魔王様(幼少期編3)
村に疫病が流行る直前に見たことをお父さんには話す必要がある。そう思い、私はお母さんとアルが買い物に出かけている時を見計らって、父に話をした。
お母さんに言わなかった理由は特にはない。ただ、アルにだけは聞かれたくないと思っただけだ。アルはレイチェルおばさんを亡くして一人ぼっちになってしまっている。
いや、私たち家族がいるからアルは一人ぼっちじゃない。そう思うけれど肉親とはやっぱり違うと思うから、レイチェルおばさんが亡くなった原因だと思うことを彼の前で話すことは気が引けた。
あの妙な風が吹き始めた前日、私とアルは谷川の近くで休んでいたこと。勿論それで異変は起こらなかったこと。崖の上に行商人と思しき人間がいて、その彼が荷物を下ろして何かを探していた様に見えたこと。
……私がその場所を確認に行きたいということ。
全てを伝えると、お父さんは少し難しい顔をしていた。それから暫くして「リリー、お前は幾つになった?」と私に問いかけた。
まさか歳のことを聞かれるとは思ってなくて戸惑いつつも13と私が答えると、お父さんはまた眉間に皺を寄せている。数年前に魔法を習いたいと伝えた時と同じような、でもそれ以上に考え込んでいる顔をしていた。
「リリー、風除けの呪文は覚えているか?」
「風の防御呪文なら全て覚えたよ」
「そうか。お前は風の精霊に愛されているとは聞いていたが、きちんと扱えているならいい。攻撃魔法は苦手なままか?」
「……うん。防御と支援と治癒魔法は得意だけど」
攻撃魔法の才能は、祖父から母へは伝わったのに私には流れてこなかったらしい。その分が全ていとこのアルにいってしまったとしか思えない程だ。一応、多少は使えるけれどアルに比べれば随分と少ない。
少し不貞腐れる様にして私が返してしまうと、お父さんは苦笑した。そうして自分のマントを取り出している。
「お前の歳でそれだけ使えるなら十分だよ。自分の身を守ることができるならいい。母さん達が帰ったら父さんと共に森へ入るぞ」
「……うん!」
私の疑っているという考えを、父に理解をしてもらえた。そのことに私は安堵した。
私は『アルフレッドの村は人間達に滅ぼされた』というゲームの知識を持っている。そしてそれがどの国の軍隊なのかも知っている。けれど、それだけでは現実問題、何の根拠もないことでしかない。
アルに人間が嫌いなのかと訊かれたけれど、そういう知識があるから余計になのだと思う。ゲームと同じで人間は悪事を働くはずだという見方をしてしまいがちなのかもしれない。
……アルに対しては全く逆の考え方をしているのだから、自分でもたちが悪いと思う。
人間でも、エルフでも。何かを疑うには根拠が必要なんだ。誰かに信じて貰うためには、疑うこと以上に根拠がいる。それに加えて証拠が必要になる。
あの時、行商人は妙な動き方をしていた。探し物をする様にしてその場を探っていた様に見えたけれど、もしかしたら魔法陣を描いていたのかもしれない。
人間の使う魔法陣があったとしても、私には多分全くわからない。ゲームの中で出てきた魔法陣は幾つかあったと思うけれど、ゲームのヒロインが描くわけでもないし、覚えなきゃいけないわけでもない。ただの図としか見ていなかったので、見たところで何となくこんなのあったなぁと思うのが関の山だ。
それに魔法陣には複数の呪文が組み込まれているだろうし、そういった呪文を読み解くことができるのはうちの村や他の村の魔法に詳しいお父さんくらいなのだろう。博識な父を持っていて良かったと思う。
お父さんが何の仕事をしているのかはまだよくわからないけれど、私が習った魔法書は全て父の蔵書だ。それでも父のコレクションの内我が家に置いてある極一部に過ぎないということなので、もしかしたら魔法の研究を行っているのかもしれないとは思う。
私は今、その父と少し薄暗くなった森を歩いていた。
帰ってきたお母さんとアルには、少し出かける旨を伝えているので大丈夫。アルは心配そうな顔で私を見てきたので、夕飯までには戻ることを父と共に約束してきた。
父が持つカンテラの中では魔法の灯りが煌々と輝いている。私やアルが灯すものとは全く輝きが違った。何というか、安定感や安心感がある光だ。
「凄いね、お父さん」
「これか? これは魔獣避けも重ねてかけているんだ」
そう言って父はカンテラの灯りを自慢げに掲げている。私にも出来るかと訊いたら、なかなか難しいかもしれないと言われてしまった。
二重魔法で、そのバランスが難しいらしい。元々エルフの使う灯り自体が難しい魔法に入る、ということは初めて聞いた。エルフの初歩魔法じゃなかったの。道理で難しいわけだ、と今更納得してしまった。
「そうだなぁ。リリーがこの魔法が使えるようになったら、アルとキルリルの洞窟へと入っても構わないぞ」
「ほんと?!」
「あぁ。その頃にはアルも魔法がもっと制御できているだろうからな。必ず二人で入るなら許してやろう」
お父さんは微笑みながらも真剣な目をしている。
キルリルの洞窟はこの村の近くにある中では一番敵の強いダンジョンだ。極希に友好的な魔獣……というよりも聖獣のユニコーンやフェニックスが現れていくので、彼らの残した羽などのアイテムを手に入れられる。そこに入ってもいいのは一人前と認められたエルフだけだから、お父さんの言葉にやる気がわいた。
二人でというのは、私が攻撃魔法を殆ど使えないし、アルは十分すぎる程の能力があっても幼いからということだと思っておこう。半人前という意味ではなく、心配だからだと信じたい。
ただいくらやる気がわいたとはいえ、今やるべきはあの崖の上へとお父さんを案内することだ。魔獣や他の動物達が現れないか警戒しつつ、私たちはあの場所へと急いだ。
「……リリー、あの辺りか?」
「うん。少し出っ張った辺り」
落ちない様に気をつけつつ、崖の下を覗く。夕暮れで葉の色が染まった森の合間を抜けていく谷川の位置を確認して、私はお父さんへと伝えた。アルと休んだ水辺は大体この下の辺りだから、少し先の崖が川寄りに出ている位置で間違いない。
近くまで行くと、お父さんは私にカンテラを預けて地面へとしゃがみこんだ。私はお父さんの手元をきちんと照らせる様に気をつけつつ「落ちないようにしてね」と告げることしかできない。
これでお父さんがケガをしたりしたら、アルやお母さんにどう謝ればいいのかわからない。
もしもだけど、魔法陣が本当にあって、解除しようとすれば発動する呪いでもあったらどうすればいいのだろう。レイチェルおばさんの時も助けられなかった私だ。それ以上の呪いに太刀打ちすることはできないだろうし……。
いや、お父さんはきっと大丈夫だ。何て言ったって専門家だから。……はっきりとはわからないけれど、多分。
私が不安になっていることには真剣に作業をしているお父さんは気がついていないのだろう。注意深く地面を探っている。
「これは……」
お父さんが小さく呟くと、溜息を吐き出した。見ている先の地面には、少し雑草が焼け焦げた跡がある。その横に何ヶ所か何かを埋めて、また土を戻した様な跡もある。
違和感は覚えるけれど何を指し示しているのか、私には全くわからない。魔法陣だとは思う、くらいで、これだけではゲームで見た絵柄だとも何とも思わなかった。
お父さんは検討がついている様なので、流石専門家だ。
「リリー、この辺りに居たのはどんな男だった?」
「いつもの行商人と同じ服を着ていたと思う。多分ヴァルハルトの」
「そうか……。嫌な予感がして隠れたってさっき言ってたな。お前のその勘は、風の精霊からのお導きだったのかもしれない」
「それって、もしかして」
「リリー、お前の考えたことは正しいよ。黙っておいたのもな」
そう言ってお父さんはため息をつきながらも、私の頭をぐちゃぐちゃになるまで撫でた。褒めてるのか八つ当たりしてるのか、どっちかにしてほしい!
ぐしゃぐしゃにされてしまった髪の毛を整えつつ、私も考えた。お父さんは何かしらの痕跡を見つけたのだろう。あの病が、人間が仕組んだ何かだということを悟るほどの。
それに、私がヴァルハルトと言ったことで納得したのだから、あの国の独特な魔法でもあるのかもしれない。
ヴァルハルト皇国。私達の村が最も交流を深めている国であり、ゲームの中でアルフレッド・クロスビーが最も憎んでいる国。
そして、聖女召喚を行う国。
……疫病のことも、これから数年後に起こるかもしれない軍隊の襲来も、聖女も。全部が全部この国に絡んでいる。
疑いすぎることはよくないと言い聞かせたばかりだけれど、人間はともかくこの国のことは好きになれそうにないし嫌いだとも思ってしまう。
今考えれば疫病に効果のある魔法薬を仕入れていた先もヴァルハルトだし、後でやってきた行商人もヴァルハルトの人間だったな。
マッチポンプかよ! お金と人の命を返せ! 気がつき苛立ってしまった私が近くに落ちていた枝を拾い、力任せに折っているとお父さんが冷静な声で私を呼んだ。慌てて枝を隠したけれど、それについては咎められなかった。
「リリー、父さんはこれから暫くの間旅に出てくることになるだろう。戻ってくる時期は未定だ」
「……え?」
「勿論母さんにもこの事情は説明する。それだけ重要なことだ。わかってくれるな?」
真剣な表情をしたお父さんに頷くしかできない。
私が思うよりも余程重要なことがわかったらしい。お父さんが今後動いてくれることで、もしかしたらヴァルハルトの動きを止めることができるかもしれない。数年後の、軍隊のことだって。
「わかった……。お母さんとアルと、三人でお父さんを待ってる」
考えてから出した言葉にお父さんは満足げに笑った。それから、私の頭を優しく撫でながら言う。
「ありがとう。それと父さんが旅立つまでに、リリーに絶対に覚えてもらわなければならない難しい魔法があるから頑張ろうな」
見上げると、お父さんはとても笑顔だった。優しいけれど、真剣で怖い。
さっきのカンテラの魔法ではないんですか。お父さんのその表情に尋ねることも頷くこともできずに固まった私の頭は、撫でたままで置かれていた手に力を込められて無理やり頷かされた。
ジャンル別日間ランキングに入り、大変驚いています。ありがとうございます。たくさんの方に読んで頂けて嬉しい限りです。
本編も折返し部分を超えましたので、残りの話も少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。