまだ9歳。迷わず村へと進むアルを、私は何があっても守らなきゃならない。

 いくらかの血溜まりを越え、本来なら村の全貌が見えるところまで来た時だ。

 私とアルは村を見たはずだと言うのに、燃えさかる炎を見た。

 炎の中を逃げ惑う人々とそれを追いかける人間達。予想よりも影が多くないのは、もしかしたら……。それでも燃えさかる火が明るすぎるからか、人々はシルエットの様に見える。まるで、絵本の様だ。

 現実味が無いと思ってしまう、というよりは願望なのかもしれない。だって、血の臭いや怒号、悲鳴、感覚の全部が私に襲いかかってくる。

 思わず一歩下がってしまったアルと繋いだ手が動いてハッとした。そうだ、アルを守らなきゃいけない。唾を無理やり飲み込むと出来るだけ落ち着いた声を意識した。

「アル、ここから先は足音にも気をつけて。叫んじゃダメ……出来るだけ急いで家に向かおう」

「……家に着いたら、どうするの?」

 頷きつつも問いかけられて、私は苦笑するしかない。どうしようかな。どうしたらいいんだろう。

 お母さんが居ればいいけど、居なかったら?

 家にある回復薬でありったけの回復をして、村の中を探す?

 探しても、いなかったら? ……死んでいたら?

 わからない。わからないけれど、私はお母さんを探したい、ただそれだけでしかない。怪我をしているだけならきっと助けられる。

「お母さんと回復薬を探そう」

「……うん。大丈夫、リリーのことは僕が守るから」

 結局私はそれしか返せなかったのに、アルは手を強く握り直すと注意を配りながら足を踏み出した。

 村へ入ると私達の家まではあと少しだ。村の中はもうすっかり炎に巻かれていて、中心部の辺りには生きている人の姿は見えない。人間達も少なくなっていて、到着が遅すぎたのかもしれなかった。

 そっと息を殺して歩いていた時だ。

 通りに差し掛かった目の前で、人が斬られた。再度剣が一閃され、血が周囲に飛び散り人が崩れ落ちる。

 悲鳴をあげる暇もなく崩れ落ちたその人は、私の友人だった。名前を呼ぶことも出来ずに呆然とする私をアルが手を引いて駆け出した。

「あ、アル?!」

 なるべく静かに、音を立てて歩かなければならないのに! 注意をしたはずだと言おうとすると、アルは「早く拭って!」と返してきた。

「さっきの飛び散った血がリリーにかかってる! うしろの壁にくっきりリリーの形が出てた! あいつがバカじゃなきゃ気がつく!」

 ハッとして拭った時だ。後ろから「いたぞ、残りのエルフだ!」と声が聞こえてくる。危惧していたけれど、隠匿魔法が解けてしまった。

 アルがすぐに走ってくれたから距離を稼げたけれど、逃げ切るのは難しいかもしれない。家に入ったとしても、それだけでは逃げきれない。

 一体どうしたらいい? その言葉が頭の中にぐるぐると回った。

「リリー、アル……!」

 今にも混乱が極まりそうな時、離れた家の影にお母さんの姿が見えた。ボロボロだけど、生きている。

「おかあさん、よかった……!!」

「リリー、アル、二人とも無事でよかったわ。あなた達はキルリルを超えたのね?」

「うん!」

 隠れるとすぐお母さんに抱き寄せられた。お母さんからはいつもの匂いと共に酷い血の匂いがする。二人まとめてぎゅっと強く抱き締められた後、お母さんは体を離すと優しく微笑んだ。いつもより、ずっと優しい笑顔だ。

「……お母さん?」

「あなた達二人はもう立派な森の賢者の一員よ。いい? このまままっすぐ、走ってキルリルへと戻りなさい。キルリルに認められたものならば、洞窟へ入る際に祈れば護ってもらえるわ」

 これも持っていきなさいと渡されたのは、お母さんがいつもしているネックレスだ。よく見るとキルリルの雫が下げられている。

 こんな大事なもの、渡されても困る。それにお母さんが必要になるはず。

 ネックレスからお母さんへと視線を移すと、相変わらず優しい笑顔をしている。頭を撫でる手が、温かくて優しい。治癒魔法なんか使っていないのに、この手はいつも私の心を落ち着かせてくれた。

「リリー、よく聞いて。お母さん達はこの村へ残るわ」

「なんで、お母さんも一緒に」

「どうしても行けない理由があるのよ。リリー、お父さんに会ったらよろしくね。多分海の方に居るから頼りなさい。アル、リリーを頼むわね」

「わかった……いくよ、リリー!」

 私が何か言うよりも早く、アルが私の腕を強く引いてお母さんとは反対方向へと駆け出した。抵抗しようにも力のない私は、歳下のアルに負けてしまってそちらへと足をもつれさせながらも走るしかない。お母さんが笑っている。

 背を向けたお母さんの背中は大きく引き裂かれていた。止血されていたのは、お母さん、苦手なくせに無理やり治癒魔法をかけていたからかもしれない。

 私の腕を引くアルの手はお母さんの血で汚れている。だからすぐに従ったんだろう。私は娘のくせに怪我に気がつけなかった。唇を噛んでこらえるくらいしかできない。

 頭ではわかっている。人間に認識されてしまった魔法には効果がない。ひ弱な子供で、魔力も体力も無い私達は逃げなきゃならない。

 ただ、追いかけてくる声から逃げなきゃならない。私とアルはただひたすらに走っていた。

 ふとした瞬間のことだった。

 歌だ。歌が聞こえてくる。静かな、悲しみを帯びた声の歌。村のエルフ達の声だ。

 この歌、知ってる。アルフレッドが歌っていた。一周目の最後。血に塗れ、足元をふらつかせながら歌っていたものと同じだ。

 ……死の間際だと悟ったエルフが祈る様にして口ずさむ歌だ。誰かやキルリルへ、最期の祈りを。

「お母さん……!!」

「リリー、落ち着いて……!!」

 反射的に村へと戻ろうと暴れる私をアルは押さえつけようとして、もみ合う形になって地面へと転がった。

 泥まみれになっても暴れる私も彼も、唐突に溢れた魔法の光に呆然とするしかなかった。視界が真っ白になるほどの光が弾ける。大人しくなった私をアルが抱き直したのか、すがったのか。私自身がそうしたのかもよくわからない。

 これが何の魔法なのか理解することも出来ずに、私達はただ魔法の光に包まれていった。

 ……見えないはずの視界の中で、お母さんがすぐ側でいつもの様に笑っている。何故かそんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ